紀伊の帰還
その日、町では騒ぎになっていた。
街道整備に向かった人間と、その護衛が帰ってこない。
先日のオーガ騒動もあって、一体何が起こったのかと様々な噂が飛んでいた。
町で一番のクラン「鉄犀騎士団」が不在にしている事も不安に拍車をかけたのだろう。
再びオーガが攻めてくるのではないかと戦々恐々としている中……そう、そんな最中にやってきた者がいたからだ。
それを最初に見たのは、町の衛兵だ。
キュイイイイン、という聞きなれない音が森の中から響き……街道を、金属製の「何か」が走り抜けてきたのだ。
「な、なんだあ!?」
「まさか……バイクか!? いや、でもアレは……!」
紀伊と、その後ろにアインを載せたソレ……エアバイクtype1・タトライズは、地面の少し上を滑るように疾走し門の前で停止する。
その場で浮遊を続けるエアバイクを見て衛兵の2人が目を丸くするが……それ以上に驚いたのが、紀伊の姿だった。
明らかに「ダメ」な部類だった紀伊の服装は、何処で仕入れたものかスタイリッシュな……どちらかといえば旧時代のものに近い意匠のものに変わっている。
そして、紀伊と一緒にいるメイドの少女の美しさも息をのむほどで、一緒にいるのが紀伊であることに一瞬気付かなかった程だ。
「どうも。中入りますけど、構いませんよね?」
「え。い、いや。ていうか日暮……だよな? なんだそれ」
「俺のスキル……みたいなものですね」
紀伊が腕を振るとエアバイクは消え、衛兵は目を見開き……やがて、気を落ち着けるように咳払いする。
「そ、そうか。入っていいぞ」
「おい待てよ! 日暮だぞ!? 妄想覚醒のアイツだぞ!? 何か妙な」
納得できずに何かを言いかけたもう1人の衛兵を、最初の衛兵が軽く小突く。
「黙ってろ。あと日暮。街中でアレは使うなよ。事故が起きそうだ」
「分かってます。それじゃ」
そう言って門を通っていく紀伊を門番の2人は見送って……文句を言った方の門番が、もう1人の門番にくってかかる。
「おい! なんで通しちまったんだ!」
「何処に通さない理由があるってんだ」
「日暮の野郎があんな凄そうなスキル使えるわけないだろ! どっかからパクってきたマジックアイテムに決まってる!」
「馬より早い宙を走るマジックアイテムと、それを収納するマジックバッグってか? そんなもん何処で拾ってくるんだ。この辺りじゃ誰も持ってねえぞ」
「うっ、そ、それは……ほら! 森の中で死体から剥いだんだ!」
「いい加減にしとけ。お前のそれこそ妄想だっつーの」
とはいえ、何かがあったのは確実だな……と。
騒ぎ続ける同僚を無視しながら、警備兵はそんな事を考えていた。