難問
彩加ちゃんが転校してきた翌日。ここでうちの学校の名物を一つ教えよう。名物って言っても何も良いものではないんだがな。その名物が見れるのは本日最後の数学授業。つまり今が丁度見頃って訳だ。
うちの数学教師である谷口はどう考えても高校レベルとは思えない難解な問題を出すことで有名である。目が合った一人の生徒を指名し黒板の前に立たせるとにやにやしながら「どうした、はやく問題を解いてみろ」と口にする。分かりませんとはっきり言う生徒も多いが「こんな問題も出来ないのか、そんなんで将来どうする」と溜め息を吐いてくる。俺から言わせてもらえば学校で習う勉強を将来使う事の方が少ない気がする。連立方程式とか平方根とかどこで使う訳?消費税の計算さえ出来れば問題ないだろ。とにかく谷口の嫌がらせは気にしなければそれまでなのだが指名されないに越したことはない。そのため、数学の時間はなるべく谷口と目を合わせないようにするのが暗黙のルールなのだ。
しかし、昨日転校してきたばかりの彩加ちゃんがそんな事を知るはずも無くまんまと谷口の標的にされてしまった。授業でもやってないような難解な問題を黒板に書くと前に出て解いてみろと指名されたのだ。
「はい」
綺麗な声で短く返事をするとすたすたと黒板の前に立つ。既にクラスの人気者になっていた彩加ちゃんはクラス中が心配そうな目線で見守る中、問題文を数秒見つめた後、黒板にやたら長い計算式を書き始めた。
カツカツとチョークが黒板に触れる心地よい音がしばらく続き黒板を目一杯使った所でかつんと大きな音を立てそれを合図にチョークの音は鳴りやんだ。
「先生できました」
「で、できただと!?」
谷口は書き上げた計算式と導き出された解をじっくり見つめ何度も手元の資料と見比べる。
「……せ、正解だ」
まさか美人なうえに勉強まで出来るとは驚いた。俺からしたら彩加ちゃんが書き上げた計算式はアルファベットだらけで、もはや計算式なのか英語の長文なのかも区別がつかんレベルだ。もちろん驚いているのは俺だけでなくクラスの他の連中なんか拍手喝采である。あと、谷口に一言言わせてもらうなら出題者のお前は嘘でも驚きを顔に出しちゃいかんだろ。
それにしても昨日で天井まで上り詰めたかと思われた彩加ちゃんの人気はさらに上がり続けまさに天井知らずといった具合である。
「宗太の学校の授業ってレベル高いんだね。急に当てられちゃったからひやひやしたよ」
授業が終わった彩加ちゃんはやれやれといった様子で俺の席へ来た。
「そう?俺には中学の数学も高校の数学もそう変わらないけどな」
俺はやれやれ君はまだそのステージにいるのかい?と皮肉めいた笑顔を作るも彩加ちゃんはキラキラと瞳に期待を込めて輝かせる。
「もしかして宗太って数学得意だったりするの?今の問題も中学の方程式解くのと変わらないみたいな?ちょっと見直しちゃうかも」
「そうだろ?中学の数学も高校の数学もどっちも等しく理解不能だからな。そういう意味では中学レベルも高校レベルも大差ない」
「……えっ?それってまずくない?」
「まずくない。中学の頃から数学は捨ててるからな。もはやまずいとかまずくないのレベルじゃない」
「いやいや、めちゃめちゃまずいでしょ!大学受験の時とか困っても知らないよ?」
「そもそもな、勉強だけで賢さを図ろうとする今の社会は間違ってるんだよ」
俺は腕を組み力強く言い切った。
「はぁ……」
彩加ちゃんは綺麗な顔を脱力させながらも聞く姿勢を呈していたため俺はさらに続ける。
「人間には得意不得意があるだろ?運動が得意な奴、歌が得意な奴、絵が得意な奴、ゲームが得意な奴。なのに今の社会はどうだ、勉強の出来だけを重要視し学歴社会なんておかしな言葉まである始末だ。勉強が得意な奴にだって苦手な事はあるはずなのにそれを見ようともしない。勉強が出来る奴は正しく偉い、その逆に勉強が出来ないやつは間違いで凡愚なのだ。しかし、得意不得意ってのは個性であって欠陥じゃない。だから俺は数学が苦手な事くらいちっとも恥ずかしくないね。だってそれは個性だから」
俺は言い切ると同時に前髪を払い彩加ちゃんを見る。完璧だ。これに納得した彩加ちゃんの瞳には再び輝きが戻っているに違いない。しかし、彩加ちゃんは大きなため息を吐きこめかみを抑える。
「宗太の言い分は分からなくも無いんだけどそれって決まって勉強が苦手な人が言うよね。宗太みたいな人の事を中二病って言うんだよね?」
「くっ……」
流石は彩加ちゃんだ。痛いところを的確に突いてくる。北斗神拳の継承者かよ。
「だいたい数学の何が分かんないの?」
