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料理

「よしそれじゃあ早速始めよっか!」


学校帰りに三人でスーパーに行き買った材料をキッチンに並べると彩加ちゃんはエプロンの紐を慣れた手つきで結ぶ。ちなみに買ってきたのはクッキーの材料だ。


「クッキーか~。食べるのは得意なんだけど上手に作れるかな~」


眉に皺を寄せながら同じくエプロンをつける下北さん。なんか背中のリボン結びが縦になってるけどまぁ良いか。


「レシピ通りに作れば大失敗なんて無いだろうし大丈夫だろ」

「80点ね」


ちっちっと指を動かす彩加ちゃん。


「何が80点なの?」


下北さんは不思議そうに首を捻る。


「レシピ通りじゃ80点のクッキーしか出来ないわよ」

「何か他に入れる材料でもあるの?隠し味的な」


下北さんが問うが買ってきた材料はあらかじめ調べたレシピ通りのシンプルな物だ。となると――


「そんな所ね。渡す人の事を考えて愛情を込めて作る事。これが残りの20点よ」


なんとも、ありきたりな答えだ。まぁ、予想は付いていたが……。てかその答えだと愛情だけあればクッキーの2割は材料なしで完成しちゃわない?何それ、錬金術かよ。禁忌かよ。


「うんうん、なるほど!これは重要なポイントだね。愛情を入れないとクッキーは出来ないっと」


ふむふむと頷きながら熱心にメモを取る下北さん。ちょっと間違えてるけどまぁいいか。


「じゃあ早速作り始めましょうか」


彩加ちゃんがそう言うと、下北さんはお願いします先生と敬礼して答えた。


「じゃあまずバターと砂糖を混ぜ合わせて」

「はーい」


料理に自信が無いと言っていた下北さんだが作るのは別段難しいことも無いクッキーだし楽しそうに返事をする様子に和やかな雰囲気を感じる。こんな風に作られたクッキーを貰える佐山が羨ましくあり同時に憎きリア充である事を改めて痛感した。そんな事を考えていた俺は一瞬気が付くのが遅れてしまった。下北さんが気合と共に握り締める銀色に光る刃物の存在に。


「下北さん!?どうして包丁を握ってるんだよ。彩加ちゃんの説明ちゃんと聞いてたよね!?」

「うん!ばっちりだよ!」

「……じゃあどうして今包丁を?」

「だって料理の基本は包丁でしょ?これ使うんじゃないの?」


俺と彩加ちゃんの予想以上に事態は深刻だった。いくら料理に覚えのある彩加ちゃんでもこのレベルの下北さんに美味しいクッキーを作らせるのはかなり難しいだろう。


「こ、これはかなり大変になりそうね……」


彩加ちゃんはこめかみを抑えつつも、今度は下北さんにも分かるように説明をする。


「まゆかもう一度説明するわね。ここにあるバターと砂糖をボウルの中で混ぜるの。混ぜる時はゴムベラを使ってね!あっボウルって分かる?サッカーとかで使うやつとは別だからね?」


もはや料理を教えているのか、日本語を教えているのか分からなくなってきたな。えっと、確か日本語を教えているんだっなはず。


「それくらい分かるよ。もう彩加ったら冗談きついよー」


笑いながら手元にあった調理器具を抱える。


「……下北さん、それミキサー」

「えっ?」

「はい、まゆか!これがボウルね」


細部まで整ったその綺麗な顔立ちに早くも疲れをどっとみせる彩加ちゃん。学校で見る彼女は一通りの事を人並み以上に涼しい顔でこなしてしまうそんな印象だが、そんな彩加ちゃんをここまで苦しめる事があるなんてな。信じられるか?これでまだ第一工程なんだぜ?


「彩加ー、なんか白っぽくなってきたよ」


しばらく混ぜていた下北さんが嬉しそうにそう言った顔には少し目を離したすきにバターが付いていたし、何故か使ってないはずのケチャップまで付いていた。本当にケチャップだよな?血じゃないよな?


「じゃあそろそろ卵黄を入れていいわね」


もはやケチャップにツッコみもしない彩加ちゃんが下北さんの顔をティッシュで拭きながらボウルの中身を確認し次の指示を出す。下北さんは何かを思い出す様にうーんと唸りながら顎に指を当て天井を見つめた。


「あっ思い出した!」


流石の下北さんも卵黄は知っていたかと胸を撫で下ろすと、下北さんは天高く拳を突き上げた。


「我が生涯に一片の――」

「ちょ、ちょっと待って!下北さん何やってるの!?」

「えっ?だって彩加がそろそろラオウを入れてって」

「まゆか……一旦落ち着いて聞いてね?クッキーを作るのにラオウを入れると思う?というかどうやって入れるのか分かんないけど……」


彩加ちゃんが問うと、屈託の無い笑顔で答えた。


「少し変だなとは思ったけど」

「変だと思ったらやる前に聞いてね」


困り顔で彩加ちゃんが言う。


「でも彩加が言うならやらなきゃなって思ったんだよ。彩加は私のために一生懸命になってくれる、本気で応援してくれてるって心の底から思うの。だから彩加が言ったことには私も全力で応えなきゃって思ったの。あっもちろん三浦君にも同じ気持ちだよ」


