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繋がった心





 人の目につかないよう注意を払って第二王子が私を案内したのは、彼の執務室だった。学院に在籍中も公務をこなさないといけないため、王族に特別に与えられる執務室。整然と片付けられた本棚と机、その上の高く積まれた処理済みの書類が彼の人柄を如実に表しているようだった。


 確かゲームで見た王太子の執務室は書類も本も煩雑で散らかっていて、見兼ねたヒロインが片付けてあげていた。完璧な王太子のお茶目エピソードとして捉えられていたけれど、私的にはきちんとしている第二王子の方が好印象だ。


「これは何だ?」


 遠い目で現実逃避していると開口一番、第二王子は先ほど私から取り上げた手鏡を取り出し単刀直入に尋ねてきた。亀裂の入った鏡は私と第二王子を半面に映したまま静かに彼の手に収まっている。


「心の声を映しとる魔道具です」


 誤魔化すことは得策じゃないと思い、正直に申告した。すると第二王子は盛大な溜息を吐き、手鏡をテーブルに置く。


「詳しい効力と魔術の発動条件、解除法は?」


「相手の目を見ると、心の声が聞こえます。発動条件は魔力を流した鏡面に相手を映すこと。この魔術は7日で自動的に消滅するので、解除方法は時間経過を待つだけです」


 前世のゲームでシステムに表示されていた内容をそのまま伝えると、第二王子は頭を抑えながら考えを巡らせているようだった。ちなみに今は目を合わせていないので、心の声は聞こえていない。


 不意に第二王子は手の中の手鏡に何やら魔術を使用した。パッと輝くダークブルーの魔力。え、ちょっと待って……

 私はまだ魔術学を習い始めたばかりの素人だけれど、自分の魔力量の多さは知っている。と言うのも、ダンドール教授が私の魔力を見て目を瞠ったのは魔力色だけでなく、圧倒的な魔力量にも常人とは違う特別さを見出したからだった。


 なので私は自分の魔力量が人よりずっと多いことは自覚していたけれど、今目の前にいるアレクセイ第二王子殿下。その解放された魔力量はもしかして。私よりずっと多いのではなくて?歴代最強の魔術士と名高いダンドール教授と同程度の魔力量を有している私よりも更に多い魔力量。


 しかも彼が今使っている魔術は恐らく、物質の要素を見抜く検分の魔術。超高度かつ繊細な魔術、普通は大きな岩とか硬い地盤とかに使用する魔術でこんな小さくて脆い手鏡に使用するには相当な技術と集中力を要しても不可能に近いのをいとも簡単に?え、この人ってもしかしてかなり優秀な人なの?


「ふむ。確かに害のあるような黒魔術の類はなさそうだ。聞く限り、この魔術は一方通行のものだと思うのだが、どうして我々は互いの心の声が聞こえている?」


 こちらが絶句しているのは気にも留めず、第二王子は純粋な疑問を口に出した。まるで高度魔術と自分の絶対的な魔力量など些細なことだとでも言いたげに。そして頭の回転が速い。先程の情報だけで諸々を理解してる。

 触れてくれるなと言うような空気をヒシヒシと感じたので、私はそのことには触れずに、第二王子の疑問についてここに来る道中考えていた仮説を話す事にした。


「恐らくですが。殿下がこの鏡に触れた際に魔力が流れ、先に触れていた私の魔力と反発して鏡が二つに割れました。それぞれの魔力が宿った片面に相手が映り、互いに魔術が発動して心の声が聞こえ合う状態になってしまったのではないかと」


 思索していた顔を上げ、第二王子の目が私の目を捉えた。そして心に直接彼の声が響く。


『つまり、偶然の事故だと?』

『その通りです』


 口に出さず会話するとは何とも変な気分だったけれど、私は真っ直ぐに第二王子を見据えて答えた。

 先程からのやり取りで、心の声とは恐らく言語化された思考だと思う。つまりは思考の言語化をコントロールできればある程度心の声を聞かれる範囲は抑えられるということ。それは第二王子も気付いたようで、既に完璧に心の声を使い分けているようだった。

