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彼岸花の魔女とカエルの王子

作者: 土曜日

 


「・・・あれ」


 いつもの様に野草を採取し終え帰宅すると、玄関先に茶色い髪の男性が立っていた。

 日頃来訪者など来ない魔女の森である。

 しかも魔女の中でもとりわけ敬遠されている私の家だ。

 珍しく私に仕事の依頼だろうか・・・。

 声をかけようと口を開きかけたところで男性が私の存在に気づき駆け寄って来た。


「こんにちは、貴女がこの家の主でしょうか?」


「こんにちは。はい、私です。仕事の依頼でしょうか?」


 男性は少し安堵したかのように表情を緩め、短く「はい」と頷いた。

 私などに仕事の依頼とは・・・、余程の理由があるのだろう。

 ふと男性の肩に小さな緑色の物があることに気づいた。

 葉っぱか? と思ったけれど・・・。


「・・・」


 男性の肩にはちょこんとカエルが乗っていた。

 じっと私を見つめてくるカエルと目が合い口角が引き攣りそうになる。


「先日毒をかけられた、こちらのエルトン王子の解毒方法を探って頂きたいのです!」


「ケロ!」


「・・・けろ」


 男性が自分の掌に上質なハンカチを開くとカエルはその上にぴょこんと乗った。


「・・・え、まさか、・・・このカエルが王子だとでも?」


「その通りです」


「ケロ!」


「・・・けろ」


 困惑した私を見かねたのか、男性は懐から「王家の紋章と身分証です」と印と上質な紙を私に差し出してきた。

 王家の紋章など見たことがないため、見せられても判断出来ないのだが・・・。

 よく見ると男性の腰には立派な剣があり、衣類も私の知る平民の服ではない。

 おそらくこの男性は騎士様なのだろう。



「・・・とりあえず、中へどうぞ。詳しくお話を伺います」


「失礼します」




 小さな家であるため客間などあるはずもなく、恐る恐るリビングに案内するが、不満そうな表情も言葉もなくホッとする。

 高貴な方々でも私のような魔女に理解があって良かった。


 男性はカバンから小さなクッションを取り出し卓上に置くとその上に恭しくカエルを置いた。


 異様な光景だな・・・。


 カエルはクッションに座りながら、しげしげと周囲を見渡している。


 私は台所へ行き紅茶を二人分用意しながら、一瞬カエルにも紅茶を用意するべきか迷うが、カエルの生体的に紅茶を与えて大丈夫なのか分からなかったため、カップに水を用意して出した。


「突然の訪問、大変申し訳ありません。急を要していたため、事前に使者を出す事もできませんでした。私はバシルと申します。国に仕える騎士として近衛隊に所属しております。」



 私は生まれつき人から向けられる悪意を感じとる事ができる。

 バシルさんからは私に対して全く悪意が感じらなかったため家に通したが、明らかに面倒事を持ってきたのだろう事は分かった。


「今はカエルの姿ですがこちらのお方は、この国のエルトン第二王子です。夜会で令嬢に毒をかけられましてカエルの姿になってしまったのです」


「それは、本当なのですか」


「信じられない気持ちも分かります。私どもも困惑しています。王妃様はあまりのショックで倒れてしまわれました」


 情報に疎い僻地の魔女である私には、それが本当のことなのかも分からない。

 しかし何となく嘘を付いているとは思えない。

 嘘を付く人間は瞳の奥が揺らめくものだ。


「しかし、何故私の所に? 私より優秀な魔女はいくらでもいますが・・・」


「貴女が比類なき毒を操る彼岸花の魔女様だからです」


 彼岸花の魔女。

 いつからか私はそう呼ばれ始め、一般の人々からは嫌われ敬遠されている。

 魔女は傷薬やまじないを生業としているのだが、私の師匠である祖母は毒を生成することを得意としていた。

 薬も作る事はできたのだが、人と関わる事を嫌った祖母はそれをしなかった。

 私も人里には良い思い出がなく、毒を使って野生動物を狩り、野菜を育て自給自足の生活を送っている。

 そして私が彼岸花の魔女と呼ばれるもう一つの要因は、この真っ赤な髪と血色の瞳だろう。

 私の両親も祖母もこんな髪色ではなかった。

 祖母はおそらく隔世遺伝であろうと話していたけれど。


 赤い姿と毒を生成することから誰かが彼岸花の魔女と呼び始め、それが定着してしまった。


「しかし、私が作るのは毒のみです・・・。解毒薬をご希望でしたら、別の魔女が良いかと・・・」


「他の魔女は既に尋ね回りましたが分からないと匙を投げられました。どのような毒か分からなければ解毒薬も作れないと。なので彼岸花の魔女様、貴女にエルトン王子にかけられた毒を解析し生成してほしいのです」


