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帰宅

「ただいまー」


転校生がやってきたその日、家に帰ると玄関に見覚えのない靴が一足綺麗に揃えてあった。学生の履くローファーに見えるが俺のものじゃない。そもそも女性物だし。俺に女装癖はないので間違いなく俺のではない。


不思議に思いながら玄関を上がりそのままリビングに向かった。普段なら帰巣本能剥き出しの鮎のように自分の部屋へ直行し、水を得た魚のように晩御飯までゲームをしたりするが今日は見覚えのない靴が気になったし何となくリビングから良い匂いがしたためそんな匂いに釣られてしまったのだろう、鮎だけに。いや上手くないですよね、分かってます。


良い匂いって言っても下校中に他人の家から匂うカレーとかの匂いじゃなくて、甘くて可愛らしい、背中に小さな羽を生やした妖精でも想像してしまうような香りだ。

そしてリビングに入った俺は絶句した。本当に妖精でも見たかのように目を丸くしてしまっただろう。なんせそこにいたのは妖精なんかじゃなく天使だったから。


「……柏木さん?」


一瞬、天使に見えたのは転校生だった。転校生の柏木さんがそこにいた。というか俺の家にいた。


「あっ宗太お帰り。遅かったね、どっか寄り道でもしてたの?」


帰る家を間違えてしまったのだろうかと混乱しながら周囲の景色を確かめるが間違いなく自分の家だ。母さんが最近スーパーで買ってきて以来やたら手厚く世話をしている片手サイズの可愛らしいサボテンは今朝と寸分違わぬ位置に置いてあるし、我が家以外に備え付けられている場所は無いと思われる赤、黄、緑の様々な配色で描かれた曼荼羅デザインの奇妙なカーテンを見ると疑う余地も無い。ほんと見るたびにセンスが無いカーテンだ。うん、やっぱり俺の家だね。というか柏木さんお帰りって言ってるしね。何これ、俺だけのメイドなの?俺、ご主人様なの?


「へ?」


考えを張り巡らせても混乱する頭では美少女相手に、平仮名一文字に疑問符を付け加えるのがやっとだった。


「なに変な顔してるのよ。分かった、あんた久しぶりに会った彩加ちゃんがあんまり可愛いもんだから緊張してるんでしょ?」


変な顔とは失礼な!俺の親が悲しむぞ!と反論を口にしかけたが俺を現実に引き戻したのは他でもないキッチンから出てきた母親である。


いや、確かに緊張はしてるけど久しぶり?それになんで母さんが転校生の事を知ってるのか。

頭には追い打ちをかけるようにさらに疑問が浮かぶ。いっそ考えることを放棄しようかと思ってしまうがこの状況でそれも出来ない。


「どうして母さんが転校生の柏木さんを知ってんだよ。それに会うのが久しぶりってどういう事だよ」

「えっ……宗太覚えてなかったんだ……」


微かに柏木さんが呟いた。弱々しく小さな声で。


「宗太、昔彩加ちゃんと遊んだ事覚えてないの?」


母さんは不思議そうに首を傾げた。遊んだって?母さんが言うのだから遊んだんだろうが、しかし身に覚えはないし、そもそも俺は遊んだ女性との思い出を忘れるくらいのプレイボーイだったのか?いや、違う。それは俺が一番分かっている。一番最近話した家族以外の女性だってすぐに言えるくらいだ。ちなみにそれは内海先生である。ちくしょう!アラサ―の担任じゃねぇか!悔しさをばねに俺はさらに問う。


