魔法俳優(短編)
ファンタジー世界が舞台。魔法が使える俳優、「魔法俳優」を夢見る少年少女が集う学校での一幕です。
連載準備用読切として、めっちゃ面白く書けたと思います。ぜひ最後までご覧ください!
魔晶壁の向こう側に立ち、現実世界の人々を、圧倒的な演技と魔法で虜にし、魅了し、喝采を浴びることを夢見る少年少女は数多く存在する。いつの時代も、どの階級にも、どの国にも。
超一流の俳優、それも、魔法も扱える魔法俳優になるためには、映像魔法映えする容姿に、演技力はもちろんのこと、身体能力強化魔法および、自分のもう一つの顔となる華麗かつ固有の魔法を使いこなせる実力が必要不可欠だった。ついでに、撮影場を乱さないコミュニケーション能力もだ。身につけるためには、一流の教育を受けなければならないのは当然のこと。
いや。その前に、俳優の卵である頃から「非凡性」を示せていなければ、実際に演技者として活動を始めても、世間の注目を集めることは難しい。常にいい演技と魔法が出来ると若い頃から思わせなければ、人々の関心を買い続けるのはほぼ不可能だからだ。遅咲きは非常に珍しい。演技はまだしも、魔法力の成長は、二十歳以降は絶望的だ。
潜在的な非凡性がある。つまり、「いつもの超一流」として活動するに、最低限の資質は持っている。魔法俳優を志す少年少女たちがそれを示すのに、うってつけの資格証明書があった。
ミナス俳優養成学校魔法俳優科――十五歳より入学が許可される、四年制の専門学校――の、卒業証書。
「えー。というわけで、試験結果発表終わり。明日は終業式だ。遅刻しないようにな。では、今日は解散」
魔法俳優科一年Aクラスの、ちゃらんぽらんといい加減さで有名な担任教師ギローニ先生が、ニヤリと笑って杖を振る。「無音」の魔法が解けた。途端、教室はガヤガヤと騒がしくなる。
「ねぇー何位だった?」「あんたが言ったら言うよ」「ソレずるいー」
「なあ。『出演権』勝ち取ったの誰だと思う?」
「さぁなぁ。例えばキッシャー君とか優秀そうだけど、トップスリーに入れてるかは知らない。初めての学期末総合テストだし、数値の情報が少なすぎて――」
演劇論と映画論の入門教科書をバッグに詰めて、俺は席を立つ。成績談義は楽しいと思うけど、今日は急いで帰りたかった。夜、寮のミニシアターで、大好きな映画シリーズの続編が先行上映される。シリーズの復習をしておきたい。
ウキウキ気分で扉を開けた。「あの。サミュエルくん」と後ろから話しかけられる。
「い、一緒に帰らない? この前みたいに、さ」
その喉より奏でられる声は、ツノウサギのように軽く撥ね、フォレストルピアのように柔らかく舞う。振り返ると、ベビーフェイスを赤らめる、俺より十五センチは低そうな、エンジェル・オヴ・ロリポップの名を欲しいままにする美少年の姿があった。
「やあ。ネル。テストどうだった?」
「そ、その話はしないでくれよサミュエルくん! えっと、一緒に……」
「はいはい。ネルくん。この前もそう言われて、仕方なく君をホウキの後部座席に乗せてやった結果、どうなったか覚えてるかな?」
距離を詰める。ネルの頬はさらに赤くなった。
「ど、どうなったんだっけ?」
「アクセサリ工房のお節介焼きおばちゃんに、カップル用指輪をプレゼントされた。ロマンス的なシンクロ率を高める効果のヤツね」
「は、はは。まあ。えっと。サミュエルくんが望むなら、ぼくは、ゴニョゴニョ……」「え? なんて?」
「はい、はい、はああぁぁい! ちゅーもく!」
バンバンバンと、机を叩く音がした。教壇の方を見る。担任教師は、とっくの昔に自分の研究室に戻っている。代わりに立っていたのは、同じAクラスの少女、サンドラ・スマートシャーク。銀髪の吊り目美少女。
その苗字が示す通り、代々、知性を持ったサメの魔物を調教する家系の娘。今も昔もサメ映画は大人気なため、彼女の血筋は、魔法俳優として極めて大きなアドバンテージを誇る。
サンドラの母親は、サメ映画の演者として非常に評判がいい。
「今回の学期末総合テスト。なんと…………、三位はワタシ!」
騒がしかった教室が、静まり返る。あくびの一つもない。
「無音」の魔法が、再び使われたかのよう。
「えっ?」
