断罪イベント
重大な発表があるとだけ公表され、王国の主要貴族が集められた王室主催の夜会。
学院に子息子女を通わせている家門は、第二王子と聖女候補のロマンスの噂を聞いている。更には今日、神殿から純白の光が放たれたと話題になっていた事もあり、上位貴族の面々は何の発表がなされるのか察しているようだった。
「皆に良き知らせがある。」
お祝いムード満開の会場へ向け、私とアレク様を立たせた国王陛下が嬉しそうに発した時だった。
「父上!このようにお膳立て頂けるとは、ありがとうございます。」
どういう訳だか憐れな王太子が前にしゃしゃり出てきて私の隣に並んだ。
国王陛下が思い切り眉間に皺を寄せる。それはそうだ。国王の発言を邪魔して割り込んで来た挙句、これから婚約発表をし祝福しようとしている二人の横に関係ない人間が並んだ訳で。王太子だからと言って許される行為ではない。
今この場に出てきて言い出すことは予想してたが、まさかこの空気の中本気でやるつもり?言っとくけど、あんた以外の皆様は私とアレク様の薬指の指輪にも、揃えた衣装にも、互いが互いの魔力の色を身に付けている事にも気付いて察して下さったようで、温かい目を向けてきてるのよ?この雰囲気をぶち破って妄言吐く気なの?正気?と、王太子の情緒が心配になる。
「…何の用だ」
それでも息子だからだろうか。必死に怒りを抑えた声で陛下が問えば、王太子は鼻高々に宣言した。
「この場で私が発表しようとしたことを知っていらしたのでしょう。そうなのです、お集まりの皆様の前で言わせて頂きます。私、この国の王太子であるテオバルド=ドレ・ルキアは、陰湿で貧相なコールドスタイン公爵令嬢との婚約を破棄し、聖女となったダリア・ルーツェンベルク嬢と婚約することに致します!」
広間がしんと静まり返った。
うわー、本当に言ったわこの人。私の感想はそれだけで、あまりのクズ…もといアホさ加減に失笑すら起きなかった。
盛大な拍手でも期待していたのだろうか。会場が静まり返っていることに気付いた王太子は、疑問符を浮かべて周囲を見渡した。が、誰も王太子と目を合わせようとしない。
何故ならば、王太子の後ろに控える国王陛下から尋常じゃない怒りオーラが放たれているからだ。
「お前は…何を言っているのか理解しているのか?」
「へ?」
ようやく後ろの脅威に気づいたらしい王太子が振り向くと、そこには般若のような顔をした国王陛下。けれどその怒りの理由に心当たりのない王太子は、頭上に疑問符を浮かべるばかりだった。
「父上にとってもこれは目出度い話でしょう?貴族派の根暗で貧相な公爵令嬢じゃなくて聖女となったダリアが嫁に来るんですよ?それも王太子妃として。喜ばしいじゃないですか。」
国王陛下は怒りに血走った目で王太子を見下ろし、静かに口を開いた。
「私は今日、アレクセイとダリア嬢の婚約を発表するためこの場を用意したのだ。」
地を這うような国王陛下の低い声とその内容に、その場の誰もが絶句した。それはそうだろう。これでは王太子は滑稽なピエロ以外の何者でもなく、場を台無しにし陛下の顔に泥を塗った上に弟の婚約者を奪おうとした痴れ者だ。
「二人は互いに愛し合い、自らの意思で互いを伴侶と決めたのだ。無謀に周囲を掻き乱さぬよう事前に準備し、真摯に私とルーツェンベルク辺境伯の許しを得て、今朝神殿にて正式な婚約式を済ませた。勿論私もその場に居合わせた。ダリア嬢の能力が覚醒し聖女と認められたのはその時の話だ。聖女の誕生と王子との婚約、この目出度い出来事を発表するこの時を私がどれだけ楽しみにしていたか、お前に解るか?」
貴族たちはもはや気まずいを通り越して顔を青くしていた。お祝いの宴が一気に葬式ムードに。こんな場に居合わせてしまった不運と、私とアレク様への何とも言えない同情の眼差しが悲痛だ。
私とアレク様はこの事態を想定していたどころか誘発させたわけなので問題はないのだが、王太子に対してちょっとそこまでとは思わなかった…状態ではある。
リリーローズ様は無表情で凛と立ち、貴族達の同情的な視線を受けつつも堂々とされている。流石、私の女神様はこんな時もお美しいわ!
「まさか…これほど愚かだったとは。」
呆れを通り越して虚無ですらある言葉が陛下の口から溢れ出る。弾かれたように我に返った王太子が、悲鳴じみた声を上げた。
「ま、待って下さい!どういう事ですか!?アレクとダリアが、婚約だとっ!!?何故!?ダリアは俺のものだ!