「・・・その毒をかけた令嬢にお聞きすれば良いのでは」


「令嬢は王子に毒をかけた後服毒自殺しており、自宅にも手がかりはなかったのです。家族も皆事情を一切知らず、令嬢単独の犯行だったのです」


「・・・しかし」


「もう、貴女しか頼りがおりません。国中の医師にも魔女にも手を引かれました。現在も他の騎士が国内外問わず解決策を探し回っていますが、良い知らせが来ません。毒が分かれば解毒薬が作れるのです。報酬もしっかりとお支払い致します。どうかお願いします」


 何故よりにもよって一番最後に私の所に来たのか

 これでは、私への責任が重すぎるし断り辛い。


「ケロ・・・」


 カエルが私の元までぴょこんと来てペコリと頭を下げた。

 掌の半分程もない小さなカエル姿のエルトン王子。

 少し体も震えているように見え、良心が刺激される。


 ・・・仕方ない。


「・・・出来るだけ尽力しますが、保証はできませんよ」


「ありがとうございます!」


「ケロ!」


 私の答えを聞き跳ねるエルトン王子を見ながら、ため息が出そうになった。

 私、カエルが苦手なのだけれど・・・。

 今更言えるはずもなく、これも仕事だと自分に言い聞かせる。



 ふと祖母に昔言われた事を思い出した。

『あんたは押しに弱いから気をつけなよ』と。

 人との関わりが少なかったため今まで実感することがなかったが、今祖母の言葉を身を持って理解することができた。





 ◇



 バシルさん達が来て五日が過ぎた。


 私はエルトン王子にかけられたという毒について調べている。

 片っ端から書物を読み漁っているが手がかりはない。

 一度読んだ書物は頭に入っているつもりだが、それでもカエルに変化させる毒に心当たりがなく。

 読み落としはないか振り返りつつ、同時に幾つかの毒を生成している。

 色素を変化させる毒や幻覚を見せる毒など、幾つかの猛毒を配合し試しているが空振りばかりだ。


「・・・この書物にも手がかりはなし、か」


 最後の一冊を読み終えてしまったため、祖母の日記を拝借してみる。


 パラパラとページを捲るがため息が出そうになった。


 祖母の日記は分厚く、私でも読み解くのに時間がかかるくらい字が汚い。

 読むには結構な労力を使うため今まで読むことはなかったけれど。

 祖母は日記に日々の発見や新しい知識も書き記していたため、縋る思いで読む事にした。




「ケロッ」


「ありがとうございます、エルトン王子」


 エルトン王子が薬草を仕舞っている棚から目当ての薬草を持って来てくれた。

 それを受け取ると別の薬草と合わせ煎じる。

 エルトン王子はそれをまじまじと観察していた。


 エルトン王子は身体がカエルなだけで、その秀才ぶりは健在であった。

 薬草棚の配置も保存してある多くの薬草名も今では把握できており、お願いするとすぐに持ってきてくれる。


 バシルさんの話では、エルトン王子は黒い髪と青い瞳の美丈夫であり、武術にも秀でており頭脳明晰で五人いる王子の中でも群を抜いて優秀らしい。

 その上性格も優しく穏やかで、聡明な方なのだとか。

 その秀才ぶりをバシルさんが自慢げに語っていたが、その最中ずっとエルトン王子は「ケロケロッ!」と恥ずかしそうにバシルさんの邪魔をしていた。

 どうやらエルトン王子は恥ずかしがり屋な性格らしい。


「ケロ?」


「あ、いえ・・・」


 じっとエルトン王子を見てしまっていた。

 エルトン王子に首を傾げながら見返されてしまう。


 私の言葉はエルトン王子に通じるが、私はエルトン王子の言葉を聞くことも、意思を汲み取ることもできない。

 王子として生活してきたのであれば、今の生活や私の対応も失礼極まりないだろうに、嫌な顔もせず熱心に私の手伝いをしてくれている。

 ・・・いや、嫌な顔とか分からないけれど。


「お二人とも昼食の準備が出来ましたので、こちらにどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「ケロ」


