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悪役令嬢と護衛騎士



「そなたの父君は…反対したりしないだろうか。」

「父については問題ないでしょう。」


 珍しく弱気なアレク様が可愛くて、知らず知らずのうちに微笑んでしまう。


「父の愛国心と忠義心は異常なくらいですから。根が真面目で、王族の打診ならどんな事だって受け入れます。

 己が揺らげば国が揺らぐ、というのが父の口癖ですのよ。なんだか少しアレク様と似ていますね。」


 何も知らない小娘だった私が第二王子と婚約だなんて。きっと驚くだろうなと想像していると、向かいに座るアレク様は何とも言えない顔をしていた。


「滅多に領地から出ない辺境伯については知らぬ事が多い。辺境伯はどのようなお人だ?」


「そうですね…。とにかく戦争に明け暮れてます。

 ルーツェンベルクには居城とは別に戦地に戦城があって、幼い頃連れて行かれました。ルーツェンベルクを名乗るなら例え子女であろうと見ておくべきだと。

 父は子を甘やかすような方ではありません。戦場では侍従も侍女も給仕もない。己のことは己で出来るようにせよと言われて育ちましたから。おかげでルーツェンベルクの者は大抵のことは一人でできてしまいます。」


 何でも戦場ベースなところが父らしく、厳格な瞳が目に浮かんで懐かしい。


「いつか、そなたの故郷を見てみたいものだ。」

「ふふ。全てが上手くいったら、一緒に行きましょう。戦城には最新鋭の武器や細工が満載で、きっとアレク様も気に入って下さると思います。私がご案内しますわ。

 あ、そろそろ着きますね。」


 馬車に揺られていた私達は、目的地であるコールドスタイン公爵家の門まで辿り着いた。

 馬車を降りようと腰を浮かしかけたところで、アレク様の手が私に触れる。


「…ダリア。本当に彼に頼むのか?」

「はい。必ずこの国の益になります。私を信じて下さい。」

「…そなたがそこまで言うのであれば、私に異論はない。行こう。」


 事前に知らせを送っていたので、今か今かと待って下さっていたらしいリリーローズ様がわざわざ出迎えに来て下さった。

 客間に通され、早速リリーローズ様に婚約の件を報告すると、リリーローズ様は自分のことのように喜んで下さった。


「一番に報告してもらえるだなんて。本当に嬉しいわ。ダリア、殿下。おめでとうございます。お二人の幸せを心より願っておりますわ。」


 推しに祝福して貰えるだなんて、何だか照れくさい。リリーローズ様には恋愛相談まがいのこともしていたので、その優しげな瞳には涙のようなものまで浮かんでいた。


 暫く歓談しながら、私達の話や最近のピンキーの様子を聞いたりする。ちなみにピンキーはあの事件以来、随分と回復してあの姿でも魔力を使いこなせるよう修行をしているらしい。頼もしいドラゴンだ。

 ある程度話がひと段落したところで、私は今日この屋敷に来た目的…リリーローズ様への婚約の報告以外の、もう一つの目的を果たす為、姿勢を正してリリーローズ様に向き直った。


「実は、リリーローズ様にお願いがあるのです。」


「あら。何かしら?何でもおっしゃって。」


 上機嫌な推しが眩しいけれど、私は意を決して口に出した。


「ライと少しだけ話をさせて頂けませんか?」


 それまで部屋の片隅に控えていたライが、突然名を挙げられてピクリと反応する。


「ライと?…私は構わないけれど。ライ、どうかしら?」


 リリーローズ様に呼び掛けられ、ライは戸惑いつつも首肯した。


「私は席を外した方が良さそうね。」


 私とアレク様の雰囲気を察して、気遣ってくださったリリーローズ様が席を立つ。私はその手を握り、そっと呼び掛けた。


「リリーローズ様。誓って、リリーローズ様に害が及ぶようなことはしませんから。」


「ええ。信じておりますわ。」


 戸惑いつつも頷いてくださったリリーローズ様が客間を出ていく。残されたライが私達の元にやって来ると、早速アレク様が一通の手紙をテーブルに置いた。


「これはダリアの父君であるルーツェンベルク辺境伯へ送る求婚状だ。辺境伯に承諾されて初めて私とダリアの婚約が成立する。」


「あなたにお願いしたいの。この手紙を、父である辺境伯に届けてくれないかしら。」


「…承服しかねます。なぜ私が。」

 僅かに眉間に皺を寄せただけで、ライはあくまでも冷静に拒絶を示した。

 それはそうでしょうね。私達は今や顔見知りだけれど、公爵家の護衛騎士であるライがこんな事をする道理はないもの。


「あなたにとって、リリーローズ様はどんな存在?」


 突然の話題展開に警戒しつつも、ライは正直に答えた。


「…あのお方は、私の全てです。」


 嘘偽りのないその言葉。それが誇張でも何でもないライの本心である事は、リリーローズ様の為にラスボスになったゲームの結末からも知っている。


「ライ。悔しいけれど、言わせてもらうわ。」

 怪訝そうな顔をしたライが、次の私の言葉で固まった。


「ライアネル・ラキアート皇太子殿下。あなたは国に帰るべきよ。」


 隣のアレク様も、目を見開いてライを見る。ラキアート帝国の第一皇子にして皇太子、ライアネル殿下。十年も行方不明の、皇位継承権第一位の幻の皇族。そして、辺境伯である父が現在立たされている戦争の原因になっている人物。


