下北まゆか
柏木彩加は人気者である。彼女が転校してきて数日が経った、未だに全貌が明らかになっていない彼女だが会長との一件もあり今でも休み時間になるとその席には頻繁に人が集まる。こんなに人が集まるのには何か理由があるんじゃないだろうか?俺は彩加ちゃんの席に人だかりが出来るのにはこんな理由があると仮定した。きっと赤ちゃんパンダの展示会をしているに違いない。それなら定期的に形成される人だかりにも説明が付く。まぁ、俺の席は窓際で彼女の席は廊下側の一番離れた位置関係にあるためその真実は不明である。
しかし、こうして彼女の席を遠目から眺めていると気付くことがある。彼女の席に集まるのは男子だけでなく女子も例外ではないという事だ。
中でもここ最近良く話をしているのが、クラスメイトの下北まゆかさんである。スクールカーストで言えば上位に入るだろう。派手なグループにも交流があれば、大人しいグループを誘ってお弁当を一緒に食べている光景も目にする。見た目も年相応に可愛らしい、いかにも女子高生って感じだ。そんな彼女のスマホにはパンダのストラップが着いている。
ここで柏木彩加についての新情報を一つ記載しておこう。彼女の席では定期的に赤ちゃんパンダの展示会を行っている。多分。
俺の部屋は実に殺風景だ。学校から帰り改めてそう思う。部屋の角に合わせて配置されたベッド、その横には勉強机がある。他には漫画やアニメのDVDが丁寧に配置された本棚、ゲーム機が接続されたままのテレビ、テレビの前にも雑貨屋で買った小さめの机が置いてある。置かれた家具家電はそのくらいだ。アニメ好きで他に特筆するような趣味もない男子高校生の部屋なんてせいぜいこんなもんだろう。別に誰か人を呼ぶことも無いため他に必要な物も無いんだけどな。
しかし何故今こんな事になっているのだろうか……。目の前の状況を見てもやっぱり理解できない。俺はこめかみを抑えつつ小さく息を吐いた。
「私、男子の部屋って初めて入ったかも~」
面白味の欠片もない部屋をぱちぱちと可愛らしく瞬きしながら見渡しているのはパンダ好きの下北まゆかさん。パンダが好きかと確認したわけじゃ無いが多分そうだろう。
「宗太の部屋って何にもなくて男の子って感じだね~」
同じく広くも無い部屋を見渡しながら幼馴染の彩加ちゃん。
「二人とも俺の部屋を見に来たんじゃないだろ?えっと……あれ、なんでいるんだっけ?」
「恋愛相談だよ、恋愛相談!」
彩加ちゃんは目を輝かせて答える。そういえばそうだったと俺は放課後の出来事を思い返す。
今日の授業が全て終わり、俺はそそくさと帰り支度をしていた。そして鞄の中をちらっと覗き荷物の最終確認を行う。うん大丈夫だ、ちゃんと入ってる。物を確認した俺は不敵な笑みを浮かべた。家に帰ったらシャワーを浴びてじっくりこいつを熟読しなきゃいけないからな。鞄の中にあるのは教科書なんて堅苦しいもんではなく、朝本屋に寄って買ったお気に入り漫画の最新刊だ。しかし、俺はそれを騒がしい休み時間に読むような愚行は取らなかった。心身の汚れと疲れをシャワーで洗い流し万全を期して読むのだ。今日はそれを楽しみに一日頑張ったと言っても過言ではない。漫画は今や日本が誇る文化の一つ。文化に触れるにはそれ相応の準備が必要なのだ。帰宅してからの導線を確認しつつ俺は鞄のファスナーを閉めた。計画通り事が進むように俺は急いで教室を出る。余裕を持って五分前行動、いや十分前行動と意気込み扉に手をかけたその時彩加ちゃんに呼び止められたのだ。しかし、恋に悩める人は彩加ちゃんでは無かった。
「下北さんの恋愛相談をなんで俺の部屋でやるんだよ」
勉強机の椅子に腰かけている俺はくるくると椅子を動かしながらぶっきらぼうに問う。
「あのね、まゆかが隣のクラスの男の子を好きになって私に恋愛相談をしてくれたんだけど、私ってほら恋愛の経験がね、えっと……無いでしょ?だから男子の意見を聞くのが良いんじゃないかと思ってここに来たわけよ」
と腕を組みナイスアイデアでしょと言わんばかりに鼻を伸ばす。恐らく下北さんはその容姿から恋愛経験豊富だと思った彩加ちゃんに相談したんだろう。ところが頼みの綱は恋愛経験が無く俺の部屋に二人して来たと……うん、意味が分からん。
「ごめんね、三浦くん。迷惑だったよね」
下北さんは顔の前で小さく手を合わせて眉を寄せる。その姿はこの子に好きな人がいると知っていても可愛いと思えてしまう。
「い、いや、べつに、大丈夫だよ」
「なんか鼻の下伸ばしてない?」
彩加ちゃんが背後から俺にだけ聞こえる声量でぼそっと呟く。怖い、後ろを振り向いてはいけない気がする。漂う甘い香りとは裏腹にとても怖いものがそこにいる気がする。もしかしたら名前を呼んではいけないあの人がいる可能性まである。
「いや、これは鼻の下が伸びてるんじゃなくて唇の上が伸びてるだけで」
「そっか~。私勘違いしちゃってごめんね?」
「いや、全然気にしなくて――」
「ってなる訳無いじゃん」
耳元に聞こえた小さな声は冷たく凍てついていた。
「すびばせんでじた」
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