脳筋先輩の攻略
すっかり忘れていた事がある。
だって、気にする程のものでもなかったんですもの…
私は、私とアレク様の前に立ちはだかる筋肉を前に、忘れていたことを後悔した。
「ダリア!今日こそは俺と手合わせしてもらう!」
そう。攻略対象の1人、脳筋先輩。ダニエル・ゴースリーその人だ。脳筋なので害もないだろうと放置していたのが裏目に出たらしい。脳筋らしく正面切ってやって来たその姿にこれだから脳筋はと頭が痛くなる。
「俺が勝ったら俺の女になれ!もしくはデートしろ!」
頭の悪い二択を突き付けられ、気が遠くなった。王太子とは違うタイプの馬鹿だ。
でも、実はこの事態の原因は…私だったりする。
正直に言うと、私はこう見えても浮かれていた。愛する人に求婚されたのだ。婚約はまだだけれど、私とアレク様は所謂恋人同士となったわけで。
計画のためにまだ表立って公表はできないけれど、私とアレク様がそう言う関係だと匂わせる為に最近では人目のある所でも一緒に居たりした。
超絶ナルシストでアレク様を見下してる王太子は気にも留めていないどころか私の胸にしか興味がないので気付いてさえいないけれど。
学院の生徒達の間では、近頃私とアレク様とのロマンスの噂が浸透しつつあったのだ。そして、ずっと放置…というか忘れていたもう1人の攻略対象であるダニエルが、辛抱たまらず馬鹿正直に私を奪いに来たと言う訳だ。
短絡的にも程があるでしょう…と頭を抱えたが、考えてみれば良いことを思い付いた。一瞬で解決できる方法があるではないか。
「ダニエル様、それでしたらアレクセイ殿下と対決なさるのはどう?」
「何だと?」
「アレクセイ殿下にお勝ちになって。そうしましたら心置きなくデートのお誘いをお受けいたしますわ。」
「本当か!?よし!すぐに勝つ!!」
相変わらずの脳筋先輩は闘志を燃やしていて、相手が王族だなんて絶対に気にしてないであろうことは一目瞭然だ。短絡的で良かった。
「ダリア」
どう言うことだとアレク様の目が私を見据える。私は目配せを返してから今にも模擬剣を構える勢いのダニエルに向き直った。
「ここでは通行人の迷惑になるわ。場所を移して演習場で行いましょう。準備体操に走って先に行ってらして?」
「あぁ、わかった!」
疑問も持たずに走り出す後ろ姿は脳筋そのもの。あまりの単細胞ぶりに扱いやすくてちょっと可愛く見えた程だった。
「で、私に何をさせる気だ?」
邪魔者を送り出したところで、アレク様が訝しげに口を開いた。
「勝って下さい。容赦なく完膚なきまでに、できるだけ力の差が分かりやすい形で。あの男をやっつけて下さい。」
「…それで私に何の得がある?」
「便利な手駒を手に入れられます。ご不満ですか?」
「…別に」
どうも素っ気ないアレク様。気乗りしないのなら申し訳なかったが、中途半端にけしかけたのだから戦ってもらわないことには困る。
「それともアレク様は、私が他の男性とデートに出向いても宜しいのですか?」
むくれた顔を作って見上げると、私と同じようにむくれた顔をしたアレク様が見返してきた。
「宜しいわけないだろう。よくないから不機嫌なんだ。」
「えっ」
綺麗な瞳に射竦められて、目が離せない。
「解らないのか?私は今、大いに嫉妬している。そなたは私のものだ。」
一瞬息が止まってしまうくらいに、心臓が跳ねた。そんなふうに見つめたりして、この人は私をどうしたいのだろうか。骨抜きにしてドロドロに溶かして食べる気だろうか。
「手加減をするなと言うなら遠慮はしない。二度と変な気を起こさないよう、叩きのめしてやろう。行くぞ。」
いつもより乱暴に引かれた手が妙に熱い。顔も。心も。燃えてしまいそうだった。
結果から言うと、私の想像した通りになった。
開始の合図とともにダニエルの模擬剣は弾かれて遥か遠くに飛ばされ、腕とおまけで胴を負傷したダニエルの首元にアレク様の模擬剣の切先が向けられたのは試合開始後5秒のことだった。
「こんなに強い相手に出会ったのは初めてです!一生ついていきます、殿下!」
案の定。強い相手に弱いこの脳筋先輩は、私以上の強者であるアレク様に崇拝の眼差しを向け忠誠を誓った。分かり易い男で大変助かる。
そんなわけで、3人目の攻略対象は呆気なく攻略された。脳筋は使いようなので、こちら側に1人くらい抱えていて損はない。アレク様の嫉妬も見れたし、私的には大満足の結果だった。
数日後、私達の元にルーツェンベルクから書状が届いた。そこには婚約を了承する旨と、王都で行われる婚約式には大事な予定が入ったため出席できないと書かれていた。
書状を持って来たのは、ライと共にルーツェンベルク辺境領に行っていたアレク様の騎士団。そこにライの姿は無かった。
そしてお父様がわざわざ書状に書いた、大事な予定という言葉。娘の婚約式より大事な用とはいったい何のことやら。どうやら計画は順調に進んでいるらしい。
もうすぐ隣国で行われるであろう政変についてはお父様に任せることとして、私とアレク様は婚約式の準備に忙しくなった。




