放課後
「――い!」
「おーい!いつまで寝てんだ!」
ガツンと脳天に鋭利な衝撃が走った。まるで寝ている間に月が地球に激突したんじゃないかという振動を感じながら俺は姿勢を起こす。
「いっ!!」
頭をさすりながら頭蓋骨に異常がない事を確認する。どうやら頭に風穴はあいていないらしい。
涙目になりながら頭上を見上げると出席簿を片手に深い溜息を吐く担任の内海先生がいた。普段はでかい態度に比して一際小柄な体を周囲からは見下ろされているが、机に突っ伏したまま首だけ上を向けて内海先生を見上げるとこうも迫力があるのかと恐怖で言葉に詰まる。
そして、相変わらず小学生のような見た目と行動にギャップのある人だ。黙っていればお菓子でもあげたくなる見た目だが、一度その中身を知ってしまえば煙草や酒といった可愛らしさの欠片も無いおっさんっぷりである。これはもうあれだな。おっさんの俺が異世界転生したらロリ体型教師になっていたとかの主人公に違いない。
「なんだその目は。何か言いたい事でもあるのか?」
「いえ、異世界転生は全てが上手くいくという訳じゃないんだなと」
「お前は何を寝ぼけたことを抜かしてるんだ」
呆れつつ溜め息を吐く内海先生。
「先生も苦労されてるんですね。うん、お互い人生にはいろいろありますが頑張りましょうね」
俺はハンカチを取り出ししくしくと涙を拭う素振りを見せる。
「お前寝ぼけてるのか、それとも私をバカにしてるのかどっちだ」
「いや、バカになんかしてませんよ。ただ俺は先生を心配して――」
「心配ならホームルーム中に寝ている自分の心配をしろ!」
言いながら再び出席簿の角を俺の脳天に振り下ろす。迷いの一切ないその行動はモンスターペアレンツなど微塵も気にしない姿勢を感じる。
「いっ!これって体罰じゃ――」
「何か言ったか?」
俺が呟くと内海先生の視線は鋭く研ぎ澄まされた妖刀のように言い知れぬ狂気を纏ったものになった。どっしりと構えたその瞳の奥からは一般の人間には到底出しえない殺気が放たれており口答えをしたらその口を利けなくしてやるという意思が言葉にするよりも分かりやすい形で告げられた。
「いえ、なんでもありません」
「よし、良い子だ。私は物わかりの良い生徒は大好きだぞ」
にやりと口の端だけで笑うと教壇に戻り、ホームルームは再開された。しかし、俺は恐怖に震えそれ以降のホームルームの記憶はほとんど無かった。何か大事なことを言っていたのかもしれないが俺の耳には何も入らず、内海先生の鋭い視線だけが頭の中に残り続けた。
いつの間にかホームルーム終了のチャイムが鳴り響く。俺は試合終了のゴングでも聞いたかのように途端に我に返った。
「なんかお前冷や汗が凄くないか?」
後ろの席の健人が少し心配そうに声を掛けてきた。
「あぁ、緊張してるからな」
もちろん冷や汗は内海先生の狂気のせいだったが緊張と答えたのはそれも嘘じゃないからだ。ホームルームが終了したという事は今日の授業が全て終わったということだ。「緊張?」と頭上にクエスチョンマークを掲げている健人を無視して俺は彩加ちゃんと下北さんに視線を送り合図する。いよいよ本日のメインイベントだ。
「うわぁぁぁ、やっぱりダメだ。めちゃめちゃ緊張するよ〜。私、無理かも」
人がいない廊下の一角に集まると下北さんは頭を抱えしゃがみ込んだ。
「何言ってるのよ。せっかく苦労して作ったクッキーを渡さないまま終わって良いの?」
「苦労してたのは彩加ちゃんだけどね」
「宗太、うるさい」
緊張を和らげようと冗談を言うも彩加ちゃんがギロリと俺を見る。こえー。何か今日は女子によく怒られる日だ。あっ内海先生は女子じゃなくておっさんだった。
「うん、そうだよね!せっかく苦労して作ったんだし私頑張ってみるよ」
立ち上がって拳を力強く握りしめる下北さんは吹っ切れたようで先程まで抱えていた不安など微塵も無いように見えた。ので、俺も場を和ませる。
「まぁ、苦労してたのは下北さんより彩加ちゃんだけどね」
「うわぁぁぁ!やっぱりダメだ〜」
俺の一言で再び膝から崩れ落ち頭を抱える下北さん。
「……宗太!」
彩加ちゃんは溜め息に乗せながら俺の名前を呼ぶと、前髪の隙間からチラリと確認できる細めた目で俺を睨んだ。さらには握り締めた拳がふるふると小刻みに震えている。
「すみませんでした!」
俺もう女子の前では冗談言わないようにしようかな。つまり、俺が冗談を言えるのは男子と内海先生だけ。
「ほら、まゆか。早くしないと佐山君部活に行っちゃうよ」
その言葉で俺も廊下にある時計を見る。
「確かにそろそろ行かないと部活が始まって佐山が一人になる事はないはずだ。下北さん急いだ方がいい」
「う、うん!」
俺達は校門に向かう人ごみを逆流し、佐山のいる教室へと駆けた。
「悪い!ちょっと通してくれ!急いでるんだ!」
俺が先頭を走りその後ろを二人が付いてくる。大声を上げながら帰り道を逆走する奇妙な三人組に他の連中は面白いように道を空けた。
何故、俺が先陣を切って必死に放課後の校舎を駆けているのか俺にも良く分からなかった。ただ、体はどこに向かうべきなのか、何のために急いでいるのかを知っているようにその足をさらに速めた。
「はぁはぁ……なんとか間に合ったな」
佐山のクラスに着き、三人で中を覗くとエナメルバックを肩に掲げ自分の席からちょうどこちらに向かってくる佐山がそこにいた。
「まゆか、頑張って」
彩加ちゃんは下北さんの手を優しく包み込むように握ると下北さんもそれをぎゅっと握り返した。
「うん、二人ともありがとう」
ここまで来たら俺たちに出来る事はもうないだろう。
俺たちは少し距離を置き佐山から見えない位置に隠れると下北さんは佐山を校舎裏へと呼び出した。
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