驚きがドッと溢れる。思わぬダークホースが現れた。そういう反応だった。
サンドラの固有魔法「サメ使い」は、確かにすごい代物だ。実力次第では十分にトップを狙える。しかし、サンドラにその「実力」があるとは、正直あまり考えられなかった。
努力家ではあるものの、小テストは平均の少し上、演技はアイドルグループメンバーよりはまあ上手。身体能力強化については、ネルとどっこいどっこい程度。というのが、クラス内コミュニケーションを通じて得た、彼女の印象。
「ふふん。つまり、映画の『出演権』を手に入れた三人のうち、一人はワタシなのよ。待ちきれなくて、権利の付与申請書を発行してもらっちゃったんだけど、失くさないか心配! ねえみんな、この夏に撮影スケジュールのある映画リスト持ってるでしょ? ワタシが出るとしたら、どれがいいかな〜?」
露骨な相談風自慢だった。
この学校の魔法俳優科では、総合テストで上位三人に入れると、映画の「出演権」が付与される。テスト後の休み期間限定だが、端役のキャストとして撮影にねじ込んでもらえる。映画側は、脚本を多少ねじ曲げてでも断らない。ミナス俳優養成学校魔法俳優科でトップに立てる人材ならば、唾をつけておいて損はない。
サンドラ・スマートシャークがどの映画に出るか。二ヶ月後の天気くらいには興味がある。「はあ」とため息をつき、コソコソと教室を出た。「待ちなさいよサミュエル!」とサンドラに止められたが、無視する。
外ではすでに、帰りのホウキがたくさん空を舞っていた。
腕を前に出す。
「キップ」
呟く。パッとホウキが現れた。掌に収まる。ジニアス・ウィッチクラフト社の特別製。奮発して買った。すごく速く、すごく丈夫だ。
さあ、ジェットで帰ろう。映画が俺を待っている。
「ネル」
後ろに呼びかけた。
「俺のホウキにシレッとまたがるの、もうやめて」
◇◇◇
事件が起きたのは、その夜だった。
ちょうどミニシアターで、クライマックスシーンが上映されていた頃合いだった。突如としてブザーが鳴り、魔晶壁の画面が凍りつく。俺の心もだ。
シアタールーム天井の白い灯りがついた。状況の急激な切り替わりに、眼球も思考も、理解がまったく追いつかない。
斜め後ろに座っていた、趣味のよく合う先輩エリーゼに肩を揺さぶられ、ようやく再起動した。急いでラウンジに向かう。
誰だ、うっかり魔力を流して、エマージェンシーキーを誤発動させたのは。映画が止まるだろうが。
文句を言ってやろう。
「ワタシの申請書が、どこにもないのよおっ!」
お洒落なラウンジ中央のソファで、サンドラが泣き喚いていた。
先に来ていたネルに事情を聞く。
「『出演権』もらうための紙が、なくなっちゃったって」
「盗難かね?」「そうだわっ! きっとそうに違いない!」
うっかり相槌を打つと、我が意を得たりとばかりに、サンドラが俺の言葉を肯定してきた。しまった。めんどくさいことになった。
「サミュエル! 昼はよくも無視してくれたわね!」
「見なきゃいけない映画があったからさ」
「下でやってたヤツ? 過去シリーズの平均評価、2.5ぐらいの駄作」
「お前見てないだろ。あと素人には芸術が分からないんだよ」「だねー」
エリーゼ先輩が同調してくれた。が、「映画を見るのは大半素人だから」とサンドラに反論される。シンプルだが痛すぎる弱点だ。
人がたくさん集まっている。ちょうどいい。布教してやろう。グッドなポイントを言葉にしてやれば評価は上がる。口を開けた瞬間に手で制された。
「オタク語りいいから。それより聞いたでしょ? ワタシの出演権付与申請書が、誰かに盗まれたのよ!」
話が戻ってしまった。せっかく逸らそうとしたのに。皆々、憂鬱そうな顔になる。「めんどくさい」という感情で溢れている。高慢ちきな性格ゆえに、サンドラは好かれない。
サメ以外には。
「盗まれた? 失くしただけでは?」
「あんたが言ったんでしょ? 盗難って」
「ジョークだよ。申請書を他人が持ってても意味がない。事務課に持っていっても、紙に記録された魔力紋と本人のそれが一致してなきゃ、『出演権』の正式付与はされない。悪けりゃ退学だぜ?」
「そうだけど。そうなんだけどっ!」