「なにってそりゃ、点Pが動く理由も弟の五分後に兄が家を出る理由も分速80メートルで目的地まで歩く理由も全部分かんねぇよ」
なんでどいつもこいつもじっとしてねぇんだよ。そんなんだから問題が起きて問題になるんだよ。
「そこに理由はないと思うけど……」
「あっ、あとあれな!」
「まだあるんだ」
「小学生の頃は問題を解いてくださいだったのに中学生になると次の値を求めよになるだろ?そんな言い草でよく解いてもらえると思ってるよな」
「もう数学とか以前の問題になってるし」
「そう、数学以前に日本語の国語の勉強が必要だよな。尊敬語と謙譲語をマスターしてから俺に数学の問題出してみろって感じだよな」
「よーよーお二人さん。いつの間にそんなに仲良くなったんだい?」
ヒートアップしているとその会話が聞こえたのか背後から健人が話しかけてきた。
「あー、何と言うか俺と彩加ちゃん幼馴染だったらしい」
「らしいってどう言うことだよ?」
健人が眉をひそめる。そりゃ当然だ。
「……実は俺も昔の記憶であんまり覚えてなくて」
本人を前にして覚えてないと改めて口にする訳にもいかず、手で口元を隠し耳元に小声で伝えた。
「ふーん。お前も隅に置けないねぇ」
俺を肘でつつきながらニヤリと笑ってみせる。
「あっ、俺は山村健人ね!よろしく」
「うん、こちらこそよろしくね」
「こいつはこう見えても生徒会に入ってるんだよ」
俺が健人の補足説明をする。こうでも言ってやらないとこいつが生徒会に入ってるなんてイメージ湧かないだろうからな。
「こう見えてってのは余計だっての!」
「不純な動機で入ったくせによく言うよ」
「不純な動機って?」
彩加ちゃんは小首を傾げる。
「実は、生徒会長の朝倉舞香さんに近づきたい一心で生徒会に入ったんだよ。全く無茶と言うのか、無謀と言うのか」
「お前も恋をするようになったら分かる日が来るさ。恋は人にどんな険しい山も登らせてしまうのさ!」
ガッツポーズを取りながら椅子に片足を乗せやたら大袈裟な表現をみせる。
全く大袈裟な奴だ。恋にそんな力があるならそれを使った発電システムの一つでもあるはずだろ。
「恋なんて俺にもする日が来るのかねぇ」
「そ、宗太は恋愛とか興味ないの?」
「うーん、そうだな。今は特に興味はないかな」
「そっか……」
「まぁ、いつかお前にも分かる日が来るさ。ところで、柏木さんはもう会長に会った事あるんだっけ?」
「ううん、まだないよ。会長ってどんな人なの?」
彩加ちゃんの問いに俺と健人は声をそろえて考える。
「「うーん」」
「一言で言うと天使かな」
先に考えをまとめたのは健人だった。
「いや、鬼軍曹だろ」
健人の言う事も分からなくはないし、天使と鬼軍曹じゃイメージが正反対に思うだろうが、しかし俺は言い切った。
「なにを!?じゃあ女神だ!」
健人は負けじと熱い思いを乗せた拳を握りさらに語勢を強めた。
「じゃあって何だよ!」
「……あのー、二人とも同じ人の話をしてるんだよね?」
困惑の表情を浮かべながら彩加ちゃんが問うと、健人はそうだよとあっさり答えながらもっと的確な説明を探す。
「あー、でも似てるかも」
閃いたようにぱちんと指を弾き、人差し指を立て彩加ちゃんをじっと見る。
「えっなになに!?私の顔になんか付いてる?」
「あっ確かに。近い部分はあるよな、似てる似てる」
健人の発言の意味を汲み取り俺も同意する。どうやら一番的確で分かりやすい説明はすぐ近くにあったらしい。
「誰に似てるの?」
「「ん」」
俺と健人の指は彩加ちゃんを指した。
「私に?」
「なんか、何でも完璧にこなして、おまけに美人なところとか」
健人は首を縦に頷かせながらしみじみと喋る。
「私は別にそんなじゃないけど……。でもそんなに凄い会長さんならちょっと見てみたいかも」
自分に似ていると言われてか会長に興味を示す彩加ちゃん。スタンド使いがスタンド使いと惹かれあうように、美人は美人と惹かれあうのだろうか。類は友を呼ぶ。つまり、彩加ちゃんと幼馴染の俺も美人という事になる。うん、間違いない。いや、間違いしかない。証明失敗。だってほら俺数学苦手だし。
「おっ、じゃあ見に行っちゃう?今から行っちゃう?」
言いながら早くも席を立ちあがる健人。なんか仕事終わりに一杯誘うノリで誘ってくるな。
「お前が見たいだけだろ」
「まぁ良いじゃねぇか。よーし、案内は俺に任せとけ!」
俺としては無意味にわざわざ会いに行きたくは無いのだが、やけに張り切る健人の後ろに仕方なく俺と彩加ちゃんも続く。
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