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ヒロインと悪役令嬢



 攻略対象を避けること。魔術の鍛錬をすること。

 そして私のもう一つの日課にして、最大の趣味。リリーローズ様の観察。

 学院での日常を過ごす中で、何よりも大切なこのひととき。が、まさかこんな形で変わるだなんて……




 その日も私は、リリーローズ様のお姿を観察しようと、昼休みに女神の姿が見える庭園の隅に身を潜めていた。

 天気良し、日差し良し、風良し。今日はきっとリリーローズ様のことだからここでランチを食べるわね。

 リリーローズ様歴の長い私の予想は当たり、程なくしてリリーローズ様が護衛のライと共に姿を現した。


 ドキドキしながらそのお姿を拝んでいると、穏やかな昼下がりを台無しにするような邪魔者が庭園の入口に現れて、私の気分は天から地下まで急降下した。

 ツカツカと肩で風を切るように庭園を遮るのは、この国の王太子。


「こんなところにいたのか」

 不遜な態度の王太子が不機嫌さを振り撒きながらリリーローズ様の前に立ちはだかった。


「俺は忙しいんだ。いちいち貴様を探している暇なんか無い。面倒を増やすな」

 勝手にやってきて理不尽に怒ってる。もう最低だ。


「王太子殿下、ご機嫌よう。わざわざお探し頂き申し訳ございません。何用でございましょうか」

 美しく礼をとるリリーローズ様。そんな奴に謝らなくていいのに。一方の王太子は自分の方が立場が上であることを当然のようにリリーローズ様を見下したままだ。


「昨日、王太子妃教育をサボったと聞いた。いったい貴様は何様のつもりなのだ?たかが公爵令嬢の分際で、俺の婚約者になれただけでも縋りついて感謝すべきなのに、それをサボるとは。頭がおかしいんじゃないのか?」

 一方的な物言いに、頭がおかしいのはお前だ!と私が呪っていると、リリーローズ様は頭を下げたまま口を開く。


「誠に恐れながら……昨日は祖母が体調を崩し、授業をお休みさせて頂きました。王后陛下には許可を頂いたのですが、殿下への伝達に漏れがあったようです。以後気をつけます」



「はんっ!体調不良だと!?公爵家の分際で、一家揃って私を馬鹿にしているのか!?貴様のような貧相な女が王家に入るのだ、親の死に目に会う暇さえ惜しんで俺に尽くすのが道理だろう!いちいち仮病で俺の顔に泥を塗るな!この女狐がっ」


 思わず。そう、思わず。あまりの横暴さに気が遠くなった私は、制御できずに持っていた教科書を地面に叩き付けてしまった。


 バァンと結構な音に、王太子とリリーローズ様の目が私を見る。

 こうなったら自棄だ。王太子の顔なんか見たくもないけど!


 妃教育のせいで本当にお母様の死に目に会えたなかったリリーローズ様の心情を思うと、黙ってなんかいられないわ!!


「おお!ダリアじゃないか!」


目を輝かせて私の胸に挨拶する王太子。はい、お疲れ様。あなたはお呼びじゃないのよ!


「王太子殿下、リリーローズ様。申し訳ございません。聞くつもりはなかったのですが、殿下のお声があまりにも大きくて聞こえてしまいました」


「そうか。そんなに私の声が好きか。ダリアは今日も可憐だ。実に愛らしい」


 チッ

 勿論、今のは心の中だけの舌打ちだ。

 この王太子、頭が腐ってるんじゃないだろうか。


「いえ、そういうわけではございませんの。王太子殿下、普段とは違いお怒りの様子でしたが、何か不都合でもおありになりまして?

私、王太子殿下の怒鳴り声にとてもとても驚いてしまいましたわ」


この馬鹿王太子だ。分かりやすくしないと伝わらないだろうと思い、些か不敬だけれど、はっきりと言ってやった。


「それはすまなかったね。この女の不始末で取り乱してしまったようだ。そなたがいると知っていたら、こんな風に声を荒げることはしないさ。どうか忘れてくれないかい?」


 なのに。私の嫌味や抗議はどうやらこの無能男には届かなかったようで、王子様スマイルで流されてしまった。

 ここまで話にならないだなんて。後先考えなくていいなら頭を鈍器で殴ってやるのに。


「私が口出しして良い事でないのは重々承知しておりますが、殿下はリリーローズ様に厳し過ぎではございませんか?」


 必死に怒りを抑えながら、どうにでもなれと言い放つ。リリーローズ様が心配そうに私を見てくださったけど、こんな暴挙を黙って見ていられるもんですか。


「あぁ!まったく。ダリア、そなたはどこまで優しいんだい?こんな悪女にまで情けをかけるなんて。そなたはあの女と違い、外見も心も美しいな。本当に。貧相で冷徹で薄汚いどこぞの令嬢に見習って欲しいものだ」


 ダメだ。話が通じない。こういうタイプは話すだけ無駄。何を言ったって時分の都合のいいようにしか考えないタイプ。こちらが疲弊して終わりだ。こう言う時は作戦変更して、追い払うに限る。

