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ダネル・モア side story of “bound”   作者: はねとり 諒
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 さて……今ダネルの目の前には例のグローツの商人、ハクルートがいる。


 エルセーの仕事からまっすぐバリルリアに飛んできたダネルは、予定通りこの町に泊まりに来たハクルートをつかまえた。


「この店に来て真っ先に女将さんに断られて残念に思っていたんだが……何か心境の変化でもあったのかな?」


 ハクルートの人となりを見極めようとダネルはじっとりと彼を眺めていた。


 そして、その様子をベシーはハラハラしながらそばで見守っている。


「ハクルートさんのことを知らずに断るのは失礼だと思ったんです」


「それは……ありがたいことだが、あまり好意的ではなさそうだね?まあ、仕方がないとは思うが……」


 やけに長く感じる少しの沈黙をお互いに味わってから、ダネルは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「すいません、ハクルートさん……ホリーはオレにとっては大切な妹です、それをまずは知っておいてください」


 とりあえず話し合えそうな雰囲気になると、ハクルートもほっと息を吐いた。と、同時に商人らしく交渉に入る決意をする。


「ダネル君、それは十分に理解しているつもりだよ?だからこそここの女将さんを通じてお願いをしてもらったんだ。ただ、断られると覚悟していたのにさっきは思った以上にショックだった。だから改めてチャンスをもらえたと思うと、とても嬉しいよ」


 しかしそうはいかないとダネルは質問責めにするつもりだった。


「どうしてホリーなんですか?」


 何しろダネルは断る理由を探しにここに来たのだから。


「その理由は多分……ダネル君が一番良く分かっているよね?彼女がとても良い子だからだよ」


「ぐ……」


「素直でやさしくて、愛情を注いで育てられたことがよく分かる……だからダメで元々、そんなつもりで話をさせてもらったんだよ」


 まずい……早くもダネルはそんなことを思っていた。そもそも彼が悪い人間では無いことは分かっていた。


「それにもし、君や彼女がひどく生活に苦しんでいたり、今よりも楽な生活を望んでいたなら助けたい。そう思ってね……」


「そして隠すべきでは無い私の望みは……娘が欲しい。そして妻の笑顔が見たい、それはずっと前から考えていたことなんだ」


 しかもダネルを丸めこもうと都合の良い言葉を並べたてる様子も無い。


「それに……聞いているかもしれないが私には失くした娘がいてね…無事に育っていてくれれば丁度、彼女ぐらいだっただろう」


 やはりそう来たかっ、ダネルはこの話を聞いた時から不満に思っていた事をぶつけた。


「ホリーはホリーですっ。思うようには育たないだろうし、亡くなった娘さんの代わりにはなりませんよっ」


「ダネル!お前なんて言い方するんだいっ……」


 ひどい言葉をぶつけたダネルにベシーは声を上げた。


 しかしハクルートは叱ろうとするベシーを手振りで静止すると、


「いえっ、いいんです女将さんっ……ダネル君が心配していることはもっともだし、何より真剣なんです、お互いに……」


「ダメですよハクルートさん、まあ、普段はこんな事言う子じゃ無いんだけど……」


「ええ、分かっていますよ」


 そう言って頷きながら微笑むハクルートにダネルはこの勝負がますます分の悪い方へ傾いていることを感じて焦っていった。


「ダネル君……ここでいくら私が君と話したところで所詮はただの言葉でしか無いが……もし彼女を我が家に迎えることが出来たら、妻や息子と同様に大切にすることを誓うよ」


(う、うーむ……いや、でも今なら口では何とでも言えるし、言うことをきかなければやっぱり煩わしいと思うかもしれない……)


 ハクルートがもっとイヤな奴だったらよかったのに……ダネルは思っていたが、それどころか一緒にいても気持ちが良いくらいの『イイヤツ』なのだ。


 もし、ホリーがハクルートのもとで暮らせれば……そんな幸運が現実となってダネルのアタマにチラついている。


「は…ハクルートさん……あの、財産はどれくらいお持ちなんですか?」


「ダネルっ!!」


 再びベシーが声を上げるとすぐにハクルートが手でベシーをさえぎった。


 そしてこれまで以上に真剣な顔を見せて、小声で答える。


「ベッドルームが5つの自宅と他の国に別宅が1つ、使用人が2人、それから馬が2頭と……商売とは別にするが、個人的な貯蓄としては、金貨で800枚と言ったところかな。まあ商人としてはまだまだ……かな」


(き、金貨800枚……?)


