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彼の背中



 攻略対象もとい邪魔者を1人排除して晴れ晴れしい気分…とはいかないのが現実だった。


「今回は上手く逃れたようだが、私は間違いなくあのコールドスタインの女狐が真犯人だったと思う。」


 その理由は言わずもがな、この王太子だ。


「アレクもあれだけ大口を叩いておいて、捕まえて来たのが小者1人だとは。真犯人を逃すなど、アイツは無能にも程がある。」


 無能はあんただと叫びたいところを、私は必死に抑えた。


「いつか必ずあの女狐の化けの皮を剥いでやる。そなたも辛いと思うが、それまで待っていてくれ。」


 不敬だとは理解している。理解しているけれど、このクズ王太子に返事をするのは絶対に嫌だ。ということで先程から王太子の話を無視しているのだが、頭におがくずが詰まってらっしゃるようなこのお方は、咎めるどころか延々と勝手に喋り続ける始末。新手の嫌がらせだろうか。


「それはそうと、もうすぐ建国記念日だな。ダリアは初めてだと思うが、学院内でも夜会が開かれる。」


 ひたすらに王太子の話を聞き流していた私は、夜会と言う単語にハッとした。

 ゲーム内でのターニングポイントの一つ。王太子とヒロインがパートナーとして出席した夜会で、リリーローズ様はヒロインに苦言を呈する。至極真っ当な主張にも関わらず、それが後々、リリーローズ様を悪女へ仕立ててしまうキッカケとなるのだ。

 これは何としても回避しなければならない重要案件…


「実はその夜会に一緒に行ってくれる令嬢を探しているのだが。ダリア」

 身の危険を感じて私は咄嗟に王太子の言葉を止めた。


「お、お待ち下さい、殿下!」

 勢いに押された王太子が余計なことを言う前に声を出す。

「殿下には婚約者のリリーローズ様が」

「関係ない。俺が手を取りたいのはお前だけだ、ダリア。」


 いくらイケメンでそんな熱っぽい目で見つめられたって。見つめている先が私の胸なのだからこの王太子は本当に本当にどうしようもない。

 とは言え、この状況は非常にまずい。いくらクソでも相手は王太子。正式にパートナーの申込をされてしまっては断りようがない。これでは嫌いな王太子のパートナーになった挙句、大好きなリリーローズ様を裏切るという最悪な結果になってしまう。更にはリリーローズ様が悪女認定されるシナリオにまっしぐらだ。打開策を考えなければ。


「外野が何と言おうと関係ない。好きでもない婚約者とパートナーなんて冗談じゃない。ダリア、俺と…」

「で、殿下!大変申し訳ないのですけれど、実は私、パートナーは既に決まっているのです!」

 慌てて声に出してから頭を抱えたくなった。


「何だと?俺より先に申し込んだ奴がいたのか?いったい誰だ?」

 当然のように問い詰めてくる王太子に、必死で考えるもいい案が浮かばない。下手な人物を挙げても後でトラブルに巻き込んでしまうし、かといってはぐらかしたらしつこく付き纏われそうだ。


「なんだ?俺にも言えないような相手か?それとも…でまかせか?」

 こういう時だけ鋭い王太子に殴って気絶させてやろうかと物騒な考えが浮かんだ時だった。姿の見えない王太子を探しにきたであろうアレク様が遠く王太子の肩越しに見え目が合った。


 その顔を見た瞬間、安心して涙が溢れそうになった。


『アレク様!助けてください!』


 心の中で叫ぶと、早歩きだった姿が小走りになる。


『何があった?』

『このままだと今度の夜会で王太子殿下のパートナーにさせられちゃいます!』

 必死で訴えれば、アレク様は更に速度を上げた。


「なあ、ダリア。遠慮はいらない。素直に俺のパートナーに…」

「兄上。」

 あれだけ走ったのに息一つ乱れていないアレク様が、私に躙り寄る王太子の肩に手を掛けた。


「アレク…?何だ、今俺はダリアと大事な話を」

「申し訳ありません。ダリア嬢のパートナーの件でしたら、私が先に申し込んでしまいました。」


 私を王太子の視界から庇うように隠してくれるアレク様。いつでも私をその背に隠してくれると言ってくれた、有言実行の男の背中が目の前に広がって…それがあまりにも頼もしくて、安心して。