 一度心を無にした私は、微笑んでリリーローズ様の手を取った。


「殿下。私、リリーローズ様とランチのお約束をしておりましたの。女性同士の積もるお話もございまして、殿方にはそろそろご遠慮頂きたいですわ」


「なんだと!?この女とランチ!?ダリア、無理矢理付き合わされたのなら言いなさい。私がこの悪女を処分してやろう」

「何をおっしゃるのです。私が頼み込んでご一緒させて頂いたのですわ。殿下、どうぞお引き取り頂けませんか?」


 尚も何か言い募ろうとする王太子だったけれど、庭園の入口に第二王子の姿が現れると舌打ちをした。


「しつこい奴だ。もう見つかったか」

「ここにいらしたのですか、兄上。午後までに頂く書類がまだ届かないと王宮から連絡がございましたが」

「……すぐに戻る」

「お急ぎ下さい」


 なんなの。散々リリーローズ様を責めておいて、本当にサボってたのは自分じゃないの。サイテーにも程があるわ。恐らくこの状況を見て全てを把握しただろう第二王子は、私に目配せをして王太子を引っ張って行ってくれた。


「いいか、ダリア!この女は信用ならない!そなたとランチなど、何か企みがあるに違いない!充分注意し、何かあれば必ず私に言うのだぞ!」


 どこまでも煩い王太子の遠吠えは聞こえない事にする。深く考えると怒りで気が狂いそうだ。やれやれと目線を逸らすと、震える程握り締められた拳が見えた。

 リリーローズ様の護衛騎士ライ。一言も発しなかった彼からは、よく見ると刺すような怒りのオーラが噴き上がっている。本当は斬りかかりたいのを主人の為に必死に抑えてるその姿に、妙な対抗心が湧いた。


 何よ!私だって、リリーローズ様の為に必死で耐えたんだから!と。






「余計なことをしてしまい申し訳ございません、リリーローズ様!」


 王太子の気配が完全になくなったところで、私は深々とリリーローズ様に頭を下げた。余計な口出しをしてしまったことで、リリーローズ様に不快な思いをさせてしまったかもしれない。


「いいのよ、こちらこそ助かりましたわ。どうかお気になさらないで」


 どこまでもお優しい女神様。せっかくのリリーローズ様との交流機会。必死の私は、ここぞとばかりに自分を売り込んだ。


「いいえ、ダメです。私のせいでご迷惑をお掛けしたんですから。私に何かお手伝いできることはございませんか?リリーローズ様の為なら私、何だって致します!」


「いいえ、お言葉だけで……」


 断られてしまうだろうと身構えていたのに、リリーローズ様はそこで言葉を切って急に口許を隠した。

 これは何か、私に頼みたいことを思い付いたのだと確信した私は、急いで畳み掛ける。


「何かあるなら遠慮せずにおっしゃって下さい」


 言いづらそうなリリーローズ様にリラックスして欲しくて笑いかけると、リリーローズ様は意を決したようにこちらへ向き直って下さった。


「あ、あの……それでしたら、もし宜しければ、私のお友達になってくださらない?」


「えぇっ!?」


 思わず上がった悲鳴を慌てて手で抑える。なんと?今、なんと仰ったの、私の女神様は?お友達?私が?女神の?


「……ランチも、本当にご一緒にと……思いましたのだけれど……やっぱり駄目かしら。私のような女とお友達なんて、願い下げよね。どうぞ忘れて頂戴」


 美しい無表情はそのままに、若干落ち込んだ様子のリリーローズ様。尊くて鼻血が出そうです。思い出してみれば、ゲームの中ではお友達どころか取り巻きでさえいなかったリリーローズ様。悪役令嬢なのに、一緒にいると言えば護衛騎士のライだけ。孤高の女神様が、私をお友達にと!?戸惑いながら、勇気を出して交際(友情)を申し込んでおられるの!?そしてこちらの反応を勘違いして沈んでらっしゃるなんて!私はドキドキする胸を押さえて必死に口を動かした。


「そんなことありません!あ、あまりに嬉しくて……吃驚してしまい、申し訳なかったですわ。もし本当にリリーローズ様が望んで下さるのなら……是非、リリーローズ様のお側にいる栄誉を私に与えてくださいませ!」

 情けない事に声は裏返り、興奮で手が震えてしまった。でも真っ直ぐに差し出した手を、リリーローズ様は嬉しそうに握って下さった。


「ええ、勿論ですわ!あぁ、嬉しい。初めてのお友達でしてよ!私、憧れていたのだけれど……その、ファーストネームでダリア嬢と……いえ、ダリア様とお呼びしても宜しくて?」


 喉の上、鼻の奥に血の気配を感じたけれど、何とか抑えた。ここで鼻血を噴いたら全てが台無しよ、ダリア。我慢するのよ。いくらファーストネーム呼びするだけで滅茶苦茶緊張しているリリーローズ様が愛しいからと言って、爆発しては駄目よ。


「いっそのことダリアと呼んでくださいませ、リリーローズ様!」


 本当は土下座したいところを懇願に留めて見つめると、リリーローズ様はその美しいお顔を真っ赤になさって唇を震わせた。


「まあ……そんな、いえ。お友達ですものね。わかりましてよ、ダ、ダ、ダリア」


 今日からダダダリアに改名しようかと本気で考えた瞬間だった。



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