 バシルさんは私が毒の生成に集中できるように家事や畑仕事をしてくれている。

 騎士様にそのような事はさせられないと言うと、バシルさんは「エルトン王子の為ですのでお気になさらず」と返され、甘えることにした。


「エルトン王子、どうぞ」


「ケロ!」


 掌を差し出すとエルトン王子はぴょこんと私の手に乗り小さくお辞儀をした。

 本当に王子とは思えないくらい謙虚な人だ。


 定位置になりつつあるクッションの上にエルトン王子をそっと置いた。

 バシルさんの昼食を頂きながらも時間が惜しいため、行儀は悪いが祖母の日記を読み進める。











 そして、日記を読み進めてさらに三日が過ぎた。

 バシルさんの作ってくれたおやつを頂きながら、ページを捲る。

 二人が来てから三時のおやつが定番になりつつあるが、些か私の体重が心配だ。


「・・・美味しい」


「ケロ」


「それはありがとうございます」


 騎士様はおやつまで作れるのかと当初は驚いたが、今ではバシルさんがエルトン王子の母親に見えてしまう。

 バシルさんのスペックの高さに毎日感心しながらも、私は未だ手がかりを掴めない自分の不甲斐なさに呆れていた。


 祖母の日記に頼らざるを得ない自分。

 毒に関しては既に学び終えていると驕っていたことを自覚してしまった。

 私はまだ未熟者だ・・・。



 頼みの綱の祖母の日記も七割を読み終えた。

 このまま手がかりが見つからなければ、また別の方法を考えなければならないが・・・。

 他の方法など思い当たらない。

 危険だが闇市に行ってみるか・・・、と考えているとある一文に目が止まった。


「・・・あ」


 “猛毒リリースランは生物の細胞を組み込むことで、その生物へ形態を変化させる効果を得る”


「・・・形態を変化」


 これだ!

