今まで麻痺していたこと
「お待たせしました。さっさと行きましょう」
「あ、ああ。えーっと……それじゃ、失礼します」
「は、はい。それで、日暮さん。彼女は」
「行きますよ、マスター」
ぐいっと引っ張られて紀伊はよろけるように冒険者協会を出ようとして、しかしその背中に受付嬢の叫びが突き刺さる。
「貴方と一緒にいるのは、彼女の才能の無駄遣いです! 貴方如きが……!」
「なら、見合うようになるさ」
振り返り答える紀伊に、受付嬢が言葉に詰まり……しかし、すぐに叫び返す。
「出来るわけないでしょう!? 覚醒詐称の落ちこぼれのくせに!」
一瞬の沈黙と……場を満たす大爆笑。
「ハハハハハ! そりゃそうだ!」
「身の程知らずにも程があらあな!」
「よう、覚醒してから出直してこいや!」
アインが再び銃を抜こうとする手を、紀伊は押さえる。
「……何故止めるのですか?」
「見返すのは、俺の仕事だ」
放たれた言葉に、アインが一瞬キョトンとした表情を浮かべる。
「俺がやらなきゃいけないんだ。アイン、俺の仕事をとらないでくれ」
「……分かりました」
今度は、紀伊がアインの手を引いて。その背中に、罵倒の声が投げかけられる。
「逃げんのか腰抜け!」
「その子置いて行けよ! お前にゃもったいねえよ!」
紀伊は、答えない。これ以上の口論には何の意味もない。
しばらくアインを引っ張りながら歩いて、ようやく止まったところで一息をつく。
そこでようやく、アインの手をずっと握っていた事に気付いたかのようにパッと手を離す。
「あ、ごめん。俺としたことが」
「いいえ。当機はマスターへの好感が高まりました」
「ええっと……ごめん。それどう返せばいいのか分からん」
「ご迷惑でないのであれば、喜ぶべき事例かと」
「わ、わーい?」
「あれ以上は本気で撃っていました。しかし、それがマスターにとって良くない結果をもたらす事を考慮に入れておりませんでした。謝罪を」
「俺の為だろ? むしろ俺が謝るべきだろ」
そう、紀伊だって失念していた。
紀伊を見る受付嬢の目は、確実に相手を見下しているものだったし、言動もそれを一切隠してはいない。そんな視線や言葉に慣れているが故に紀伊は今更気にしなかったのだが……アインはそうではなかったということだ。それを考慮できなかったのは……アインの事を考えなかったのは、明らかな紀伊のミスだ。