婚約破棄された朝チュン令嬢は隣国の王太子に溺愛される~目が覚めたら彼のものになっていました~
「っ……!?」
差し込む朝日がまぶたに触れて、私はがばっと体を起こす。
見回せば、そこは見知らぬ部屋。内装はとても素晴らしくて、調度品も趣味がいいけど……私の部屋ではない。
当然、いま私がいるこのベッドも。
加えてもう一点。
私は一糸まとわぬ姿で──隣には同じ格好の誰かが寝息を立てていた。
「……!」
一瞬で血の気が引いて、意識がふわりと飛び上がりそうになるが、何とか気を持ち直す。
ああ、頭がガンガンとして昨日のことがうまく思い出せない。
こんなことは初めてだ。
ええと……。
そうだ。
私は婚約破棄されたのだった。
舞踏会の会場。級友も含む多くの公衆の面前で、婚約者であるアーキリー殿下に大々的に婚約の破棄を言い渡され……それから──。
それから、どうしたっけ?
ずきずきと痛む頭はそこから先の記憶を上手く拾い上げてくれない。
会場の端で泣きながら葡萄酒で気を紛らわせていたような気がする。
すぐさま退場すればいいものを、プライドが邪魔してしまっていたのだ。
葡萄酒。……そう、葡萄酒だ!
きっと、これが原因に違いない。
今まで飲んだこともなかった葡萄酒に口を付けてから、記憶が曖昧だもの。
ああ、令嬢たる人間が酒に呑まれて『お持ち帰り』されたなど、どんな醜聞となるか。
きっとお父様にも叱責されるし、周囲からは侮蔑されるに違いない。
きっと私は、家から追放されて修道院送りになるだろう。
……考えるだけでも恐ろしい。
「おはよう、ルーシャ」
私が頭を抱えているうちに、隣の男は目を覚ましたらしい。
長くつややかな黒髪にやや浅黒い肌。
瞳の色は澄んだような青で、通った鼻筋だけでなく顔面全体がよく整っている。
酒も入ればうっかりついていってしまうかも、という美男子。
……酔った私はついていってしまったわけだけど。
そんな『いい男』が私を抱き寄せて、額に小さく口づけをする。
仮にも伯爵令嬢相手になんて不遜で気安いことだと思ったが、別段不快ではなかった。
むしろ、温もりも合わさって安心感すらある。
「よく眠れた……」
「それはようございましたね。それで? あなたはどちら様でしょうか」
褥の内でする会話ではないと自嘲しつつも、まずは状況の整理と記憶のすり合わせをしなくては。
「覚えていないのか? 昨夜はあんなに名を呼んでくれたのに」
「……」
昨夜とやらの記憶を必死に手繰り寄せてみると、それは思いのほか容易に思い出すことができた。肌に触れる温もりと一緒に。
「……ランディ・オルラン王太子殿下……?」
「そうとも、ルーシャ。ルーシャ・テテノア伯爵令嬢殿」
不敬の極みにベッドの外へ飛び出そうとするが、非力な私ではランディ殿下の抱擁を解くことも叶わない。
さらに『昨夜』を思い出してしまった私は、もはや混乱の極みで叫びだしたくなるのを抑えるので必死だった。
酒に酔っていたとはいえ、昨夜の私はどうかしていたのだ。
これまでしてきた我慢だとか、元婚約者への不満だとか、この先の不安だとかを何もかも吐き出してわんわん泣き、ランディ殿下を困らせた。
それで、この人は……そのすべてを受け止めてくれた。
「ルーシャは良い匂いがするな」
ランディ殿下の声が、私の思考を途切れさせる。
耳元でそんな風に囁かれたら、昨夜の記憶がより鮮明になってはしたない気持ちが甦ってきてしまうではないか。
しらふでこれは心臓によくない。
一刻も早くここを離れて、非礼を詫びねば。
ベッドから出ようと片足を出した私の肩を、ランディ殿下がぐいっと引き寄せる。
「ラ、ランディ王太子殿下……?」
「ランディ、と。そう呼んでいいと許したはずだ」
「そ、そうでしたっ──……」
声にならぬ悲鳴が言葉を途切れさせる。
彼の唇が、私の肌に小さく触れたから。
「ララ……ラ、ランディ様っ!?」
「おいで、ルーシャ。朝日は昇ってしまったけど、寝室を出るまでは君を独り占めしたい」
「──……ッ!!!!」
あっというまにベッドに引きずりこまれた私が解放されたのは、日が中天に差し掛かるころ。その頃にはすっかり、彼のものとなってしまっていた。
このランディ様との出会いと一夜が私の運命を大きく変えたのは言うまでもない。
そして、このありえざる邂逅が、二つの国を揺るがす大騒動の引き金になるなんてことを私はまだ知る由もなかったのだった。
~fin~
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