謁見
私達がまず行動に移したのは、国王陛下への謁見だった。
年頃の王子が年頃の貴族令嬢を伴って内密に謁見の打診。何の報告かある程度予想していたらしい国王陛下は、私の顔を見るとその王族特有の煌めく碧眼を細めた。
「陛下…いえ、父上。お時間を頂きありがとうございます。」
アレク様がそう口にした途端、国王陛下の瞳が驚きに揺れる。
「思えばそなたに父と呼ばれたことは、今日この時まで唯の一度も無かったな。私の息子でありながら臣下として忠誠を尽くす姿は頼もしいが、少なからず寂しさもあった。そんなそなたが臣下でなく息子として私に話があると言うのであれば、それだけの決心だと言うこと。心して聞こう。申すがいい。」
アレク様は物怖じせずに頭を上げると、私の手を取った。
「こちらはダリア・ルーツェンベルク辺境伯令嬢です。私は彼女を心より愛しております。この命が尽きるその時まで添い遂げたいと願い、求婚致しました。どうか婚約の許可を頂けますでしょうか。」
率直なアレク様の言葉に幾分か表情を動かし、陛下は興味深げな目線を私に向けた。
「そうか、そなたがダンドールが絶賛していたルーツェンベルク嬢か。」
声を掛けられ発言の許しを得たので、私は改めて膝を折り挨拶した。
「お初にお目に掛かります、国王陛下。ダリア・ルーツェンベルクと申します。」
「ふむ。実に可憐なご令嬢だ。更に聖女候補であり聡明で才能にも恵まれていると聞いておる。王族の伴侶として申し分ない。ルーツェンベルク嬢、そなたも第二王子と同じ気持ちか?」
「はい。私もアレクセイ殿下を心からお慕い申し上げております。恐れながら、この生涯を掛けて殿下のお支えになりたいと望んでおります。」
満足そうに頷いた陛下は、ふと咳払いをして柔和な表情を引き締めるとアレク様を見た。
「一つだけ問おう。アレクセイ。こちらの令嬢を婚約者に迎えると言う事がどう言うことか、そなたは正しく理解しているか?」
「勿論です。」
一礼したアレク様は顔を上げると真っ直ぐに陛下を見返した。
「彼女はルーツェンベルク辺境伯の御息女であり、彼女を迎えれば私は必然的にルーツェンベルク辺境伯家の後ろ盾を得ることになります。」
「また、彼女自身も聖女候補であり、今後聖女として覚醒すれば王族と同等の発言権を有する事になるでしょう。私にその意志がなくとも、私が兄上の座を狙っていると噂が立つのは予測できます。または私を担ぎ上げようとする勢力も出てくるでしょう。そして私と彼女の間に産まれた子は王位継承権を持つ者として王家の争いの火種になり得る存在となりましょう。」
つらつらと淀みなく答えるアレク様に、陛下は鋭い瞳のまま問答を続けた。
「そなたが側妃を母に持つ第二王子として、そう言った争いを避ける為に行動してきたことも、兄に尽くし本当の能力を隠し生きてきたことも、未だ独身を貫く私の弟と同じ道を生きようとしていた事も私は知っている。それでもそれらの矜持を全て捨ててまで、彼女を望むと。そう言うのか?」
アレク様は、その姿勢も態度も。声も表情も、周囲の空気さえ。少しもブレなかった。
「はい。既に彼女とも話し合い、覚悟は決めております。私はこれまで兄上を影ながら支え、王家に尽くすことこそが己の使命であると生きてきました。無論これからも兄上を差し置く意図はなく、何よりも王家の内紛など望みません。
無用な争いが起きぬよう、これまで以上により一層王家へ尽くす所存です。ですが、それでも何かが起こるなら、彼女と二人で王室を離れることも考えています。ですのでどうか、私の生涯唯一の我が儘をお聞き届け下さい。」
陛下は一時、感じ入ったように息子を見つめた。アレク様は物怖じすることもなく、その視線を受け止める。そして私も、そんな彼の隣で毅然とした態度を崩さなかった。
「アレクセイ…アレクよ。そなたの覚悟、しかと聞き届けた。」
次に口を開いた時、陛下の目には慈愛が籠っていて口調も穏やかだった。
「そなたは誰にも頼らず、一人で大人になった。私が何も言わずとも、そなたは自身の身の置き方を誰よりも心得ている。
そなたが自らの矜持すら投げ打ち、全てを覚悟の上、心から欲する宝玉がダリア嬢だと言うのなら。そなたの父として、王として、そなたを信じこの婚約を許可しよう。」
アレク様と共に感謝を述べれば、陛下は様相を崩して微笑んで下さった。
一変して穏やかになった空気と共に、お茶の席に促される。
「正式な婚約は彼女の父君であるルーツェンベルク辺境伯のお許しを頂いてからになりますが。」
給仕が去り、再び室内に私達だけになったタイミングで、アレク様は切り出した。
「父は戦場の最前線に出ておりますので、返答には時間が掛かるかと。」
事前に打ち合わせた通り伝えると、陛下もふむふむと頷いた。
「先月より帝国の動きが怪しいとは聞いていた。辺境伯であれば問題ないであろうが、婚約の決定は暫し時間がかかるやもしれぬな。」
「父上、どうか兄上には正式にルーツェンベルク辺境伯からご返答があるまで、内密にして頂けないでしょうか。」
顔を見合わせた私達を見て何かを察したのか、国王陛下は身を乗り出した。目を伏せれば、陛下は声音を落として尋ねて下さる。
「何か事情があるようだ。話してみなさい。」
そこで私は、アレク様の助けを借りつつこれまで王太子から受けたセクハラ紛いの諸々と、どうにも王太子が婚約者を疎ましく思い私に目を付けているらしいことを言葉を選びながら話した。言外に、正式に婚約するまでどんな横槍を入れられるか分からなくて恐いと匂わせて。
「本当にあやつは…」
頭を抱える国王陛下に、私は敢えて声を掛けた。
「陛下、どうぞお聞き流し下さい。恐れ多くも私の思い違いかもしれません。」
「いや、あやつなら充分有り得る。実際に、先日の騒動には私も頭を悩ませていたのだ。コールドスタイン公爵家の令嬢に対するあまりの無礼。王太子の身で未来の伴侶を蔑ろにし、他の令嬢に目移りすることがどれ程危ういか、あやつは理解していない。
得られるはずの後ろ盾を失い、隙があると貴族に侮られ、信頼も名誉も品位すら疑われる…いっそそなたが王太子であればと思う事がある、アレクセイ。」
陛下がアレク様に声を掛ければ、アレク様はとても冷静に口を開いた。
「先程も申し上げましたが、私は兄上を影ながら支えるのみ。その覚悟と信念を持ってこれまで生きてきました。しかしながら…」
そこで彼は、再び私の手を取る。
「愛する女性に手を出そうとするのであれば、話は別です。」
真っ直ぐなアレク様の言葉に、国王陛下は虚をつかれたような表情をされた。
「なんと。そなたがこのように情熱的だったとは。…そなたの母に似て野心も持たず、只管に王家へ尽くしてくれるそなたが私は誇らしくもあり、心配でもあった。そんなそなたの、初めてにして唯一の願いとあれば、私の名にかけてそなたたちの未来を祝福しよう。
王太子には婚約を公にした際に改めて釘を刺す。それでよいな?」
「感謝致します。」
息ぴったりに頭を下げた私達を見て大いに満足したらしい陛下は、紅茶を片手に目尻を下げた。




