生徒会長
生徒会室の前に到着した俺たちはしゃがみ込み窓から顔半分だけを出して中を覗いた。
「こんな泥棒みたいな覗き方しなくてもいいんじゃ……」
「いや、彩加ちゃんは分かってないんだ。会長の恐ろしさを……」
俺は声と気配を殺しながら伝えた。どこの学校も生徒会室というのはこんな緊張感張り詰めた場所なのだろうか。
「そういえばさっき宗太が鬼軍曹って言ってたよね。そんなに怖い人なの?」
「俺が知る限り予告なしで行われる小テスト並に恐ろしい」
「その例えはよく分かんないよ」
彩加ちゃんは首を傾げながら苦笑した。いや待てよ、予告なしの小テストなんかむしろ点数が悪い事が最初から分かっている分、やはりそれ以上に会長は恐ろしいかもしれない。訂正。会長は予告なしの小テストより恐ろしい。
「しっ、お前らバレるだろ」
呑気な会話をしている俺たちに健人が慌てた口調で言うと口元に人差し指を立てた。いやお前は生徒会なんだし堂々と入れよ。とツッコむより先に声が聞こえた。
「ほぉ、誰にバレるって?」
その声が誰のものか、俺と健人はもちろん彩加ちゃんも一瞬で理解しただろう。そんな短い言葉で、場を一気に静まり返す迫力と圧力を出せるのはこの高校に一人しかいないからな。この圧力を利用した圧力鍋とか作ったら煮物とか一分足らずで出来るに違いない。俺達はぎぎぎと音が鳴るくらいに硬直した首を声の方へ動かした。
「か、会長、お、お疲れ様でしゅ!」
健人が慌てて立ち上がると俺と彩加ちゃんも立ち上がり背筋をぴんと伸ばした。そこに居たのはやはり会長だった。彩加ちゃんの柔らかな印象とはまた違ったクールな印象の美人で背も女性にしては高く一部では女王様と慕う連中もいるくらいだ。
「何だ、山村じゃないか。何をしているんだそんな所で」
会長の鋭い目が健人を見下ろすように見つめる。なまじ美人な分、目を細めると迫力が凄い。
「いや、あの、転校生に学校の案内をしてたんです。それでたまたま生徒会室の前を通って」
「転校生?なんだ、それは感心だな」
彩加ちゃんを見るなり納得した会長の表情は一変し笑顔で微笑んだ。これが、笑顔と言う表情のお手本であるかのように、この笑顔を見せるためにその美貌を授かったかのように。こりゃ、健人が惚れ込むのも無理ないな。
「私は生徒会長の朝倉舞香だ。よろしく頼むよ」
「あっ、昨日転校してきた柏木彩加です。こちらこそよろしくお願いします」
「山村、転校生に自ら学校案内をするとは感心だな」
「いえ、生徒会役員としてあるべき行動を取ったまでですよ」
こいつ、会長の前だととことん人が変わるやっちゃなー。
「お前が会長に会いたかっただけだろ」
「おい、バカ!いや、違いますよ会長!僕は純粋にですね――」
「ははっ、良いんだよ山村。過程がどうであれ事実転校生に対して案内をしてくれているという事を私は会長として誇らしく思うよ」
「か、会長……」
「ねぇ宗太、会長ってなんかかっこいい人だね」
「まぁかっこいいわな。かっこよすぎて同性愛に目覚める女子も少なくないからな」
「そ、それは凄いね。でも会長、鬼軍曹って感じは全然ないよ?」
「まぁ今はな。その時が来たら彩加ちゃんにも分かるよ」
「それはそうと会長は何をしてたんですか?」
「なに、暇を持て余したんで校内を見回っていただけだよ」
「見回りですか」
「校内で何か問題は起きていなか自分の足で見て回り、時にはそれを解決するのも生徒会長である私の役目だと思っているからね。だが、今日の所は何も問題なさそうだ」
おいおい、捜査は足で稼ぐタイプのベテラン刑事かよ。会長はミニスカポリスの方が需要ありそうですけどね。
「そんな事までするなんて、会長って忙しいんですね」
感心したように彩加ちゃんが口にする。
「大したことは無いよ。これは別に会長の業務という訳じゃ無くただ私が好きでやっているだけだからね。今年で私も卒業だ、出来る事は何でもやっておきたいのさ」
「そっか、卒業……。会長が卒業したらこの高校はどうなっちゃうんですかね」
「どうなっちゃうってのは?」
「ほら、会長がいなくなった事によって学校行事がマンネリ化して年々規模が縮小されたり、抑止力を失った不良達が暴挙に出たりとかな」
「何それ会長の権力凄すぎない?」
というかうちの高校不良なんていねぇし。
「そんな事にはならないさ。私のいるこの学校は私なんかいなくともとっくに絢爛華麗だったよ」
会長は遠い目をして静かにそう口にした。自然と俺達もそれを追うように視線を動かす。話に夢中になっていたため気が付かなかったが俺たちの周囲にはいつの間にか人だかりが出来ていた。まぁ、芸能界にいても目立ちそうな美人二人が話してたらそりゃこうなってもおかしくないか……。