ガルルルルと唸り声を上げる。「出演権、犬役で使ってみたらどうかな?」と茶化してみた。ラウンジ全体がクスクスと笑い始める。サンドラの頬が紅潮した。
そうだ。そのままブチギレて犬小屋に帰れ。俺は映画の続きを観るんだ。
「なんてヤな奴なの! 地獄に落ちなさい!」
「あいにく俺は、魔法俳優の他に不老不死も目指してるのでね」
「変人! 相変わらずおかしい男。あっ。サミュエル、あんたが盗んだんじゃないの!? ワタシに嫉妬して」「は? なんで俺が? 濡れ衣だよ」
「犯人はみんなそう言う! ミステリーの鉄板よ!」
君は、間違っても探偵って役柄じゃないだろ。
俺は帰宅後、ミニシアターに行くまでずっと、自室に一人で映画を観ていた。証人なし。周りを眺める。寮生の視線が俺に集まっていた。疑いではなく、戸惑いの色が大きい。
今のところ、サンドラの妄言を信じているアホは誰もいないらしい。しかし、主張し続けられると、疑ってくる人間も出てくるかもしれない。
眉間を押さえる。不用意な発言をしたばっかりに。
「違う」「違うって言うなら証拠を見せなさいよ!」
「やってないって証拠はなぁ。けっこー難しいんだぞ。俺の部屋ならいくらでも調べてくれて構わないけど」「捨てたかもしれないじゃないの!」
その通りだ。部屋に申請書がないのは証拠にならない。
「どうするのサミュエルくん」
隣のネルが、不安そうに見上げてくる。エリーゼ先輩はいなくなっていた。あの人逃げやがったな。
サンドラに向けて、渋々頷く。
「分かった。ちゃんと調べよう。現場はどこ?」
「ワタシの部屋よ。多分。帰るまでちゃんとあったもん」
女子棟に赴き、彼女の犬小屋を捜査する。結局、犯人に繋がりそうな証拠は、何一つとして見つからなかった。
そして俺は、映画の続きを観ることが出来なかった。
◇◇◇
朝になってしまった。
犯人の手がかりを見つけられなかったがゆえに散々無能扱いされた挙句、「ホントにあんたが犯人じゃないんでしょーね」とめちゃくちゃ疑われ、それを大勢の野次馬寮生に聞かれ続けた。夜遅く、寮監に怒られ、解散させられるまで。
最悪だ。善意で調べてやっただけなのに。素人の俺に出来るのはお遊び探偵業務までだ。針の穴より小さな痕跡からも情報を手に入れられる、プロの魔法警察と比べないで欲しい。
ホウキから降りると、早速注目が集まった。大半は可哀想な者を見る目付きだが、一部、責めるような視線も感じる。くそう。
逃げるように教室に入った。サンドラが立ち上がった。
ズカズカと歩いてきて、詰め寄られる。
「早く犯人と申請書を見つけて。じゃなきゃサミュエルが犯人だから」
「はあ。ふざけないでくれ。処分されたかもしれない紙切れに、これ以上俺の時間と労力を割きたくないよ」
「紙切れとか言うな。価値ある申請書よ。焼却場も漁ったじゃない。でもなかった。昨晩、一人の力じゃ破けないし、一人の火力じゃ燃やせない作りになってるって言ったのはサミュエルよ。きっと誰かが持ってる」
「でも俺じゃないから」「だったら探して」
「再発行は……無理だったな。捜索、俺じゃなくても、先生か警備に頼めない?」
サンドラはピクリと固まる。すぐに首を振った。
「無理よ。真面目に探してくれない」「俺もだよ」
「あなたは自分で思うより、ずっと真剣になってくれてる」
不意に、彼女の強気が消え失せた。「え?」と拍子抜けしてしまう。
瞳に涙を湛え、弱りきった様子で頼み込んでくる。
「お願い。今、頼りになるのはサミュエルくらいしかいないの……このままだと、お母さんに愛想尽かされる。失望されちゃう…………お願い……」
俺の胸に縋りつき、同情誘う嗚咽を漏らす。
「見つけてくれたらワタシ、なんでもするから」
それは、魔法使いという存在にとって、それこそ「なにがなんでも」避けたいはずの、契約開始文句だった。
空中に、金色の雄鹿が現れる。低く、しかし優美な声で鳴いた。すると、
『サミュエル・ヘルプソンが探し物を見つけた場合、サンドラ・スマートシャークは彼のどんな命令にも絶対順守する』
という文章が浮かんだ。直後に燃え尽き、その灰が、俺とサンドラの額に吸い込まれる。彼女の表情は後悔で彩られた。もう遅い。
なんでもするから。
