悪役令嬢の福音
「そなたらにも此度のテオバルドの所業と婚約破棄について、後日正式に謝罪しよう。コールドスタイン公爵。リリーローズ嬢。」
騒動が一段落したところで、国王陛下がリリーローズ様とそのお父様であられるコールドスタイン公爵に声を掛けた。
「思うところはございますが…テオバルド殿下を廃嫡なされたこと、ご英断だったと存じます。」
リリーローズ様によく似た色彩のお父様公爵がそう仰ると、陛下は慎重に頷いてリリーローズ様に目を向ける。
「リリーローズ嬢、幼き頃より王太子妃教育を受けて来たそなたの努力を愚弄する結果となってしまい、申し訳ない。」
「畏れ多いことでございますわ国王陛下。テオバルド殿下のお心を得られなかったのは、私の至らなさ故でございます。ご乱心をお止めできなかったこと、元婚約者として申し開きもございません。」
「そなたに非はない。全てはテオバルドの責任であろう。あやつには失望した…。リリーローズ嬢ほどの婚約者がいながら何を馬鹿なことを…。
公爵、コールドスタイン家に対する補償は充分にするつもりだ。今後とも国の為に力添えを頼む。」
「無論です。」
そう頷いたお父様公爵の視線がゆっくりと国王陛下からアレク様に移る。
「アルストロメリアの血を引いたアレクセイ殿下が王太子となられるのでしたら、今後は私ども貴族派の貴族も喜んで王家を支持いたします。」
お父様公爵の言葉に驚いてアレク様を見ると、アレク様は複雑な目を公爵に向けていた。
「伯父上…」
「えっ!?」
どう言うこと?思わず漏れ出た驚きの声を慌てて塞ぐも、気づいたアレク様は私にバツの悪そうな顔を向けた。
「すまない。隠していた訳ではないのだが、言うタイミングを逃してしまって…。こちらのコールドスタイン公爵は、私の母の兄上なのだ。」
ちょっと待って…
『と、言うことは…?』
『そう。コールドスタイン公爵令嬢…リリーローズ嬢と私は、従兄妹だ。』
心の中で答えてくれたアレク様の言葉に、私は雷で打たれたような衝撃で意識を失いそうになった。
なんてことなの!?
未来の夫がリリーローズ様と従兄妹ですって?え、待って…と言うことは私も実質リリーローズ様の親戚になると言うこと!?あぁ!侍女にはなれなかったけれど、私。憧れの最推しの親戚になってしまうのっ!?
キャパオーバーな私のことなどお見通しなのだろう、アレク様の目が心配そうに私を見ている…っていうかその目!そのつり目!!よくよく見ればリリーローズ様と同じ角度だわっ!どうりで似ているわけよね!!好きになっちゃうはずよね!!
「改めて未来の王太子妃にご挨拶申し上げる。」
私に向き直り礼をする公爵に、慌てて私も礼をとった。
「あ、こ、公爵様…お初にお目にかかります。ダリア=ブラン・ルーツェンベルクと申します。」
「貴女のことはリリーローズからよく聞いております。聖女にして未来の王太子妃と懇意にして頂けるとは、光栄の至りです。」
「いえ、私こそ…リリーローズ様とこうして仲良くして頂けること、夢のようだと日々思っております。」
一瞬だけ表情を緩めた公爵が、陛下と再び話し始めたところでアレク様がそっと教えてくださった。
「公爵は愛妻家で、妻の忘れ形見であるリリーローズ嬢をとても大切にされていたのだが、王太子妃教育のため敢えて厳しく接していたと聞く。
従兄妹であるリリーローズ嬢が兄上から疎まれ、肉親にも頼れず孤立していくのはもどかしかったが、立場上私にはどうにも出来なかった。
だからそなたが彼女を慕い、力を尽くそうとしてくれているのが殊更眩しく、麗しかったのだ。」
彼の優しい瞳が細まり、王族特有の虹彩に輝きが増す。知らず頬が紅潮するのが自分でも解った。
と、そこへ広間を駆ける足音が響く。遠巻きにこちらの様子を伺っていた貴族達も、ただならぬ気配に足音の方へ目を向けた。
真っ直ぐにこちらへ駆けて来たのは、サンジェルマン侯爵。
王弟であり、この国の宰相でもあり、アレク様の師であり叔父である侯爵が、やや硬い表情で国王陛下に何事かを耳打ちした。
「なんと…。公爵。話の途中だが、至急の報せである。皆にも聞いてもらいたい。」
そう言って陛下は、公爵が目礼したのを見て宰相でもある弟を見やった。視線を受けた侯爵が口を開く。
「つい先ほど、北方より急使が参りました。ラキアート帝国にて反乱があり、行方不明だったライアネル皇太子が皇都及び皇城を制圧、実権を握っていた皇后の首を刎ね、傀儡となり幽閉されていた皇帝を救い出して政変を起こしたようです。」
ザワザワと広間に騒めきが広まった。誰もが目を見開き驚きを浮かべている。