 リリースランは知っている。

 本来は人の心臓を一瞬で止めてしまうほどの猛毒を持つ花だ。

 薬にもならないため、市場にも出回らず栽培もされてこなかった。

 私も存在は知っていたが、その希少性から一度も使用したことはない。

 リリースランにそのような効果があることを初めて知った。


 祖母に心の中で感謝する。

 きっと令嬢はリリースランとカエルの細胞を調合して毒を生成したのだろう。

 間違いない。

 まずは現物を手に入れたいが・・・。



 令嬢はこんな希少な薬草をどうやって手に入れたのだろう。

 少し考えたところで、これは貴族社会での話であったことを思い出した。

 貴族の令嬢ならばお金持ちということだ、金銭を積めば時間はかかるが手に入れることはできるだろう。

 どこでこの知識を得たのかは分からないが・・・。


 一国の王子であるエルトン王子も、その財力でリリースランを手に入れることが出来るかもしれないが、時間がかかりすぎる。

 私が闇市でリリースランを最後に見たのは何年も前のことだ。

 しかも生花ではなく乾燥された物だった。



「彼岸花の魔女様、何か手がかりが見つかりましたか?」


「・・・それらしい薬草の名前を見つけました」


「なんと!」


「ケロ!」


 バシルさんは瞳を輝かせ、エルトン王子のつぶらな瞳も心なしかキラキラして見えた。


「・・・しかし、この薬草はとても希少な物で。手に入るかどうか・・・」


「そんなに希少なのですか?」


「はい・・・。最近では闇市でごく稀に見かける程度ですし、自生しているリリースランもあるかどうか」


 そこまで話したところでバシルさんとエルトン王子はあからさまに表情を暗くさせた。


「あっ、でも、祖母の日記に自生していたという場所が書いてあるので、明日そこに行ってみますから」


「そ、そうですか!」


 バシルさんは再び表情をパッと明るくさせた。

 祖母の日記に書かれている場所は森の最奥、深淵の森と呼ばれている人にとっては危険な場所だ。

 私でも足を踏み入れたことがない、未知の森。

 はっきり言うと怖いので行きたくはない。


 けれど、今では愛着がわきつつあるカエル姿のエルトン王子。

 あれだけ苦手だったカエルも健気なエルトン王子効果で今では可愛く見えてきている。


「ケロケロ・・・」


 エルトン王子が私の手を小さく揺らした。


「心配しなくても大丈夫ですよ、数日頂ければ必ず取って帰ってきますから」


「ケロ・・・」


「さぁ、バシルさんが作ってくれたおやつを頂きましょう」


 心配気に見てくるエルトン王子に気づかない振りをする。

 優しいエルトン王子とバシルさんのことだ、危険な森だと言ったら止められるかもしれない。

 だから、絶対に言わない。


 魔女として仕事を引き受けたのだ。

 必ず仕事は完遂させてみせる。






「よし、これで準備バッチリね」


 夜になり森へ向かう準備をして寝台へ向かった。

 数日は布団で眠ることができないだろうから、今日しっかり英気を養っておこう。



 窓の外を見るとバシルさんがテントの中に入っていくところだった。


 私の家には玄関扉しかなく、部屋は全て一つなぎとなっている。

 バシルさんは「若い女性と一緒の空間で眠るのはさすがにまずいので」と言い、私が何度大丈夫だと伝えても引かなかった。

 結局家の外でテントを組み立て、そこでバシルさんは寝泊まりしている。


 エルトン王子もテントで寝ようとしていたが、バシルさんがテントで寝泊まりはさせられないと強く訴え、簡易的ではあるが小さな寝台を作り私のベット横に置いて眠ってもらっている。

 エルトン王子も「ケロケロ!」と頑なにテントへ入ろうとしていたが、バシルさんの泣き落としにとうとう折れてしまった。

 恐らくエルトン王子も押しに弱いタイプなのだろう。

 少し親近感を感じてしまった。


「ケロ」


「? どうしましたか、エルトン王子」


 エルトン王子は寝台横のテーブルに置いてあった写真と私を交互に見ていた。

 私はベッドに腰掛ける。

 支度をした時に奥から出てきた写真だが、仕舞っておくのを忘れていた。

 見られて困ることもないのだが、良い思い出の写真でもない。


「これは私の家族と撮った写真です」


 左端に写っている小さな子どもを指さす。


「このちんちくりんが私です。その横にいるのが両親で、両親に抱かれているのが弟と妹です。見ての通り私以外は髪色が茶色だったんで、少し肩身が狭かったんですよ。見かねた祖母が私を引き取ってくれて、それ以降両親にも弟や妹にも会っていません」


「ケロ・・・」


「あ、別に悲観的に捉えないでくださいね。私は祖母に引き取られて良かったと思っています。両親は私を可哀想な目で見ていたから居た堪れなかったですし。それに一人で生きていく力も身につけられました。祖母との生活は宝物です」