言った側に絶対の不利をもたらす、人生が終わる言葉。まともな魔法使いのいる家で育ったのなら、子供の頃から「言っちゃダメだ」と注意されているはず。
なのにサンドラは言った。考えなしなところはあれど、その禁句をつい口に出してしまうほどのバカではない。
一つの仮説が思い浮かぶ。すぐに杖を持った。
「シャプルルウーレ」
魔法をキャンセルし、かつ使った相手に軽い衝撃を与える呪文だ。「ぎゃっ」と悲鳴が轟く。それほど痛くはないはずだが、疾しい心を抱いていたに違いない。
身体強化し、悲鳴の主に飛びかかる。倒れた彼に杖を向けた。
「ぐっ!?」「なるほど。キッシャー。君だったか」
トップスリーの候補として、一人の男子生徒に名前を挙げられていたクラスメートである。
側で呆然としていたネルに、キッシャーのカバンを開けさせた。中から、サンドラの「出演権」付与申請書が見つかった。
◇◇◇
「すり替え魔法ですよ。あと、簡単な意識誘導魔法かな。先生」
終業式後。小さな反省室で、担任のギローニ先生、サンドラ、あと事件の犯人キッシャー・ロセスと向かい合う。
人差し指を立てて、俺は説明を始めた。キッシャーが肩を震わせる。彼の暗い顔を一瞥してから、事件の概要を淡々と語る。
「昨日の手口は多分こう。一定時間経つと自動消滅する紙ってあるでしょ? 密談用か、お洒落な手紙用の。あれに申請書をコピペした。サンドラのことだから、俺が帰った後で見せびらかしでもしたんだと思います。コピーの機会があった」
「で、作った偽物を本物とすり替えた。魔法で」
ギローニ先生が口を挟んできた。頷く。
「そうです。エクソブジ」
すり替えを実践してみせる。部屋の二角にある花瓶について、中身の花を交換してみせた。サンドラが「おお」と驚く。一方のキッシャーは、憮然とした様子で目を逸らした。
上級魔法に分類されるが、一年生でも、やってやれないことはない。
「普通、大切な書類には、エクソブジのような魔法のキャンセル効果も練り込んであるはずなんですがねえ。安価に出来るし。この学校は実に意地が悪い」
「はは。サミュエル君、推理を続けて」
「サンドラはまんまと騙され、申請書は自室で消えたと思い込みました。短気な彼女は騒ぎ立てます。キッシャーは当初、彼女の無様な痴態を眺めて、ほくそ笑むだけで終わりにするつもりだったんだと思いますよ。申請書を安全に処分する方法がなかったから、頃合いを見計らって返すプランだったんじゃないでしょうかね。けど、たまたま俺がサンドラに疑われ、それが寮生に広まった。で、キッシャーは俺に罪を着せようって考えついたわけです。でしょ?」
「ちっ」
舌打ちされ、睨まれた。肩を竦める。
「美人のサンドラにいいとこ見せようと、サミュエルが俳優の卵らしく自作自演を働いた。そういうシナリオなら誤魔化せるだろうとキッシャーは考えました。さらに、あのサミュエルとかいう奴は強欲で、申請書発見のご褒美をも狙っていた浅ましい男だったのだと思わせられれば、シナリオはより説得力を持ちます。だからサンドラに軽い意識誘導を施した。サミュエルへの見返りを約束させるために。一日デート権とかね。まさかあの禁句を言ってしまうとは、さすがに予測してなかったでしょうけど」
サンドラは、恥ずかしそうに俯く。言ってはならないあの言葉を彼女が言ってくれたおかげで、違和感に気づけたようなものだ。
危なかった。もうちょっとで冤罪をかけられるところだった。
ギローニ先生は口を開く。
「キッシャー君」「……はい」
「盗みは犯罪。君は退学ね」
「っ…………おかしい。おかしいですよそんなのっ!」
今まで意気消沈してたのが、急に血相を変えて叫んだ。
鬼気迫る勢いだ。追い詰められた人間という感じがすごい。俳優の卵として、キッシャーの動きを注意深く観察する。
「なんで?」「サンドラ如きが、総合テストで三位になれるはずがない!」
話題が飛んだ。困惑する。キッシャーが退学を免れる理由には繋がらない。
サンドラが、怒り心頭で反論する。
「はあ!? 現になれてるじゃないの!」
「チートしたに決まってるだろ! 僕は演劇論のスコアだけ、どういうわけか異常に悪かったんだ! おかしい! 誰かが僕のと解答用紙をすり替えたに違いない! そしてそれは、状況からして君しかいない!」