 かと言って、こうして向かい合えば思考ではない部分の感情が相手に流れ出しているのが解る。心の内を曝け出しているようで落ち着かなかったけれど、心内を晒すというのが何よりの証拠だった。本当に故意はなかったのだ。まさか第二王子とこんな繋がりを作ってしまうなんて。誤算以外の何物でもない。


 どうやらそれは第二王子にも伝わったようで、探るようだった瞳が険しさを和らげていくのがわかった。


「…そなたの話を信じよう。私を害する意図はなかったと」

「本当ですか?」


 思いの外強張っていた肩の緊張が解けた。偶然とはいえ、王族に魔道具を使ったのだ。不敬罪や王族傷害罪で罰せられてもおかしくない状況なのに。さすが第二王子、『話の解るお方だと思っておりました』

 最後の言葉は第二王子の目を見て心の中で呟いた。第二王子も僅かに表情を緩め、煌めく碧眼を私に向ける。


「私を害する意図がないのはよく判った。だが…そなたはこの鏡を兄上に向けようとしていたんじゃないのか?」

 ぎくり。

 穏やかな表情で核心をつく第二王子はやはり一筋縄ではいかなかった。目を逸らした私に彼は更にたたみかける。


「いい機会だ。そなたとは一度話をしたいと思っていた、ルーツェンベルク辺境伯令嬢」

 私を執務室のソファへ促し微笑む美麗なお顔が心を読まなくても逃さないと言っていた。まずい。非常にまずい。心の声が聞こえるこの状況で、向かい合って話なんかしたら色々と誤魔化しようがない。怯んだ私を真っ直ぐに見て、第二王子は心に直接話しかけてきた。


『そのように警戒しては、何か後ろ暗いことがあると言っているようなものだが?』


 うぅ…。このお方は本当に順応が早い。突然心で会話するっていうあり得ない状況に陥ったっていうのに、こんな風にもう武器にしてるなんて。

 でも冷静になってみると、仰る通りだわ。このままではまずい。でもちょっと待って。百歩譲って、私は本当に王太子をどうこうしようなんて思ってない訳だし(今のところはだけど)、むしろ王太子と婚約者であるリリーローズ様の仲を取り持とうとしているのよ。それは第二王子にとっても悪い話じゃないはず。だってここ数日見ていて解ったのだけれど、この人は王太子の護衛兼お目付役をやっているのだもの。


 彼は私だけではなくて、他のどの令嬢とも王太子が二人きりにならないように邪魔をしていた。そして王太子が王族らしからぬ行動をしようものなら周囲に気づかれない程度にフォローしたり、こっそり助言したり。さっきだって、王太子に危害が及ぶかもしれないと思ってわざわざ魔道具の前に飛び出してきた。きっと、王太子の為になることなら進んでなんでもする筈。ここは私のリリーローズ様への熱い想いを披露して、協力関係を結べばいいのではないかしら。


『承知いたしました。私には後ろめたい事などございません。どうぞ何でもお聞きになってください』

『そうか。では単刀直入に聞こう』


 前置きをしてから第二王子は、正面から今度ははっきりと言葉にした。


「王太子である兄上の気を引き王太子妃の座を手に入れようだとか、或いは辺境伯の令嬢として謀反を企てていて兄上を害そうだとか。そういうことを考えていたのでは?」


 心の声が聞こえるこの状況で、お互い腹の探り合いなんてしてられない。その意思表示のようなズバリな問い掛けに、私も正直に答える事にした。


「いいえ、それは誤解です。私は王太子殿下の気を引こうなんて微塵も思っておりませんし、ましてや害そうなどと大それた事は考えておりません。ただ…私は王太子殿下とリリーローズ様にもっと仲良くなって頂きたいのです」