 今の時代、人が生まれてから死ぬまでの間に必要なお金は、金貨にすれば200枚あれば十分と言われている。


 ダネルはそんなことを知りもしなかったが、大銀貨にすれば2万枚弱、世間では更に小額な小銀貨でさえ叩き切られ粒にされて使われているくらいなのに、800枚という金貨が想像も出来ないほどの金額であることには違いなかった。


 とにかく『お金持ち』……ダネルからすればそんな解釈が精一杯だ。


(デキる商売人で金持ちで多分……良い人っぽい……です、オリビエ様……)


「ハクルートさん……あなたのことはよく分かりました。それでもオレはホリーを渡す気にはなれない。ただ…オレはまだホリー自身の気持ちを聞いていませんが……」


「ふむ……」


 ハクルートはわずかに考えると、


「私は何も焦ってはいないし、これはミス・ホリー……いや、君の一生にも関わる大事な問題だと思う。だからもっと時間をかけて答えを出してください。これからも度々わたしはこの町を訪れるし、何なら2人を一度我が家に招いてもいい。私も…家族の意見を聞いていないしね」


 それはダネルにとって決断を先送りに出来る助け舟になった。この提案にダネルは頷いてしまったが、しかし結局は終始、主導権はハクルートにあった。


「いろいろと……失礼なことを言ってすいませんでした」


 ダネルが素直に非礼を謝ると、


「そんなことは無いさ、君の本心をそのままぶつけてもらって私も久しぶりに熱くなったよ。仕事だから仕方がないが、いつも腹の探り合いばかりしているからね。でもこういう出会いもあるから行商の旅も捨てたものでは無いんだが……」


 ハクルートは穏やかな顔を見せておしゃべり好きな一面を披露し始めた。


 横で見ていたベシーも一安心だ。


「何だろうねえ……まるで娘を嫁に出す父親みたいじゃないか……?」


 その後の何気ない会話で尚更、ハクルートがどのような人物なのかをダネルは知ることができた。




 ダネルがいつもより少し遅くなって寝床に戻ると、ホリーが心配と空腹で機嫌を斜めにして待っていた。


 そしてホリーのお腹と気分が満たされたのを見計らうと、話したくはないが幸運と言える養子のオファーを話すのだった。


「んんー?それってホリーもダネルもお金もちになれるの?」


「ええ?イヤ……オレは一緒には行けないよ。まあ、同じ街に住むことが出来たとしても、別々に生きていくんだよ……」


 ホリーはぎゅっと眉をしかめるとすぐに、


「じゃあ、やだーっ」


「え、いや即答だな……美味しいものを食べて、可愛い服を着せてもらえるんだぞ?多分……」


 ダネルがそんなことを言うとホリーは急に怒りだして、そばに置いてあった服をダネルに投げつけた。


「うわっ!ぷ……ホリー?」


「じゃあっ、ダネルはホリーと別々でもいいのっ?!」


 ぷくっと頰を膨らませるとホリーはダネルを睨みつけた。


「それは……寂しいけど、お前にとっては良い話かもしれないし……我慢できなければその家を飛び出したっていいだろ?そしたらまた……」


「やだっ!もうこのお話はおしまいっ!!」


 完全にスネてしまったホリーはそのまま口をつぐんでしまう。


「あ…分かったよ、もうやめよう」


 ダネルとしては期待通りにホリーが嫌がって、内心ほっとしていた。でも万が一、もしもホリーが興味を示せば、ダネルはすぐにハクルートと会わせるつもりでもいた。


 結局ホリーの機嫌は直らずじまいだったが、その夜はダネルの袖を離さずに眠ってしまった。


「なあ、ホリー……親を失ったとしても、オレは自分が運の良い人間だと思えるようになった。でも多分違うのかもな……本当に運が良いのはお前で、お前と出会ったから幸運とも…良い人たちとも出会えたのかもな……?」


 寝息を立てているホリーにダネルは呟いた。

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