「昔ってどのくらい前の話だよ?」

「うーん、宗太が小学校一年生くらいの頃までは結構仲良く遊んでたわよ」


そんなの覚えてる訳がないだろと呆れて短い溜め息が出た。今日の授業の内容だって覚えているかと聞かれたら即座に首を横に振るぞ。


「彩加ちゃんうちのバカ息子が失礼でごめんね」

「い、いえ、昔の事ですから気にしないでください」

「と、とりあえず二人とも座って話でもしたら?」


母さんはそう言うとキッチンに戻って行った。気まずくて逃げやがったな。

とりあえずお互い視線で会話しながらリビングにある椅子に腰かける。


「え、えっと、柏木さんは母さんとも面識があるみたいだね」

「うん、私のお母さんが宗太のお母さんと昔からの親友で、私も生まれた時はこっちに住んでたから良く顔は合わせてたよ」

「えっと…じゃあつまり幼馴染って事?」

「うん、そうだよ」


にっこり満面の笑みで答える。


しかしあれだな、突如美少女の幼馴染が現れるとか地球上の全男子の夢なんだろうが、実際に突如現れると実感が湧かなさすぎて喜ぶとかじゃないな。


「なにその腑抜けた表情は?久しぶりに会えた幼馴染の成長が嬉しくないの?」

「いやー、あんまり覚えてないから嬉しいとかよりただただ反応に困るというか……」

「ひ、ひどい!……しくしく」

「わざとらしい泣き真似はいいから」


か、絡みづらい……。どうも学校で受けた印象とのギャップが大きいな。


「でもでも私は宗太の事なら何でも知ってるのに、そっちは知らないなんてひどいよ」

「なっ、何でもは知らないだろ!」

「ううん、知ってるよ。将来の夢も好きな女の子も何歳までおねしょしてたかも」

「昔の将来の夢とか変わってるし好きな女の子も今はいないから。……っておねしょ!?」

「そっか、好きな女の子いないんだ」


落ち着き払ってふっと息を吐く。その表情は安堵とも寂寥(せきりょう)とも言えぬものだった。


「いや、そこじゃないから!おねしょの年齢ってなんだよ。そんなのいくら幼馴染だからって知ってる訳無いだろ」

「本当に知ってるよ。なんならおばさんに答え合わせしてもらおうか?」


柏木さんはそう言うと余裕をたっぷりちらつかせた悪戯な笑みを浮かべる。本当に知っているかもしれない。俺の額にはいつの間にか冷や汗が流れていた。


「いや、いい!答え合わせはいいから、もうこの話は終わり!金輪際!」

「分かったよ、てかそんなにキツイ言い方しなくてもいいのに……。あーあ、昔は可愛かったのにな、それにかっこよかった」

「なっ、かっこいい!?」

「うん、昔は!だけどね」

「なんだよ、それ。自分で言うのも何だがな、俺は田舎のばあちゃんに会うと決まってめんこいねぇ〜って言われる程度にはかっこいいんだぞ」


うん、俺まじナイスガイ!まじマダムキラー!このマダムキラーフェイスがあれば担任のアラサーくらいイチコロなんじゃね?


「いや、田舎のおばあちゃんが言うのはノーカンだから。田舎のおばあちゃんは孫に会うと開口一番そう口にするように設計されてるのよ。定型文みたいなもんだからノーカン」


柏木さんは顔の前で手を振りないないとアピールする。そこまで否定されると俺も反論したくなるのは大人げないだろうか?いや、同い年だから良いよな。それどころか幼馴染らしいし。


「あーあ、柏木さんも昔は!可愛かったのになー」


もちろん昔の柏木さんなんて覚えてない。それは柏木さんも分かっているはずだが顔を真っ赤にして頬を膨らませる。


「なにそれ!?今は可愛くないって事?」

「まったく二人とも久しぶりに会ってなに喧嘩してるのよ」

「おばさ~ん。宗太が私の事可愛くないって言ったんです」


再びキッチンから戻ってきた母さんに泣きつく柏木さんは子猫のような愛情に飢えた視線をうるうるとわざとらしく向ける。これが美少女じゃなければ誰も相手にしないのだろうが、柏木さんの見た目ではそれが嘘だと分かっていても優しく声をかけてやりたくなってしまう。


「え~宗太ひど~い。彩加ちゃんがあんまり可愛いから照れ隠ししてるのよ~」

「ですよね~宗太ひどいですよね~」

「うんうん、宗太マジありえない~。まじチョベリバ~」


母親と同級生のこのノリ見るのキツイな……。それに母さんギリ付いていけてないし。チョベリバとか死語だから。


「というか、母さんはどっちの味方だよ……」

「そりゃ、彩加ちゃんよ。こんな可愛い娘が私も欲しかったわ~」


母さんは柏木さんに抱き着き頬ずりで愛情表現する。


「いや、俺も案外可愛くないか?俺の味方についた方が――」

「昔は!可愛かったですけどね」


柏木さんは俺の言葉を掻き消すように喋る。


「そうなのよ~。高校生になってからますます可愛げがなくなって」

「もういいから。というかいつまでくっついてんだよ」


柏木さんから母さんを引き離すと「や~ん」と気味の悪い声を発して背中を地面に着けた。


「あれ、もうこんな時間?」


床に寝転んだ母さんの視線の先にはちょうど時計があったらしく続けてこう口にした。


「宗太、遅くなっちゃったし彩加ちゃんを家まで送ってあげなさいよ」

「そんな、大丈夫ですよ。家はこのすぐ近くなんで」

「ダメよ~。彩加ちゃん可愛いんだし危ないから。宗太もこんな事くらいしか役に立たないんだから使ってやってちょうだい」

「こんな事くらいは余計だよ」


ジト目で母さんを見るが母さんの視線は息子ではなく柏木さんに向いている。


「まぁ、送って行くけど」


言いながら制服の上着に袖を通す。暖かくなってきたとはいえ、この時間にシャツだけじゃまだ寒い。


「……ありがとう」


外に出る準備をする俺を見て流石に断る事も出来ず、柏木さんはやや気恥ずかしそうにお礼を言った。

最後まで読んで頂きありがとうございます!


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