「救い出された皇帝は衰弱しており直後に崩御されました。崩御の寸前、皇后の所業を正したライアネル皇太子を紛れも無い後継者と認め、帝位を譲り渡したとのことです。反乱軍には皇后派に反発する貴族や悪政に立ち上がろうとしていた帝国民の他、我が国のルーツェンベルク辺境伯も加わっており、新皇帝は我が国との永久の和平と同盟を希望されております。」
騒めきが大きくなる一方で、私とアレク様は瞳を見合わせた。ライがやったのだ。全てが計画通りになった。
「これにてラキアートとの戦争は終結し、新たに始まる国交により我が国は更に豊かになるでしょう。但し一点だけ、新皇帝から出された条件がございました。厄介な条件ではございましたが…どうやらこれも解決しそうです。」
一呼吸おいた侯爵が、コールドスタイン公爵を…その横のリリーローズ様を見た。
「新皇帝が我が国に要求したのは、皇后としてリリーローズ=ヴァイオレット・コールドスタイン公爵令嬢を娶ることただ一点のみ。
王太子殿下の婚約者を嫁がせるのは無理難題だと思っておりましたが、テオバルド殿下がご令嬢と婚約破棄なされたこの状況は不幸中の幸いかもしれません。いかがお考えですか、コールドスタイン公爵。」
「仰る通り、至らぬ私の娘は先程元王太子殿下より一方的に婚約破棄を申しつかっております。娘が国のお役に立てるのであれば、これ程の名誉はございません。」
「貴女はどうお考えですか、コールドスタイン公爵令嬢。」
「私に否はございません。ルキアの為お役目を果たせるのであれば、本望でございます。」
言い切ったリリーローズ様は美しく頭を下げた。あまりにも美しくて、ライの元に行ってしまうのだと思うと切なくて、よろけたところをアレク様が支えてくださる。
「本当によいのか、リリーローズ嬢。そなたはテオバルドのせいで相当な心労を受けたはず。無理強いはせぬ。正直な思いを聞かせて欲しい。そなたにその気が無いのであれば、そなたの想いを尊重しよう。」
真摯な声で問う国王陛下に対して、リリーローズ様は一呼吸も間を置かなかった。
「いいえ、陛下。私は私の為すべき事を致します。そして何より私も、彼のお方の元へ参ることを望んでおります。」
「…うむ。そなたがそこまで言うのであれば、もう何も言うまい。
リリーローズ=ヴァイオレット・コールドスタイン嬢。そなたはルキアとラキアートを結ぶ架け橋となり、両国に恵みを齎す女神となれ。」
美しい姿勢でリリーローズ様が礼をすると、パチパチと拍手が鳴り始めた。
ゲームの中では断罪され処刑されたリリーローズ様が、今は鳴り響く拍手の中心にいる。その決意を賞賛され、美しさ気高さに周囲が魅了されるその光景は、まさしく私が思い描いてきたリリーローズ様のあるべき御姿。
感涙が頬を伝っている私を、アレク様が黙って抱き寄せてくれる。
感動で文字通り前が見えなくなっていたので、油断していた。
「ふざけるな!そいつが皇后だと!?身の程を弁えろっっ!」
何処から湧いて出たのか、先程まで無様に気絶していた元王太子テオバルドが突然絶叫し、糾弾するようにリリーローズ様を指差した。
「おかしいと思ったんだ!俺に従順だったアレクが俺を裏切り、俺に惚れてたダリアがアレクと婚約するなんて!!!」
誰が誰に惚れてたですって?と、鳥肌が立つのはこの際置いておいて。テオバルドの目は血走り完全にイってしまっていた。嫌な予感に背筋が凍る。
「お前が!帝国の皇后になるが為に俺を利用し、アレクやダリアを誑かしたんだろう!!
俺が全て失うよう仕向け、裏で嘲笑っていたんだな!?
何もかもお前のせいだ!この悪女が!!」
駆け出したテオバルドは真っ直ぐにリリーローズ様へ向かっている。
その手にはいつの間にかナイフが握られていて、私とアレク様が手を伸ばした時だった。
「!?」
テオバルドの体が、思い切り後方に吹き飛んだ。
ガツンと嫌な音を立てて本日2度目の気絶をしたテオバルドの体を跨いで現れたのは。
「お迎えにあがりました、お嬢様。」
ヒロインのピンチに駆け付けモブを払うヒーローの如く。テオバルドを吹き飛ばしたライことライアネル皇帝。そして新皇帝はそのままリリーローズ様の前に跪いた。
「お待ちしておりましたわ。ライアネル陛下。」
女神のような美しさのリリーローズ様が、差し出された皇帝の手に手を重ねる。
決して微笑み合っているわけでも、甘い雰囲気があるわけでもないのに。ライと手を重ねたリリーローズ様は今までで1番輝いていて。とても綺麗だった。嬉しくて死ぬほど悔しい。リリーローズ様を輝かせるのは私でありたかったのに。
涙で前が見えないのは嬉し涙のせいか悔し涙のせいか。どちらにしろ、泣く私の隣にはアレク様が居て。いつまでも優しく慰めてくれた。
こうして何もかもが丸く収まり、元王太子テオバルドは諸々の罪を償う為、王国最高峰の監獄へ投獄される事となった。




