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夜会



 アレク様から貰ったドレスを身に纏い参加した夜会当日。


 流石のハイスペック、アレク様はダンスも当然一流で、私は身を任せるだけでするするとリードされてしまう。

 お陰で余所見しても全く危なげがないので、方向転換もステップも全部アレク様に任せ、私は安心して踊るリリーローズ様をこの目に焼き付けることができた。


「…ダリア。コールドスタイン公爵令嬢から目が離せないのだろうが、もう少し自重してはどうだろうか。」

「まあ、アレク様ったら。私の生き甲斐を邪魔するおつもりですの?あんなに素敵な女神様がいらしてよ?見つめずにどう過ごせと仰るの?」


 至極真面目に答える間もリリーローズ様から目を離さない。今日のお召し物も安定の黒と赤の極悪色で素敵。美し過ぎる上に全身が黒と赤なせいで悪役令嬢感が増し増しのリリーローズ様はやはり完璧なダンスを披露していた。ターンの度に放たれる令嬢オーラがエモい。あぁ、あの手を取っているのがあのクソ王太子ではなく私だったら今頃フロアは鼻血の海になっていただろう。


「…そなたの趣味嗜好についてどうこう言うつもりはないのだが、そんなに熱い眼差しを向けていると周囲からは兄上を見つめていると誤解されてしまうぞ…」

「はあ!?」

『そんなの死ぬほど不愉快だわ!』


 アレク様の言葉に一気に現実に引き戻された気がした。そうだ。いくら私がリリーローズ様推しのガチ勢でも、周囲からは王太子に目を掛けられている令嬢なのだ。この想いの先が王太子だなんて誤解を受けた日には不本意が極まって爆ぜてしまう。思わず出た私の心の絶叫に笑みを漏らして、アレク様は至近距離で私を見つめた。


「代わりにはならないかもしれないが、このまま私を見ていたらどうだ?私もそなたの美しい瞳を見ていたい。」


「…っ!?」


 心臓に悪いことを言い出すアレク様から、一瞬で目が離せなくなる。このお方は私をどうする気なのだろうか。私の最推しはリリーローズ様で、生涯を捧げたいのもリリーローズ様で、いつだって見ていたいのもリリーローズ様なのに。

 なのに…

 目が離せなくなってしまった彼の瞳はフロアの照明をキラキラと反射させて七色に輝いていた。本当に綺麗。美しい虹彩と共に流れ込んでくるこれは…魔道具で繋がったままの彼の、穏やかで優しい心だろうか。


「…私を見ろとは言ったが、これは少し照れるな。」

 苦笑するアレク様を見て我に返り、私も照れてしまう。


「綺麗なものはつい見惚れてしまうのです。勘弁なさって。」

 耳が赤くなっている自覚はあるが、恥ずかしいので知らないふりをして目を逸らす。


「駄目だと言った訳ではない。ただ、その瞳から伝わってくるそなたの心がどうにも心地好くて、目を離したくないと思ってしまうのだ。」

「あら、私も全く同じことを思っていました。こんな気持ちになったのは、リリーローズ様を初めて見た時以来ですわ。あの瞬間は本当に、雷に打たれたようでした。」


 フッと笑った彼は、可笑しそうに目を細めた。

「そなたはいつも、自由だな。」

 そう言って再び笑うアレク様。そんな事ありませんと言うのは違う気がした。アレク様はいつだって私を眩しそうに見てる。彼が決して自由ではないことも、様々な思いの中で雁字搦めになっていることも、私は知っているのだ。…そう、私だけが、知っているのだ。


『アレク様も、せめて私の前ではありのままでいて下さい。』

 心の中で呟くと、彼は見たことがないほど優しい顔で微笑んでいた。

『綺麗…』

『何がだ?』

『秘密です』

 心で会話をし、二人で踊り続ける。そんなこの時間が、どうにも好ましくて困ってしまう。



 ずっと平和な時間を過ごせていれば良いのだが、曲も終盤に差し掛かると妙な視線を感じた。

 アレク様のターンに任せてくるりと周りつつ見渡せば、ギラギラした瞳が3対。ジリジリとこっちに寄ってきている気が…

 可能であれば深く考えずこのままアレク様と踊っていたい。この腕の中が何よりも安全だ。でも、婚約者でもない殿方と連続して何度も踊るのはマナー違反。この手を離した後は、互いに別のパートナーの手を取る事になるのだろうけれど…

