紀伊の方針
「よりにもよって『都市崩し』かよ……本気で町を壊されるぞ!?」
「はい。すでに逃げる者も大勢いますが、最終的な生存確率は5%を切る計算です」
「5%って、ほぼ全滅じゃないか!」
「はい。ですが……何か問題が?」
首を傾げるアインに、紀伊は思わずその動きを止める。
「こんな町、壊れても何も問題がないと進言します」
「いや、問題だろ……」
「マスターを虐げ続けた町です。恨みはあっても恩はないものと推測します」
それは、その通りだ。
この町に嫌な思い出はあっても、良い思い出は1つもない。
科学文明の崩壊より5年。急速で変化していく時代の流れに強制的に取り残されていた紀伊には、何もない。
両親も兄弟も、紀伊を見捨て音信不通だ。
友人も何もかも失くし、底辺として生きる日々。
何もない。此処に守るべきものは、何一つとしてない。
「ああ、ないよ。此処には何もない。俺は此処で、何一つとして得ちゃいない」
「では、速やかな退避を推奨します。アレイアス、最適なルート検索を要請し」
「でも」
アインの腕を、紀伊は掴む。確かな強い意志を込めた瞳で、アインを見つめながら。
「それでも、見捨てたりなんかしない」
「確認しますが、マスターは見捨てられています。それでも?」
なるほど、衛兵も誰1人として此処に来はしない。
すでに紀伊は死んだものとして見捨てられているのだろう。
町の人間も、誰1人として紀伊の命など気にもとめていないだろう。
「それでも、だ」
「経験値以外には、何も得るものがないと報告します」
「それで、俺が曲がらずにいられるのなら」
「旧時代の価値観であると警告します」
「力があって使わない事が新しい時代に迎合するってことなら」
紀伊の意思は変わらない。アインは、それを静かに悟る。
「俺は、旧い人間でいい。旧い人間のまま、この時代を生きる」
世界の大変革から5年。価値観も何もかもが急速に変わっていくこの幻想過渡期において、紀伊の生き方は非常に困難なものだ。
善人ほど生き辛い、暗黒時代にも似た混沌の時代。
紀伊のような考え方をしていれば、どんな強力な力があっても飲み込まれかねないだろう。
しかし、そうであったとしても……紀伊はすでに、1人ではない。
直接サポートユニット・アインは、そんな時の為にこの場にいるのだから。
「マスターの意思のままに。ではこれより行動指針を変更し『アースワーム』の撃滅の為の作戦を提案します」
事前にアレイアスの計算した「最も高い可能性」が現実となったことに……アインは、確かな満足感を抱いたまま完璧なカーテシーを披露した。