 私はもう観念した。


 こんなふうに守られたら、好きになってしまう。

 どうやってこの人のことを…、こんなに優しくて素敵な人のことを、好きにならずにいられると言うのだろう。


 ずっと胸の奥にあった予感。見ないふりをしてきたけれど。胸が熱く甘く痺れるこの感情の名を、私は知っていた。


「は?お前が…?」

 明らかにムッとした様子の王太子から睨まれても、アレク様は顔色を変えなかった。


「兄上はコールドスタイン公爵令嬢と出席するものと思っておりましたので。配慮が至らず申し訳ないのですが、既に王宮庁にも報告しているので今から覆すのは外聞が悪いです。」

「はっ!お前の外聞がどうなろうと俺の知ったこっちゃない。今すぐ…」


「私のではなく、ダリア嬢のです。彼女を貶めるのは兄上の本意ではないでしょう。それに兄上も、婚約者との不仲は国王陛下のお耳に入っているようです。今回は大人しくしておくのが得策かと。」

 最後の方はスッと声を落として告げるあたり、さすがはアレク様だと思う。


 それまでの怒りや勢いが嘘のように感情を押し殺した王太子は、腐っても王族らしく損得を天秤にかけたようで、取り繕った笑みを私に向けた。


「ダリア。今回は一緒に行けなくて残念だ。私がこの愚弟より早く君に申し込んでいればよかったのだが。せめて夜会では一緒に踊ろう。」

「はい。光栄にございます。」


 一礼して退散しようとすると、アレク様と目が合った。

『詳細の打合せは後日連絡する』

『お待ちしてます』

 まだ高鳴ったままの胸を誤魔化しながら、私は今度こそ王太子の前から逃げることに成功した。










 数日後、アレク様に呼ばれ彼の執務室に行くと、そこにはいつの間に用意したのか、見事なドレスがあった。


「パートナーになるからには、礼儀を尽くさせてほしい。」


 まさかドレスまで用意して下さるとは。どこまでスパダリ気質なの、この人。

 そう思い呆然としていたのも束の間、アレク様は恭しく私に頭を下げた。突然何事かと驚いていると、フッと笑った彼と目が合った。


「こういうことはきちんとすべきだろう。順番が逆になってしまったが、改めて申し込ませてくれ。」


 とても優雅な仕草で、彼の手が私に向けられる。


「ダリア嬢、次の夜会で私のパートナーになって頂けるだろうか。」

 差し出された手に手を重ねて、私は微笑んだ。

「もちろん喜んで、アレク様。」


 微笑んでくれた彼が私の手に唇を近付ける。王太子であれば無遠慮に本当に口付けしてくるところ、彼は触れる寸前で止めた。そんなところも紳士なのだけれど、少しだけ残念な気もするのは私が彼に特別な想いを寄せてしまっているからだろう。


「アレク様はおモテになるのでしょうね。」

 皮肉を込めてそう言うと、アレク様は苦笑を漏らした。

「私が?そんなわけないだろう。言っておくが、私にパートナーを申し込まれて快諾してくれるのはそなたくらいだ。」


 とても信じられない事を言い出す彼に、思わず口が尖る。こんなに格好よくて優しくてスマートなのだから、モテないはずがない。


「そんなに可愛い顔をされても、事実は事実だ。」


 クスッと笑った彼は普段以上に輝いて見えて、やっぱりとんでもなくモテるのだろうと思うと、胸の奥がモヤっとした。





昨日は更新できませんでしたので、本日2度目の更新です

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