 嫌な気配が三方から近付いてくる。クズ王太子、マッド助教授、脳筋先輩。もとい攻略対象達だ。お願いだから勘弁して欲しい。私の憂鬱に気付いたのか、アレク様はターンの隙に耳元で囁いた。


「このままでは曲が終わった途端、兄上がそなたを誘いに来るだろうな。」

 その瞳はリリーローズ様と踊りながらもこちらに1番接近してきてる王太子をチラリと見ていた。


「…どうしても逃げたい時はどうすれば宜しいでしょうか…」

 アレク様に問いかけたところで答えを貰えるはずなんてない。しかし、覚悟を決めるしかないのだろうなと諦めの境地にいる私と目を合わせ、アレク様は当然のように回答をくれた。


「そなたから見て左側、パーティーテーブルの近くにいるウェイターが見えるか?黒髪でベストの胸ポケットにダークブルーのチーフが入っているはずだ。」

「え?…あ、はい…見つけました。」

 視界の端にアレク様が言う人物を捉え、再び目を合わせるとアレク様の声が頭の中でダイレクトに響く。


『あれは私の手の者だ。近付いてドリンクを受け取ろうとすれば誤って手を滑らせる手筈になっている。ドレスが濡れたことを理由に退出すればいい。上のフロアに女性専用の休憩室があるので、そこに逃げ込めば兄上も追っては行けないだろう。』

 私は開いた口が塞がらなかった。


「アレク様…正直にお話しください…やっぱりとんでもなくおモテになるんでしょう?」

 頭が切れて優しくてスマートで、こんなにもこちらのことを考えてくれる紳士に靡かない女がいるなんて信じられない。しかし私の思いとは裏腹にアレク様は呆れたように溜息を吐いた。


「そんな訳ないだろう。誰にでもこんなことをする訳ではない。面倒な誤解を受けたくはないからな。そなた以外の令嬢から見れば私は、無愛想で能力も並の、後ろ盾もない厄介な血筋の第二王子だ。多少見目は良いかもしれないが、それだけだ。」

 色々と待って欲しい。この人は本当に。私の心臓を潰す気だろうか。私にだけだと、他の令嬢には優しくしないと、何でもないことのようにそう仰っているの?そして多少見目が良いだけですって?そのご尊顔で?


「後で替えのドレスを持って行かせる。濡れたドレスは捨てて構わない。」

「まさかその為にドレスまで用意してくださったのですか?」


「…それもある。」

「それも…?他にも何かあると言うことですか?」


「…この色が、そなたに似合うと思っただけだ。」


 再びのターン。翻る淡い薄ピンクのドレスのグラデーション。その裾の先、よく見なければ気付かないくらいにさりげなく施されたダークブルーのレース。その意味を理解できないほど私は鈍感でも純真でもない。

 大々的に主張するでもないのに、やけに鮮やかに目に灼きついてしまう色。贈り物に自分の魔力の色を選ぶのは、独占欲の象徴と言われている。


「もうすぐ曲が終わる。逃げるなら兄上に捕まる前に行った方がいい。」

 スマートに誘導されたのは、先ほど示されたテーブルの近くだった。曲の終わりと共に頭を下げながら、私は高鳴る胸を抑えて彼にしか聞こえない音量で囁き返した。


「…ドレスは大切にします…」


 彼の返答は聞かずにそのままテーブルへ歩き出す。そして私は胸ポケットからダークブルーのチーフが出ているウェイターに水を頼み、手を伸ばした。







 人混みのお陰で王太子をはじめとした攻略対象に追いつかれることなく休憩室へ到着した私は、水に濡れたドレスの裾を掴んでズルズルとソファに座った。体を冷やす程ではないが、退出の理由には充分な程度に濡れたドレス。水を選んで良かった。葡萄水ではシミになって着れなくなってしまう。

 濡れたドレスの重さと冷たさが、火照った体に心地好くて。私は暫くそのまま動けずにいた。


「ダリア、替えのドレスをお持ちしましてよ。」


 余韻に浸る私の耳に降臨した麗しい美声。夢と現実の間から一気に夢の向こうへと舞い上がった気分だった。

「リリーローズ様!ど、どうして…」

 見上げると美しい女神様が心配そうに私を見つめていて、このままあの世まで昇ってしまうかと思った。


「アレクセイ第二王子殿下から、貴女が困っているようだから助けてあげて欲しいと伺ったの。折角のパーティーなのに災難でしたわね。」


 アレク様、大好きです!私は思わず心の中で叫んだ。パーティーの夜に最推しと二人きりなんて…夢なのかしら。それともこれは私の妄想?