 ルキア王国の北部と国境を接するラキアート帝国は、長い歴史の中で何度もルキアに侵略戦争を仕掛けてきた。その度に私の祖先であるルーツェンベルク辺境伯家が返り討ちにし、休戦協定が結ばれて100年近く仮初の平和が続いていた。それが十年ほど前、突然の皇太子失踪を受け、ラキアート帝国はルキア王国が皇太子を連れ去ったのだと主張し戦争を起こした。勿論身に覚えのないルキアは反論したが、問答無用で攻め込んできたラキアートの所為で休戦協定は破られ始まった戦争は年々激化している。


 だけど誰もが知っていた。ラキアートは皇太子を口実にしているだけで、実際はただ侵略戦争がしたいだけなのだと。そして、皇太子の安否など、もはやラキアートにとってはどうでもいいことだった。何故なら、現ラキアート皇室を牛耳っているのは皇帝の後妻である皇后で、病がちの皇帝は皇后に全権を握らせ表舞台には殆ど顔を出さない。

 皇后は亡くなられた前皇后の忘れ形見である皇太子、ライアネル殿下を心の底から憎んでいた。彼は当時、まだ幼い子供。抵抗などできようはずもなかった。邪魔者である皇太子をルキアに追いやり、それを口実にルキアを叩く。性根の腐り切った一石二鳥の策略の所為で、北の領地を守る辺境伯の父は激化する戦争の只中に立ち続けているのだ。


 その原因となりルキアに追われ安否不明となった皇太子の正体が彼だったなんて、流石のアレク様も思いもしなかったのでしょうね。


 私は前世の記憶でライの裏設定を知っていただけ。そして、ルキアに捨てられ皇后の暗殺者から逃げ延びたライはコールドスタイン公爵領に迷い込み、死ぬ寸前のところをリリーローズ様に救われ忠誠を誓う。その忠誠は、リリーローズ様が悪女として断罪され処刑されると、悪魔に魂を売って復讐しようとする程の深く重いものだった。


 悪魔に魂を売る…つまり悪魔契約は誰にでも簡単にできるようなものじゃない。正確な術式と膨大な魔力、更には自我を失う覚悟が必要不可欠。そして最も重要なのが、古い血筋を捧げること。

 古代魔術の専門知識と相当な実力と覚悟、それに加えて王族や皇族クラスの血筋がないと成立しない。つまりただの護衛騎士には不可能。それを補う為の皇太子という裏設定だったんでしょうけれど、もっといい活用方法があるんだもの。この設定は別の用途に利用させてもらうわ。


「何故それを…」

 珍しく動揺しているライを見るのはこれが最初で最後かもしれない。こんな時じゃなければゆっくり観察してやりたいところだけれど。私は拳を握り締めてライを見た。


「私がどうして知っているのか、なんて大した問題じゃないわ。問題はあなたが何者なのかということよ。ライ、あなたはリリーローズ様をどう思っているの?

 あの王太子がリリーローズ様を大切にしてくださると思う?このまま王太子と結婚して、蔑ろにされ不幸になるのが目に見えているリリーローズ様を、指を咥えて見ているつもり?」


 威嚇半分、残りの半分は悔しいけれど激励。敵に塩を送るとはこの事ね。でもこれも、リリーローズ様の幸せの為よ。


「そしてあなたを理不尽に追いやり、道具として扱い続ける帝国をこのままにしておいていいの?

 そもそも皇帝であるあなたのお父様は、本当にご健在なのかしら?帝国を牛耳っているのは皇后とその側近達だと聞いているわ。その悪政に帝国民は一揆を起こす寸前だとも言われているわね。

 当時のあなたは幼く、何もできない子供だったのかもしれない。でも、今は違うでしょう?