 意外な名前が出てきて驚いたのか、第二王子の目が僅かに揺れる。

「兄上とコールドスタイン公爵令嬢に?それは何故だ?」

「それは私がリリーローズ様を敬愛し、幸せになって頂きたいからです」

 言葉だけでは伝わらないと思い、私はありったけの想いを目に込めた。


『リリーローズ様は私の女神、宇宙一の最推しにして最愛、とにかく命に等しい。いえそれ以上に大切なお方なのです。あのお方のお姿を見るだけで私の胸は高鳴り、お声を聞くだけで脳髄が蕩け出し、笑みを向けられた日には天に召される自信がございます。あのお方を幸せにすることが私の使命。あのお方の侍女となり永遠にお側に侍り続けることこそが私の生涯の夢。あのお方のお子をこの手に抱く事が私の生きる野望です。その為には何としても婚約者である王太子との仲を良好にして幸せな家庭環境を整えて差しあげなければ。しかしあのクソ王太子はリリーローズ様に冷たくするばかり。このままではいけないと打開策を探るため、あのクソカスセクハラ王太子の心を探る為に魔道具を仕掛けようと』


 ここまで思ってからハッと目を抑えた。熱弁が過ぎるあまり、いつものように王太子のことをクソカスゴミクズセクハラ王太子と呼んでしまった。不敬罪に問われたりしないだろうか。

 恐る恐る第二王子を見ると、普段はクールな彼が珍しく呆気に取られた顔をしていた。


「あ、そうか、うん。いや、聞いてはいけないようなことを聞いた気もするが……」


 更に珍しいことに歯切れも悪い。やはり王太子をボロクソに言ったせいだろうか。心配になって見つめていると、第二王子は空気を変えるように咳払いをした。


「そなたに害意がないことだけはよく判った。また、そなたの言うことも尤もだ。兄上は婚約者のいる身。王族として醜聞など以ての外。自らの婚約者を大切にし良き伴侶となるべきだと私も常々思っていた。

 そう言うことであるなら、私もそなたに協力しよう」

「本当ですか!?」


 私の勢いに少しだけ引きながらも、第二王子は協力を約束してくれた。やっぱりこの人、話の解る人だ。


「嬉しいです!アレクセイ殿下のお力添えを頂けるなんて、とても心強いですもの。あぁ、これでリリーローズ様の幸せに一歩近付くことができました」

 涙ぐんだ私を何とも言えない表情で見ていた第二王子が、ボソリと呟く。

「本当にそなたは彼女のことをそこまで想っているのだな」

「何か言いまして?」

「いや。とにかく、今回のことは大目に見るが、今後は誤解されるような行動は慎んでもらいたい」


 勿論ですと深く頭を下げると、第二王子は暫く疑り深げな視線をこちらに向けたが、堂々と目を見返せば仕方ないとばかりに首を振った。

 行っていいと許可を得たと見て、退室のため礼を取ろうとした時だった。


「ダリア嬢」


 不意に呼び止められ、顔を上げると無表情の彼と目が合う。心なしか楽しそうな雰囲気は気のせいだろうか。よく見れば第二王子はリリーローズ様と同じくらいのつり目で、暗いダークブルーの髪色に良く映える白い肌は肌理細かくて本当に綺麗だった。打ち解けて雰囲気が穏やかになれば、かなり……どころかとてつも無く私のタイプであることに気付いてしまった。


「口に出してはいないのだから、そなたが兄上を心の中でどう思っていようと罰することはないので安心しなさい」

「えっ」

 予想外の言葉に変な声が出そうになったけど、第二王子はフッと笑みを漏らしただけでそれ以上何も追求してこなかった。


「随分と引き止めてしまったな。空が暗くなり始めている。馬車まで送ろう」

「ありがとうございます」

「事故とは言え、妙な繋がりができてしまった。ある程度はコントロールできそうなのでそこまで支障はなさそうだが。7日間か。長いようで短いな。改めて宜しく頼む、ダリア嬢」

「はい」


 先を行く第二王子の後を静かに追いながら。今しがた見た彼の笑顔が目に焼き付いて頭から消えてくれないのはどういうわけだろう。

 初めて彼にファーストネームを呼ばれたことに気付いたのは、その日の夜、寝付く寸前のことだった。




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