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女神様との対面


 鈴の鳴るような軽やかさと、ハープのような奥深さ。それを両立しつつ清涼で嫋やか。こんな声で話し掛けられたら、気が動転するのもしょうがないと思う。


「具合が悪いのでしたら、医務室へご一緒致しましょうか?」


 なんて優しいの!正に女神!語彙力のなくなった私は、無表情ながら目の奥に心配そうな気配を漂わせて私を見つめるリリーローズ=ヴァイオレット・コールドスタイン公爵令嬢と目が合い、不覚にも泣いてしまった。


 艶やかな黒髪、陶器のような白肌、恐ろしいほど整った顔立ちにアメジストのような煌めく紫色の瞳。そのつり目が優しげな印象を中和して絶妙な悪役風雰囲気を醸し出している。この世の美を全て集めて浴びた様なその姿は、私の最愛にして女神そのものだった。


「っ、」


 生涯、あなたを推してました。あなたは私の人生です。


 そう口走りそうになるのを必死に止めた。私は将来リリーローズ様の侍女になるのだ。こんな所で不審者扱いされる訳にはいかない。


「あら、まあ。困りましたわ。どうか泣かないであそばせ」


 そっと差し出されたハンカチ。暖かい手が私の背中を遠慮がちに摩り、慈悲深い声が慰めてくれる。嗚呼、神様ありがとうございます。私もう死んでもいいです。


「ご、ご無礼をお許しください、リリーローズ様」


 名前をお呼びしてしまった事に驚いたのか、リリーローズ様の瞳が数ミリだけ動いた。いきなり不敬過ぎただろうか。でもこれも私の夢だったのだ。


 ゲームの中では誰からもファーストネームで呼ばれていなかったお可哀想なリリーローズ様。その孤独を少しでも癒したいと、常に私はリリーローズ様のことをリリーローズ様とお呼びしてきた。


 そして今、不敬を覚悟でご本人に呼び掛けさせて頂いた。流石に咎められるだろうかと身構えたものの、リリーローズ様はしかし、困ったように笑って下さっただけだった。


「お気になさらないで。何かお辛いことがあったのでしょう?」


想像以上のリリーローズ様のリリーローズ様っぷりに、私は涙が止まらなかった。優しさの権化、私の女神様。


「ここでは人目がありますわ。あちらに行きましょう」


 リリーローズ様に誘われ、私は人目のつかない空き教室の中へ連れられていった。





 感動の後に襲ってきたのは、ひどい後悔だった。

 憧れのリリーローズ様との出逢いで涙してしまうなんて。これから侍女にしてもらおうと言うのに、迷惑をかけてしまった。どうせならカッコいい魔法でも使いながら、弱い人を助けてるような場面で出逢いたかった。


「申し訳ございません、落ち着きました」

 頭を下げれば、リリーローズ様は微笑んで下さった。


「何があったかは聞きませんわ。けれど、これも何かのご縁。困ったことがあればいつでも私を頼ってらして」


 女神様!もうそれしか出てこない!

 これ以上失態を犯す訳にはいかないと、私は気を引き締めてリリーローズ様に向き直った。

「ご挨拶が遅れて失礼致しました。私はルーツェンベルク辺境伯の娘、ダリアです」


「あら、では貴女が噂の特待生の?お近づきになれて光栄ですわ」


「そんな!私こそ、リリーローズ様にお声掛け頂いてこの上なく感激しております。ずっと憧れておりました。田舎育ちで何も知らない、至らない未熟者ですがどうぞ宜しくお願い致します」

 一息に言い切った。憧れだなんて言葉では収まり切らない激情を抱いているのだが、憧れくらいの可愛い言葉で伝える分には問題ないだろう。


「先程は本当にありがとうございました。ちょっと辛いことがあって、その上憧れのリリーローズ様にお声掛け頂いて、驚いて涙が止まらなくなってしまいました」

 しっかりと好意を強調しておく。侍女への第一歩だ。本当は好意なんて語り出したら足りないくらいなのだが、それを全部ぶち撒けてドン引きさせてしまうほど、私の推しへの愛は軽くない。


 リリーローズ様は相変わらず困ったように笑って、何も言わずに手を握って下さった。え、ちょま、ちょっと待って待って!手!リリーローズ様の手!!


 内心で叫びまくりながら、私は何とか平静を装ってリリーローズ様の手を握り返した。幸せ過ぎて死にそう。

 しかし、その幸せな時間は長く続かなかった。



 わざとらしくなく。けれども会話と雑音の合間、一瞬の静寂の中。妙に響くような絶妙のタイミングで、私達の後方から靴音が鳴る。

 

 リリーローズ様との幸せな時間に割り入ってきたのは、ある意味私がこの世で最も嫉ましい相手だった。


「ライ、今行くわ」


 リリーローズ様が気安く呼ぶその相手、リリーローズ様の護衛騎士ライ。銀髪赤眼の長身イケメンでゲームでは処刑されてしまったリリーローズ様への愛故にラスボスになる運命。

 そして、私の生涯のライバル。


 睨み付けるとこちらの敵意を感じ取ったのか、整った顔立ちが私に向けられた。ふん。いくらイケメンだろうと、銀髪赤眼が様になっていようと、リリーローズ様の横に並んでいい男などいないわ!私の方がリリーローズ様を愛しているんだから!!


 ライは私を見て一瞬考え込むように目を細めたけれど、私程度の小物など捨て置いて問題ないとでも言いたげに視線を逸らした。


 きーーっ!何よ!どうせ今の私はリリーローズ様のクラスメイトその1でしかないわよ!でもね、覚えていなさい!いつかリリーローズ様の侍女になって、護衛騎士のアンタなんかよりずっと近い距離でリリーローズ様の元に仕えてやるんだから!

 永遠のライバルであるライに心の中で宣戦布告をして、私はリリーローズ様を見送った。後ろ姿まで優雅なリリーローズ様。本当に素敵な女神様。

 お姿は勿論、所作もお声も香りまで完璧過ぎてますます虜になってしまった。こんなに惚れさせてどうする気だろう。泣くだけで済んだなんて、寧ろよく頑張ったと思う。最推しを前に錯乱しなかった自分を褒めたい。



 余韻に浸りながらフラフラと馬車まで歩く。こうして私の学院生活1日目が幕を閉じた。








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― 新着の感想 ―
[気になる点] 遠目ですら見てなかったのかな?名乗りも紹介も受けていない初対面でいきなり名前呼びするって、ハッキリ言って相手は怖いと思うの(`・ω・´) 当然私の事は知っているわよね!的な社会ならいい…
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