アレク!お前、よくも俺の女に手を出したな!!」
白けている周囲の冷たい視線になど気付いていないのか、王太子は矛先をアレク様に向けて大声で罵倒を浴びせ始めた。
何度も心の中で繰り返し申し上げております通り、私はあんたのものになった覚えはございませんのですけれども。
この場に出てきた私の出立ちはアレク様と合わせたダークブルーと白のドレスに身を包み、薬指にはダークブルーのサファイアの指輪。しかも入場からずっと彼の隣でエスコートを受けてる。全身全霊でアレク様のものですと表現している私を見て、何か察する事はできないのだろうか。
喚く王太子は、陛下の合図で出て来た王宮騎士たちによって抑え付けられ口を塞がれた。
そんな息子を見下ろす陛下の瞳には、愛も慈悲も既に無い。
「国王としてここに宣言する。王太子であるテオバルドを本日この時を持って廃嫡し、第二王子であるアレクセイを新たな王太子とする。」
ん〜、と猿轡をされた王太子の必死の呻き声のみが響く中。異を唱えるものは1人もいなかった。
「王后よ、そなたもいいな?」
陛下が傍の王后陛下に呼びかける。王后陛下の反応だけが読めず気になっていたので、私は固唾を飲んで見ていたのだけれど。
「勿論ですわ。あれが私の息子だと思うと、恥ずかしくてどうにかなりそうです。陛下のご期待を裏切ってしまい申し訳ございません。」
王后陛下は頭を抑えてそう唸った。良かった。親バカでこの場を掻き乱されたらどうしようかと思っていたけれど、王后陛下も公正なお方だったみたい。
…逆に、両陛下もアレク様も、何なら王弟の侯爵様も素晴らしいお方なのに、どうして王太子だけあんなに残念なのかしら。
「アレクセイ、ダリア嬢。ここに。」
陛下に呼ばれ、アレク様は私を伴い前に出た。彼と共に跪き、陛下のお言葉を待つ。
「とんだ邪魔が入ったが、改めて婚約を祝福する。そなたたちの婚約は、政略ではなくそなた達の揺るぎない意思によるものである。何よりも私が証人となろう。」
「アレクセイ。そなたは王太子の任命を受けるか?」
「謹んでお受け致します。」
アレク様の答えに頷いた国王陛下は、隣の私へと目を向けた。
「ダリア嬢。そなたは第二王子の婚約者ではなく、王太子の婚約者となる。そしてゆくゆくは王太子妃、王后となる。予期していた以上の重責を担うことになるが、それでもアレクセイとの婚姻を望むか?」
「無論でございます、陛下。私が望むのはアレクセイ殿下と生涯共にあること。どのような試練が降り注ごうとも、殿下と二人手を取り合い乗り越えてみせます。」
言い切ったところで、アレク様の手が私の手を握る。作法にないその行動に驚いたけれど、その手が何よりも彼の気持ちを伝えてくれた。
そんな私達の様子に、会場からも拍手が上がる。先程の葬式ムードとは一変した祝福ムードに、楽団も音楽を再開させた。
雰囲気がだいぶ戻ったところで解放された元王太子は、その勢いのまま声を荒げる。
「いい加減にしろ!!こんなことがあってたまるかっ!アレク、お前っ!!」
アレク様に掴み掛かろうとした元王太子を、ダニエルが止めた。護衛如きに止められてますます苛立った様子の元王太子は、観衆の冷ややかな視線には未だ気付かず醜態を晒し続けた。
「良い気になるなよ!ひ弱のくせに、学もなければ剣の腕も並以下のお前に、何ができると言うんだっ!?この国の王太子が務まるとでも!?」
これ以上喚いたところで恥の上塗り…恥ずかしすぎて見ていられない。私でさえこうなのだから、身内であるアレク様や両陛下は如何程だろうかと心中お察ししていると、アレク様が頭を抱える国王陛下の前に進み出た。
「陛下。決闘の許可を。ああ言っておられますし、これは私への宣戦布告と取れます。本当に兄上にその気があるのでしたら、この場で決闘をお受けしようかと。」
国王陛下の片眉がピクリと上がった。
「テオバルド、お前は新たな王太子となるアレクセイに決闘を申し込んでいるのか?」
それはある意味、アレク様を新たな王太子に選んだ陛下の決定を侮辱する行為であるのだが。そこまで考えが至らないお可哀想な元王太子は恥ずかしげもなく大声で言い切った。
「ああ。えぇ、そうです!こんなのは間違ってます!アレク!俺が勝ったら王太子の座も!ダリアも!お前が奪った何もかもを返せっっ!」
王太子の座はまあ良いとして、私があんたのものだったことはただの一度もございませんとずっと申しておりますけれども。私は水を差すことなくアレク様に微笑みかけた。
『とっととやっちゃってください』
『任せろ』
無言の会話をして微笑み合っていると、元王太子が獣のような雄叫びを上げた。まあ、下品だこと。
「受けて立ちましょう、兄上。その代わり、兄上が負けたら何もかもを受け止めて頂きたい。」
「はっ!お前が俺に勝てる訳ないだろう、どこまでも愚かな奴だ!!」
その言葉、そっくりお返ししますわ。とは、その場にいた誰もが思ったことだった。
結果はと言うと、言うまでもなくアレク様の独壇場となった。恐らく単純に倒すだけなら一瞬あれば事足りたのだろうが、流石は私のアレク様。
この場が何よりの機会と捉えて、今まで隠してきた魔力を惜しみなく発揮し、魔術戦士も真っ青の高度魔術と騎士も逃げ出す鮮やかな剣技で王太子に反撃の隙を与えない猛攻を仕掛けつつ、一度で叩きのめさずに存分に華麗な技を披露しては周囲をどよめかせた。
重たくも致命傷にはならないよう加減された攻撃を受け続け、どんな高度魔術を繰り出しても平然としているアレク様の無尽蔵な魔力に恐れ慄いて、最後は恐怖で意識を失い倒れた元王太子をアレク様が受け止めた。
元王太子を華麗に助け起こして、自身がつけてしまった傷を気遣う。こんな馬鹿げた茶番を仕掛けられても彼を兄として敬うアレク様は、もちろん周囲から拍手喝采を浴びた。
スマート、ハイスペック、その上狡猾!私のスパダリ王子様が完璧すぎる。私の目、ハートになっていないかしら。




