15
慎重なダネルは自分が見逃したことが一瞬信じられなかった。
(しまったっ?!他に誰かいたのかっ??)
そして男の姿を見るなり驚いたのはルースも同様だったようで、隠れて見張られていた意味に気がつくと、険しい表情でダネルを見た。そして再び男を見ると、
「ふ、フッカーさん……」
「おいルース……弟分を俺にも紹介してくれよ?」
顔にキズのある長身の男……当然今のルースの仲間のひとりだろう。しかしルースに注意が向いていたとは言え、ダネルはしっかりと周囲を確認したつもりでいた。
それだけでもダネルの警戒度は一気に跳ね上がる。
(フッカー?マズったな……ルースを見張っていたってことは……)
そのルースは2人の間を遮るように男に近づいて行く。
「フッカーさん、あの…ホリーのことは隊長に話してくれたんですよね?諦めてくれるんですよね??」
「あ?あーまあ……でも無理だな」
「!」
「!?」
それが予想していた答えでもルースは食い下がる。
「な、何でですかっ?!それに食いつめてるなら仲間に入れてやれって皆んな最初は……」
「だから何だ…俺たちは一枚岩を目指す王国の軍隊とは違うんだよっ、チームの儲けが…個人の働きがギャラを左右するんだぜ?メンバーは仲間である前にライバルだ、お前は甘いんだよっ!」
「!……っ」
ダネルはそのやり取りを聞いて全てが自分の想像通りでは無かった可能性を考えた。
(ん?どういうことだ?)
これは確かめなければならない、ルースや自分、特にホリーの為に……
「フッカーさん…でしたよね?」
「あ?ああ、悪いなダネル君…ほったらかしにして……」
「聞いておきたいんですが、初めからダマすつもりでオレ達のことを聞き出したんですね?」
「?、ああ……俺達はいつも儲け話しを探している、内外問わずな。当然、新人は狙われやすいが、まあ孤児だった奴は大体同じ境遇の知り合いがいるだろう?だから特に狙われやすい……仕事も簡単だからな。それでもまあ、抜け目の無い奴は引っかかりゃしないもんさ。」
「かんたん……?」
彼らには自分達の顔がカネにしか見えないのだろう。ダネルは初めて殺意に至る明確な怒りを感じて体を震わせた。
「それでだ、さっきも言った通り俺達は働きによって報酬が変わるんだが……例えば君から娘の居場所を聞き出すとか…な。さっきも君達の寝所を訪ねたが、すでに『もぬけの殻』だった。どこに君達の『妹分』を隠したのかな?」
男は剣のツカを握ると、わざとらしくゆっくりと引き抜いた。
「オレは『抜け目が無い』んですよ。脅しや拷問をチラつかせても意味ないですねっ」
「ほほう……驚いたねえ、お前より余程肝が据わってるじゃねえかルースっ。しかも虚勢じゃねえみてえだな、おもしれえっ!ただのバカなのか、実はウデに自信があるのか……?」
「いえ……武術はからっきしです。あなたに瞬殺される自信しかありませんよ」
「はっ、ますますおもしれえ!一体その若さで何を見てきた?」
その言葉に少しだけ我にかえると、ダネルは誇らしげに答えた。
「そう言われても……ただ、あなたよりもずっと『畏れるべき人』を見たことがあるだけです」
「ほう、そうかい。そいつはラッキーだったな?」
フッカーの雰囲気は一気にケモノが放つ殺意に変わった。剣を握り直し、地を踏み近づく足に力がこもる。
しかしそれを前にしても尚、自分でも呆れる程にダネルの頭はどんどん冷えていった。
(まったく……さてどうしよう?負ける気満々なのに死ぬ気も起きないなんて……あなたのせいですよ?オリビエ様っ)
とりあえず森に向かって猛ダッシュ!隅々まで知っているこの土地と、相手の剣から逃れる為の狭い場所、それが今出来る精一杯の対抗策だった。
そしてダネルが向きを変えようとしたその時、
「ダネルっ、早く逃げろ!」
おそらく勇気を奮い立たせて剣を抜いたルースがフッカーの前に立ち塞がった。
「てめえ……なんのつもりだ?それはもう、殺されても文句は言えねえぞ?ルースっ」
『まさか』とダネルは思った。かわいそうだが、そんなことをルースには期待していなかったからだ。しかもその行動はダネルにとっては足かせにもなるものだった。
「ダメだ!ルーにいっ」
「いいから行け!お前はホリーを守るんだっ、それだけを考えろっ」
容赦の無いフッカーのひと振り!
かろうじて受け止めるとバランスを崩したルースの腹にフッカーの足がめり込んだ。
「ゲホっっ!」
その一撃で蹴り倒されたルースはあっさりと道を開けてしまうが、フッカーは追い打ちをかけることもなく再びダネルに向き直って距離を詰めてくる。
(よし……)
それを見て胸を撫で下ろしたダネルは2人を横目にしながら遠慮なく駆け出したっ。
逃げ出したのに逃げ腰に見えなかったダネルに目を丸くして一瞬呆気にとられると、フッカーは舌打ちをして後を追い出した。
「ちっ……」
すぐに足下の悪い森に入ると更に目を見張ることをフッカーは思い知る。
(ヤローッ!こんな暗闇の林でなんてスピードだよ?!)
吹き抜ける風のように淀むこと無く木々をぬって行くダネルにはまだ余裕すらある。アタマの中では逃げきる方法が幾つも浮かんでいた。
(これなら逃げきれる……!)
それなのに、逃げるのが最善と解っているアタマとは逆に……脚は速度を緩めはじめる。
(おいおい……何を考えてる?逃げて隠れるのが最善だろっ?事態をこじらせようって言うのか……?)
逃げられない……逃げたく無いっ。わがままな自分の感情に身体を操られ、ダネルはスピードを落として方向を変えた。
その頃、作業小屋に残されたホリーは不安も眠気に負けはじめて、ベンチに体を横たえたままウトウトと途切れてしまいそうな意識を保とうとしていた。
すると……
ジャリ………………
ドクっと大きな脈動と共にホリーのまぶたがハッと驚いた。
ジャ…リ……っ
忍ぶような足運びが警戒心をあおる。静かに…自然とベンチから滑り降りるとホリーは物陰に身を潜めた。
ガリ……ジャリ…………
足音はランプの薄灯りが漏れる窓の前でしばらく立ち止まると、再び動き出す……
中をうかがう足音は確実にホリーの心を追い詰めていくと、
ギ、ギギ……
ついにはカンヌキを掛け忘れたドアに手をかけた。