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裁定者  作者: 赤犬
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プロローグ

頑張る

 絶望とは、このことを明示するのだろうか。

 視界が焦点を得ない。自分が足をつけている地面が、ぐらぐらと揺れ動いているように感じる。まるで巨大な豆腐を踏みしめているような感覚だ。

「だ、大丈夫ですか⁉」

 気付けば目的地に着いていたようだ。避難所に押し込めた一人が、僕に駆け寄ってくる。

「ち、血が…これは、どこか怪我でもしたんですか?おい、おめぇら!救急箱と治療できる奴連れて来い!」

 その言葉に、初めて自分が返り血でドロドロになっていることに気が付いた。自身の右手をじっと見つめる。おそらくそれほど時が経っていない。まだ気色の悪いぬるぬるとした感触が不快感を募らせる。

「…というか」

 僕は、意識がどこかに行っている状態で、あの道のりを踏破したということか。本心から躊躇しているのであれば、僕はここまでたどり着けていないだろう。それはつまり、僕が。

「………」

 分かっている。分かっていたことだ。この気持ちは真実であるが、最優先事項ではない。僕がなによりも重要視しなくてはならないこと。それが分かっているからこそ、僕がどれだけ立ち止まりたくても、潜在意識が肉体を動かしたのだ。

「ありがとう、おじさん。治療はいらない」

「え、いや、でも…」

 ここまで来てしまった。これはいずれ訪れる未来。僕はこのためにここに来て、経験し、交友した。それは全て、この結末にたどり着くためだ。

 なぁ、お前はそう思うのだろう?

「そもそも僕は怪我していない。今ここに、その医薬品を使用しなくてはならない者は存在しない」

 救急箱を持っておろおろしているおじさんの腕を掴み、こちらに引き寄せる。

「な、なんです——」

 目を見開く彼の口に銃口を突っ込み、引き金を引いた。

 脳が、地面に散らばった

「くっがぁああああっぁぁぁああ!??!??」

「…チッ」

 だが、死なない。

「なんて酷い酷いヒドイひどい酷いヒドイコトコトコトコトををををおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 ミチミチと、人の殻を破り欲望が膿のようにあふれ出す。結界の中で留めていた本質が、本来の姿を取り戻していく。

「…させるか」

 人間体の状態ではあまり効果ないことは予想していた。卵の殻を割っても、中身が無事なら意味が無い。

「ひっ…きゃあああああああああああああああ」

 ようやく現状を把握し始めたのか、あちこちから悲鳴が上がり始めた。しかしそれでもこの避難所から逃亡する人が一人もいないのは、もはやここ以外も地獄に染まっていることを理解しているのか。それとも僕への信頼故か。

「………ハッ」

 自惚れた思考を破棄し、懐からナイフを取り出す。幸い、人の殻を破って出てきたこのどす黒い何かは、卵の例えを引き継ぐならば黄身だ。これを潰せば終わる。

「おおおおおおおおおおおおおおお」

「うるせぇよ」

 まだ肥大化し続けるそれの一部を左手で掴んだ。恐らくこれは上あごか。変異してまで人の姿を保とうとするとは、人形作りがすきだったおじさんらしい。思わず思い出してしまう。彼と初めてあった時の台詞。「是非複製させてくれ」だ。そのままはく製にでもされるかと思うほどの剣幕だった。それほど人という姿に愛着を持っていたのだろう。この姿こそ、彼の求めた真の姿なのかもしれない。

「…おじさん」

 とはいえ、そうだったとしても。

「落ちろ」

 そのまま引きちぎる。脳を肉体から分離させた。人型になるということは都合がいい。頭部を肉体から切り離せば少なくとも脅威である四肢は安全だろう。

 予想通り、切り離された肉体は首を切られた鶏のごとくしばらくもがいた後に動かなくなった。

「…ふ」

 だが、まだ終わりではい。僕は引きちぎった頭部らしき物体をナイフでめった刺しにした。確実に殺す。二度と目覚めないように。夢を見ないように。

「死ね」

 23回目。ついにそれは全ての動きを止めた。

「………」

 おじさんの慣れの果てを地面に捨てる。そこで初めて、すすり泣く声が耳に入ってきた。

「お…とうさん…」

 それは、彼の作ったお姫様の人形を抱きしめた少女だった。父親譲りの美しい黒髪を震わせ、嗚咽を漏らしている。彼女は……たしか…。

「こ…これはどういうことですか…⁉」

 その声に我に返る。

 そうだ、まだ終わりではない。

「い、いつから彼に化けていた…いや、まさか最初から彼は化け物だったのでしょうか…。どうなんですか!教えてくださいよカ…な、なんでこっちにそれをむけ

「あと…17人」

 世界の歪。それをただすための必要な処置。

 これを遂行するためには、罪悪感に押しつぶされる時間は無い。


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