同じクラスだし話をしたことはそれまであまり無かったがそれでも下北さんの人の良さは知っているつもりだった。だが今改めて思った。こんなに真っ直ぐで素直なクラスメイトを全力で応援したいと。横目で見た彩加ちゃんの表情から彩加ちゃんも同じ気持ちである事は一目瞭然だった。


「まぁ、私はそもそもラオウなんて言ってないけどね」

「いてっ」


しかし容赦なくツッコむ彩加ちゃんは、とても優しいチョップを下北さんの頭に向けて打った。


「でも、そんなこと言われたら私も気合を入れ直すしかないじゃない」

「彩加!!だーい好き!!」


袖を捲り落ち着いた声で話す彩加ちゃんに瞳をうるうるさせて下北さんは抱き着く。力強く抱きしめられる彩加ちゃんは困惑しながらも嬉しそうに微笑を浮かべた。


「もう分かったから続きをやるわよ。ただし、まゆかの料理は絶望的だから宗太もちゃんと協力してよね」

「あぁ、分かった。流石に彩加ちゃん一人じゃキツいだろうからな」

「そんな、絶望的は言い過ぎだよ」

「「いや、言い過ぎじゃない!」」


その後は三人で力を合わせ何とかクッキーは完成した。途中、生地を寝かせるって指示を出したら布団を敷き始めたりするなどの苦労はあったが、しかし苦労を乗り越えたからこその達成感と出来上がったクッキーの甘い香りに俺たちは包まれていた。匂いだけで分かるこのクッキーは甘くて美味しいそんな香りだ。


「二人とも本当にありがとう!明日これを渡して告白を成功させてみせるよ」

「うん、まゆかなら絶対成功するよ」


可愛らしくラッピングしたクッキーを大事そうに抱え、宝石でも見つめるかのようにいろんな角度から観察している下北さんを俺と彩加ちゃんは玄関で見送った。こうして無事クッキー作りは終わった。


「って彩加ちゃんは帰らないのね」

「だって疲れたんだもん。もう動けないかも」


ソファに座りこむ……というよりは倒れ込む。よほど疲れたんだろう。正直、あの下北さんに人に渡せるレベルのクッキーを作らせた彩加ちゃんの努力は教科書に載っていいレベルだと俺は思う。


「とりあえずお疲れ」


俺はそんな彩加ちゃんにお茶を出し、隣の椅子に腰かけた。


「絶対に成功するなんて言って良かったのか?」

「あっ……うん」


胸元まで伸びた髪を指先で触りながら俯く。


「絶対なんて言い切ってもし結果が――」


問いかける俺の言葉を彩加ちゃんは遮るように喋る。


「うん、宗太の言いたい事は分かってるよ。でもね、そう言ってあげたくなったの。根拠なんて無いそんな言葉だけど少しでもまゆかに勇気が与えられたらと思って」

「そっか……」


そう答えた俺の口から続く言葉は出なかった。不安なのは下北さんだけじゃ無かったんだ。すぐ隣で応援してきた彩加ちゃんも不安なんだ。それに気づくと俺はこう口にしていた。


「彩加ちゃんのその気持ちはきっと下北さんに伝わってるよ」

「うん、ありがとう。宗太はやっぱり昔から変わってないね。優しい宗太のまんまだ」

「えっ、昔がどうかした?」

「ううん、何でもないよ」


彩加ちゃんはお茶の入ったコップを胸の前で抱え優しく微笑んだ。

下北さんが帰った後はそんな会話をしばらくして彩加ちゃんも帰路についた。


その日の夜、特別暑い夜だった訳じゃ無いが俺は何故か眠れずにいた。部屋の電気を消してベッドで横になっているとカチカチと時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえた。きっと今下北さんもこうして眠れずにいるのだろう。受験なんかよりよっぽど緊張していて、普段より何倍も速く脈打つ心臓の鼓動を必死に聞こえないふりで誤魔化しているんだ。何でそんな事が分かってしまうのか。それは俺も、少なからず同じ気持ちを共有したからだ。考えても仕方がない、誰も解決出来ない心の中の靄を晴らす方法は一つしか無い。それは明日佐山に告白をして直接答えを聞くことだ。


だから、今はただ願う。クラスメイトとしてではなく、友人として。それがたとえ何も意味を成さなくても、下北さんに届かなくても願うのだ。明日の成功を。


その努力を少しでも隣で見た俺はそう願いながらいつの間にか眠っていた。

最後まで読んで頂きありがとうございます!


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