 まぁ、町での暮らしは確かに幼い私にとって酷だった。


 初めに私の髪色を気味悪がったのは町の人々。


 私を呪われた子だと言い始め、それを聞いた子どもたちも私を罵った。

 両親はそんな私を庇ってくれていたが、弟や妹にまで害が及びそうになり誰にも言わずに家を出た。

 祖母が人と関わりを持たない生活をしていると知っていたため、少し大変だったが自らこの森に来たのだ。

 祖母は驚いたが、追い返すこともせず受け入れてくれて当時は本当に安堵したものだ。


「さぁ、もう寝ましょう」


 エルトン王子を寝台に乗せ布団をかけた。

「おやすみなさい」と言うと小さく「ケロ・・・」と返ってきたのを確認し、私も布団をかぶって目を閉じた。



 ◇




「では、行って参ります。留守中畑のことよろしくお願いします」


「・・・本当に付いて行かなくても良いのですか?」


「大丈夫です。一人の方が動きやすいですし、自分の身くらいは自分で守れます。それにエルトン王子を一人にさせる訳にはいかないですし」


 バシルさんは眉を下げて申し訳なさそうに頷いた。


「・・・どうかお気をつけて」


「はい」



 バシルさんの掌に乗っているエルトン王子にも「行ってきます」と挨拶をする。

 エルトン王子は私の肩に飛び乗り、髪を引きながら首を激しく横に振った。


「ふふっ、大丈夫ですエルトン王子。心配しなくても私は彼岸花の魔女です、森には誰よりも精通していますから」


 まだ髪を掴んでいるエルトン王子をそっと剥がし、バシルさんの掌に移す。


「では行ってきます」





 それから私は深淵の森へ向かった。

 森に辿り着くのに三日もかかってしまった・・・。

 難関な道のりに当初の予定よりも時間がかかってしまったが、深淵の森をリリースランを求め歩き回る。

 野生の動物にも遭遇したが、臭い消しの薬草を使っているため一度撒けば逃げ切ることができた。

 図体が大きい動物たちで良かった、入り組んでいる深淵の森では私の方が有利だ。


「この辺りのはずだけど・・・、見つからないなぁ・・・」


 期待を込めて送り出された身としては、何も見つけず帰る事などできない。


 祖母の日記では数十年前の記録だった。

 本当にこの森にまだ自生しているかも分からないが・・・。

 リリースランの特徴である白い小さな花を探す。


「・・・あっ」


 崖を見下ろすと小さく白い点が見えたが、視界が悪く暗いためリリースランかどうか分からない。


「降りて確かめるしかない」


 ゆっくり一歩ずつ降りるが、崖が湿っていて足場も悪い。

 気を抜けば簡単に滑って落ちてしまいそうだ。




 ズルッ!