「濡れ衣よ!」
「だから意趣返しで、申請書をすり替えてやったのさ! ざまあみろ! ははっ。はははははは!」
「ワタシ、すり替え魔法なんて使えないわよ! 今日初めて聞いたし!」
加害者と被害者の間に、バチバチと火花が飛ぶ。
ギローニ先生は、ちょうど演劇論の担当だ。彼に目で問うた。「やれやれ」と首を振り、「教えてなかったけど。テストの解答用紙にすり替え魔法は無効だから」と言う。
「あと、キッシャー君の点数が悪かったのは、論述が壊滅してたから。夏休み開始一週間後に返す予定だったけれど、今見る? ピカン」
虚空から紙切れが現れ、キッシャーの足元に落ちる。慌てて屈み、自分の答案を睨め回して、ガクリと項垂れた。
俺も屈む。
「あのさあ」「なんだよ」
「確かにね。サンドラは、容姿と固有魔法以外の才能はビミョい。性格も、現代の俳優向きとは言い難い」
「ひどいわ」
「でも努力家だ。それも、俳優として名高い母親の顔に泥を塗りたくないという気持ちでいっぱいの。陰で必死に頑張ってたんだろうね。まだ一年の一学期なんだぜ? ミラクルは起きる」
「…………」
「初手でコケた程度で、腐るなんてもったいなかったな。君はもっと我慢するべきだったと思うよ」
ギローニ先生に連れられ、キッシャーは反省室を出ていく。待っているのは退学の手続きだ。
振り返る。サンドラは、自分の銀髪をいじりつつ、どうも落ち着きのない様子だ。
口をパクパクさせている。首を捻り、「ん?」と先を促した。
早口で喋り始める。
「そ、その。あんたが申請書を見つけちゃったせいで、あの契約が成り立っちゃったわけだけども。どうする、の? なに命令するの? あんまり過激なのはやめてよね。そりゃあ、い、一日デートくらいなら、まったく構わないけどさ……」
「そうだなあ」
にっこりと微笑んだ。
「君も退学しろ」
「……はい」
トランス状態--意思なき魔法人形みたく、機械じみた能面となって、サンドラも部屋を出ていく。ギローニ先生の元へと、退学届を受け取りに行ったのだ。
あれが命令の絶対遵守か。怖いな。
しばらくすると、ギローニ先生が戻ってきた。彼は、ポリポリと頭を掻く。
「ひどいね」
「サンドラの志望動機は、『母親からの過剰な期待』です。おそらく、魔法俳優は自分の夢じゃあない。それと、属する集団の意識を逆撫でする言動に、ちょっとした意識誘導魔法で禁句を言ってしまう脆い精神構造。彼女はここにいても不幸になるだけです」
「ま、サメ魔法が使えるなら、どこでも引く手数多だよね」
「ギローニ先生」
杖で灯りを消し、反省室から去ろうとする彼の背中に、問いかける。
「キッシャーにすり替え魔法の存在を示唆したの、多分あんただろ」
「面白い推測だねえ。さすが総合テスト一位君?」
「他にも種、蒔いてますよね?」
否定も肯定もしなかった。代わりにこう答える。
「怪物は、澱んだ場所からしか生まれない」
「この学科のそういう考え、嫌いだなあ」「ふ」
出ていく彼を見送る。鼻を鳴らし返した。
魔法俳優科のあり方は、全体として気に入らない。が、そんなものに拘っている暇はないのだ。
とりあえず、後で申請書を取りに行かないと。
外を眺めた。グラウンドでは、ホウキとフリスビーを組み合わせたスポーツが行われている。ネルも混じっていた。楽しそうだ。俺も昔は楽しかったが、今は、どれだけ上手く点数を稼ぎ、自分の存在をさりげなくアピールするかしか考えられない。
楽しく見せる演技はするが。
もう、すべて演技だ。
溜息を吐く。俺には、この学校の魔法俳優科を、最優秀生徒として卒業せねばならない理由がある。敵となりそうな者は、チャンスがあれば排除する。
懐から杖を取り出し、跡がつくほど強く握った。
いかがだったでしょうか。評価や感想などもらえれば嬉しいです。
今書いてる聖女モノ(?)を書き終わったのちに、この『魔法俳優』を連載化したいと思ってます。その時もよろしくお願いします。ついでに宣伝もしておくと、僕の過去作『寄奇怪解』は、この短編と雰囲気がかなり似てます(多分)。面白く感じた方は、ぜひ『寄奇怪解』も見ていただけると嬉しいです。