「うわぁ、すげぇ美人が並んでるよ」「生徒会長に引けを取らない美人がいるぞ!」「俺この学校に入って良かったぁー」「スタンド使いが惹かれあうように美人も――」
ギャラリーは思い思いに感情を吐露する。しかしそれが俺に聞こえているという事はもちろん会長の耳にも届く声量な訳で……
「君たち、人の会話に聞き耳を立てるなんてどういうつもりかな?」
会長がギラリと睨む。しかし、その瞳に浮かぶのは怒りではなく優しさだった。鋭いながらも優しさに揺れる瞳と口の端で微かにみせる笑顔。可愛いと言うよりはかっこいいという表現の方が似合う気がする。
「「「「す、すいません」」」」
まるで、統率のとれた軍隊のように声をそろえる野次馬たち。会長は長く綺麗な黒髪を手で払うと野次馬に命例を下した。
「よし、そこに一列に並んで腕立て伏せだ!」
「「「「はい!」」」」
「なっ分かっただろ、これだから鬼軍曹なんだよ。腕立て伏せなんて今時体育教師でもやらせないだろ」
俺は若干引きつつ彩加ちゃんに耳打ちした。
「た、確かにこれは凄いね」
というかこいつら何で嬉しそうに腕立てしてんだよ。どんだけドMなんだ……。それに、会長も楽しそ
うだし。一見理不尽にも見えるこの光景が実はウィンウィンとか大丈夫かようちの学校。
腕立て伏せをギャラリーにさせつつ会長は俺たちとの会話に戻る。
「柏木さんだったか。君は随分人気があるみたいだね」
「いえ、そんな事は……」
「謙遜することはないよ。人に好かれるというのは君がそれだけ魅力ある人間という事だからね」
「そ、そうですかね。でも会長の人気には負けますよ」
「いや、私も入学してすぐの頃は今ほど慕ってくれる生徒は多くなかったよ。君はまだ転校二日目だろ?それを踏まえると君は私以上の逸材さ」
「会長は褒めすぎですよ。ね、宗太?」
「うーん」
喉をならしながら考える。
「俺なんか高校に入って二年目だけど人気なんか一度も出たことない。というか生まれてこの方ない。やっぱり美人税の導入は前向きに検討した方が――」
「……宗太、何の話をしてるの?」
「おっといかん、いかん。つい顔が良い人間への僻みが」
「おいおい宗太!」
健人が語勢強く話に入る。会長に失礼だとか言われるのだろうか。
「会長はな、顔だけじゃなくて性格も頭もスタイルも良いぞ!」
アホだ。こいつ真正のアホだ。
「山村よ……」
会長は健人をじっとり見つめる。こりゃ健人の奴怒られるだろうな。
「流石は生徒会役員だ!私への理解が深くて嬉しいよ」
「……否定せんのかい」
「そんな事より柏木さん。私は君に興味が湧いて来たよ」
言うと会長は彩加ちゃんの細く白い首筋をそっと撫でる。
「「「うおぉぉぉ!!!」」」」
呼応するように腕立て伏せも速くなる。
「いや、何でだよ。どんな因果関係?じゃなくて会長、俺たちはこの辺で失礼しまーす!」
野生の勘としか言えないがこれ以上は何かが危険だと判断した俺は彩加ちゃんの手を握り走って逃げた。健人を置き去りにし、後ろなんか振り向かず背中に腕立て伏せの息切れを感じながらとにかく走った。
「はぁ、はぁ、やっぱり凄い人だったな」
会長から逃げ、ようやく息を落ち着かせられる場所に着いた。
「……うん。そうだね」
なんだか彩加ちゃんがやけにおとなしく感じる。さっきの会長の攻撃(首筋を優しくそっと撫でるエロい攻撃)がそんなに効いていたのか?てっきり効いていたのは野次馬連中だけかと思っていたがやはり鬼軍曹は侮れない。
「?どうかした?」
「あの、手……」
言いにくそうに呟くと視線を手元に落とす。つられて視線を手元に落とすと俺の手は力強くがっしりと彩加ちゃんの手を握り締めていた。
「あっごめん!必死だったからつい」
慌てて手を離す。とにかく逃げなきゃの一心で無我夢中だったためか手を握った事なんかまったく記憶になかった。
「全然大丈夫だよ。……それに全然嫌じゃないし」
最後の方は声が小さくて良く聞こえなかったが、頬を赤らめている彩加ちゃんはきっと怒っているんだろう。そりゃ、急に手なんか握られたら怒るよな。……もしかして彩加ちゃんも怒ったら腕立て伏せなんかさせてくるんじゃないだろうな?いや、いっそ自分からした方が良いのだろうか?
とにかく会長と彩加ちゃんのファーストコンタクトは何とか無事に終わった。
しかし数日後には、美人二人が会話をしていたという話が学校中に広まり、彩加ちゃんの人気は益々、会長に引けを取らないものになって行くことをこの時の俺たちはまだ知らなかった。
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