「あっ!!」





 ◇





「ひ、彼岸花の魔女様!!?」


「ケ、ケロ!!」


 畑仕事をしていたバシルさんが私を見て、手に持っていた鍬を放って駆け寄って来てくれた。

 エルトン王子も跳ねながら私の元まで来てくれる。



「た、ただいま帰りました」


「怪我を!?」


 私のボロボロの身なりを見てバシルさんは慌てて様子を聞いてきた。

 崖から滑り落ちたものの、岩場に引っ掛かり打撲程度で済んだが、切り傷の出血が衣服にも滲んでしまっている。

 側から見れば大怪我を負った人に見えるだろう。


「少し崖を滑り落ちまして、でも怪我はありません。それより、リリースラン手に入りましたよ」


 リリースランを二人に見せる。

 バシルさんはリリースランを見ると、驚きで瞳を大きく見開いた。

 エルトン王子は小さく「ケロ・・・」と呟いたが、予想より反応の薄い二人に首を傾げてしまう。


「・・・女性である貴女にここまで怪我を負わせてしまったこと、エルトン王子に代わり謝罪とお礼を申し上げます」


「ケロ・・・」


 バシルさんとエルトン王子は頭を下げた。

 もっと喜んでくれると思っていたため、頭を下げられた事に驚いてしまう。


「だ、大丈夫ですよ。これも仕事の一環です。他にも希少な薬草を見つけて、ほら、こんなに取ってきてしまいましたから、私にもメリットがたくさんありました」


 だから気にしないで下さいと伝えるとバシルさんは困ったように笑い、エルトン王子は私の肩に飛び乗って小さく鳴いた。





 それから私は少し体を休めた後すぐ毒の生成を始め、毒を五日で完成させることができた。

 リリースランとカエルの細胞の配合に苦慮したけれど。



 バシルさんとエルトン王子はその翌日に出発して行った。



 エルトン王子は何度も頭を下げ、バシルさんからもお礼を何度も伝えられ、後日お礼の品を持参すると。


 エルトン王子とはもう会うことはないだろうから、私もお礼を伝えておいた。

『エルトン王子やバシルさんとの生活は結構楽しかったです』と。

 高く『ケロ!』と鳴いたエルトン王子の顔は笑って見えた。






 二人を見送ると、ドッと肩の力が抜けてしまう。


「よし、休もう!」


 まだ日は高いがいそいそとベッドへ潜り込む。


 祖母が保管していた解熱剤と鎮痛剤を服用し続けてきたが、二人に隠し通せて良かった。

 優しい二人のことだ。

 私が発熱していて、打撲も引きずっている状態では出立できなかっただろう。


「私ったら本当に未熟ね」


 それから丸二日寝込んでしまった。

 おかげで熱も下がり打撲部分以外では体調も改善した。



 そして、私の日常が戻った。




 ◇





 エルトン王子とバシルさんを見送って早一ヶ月。

 打撲した部分が軽快し、私は日課だった薬草取りに出かけ始めていた。

 しばらく山を歩いていなかったため、薬草を採取した後日光を浴びておく。

 やはり人間日光を浴びれば元気になれるものだ。

 気持ちが少し浮上していく。


 エルトン王子やバシルさんとの生活が思いの外楽しかったのだろう。

 この一ヶ月少しだけ寂しく思い、気持ちも下がっていた。


「よし、充電完了」


 十分山を満喫し、自宅への帰路につく。

 まずは畑仕事をして、家事を終わらせて、狩り用に毒と仕掛けを作ろう。




「・・・ん?」



 自宅前にフードを被った人物が二人いた。

 仕事の依頼だろうか。

 そう思い首を傾げると、私の気配に気づいたのか、フードの二人組が振り返った。


「あ!」


「彼岸花の魔女様! お久しぶりです」


 二人組の一人はバシルさんだった。

 バシルさんは被っていたフードをとり、軽くお辞儀をしてきたため、私も頭を下げる。

 バシルさんの表情を見るに、エルトン王子の毒は無事解毒できたのだろう。

 晴れ晴れとしたバシルさんに安堵した。


「今日はどうされたのですか?」


「今日はお礼の品と報酬をお持ちしました」


「ありがとうございます。その様子だとエルトン王子の毒は解毒できたんですね」


「はい、毒のおかげです」


「それは良かったです。エルトン王子にも喜びの言葉をお伝え下さい」



「あっ、それがですね・・・」


 バシルさんがそうだったと言うように隣の人物へ視線を移した。

 つられて私も隣の人物を見るが、明らかに見覚えはない。

 その男性は被っていたフードをとると、私に優しく笑いかけてきた。


 黒い髪に青い瞳。

 とても整った顔立ちに優し気な雰囲気。

 やはり見覚えはない。


「初めまして、私はこの森の魔女です。巷では彼岸花の魔女と呼ばれています」


 ペコリとお辞儀をすると男性は私の目の前まで来た。


「初めましてではないのですよ。私はエルトン・リツ・クラムハイゲンと申します」


「・・・え」


 今男性はエルトンと言っただろうか。

 私の耳にはそう聞こえた。

 バシルさんを伺うと何度もコクコクと頷いていた。


「・・・貴方がカエルだったエルトン王子なのですか?」


「はい、あなたに会いたくて無理を言って来たのです」


 驚きが顔に出ていたのだろう、エルトン王子はくすっと笑い私の手をとり片膝をついた。

 自然にエルトン王子の視線が下がり焦る。


「エ、エルトン王子!?」


「彼岸花の魔女よ。あなたの名前を私に教えて下さいませんか?」


「な、名前!?」


 魔女の名前は少し特殊だ。

 魔女とは幼い頃から女の世界で学び生き、更に魔女と名乗り出してからは通名で通す。

 本名は伴侶のみに伝えるものだった。

 その魔女にとって大切な名前を教えてほしいとエルトン王子は言う。

 その意味を知っているのだろうか。


「・・・毒を作っている、あなたの生き生きとした顔に惹かれました」


「・・・へ」


「初対面である我々に尽力してくれた、その無防備な優しさも新鮮でした」


「いや・・・」


「幼い頃の境遇も力に変える、その強さを尊敬します」


「あの・・・」


「女性でありながら、身体の傷を気にしないあなたを守りたいと思いました」


「ま・・・」


「カエルが苦手だと言えなかった、その気遣いも・・・、申し訳なく思いながらも心底有難かった」


「まっ、待って・・・」


「その美しい炎の髪にも、人の姿で触れてみたかった」


「い、いきなりそんなこと言われてもっ・・・」


「・・・では、彼岸花の魔女よ。私と友人から始めて頂けませんか?」


「友人・・・」


「もちろんその先の関係も予約しておいての友人関係です」


 畳みかけるように告げられた言葉たちに、頭が真っ白になる。

 しかし、顔は熱い。

 それは、もう、湯気が出てしまうのではないかと心配になるくらい。


 そして逃さないと言わんばかりに、握られた手をさらに力強く握られた。

 顔は熱いのに背中に変な汗が出てくるのは何故か。


「わ、私、えっと」


「私と友人になるのは嫌ですか?」


 エルトン王子は視線を落とし、しゅんとしてしまう。

 一国の王子に何たる無礼。


「い、嫌ではないです!けど・・・」


「では、友人の私に名前を・・・」


「名前はまだ早いですっっ!」


 訳もわからず叫んでしまったがエルトン王子は可笑そうに笑うと、「良かった」と呟いた。


「まだと言うことは希望がありますね。推しに弱いあなたのことだからこのまま積極的にいこうと思います」


 その言葉に思わず口が開いてしまう。


「・・・少しエルトン王子の印象が変わりました」


「あなたに関しては積極的に攻めることが効果的だと判断したまでです」




 ・・・私はカエルだった王子に捕まってしまったのかもしれない。



 確かに私は押しに弱いが。



 それでもエルトン王子の言葉の数々が嫌ではない自分に、簡単すぎるだろうと呆れかえってしまったのだった。





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