 悔しいけれどあなたは、アレク様に並ぶ剣の腕を持っているもの。」


 1度目を閉じてから、私はずっと考えていた事を口にした。


「全てを手にしたあなたとラキアート帝国に行けば、リリーローズ様は幸せになれるわ。」


 あの王太子では到底無理なんですもの。心からリリーローズ様を想っているこの男に託すしかないじゃない。本当に本当に悔しいけれど…。


「帝国に戻り、皇帝位を奪取しなさい。そして新皇帝として、リリーローズ様を迎えに来るの。

 お父様への手紙には婚約の他に、一族の者にしか解らない暗号であなたのことを書いているわ。この手紙があれば、お父様はお話を聞いて下さるはず。あなたが帝国を奪い取り終わりなき無意味な戦争に終止符を打つ覚悟があると言うのなら、必ず力を貸して下さるわ。」


 ライは、私の話をジッと聞いていた。あまりの事態を飲み込めていないのかもしれない。けれど、少なくともその瞳には強い光が差し始めていた。


「あなたが皇太子のまま除籍されていないのは、皇后の子である第三皇子がまだ幼すぎるからよ。皇后は第三皇子が成長すれば是が非でもあなたを見つけ出して殺すはず。

 このままでは皇后が帝国を裏で支配し続けてしまう。

 不満を持ってる貴族も多いのではなくて?そして、悪政に苦しむ帝国民は必ずやあなたの反乱に加勢するわ。」


 突き付けるように。私はテーブルの上の手紙を再度ライの前へと差し出す。


「さあ、どうするの?この手紙を受け取るの?受け取らないの?」


 コールドスタイン公爵家の広い客間に沈黙が落ちる。でもそれは一呼吸程度の短い時間で、覚悟を決めた目をしたライが私達の前に跪いた。


「そのお役目、謹んでお受け致します。」


 いつもの、何処か投げやりな物言いではなく。とても深いライの声が客間に響いた。

 それを受けて、それまで黙って私達のやりとりを聞いていたアレク様が、静かな声で口を開いた。


「辺境伯領までは私の騎士団が同行する。ルーツェンベルク辺境伯への取次はダリアの手紙があれば問題ないだろう。その後の道は自らの力で切り拓いて頂く。」

 

 そして立ち上がると、ライの前へ出た。


「ダリアがこの役を貴殿に頼みたいと言い出してから、何かあるとは思っていた。まさか、こんなことになろうとは予測していなかったが。…しかし、まあ。ちょうど良かった。」

 アレク様は空間魔術を用いて、宙から何かを取り出した。


「貴殿に渡そうと用意していたものだ。」

 アレク様が取り出したのは、一振りの剣だった。鞘も柄も剣身すらも黒い、美しい魔剣。


「元の姿のピンキーの鱗を溶かして創っている。強い魔力を帯びているので、まともに扱えるのはこの世で私か貴殿くらいだろう。」

 ライはその魔剣を凝視した。立ち登る黒いドラゴンの魔力。ともすれば禍々しくさえ見えるその剣を、アレク様は両手に持ち直して差し出す。


「困難に向かう貴殿の助力となることを願う。…そして何より、我らの友情の証として。受け取って欲しい。」


 ライは感じ入ったようにアレク様を見た。そしてそっと、魔剣へ手を伸ばす。


「有り難く頂戴致す。この御恩と返礼は、全てを終えた後。必ずお返しする。」


 二人は硬い握手を交わした。

 正直言って、ちょっとだけ気に入らない。いつの間に。男同士の友情ってやつ?まるで似たような苦労を分かち合ってきたとでも言うかのように、私のアレク様と目で語り合っているライ。

 ハンカチを噛み締めて苦渋の決断でリリーローズ様を任せることにしたけれど、アレク様は渡さないわ!


「お話は終わりになって?」


 と、そこへ天使の梯子のように凛と澄んだ声が差し込んできて、振り向くとリリーローズ様がゆったりとした足取りでこちらに向かって来ていた。


 リリーローズ様は、全てを聞いていた。先程手を握った時に、扉の外で話を聞いていて欲しいとメモを渡したのだ。


「…お嬢様」

 佇むリリーローズ様を、ライは静かに見やった。そんなライに、リリーローズ様も目線を返す。


「今の私は、誰がなんと言おうとルキア王国王太子殿下の婚約者です。そしてあなたは私の護衛騎士でしかないわ。」


 ライに向けて、無表情で言い募るリリーローズ様は、一度眼を閉じると隠していた感情を瞳に滲ませて再びライを見た。


「ですが。もしも次に会った時、私の立場もあなたの立場も変わっているのなら。私はあなたと新たな関係を結びたいと思っておりましてよ。」


 決意を込めて見つめ合う2人を、流石の私も邪魔できなかった。だってこんなの、もう。委ねるのは本当に本当に癪だけど、ライにリリーローズ様を幸せにして貰うしかないじゃない。


「あなたの主人として、最後の命令です。絶対に生きて帰り、私を迎えに参りなさい。私の与り知らぬ所で勝手に死ぬ事は絶対に許しません。」


「御意。必ず戻ります。」


 あくまでも騎士として跪くライだけれど、その瞳には隠せない程の想いが宿っていた。


 恋と言うには強く、執着と言うには脆く、愛と言うには堅苦しい。土に埋まる前の種のようにどこか無機質な、それでいて暖かい情の交じり。

 最後に私達にも一礼をして、ライは暗闇に溶けるように去って行った。





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