校舎裏
校舎裏が悪名轟かせる不良たちが集う場所だったのは今はもう昔の話だ。不良たちが絶滅危惧種レベルに減衰してしまい、またそれを誰も保護しない今、ここはむしろこの校内で一番の静寂が得られる場所なんじゃないかと思えてしまう。
校舎を挟んだグランドからは運動部の掛け声が微かに聞こえてくるがそれすらも足元を時折吹く風が掻き消してしまう。
そんな場所に友達とも恋人とも言えない距離感で立つ二人がいた。
一人は前方に立つやけに爽やかフェイスの所謂イケメンを見つめながら頬を紅潮させ背中に回した両手にはラッピング袋に可愛らしく包んだクッキーを持っている。
数メートル離れた場所に立つ佐山はそんな彼女が何か伝えようとしているのを感じ、ただ優しくその場で彼女の言葉を待ち続けている。
こんな場所に異性に呼び出されたとなったら佐山もある程度の察しは付いているに違いないが妙に落ち着いた様子なのはやはりイケメンと特有の余裕というやつだろうか。
またしても身を隠しながら離れた場所に待機している俺と彩加ちゃんの方が佐山に比べたら幾分緊張しているだろう。
彩加ちゃんなんかさっきからずっと「あわあわ」言ってるし……。マリカーでコースから転落したマリオかよ。
そんな状態が1〜2分続いただろう。
下北さんの体感ではそんな短い時間では無いのだろうが、しかし1〜2分が経った頃また風が吹いた。
さっきまで吹いていた風とは違い突如逆巻いた風は下北さんの背中を押す様に吹くと、不慣れに動く色の薄い唇をなんとかといった感じで制御しながら下北さんは話し始めた。
「あの……突然呼び出してごめんね」
「いや、全然大丈夫だよ。隣のクラスの下北さんだったよね?何か用事でもあったかな?」
「あっうん。えっと、突然こんな事言われても困るかもしれないんだけどさ、佐山君の事一年生の頃からずっと気になってて、だからその……」
下北さんが一瞬言葉に間を置いたタイミングで話し始めた佐山の言葉はその続きを遮った。
「えっと、俺とは共通の友達もいないと思うんだけど、どうして俺の事を?」
そういえば俺も聞いた事が無かった。隣にいる彩加ちゃんも「それは私が聞いても恥ずかしいからって言って教えてくれなかったのよね」と言っているし何か特別な経緯でもあるのだろうか。
てっきり佐山はイケメンだしその見た目に釣られるミーハーな女子は少なくないだろうから何となくそんな風に好きになったのだと思っていたが。
「それは……そっくりだったから」
「そっくり?」
小首を傾げる佐山と俺と彩加ちゃん。
「うん、佐山君の目が昔飼ってたうちのわんちゃんにそっくりだったから」
えらく真面目な表情で大層な理由を述べた風体を出してるけど告白にそんな理由があるだろうか。俺と彩加ちゃんは驚きを隠せない。
「えっと……わんちゃん?」
自慢のイケメンスマイルがぎこちなるくらいに困惑している佐山が改めて問う。
「うん、うちで飼ってたまめたにそっくりなの」
「そ、そっか。まめたって言うんだね……」
「あっでもきっかけはまめたに似てるって事だったんだけど、廊下ですれ違う時とか体育してる姿を見るうちに好きになっていったみたいな……」
「そっか。うん、下北さんの気持ちは分かったよ、ありがとう」
「えっ、じゃあ私と――」
「でも、ごめん。下北さんとは付き合えないんだ」
佐山の声は二人の間を吹く風のようにどこか冷たくそれでいてとても落ち着いた声だった。
「えっ?」
「下北さんの気持ちは素直に嬉しいんだ。でも今は誰とも付き合うとか考えてないんだ」
「えっと、それはどうして?」
弱々しくか細い声で、しかし佐山をしっかり視界の中心にとらえ問う。
「下北さんはサッカーって見る?」
「えっ、あんまり見ないかな」
「俺は子供の頃から見てる。広いスタジアムで大勢の観客から声援を受けてプレーするそんなプロに昔から憧れてるんだ。でも、そのためには人より何倍も練習しなきゃいけない。だから今は誰かと付き合ったりってのは考えられないんだ。だから、下北さんの気持ちは本当に嬉しいんだけど応えられない。ほんとにごめん」
佐山は申し訳なさそうに視線を足元に落とす。接点の無い下北さんに対してここまで真剣に気持ちを伝えてくれる佐山は本当にどこまでも良い奴なんだろう。
「佐山君が謝ることないよ!そんなに凄い夢を叶えるためなら仕方ないしさ!私も佐山君がプロになってサッカーしてるところ見たいし!」
震える唇で普段より明るく振る舞う下北さんは離れた場所にいる俺達でさえすぐに分かってしまうほど強がっていた。
震える声と体を何とか抑え私は大丈夫だからあなたが罪悪感を感じる事は何もないんだからとそう佐山に伝えているようだった。
「下北さん……」
佐山が呟くと下北さんは強引に佐山の背中をグランドの方面へと押しやった。
「プロになるんでしょ?ならこの時間も練習しなきゃだよね。ほらほら、早く練習、練習」
佐山は下北さんが言う通りグランドへ向かった方が良いと思ったのだろう。最初は重かった足取りだが背中を押された勢いのまま徐々にグランドへと歩み始めた。
途中何度も申し訳なさそうに、そして心配そうに下北さんの方を振り返ると、下北さんはそのたびににこっと微笑み佐山に大きく手を振った。
佐山の背中が校舎の角を曲がったところで見えなくなりそれと同時に下北さんはその場に小さくしゃがみ込んだ。
「まゆか!」
隣にいた彩加ちゃんが慌てて下北さんに駆け寄り俺も続く。
「かっこ悪い所見られちゃったね。私、フラれちゃった……」
膝に顔を埋めたまま震える声で喋る下北さんに対し、彩加ちゃんも膝を折り目線を同じ高さに合わせた。
「かっこ悪い訳無いじゃん!自分の気持ちを真っ直ぐ伝えたまゆかはかっこよかったよ!」
「……私が、かっこいい?」
「うん!まゆかはかっこ悪くない、だって――」
励ます彩加ちゃんの目には大粒の涙が溢れ白い頬にゆったりと流れ落ちた。
「あれ?おかしいね……私励まそうとしてるのに」
「何で彩加が泣いてるの?目の前で泣かれたら私も……我慢できないよ」
今まで堪えていたものが下北さんの涙となって一気に溢れる。
「うわぁぁぁん!」
顔をくしゃくしゃにしてわんわんと泣く下北さんの声が静かな放課後の校舎裏にただただ響いた。
誰かが悪い訳じゃない。誰も悪くないから行き場の無い涙が溢れるのだ。恋愛が必ず理想の結果に行き着くなんて誰も思っていないだろう。だからこそ、その人の事を知り、好かれる自分になろうと努力するのだ。
しかし、それでも結果は誰にも分からない。恋愛なんてのは人の幸福にも成り得るが、その反面人の努力を嘲笑うような結末にも簡単に成り得る。
静かに涙を流しながら下北さんを抱き寄せる彩加ちゃん、その腕の中で子供のように泣きじゃくる下北さん。
そんな、二人を見ていると俺も心の中のもやもやとした行き場の無い感情が体の外に出ようと体内で暴れ回っているのを感じた。
そしてまた風が吹く。
そっと優しいその風は下北さんの涙を拭うように静かに吹いていた。
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