「宜しければお手伝いしますわ。」


 推しに!あの憧れのリリーローズ様に!優しくドレスを脱がされるだなんてっ!手付きまで優雅なリリーローズ様の着せ替え人形と化しながら、私はひたすら奇声と鼻血を耐えた。耐え抜いた。若干喉の奥で血の味がしたけれど。表には出さなかった。


「それで…コホン。その、ダリア。聞いても宜しくて?」


「はい!なんでしょう!?」


「アレクセイ殿下とは…えぇと、ど、どうなのかしら?」


「?」


「お友達とは恋の話をするものなのでしょう?」


「!!!!?」


 尊っっっっ!!

 あの!リリーローズ様が!頬を染めて!恋話!?ちょっと頭の中がパラダイスです。この世の春を見ました。がんばれ私、ここは話題に乗るところよ!尊死してる場合じゃないわ!!


「アレクセイ殿下…アレク様とは、とても親しくさせて頂いてます。」


「あら、やはりそうなのね…!」


 普段は透き通るように青白い頬を薔薇色に染めて、リリーローズ様は自分のことのように嬉しそうに微笑んでくれた。だからなのか、つい本音が出てしまう。


「恐らく私は…あのお方のことを、とても好ましく思ってます。」


「まあ…!」


 口元を抑え、ワクワクとした目を推しに向けられては、敵うはずがない。


「その、お慕いしているのだと思います。」


「きゃあ……!」


 途轍もなく真っ当な女の子同士の会話のはずなのに、まるで猥談でも聞いたかのように手で顔を隠して恥じらうリリーローズ様。尊過ぎではないだろうか。


 そしてその反応に乗せられて、私は何を口走っているの…!推しに恋愛相談だなんて今度は恥ずかしくて死にそう!


「普段は目立たない方だけれど、私は幼い頃から王宮に出入りしていたのでよく存じ上げているのよ。アレクセイ殿下はとても優秀なお方だわ。ダリアは見る目があるのね。」


 ニコニコと嬉しそうなリリーローズ様。


 幼い頃から…というフレーズに、つい気になっていた事が頭をよぎる。

 お友達なのだし。リリーローズ様だって、お友達らしい会話をお望みなのだから、聞いてみてもいいかもしれない。と自分に言い聞かせて、私は思い切って切り出した。


「あの…リリーローズ様、お聞きしてもいいですか?」


「ええ、勿論でしてよ。どうなさって?」


 一度だけ深呼吸をしてから、勢いに任せて言ってみる。


「…その、アレク様は…やっぱりおモテになりますでしょうか?」


「…………うっ!」


「リリーローズ様!?」


 突然胸を押さえて俯いたリリーローズ様に驚き、慌ててその手を取る。

「リリーローズ様?どこか具合が悪いのですか?大丈夫ですか?」


「ダリア…私、…これがキュンと言うものなのかしら。」


「はい?」

 推しの口から謎ワードが出て、つい固まってしまう。


「健気な貴女があまりにも愛らしくて…胸の辺りが撃ち抜かれたようにキュンとしましたのよ?これが世に言うキュンではなくて?」


 どうやら興奮している様子の女神様は、人生で初めてキュンを経験したらしい。

 それも、この私で。マジか。


 その白くて細っそりとした指が、私の手を取る。


「安心なさって。アレクセイ殿下はとても賢いお方だから、ご令嬢達に気を持たせるような言動は一切なさらないの。誰に対しても礼儀正しいけれど、無表情で冷たい方だと思われているわ。勿論そんな事はないのだけれど、ご自分の良い部分を人には見せないお方ですもの。

 それなりに長いお付き合いですけど、ダリアといる時のような柔らかな笑みは初めて拝見しましたのよ。」


「そうなんですか?」


「常に王太子殿下の後ろに控えて、目立たぬ事を心掛けてきたお方ですから、今まで浮ついたお話は一度も伺った事がないわ。誰が見てもアレクセイ殿下にとって貴女は特別な女性よ。どうか自信を持って。私も応援していますからね。」


 推しに手を取られ、恋の声援を受けるだなんて。嬉し恥ずかし、と言う言葉が頭に浮かんだ。


 それと正直ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ、ホッとした。

 知らず笑顔になった私を見て、リリーローズ様が再び胸を抑えていたのは、気のせいだと思いたい。







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