アビゲイル王女
夜、外の空気を吸う一環で夜の街に出向いた。
そこで僕は偶々、と言えばいいのか怪しい奴を見つけ、予め見張っていれば。
その怪しい奴を、怪しむ野郎連中が近づいて声を掛け。
「手を離せ」
「……ちなみに聞くが、お前の名前はベガって言うんじゃないよな?」
「今話題の賞金首か? なら違うが」
すると野郎達は怪しい奴をそのまま裏通りに連れて行った。
だから嫌なんだよね、この国。
僕よりも凶悪で、下種な奴が現に治安を乱しているのに。
奴らについてはお咎めなしか? 最低だ。
「あ? 何だテメエ」
僕は裏通りに出向き、これから行われる凶行を防ごうとした。
「なあ、何だって聞いてるんだよ」
「いや、何でもないよ、ここを通りたいだけさ」
野郎連中の数は四人。
このくらいであれば訳なく、僕の瞳術の餌食に出来る。
「……もしかして、お前の名前はベガって言うつもりじゃ」
「いいや、僕の名前は竜ヶ峰マヒロって言うんだ」
けど、それは前世の名前であって。
「今の名前はベガであってるけどな」
「な!? おいお前ら逃げ!」
もう遅いよ。
◇
「お帰りなさい」
僕らの隠れ家と化した首都の一角にある刀鍛冶の工房に帰ると、アンが楚々として迎えてくれた。
「ただいま、ちょっと事情があってこの人も匿いたいんだけど」
「一体何が遭ったの?」
そこで僕は先程の一件を説明した。
僕が連れ帰った麗人はさきほど暴漢連中に襲われていたことを。
「この街はいつもこうなのか?」
と、襲われていた麗人が首都の治安を疑問視していた。
「以前の首都の治安は落ち着いていたが、皇帝がベガを賞金首にしてから妙なゴロツキが出入りするようになって、急激に悪くなったな」
黒木くんの説明によるとそうらしい。
「それで、どこぞの馬の骨とも知れない貴方の素性を訊いてもいいか?」
「……私の名前は、アビゲイル――隣国、クロフォード王国の第一王女」
王女? そんな位の高いお方がどうしてここに?
「と思いたい気持ちは分かる。自分自身、どうしてここまで落ちぶれたものか説明できそうにないから」
アビゲイルが自嘲染みた笑みを零すと、カエデさんが失笑する。
アビゲイル、彼女が持つ白い髪は灯りにさらすと綺麗な輝きを発する。
その輝きはまるで第五元素のエーテルのように美しいが。
彼女はその稀有な髪の毛を短くまとめていた。
「……お前らは? 賞金首のこいつの仲間ってことは、全員そうなのか?」
「違うよ、俺達はもっと高次なバックボーンによって集っている」
「高次なバックボーンとは?」
黒木くんは王女アビゲイルの問いに得意気になって答える。
「俺達は一様に、女神の加護を受けているんだよ」
「黒木、さっきからべらべらと吐露し過ぎじゃない?」
僕もそう思う。
柊くんとは前世の頃からよくよく考えが同調していたし。
この中で一番仲が良い相手と言ったら彼になる。
「そうか……それで、お前らの目的は?」
「僕らはエルドラード帝国をぶっ壊す予定だ」
アビゲイル王女の次の質問に答えたのは僕だ。
「国を壊し、それで何とする」
「僕らの居場所を見出す。僕らは、元々この世界の部外者だから」
「……部外者?」
不可解と言った表情を浮かべるアビゲイル王女。
僕はそんな彼女に例の焼き串を差し出し、こう述べた。
「ここから先のことが聞きたかったら、君を懐柔させてもらうよ」
「……」
彼女は無言のまま差し出された焼き串を受け取り、頬張り始めた。
「竜ヶ峰、帝国を壊す算段は固まってる?」
カエデさんは臙脂色のクッションに胡坐を掻きながら僕に訊いていた。
「具体的な計画についてはこれから詰める」
「見切り発車乙ー」
彼女を筆頭に、他のみんながこの十六年、何が遭ったのか知りたいな。
「なあ、みんなはこの十六年、何してたの?」
「そう言うお前は? 正直、竜ヶ峰が一番面影ないぞ」
「そうなの? 柊くんもそう思う?」
黒木くんの指摘に対し、確認を取ろうと柊くんに話を振ると。
彼は気まずそうにしていて。
「ぶっちゃけそう思う……僕はこの十六年間、とりとめもない日常を送ってたよ」
「それは嘘だろ」
「どうしてそう思うんだ?」
柊くんは前世の時から消極的な奴だった。
彼は言いたいことがあっても、話題を端折るのを遠慮していて。
時たま視線を虚空にやったまま表情が固まることがある。
そんな時、彼にどうかしたと訊くと、考え事をしてたって返って来るんだ。
「で、今の柊くんは正にそんな感じだったんだよ」
「そうなのか……意外と僕のことを見てるな」
そんな僕と柊くんの間柄を、オタク女子のカエデさんが「お前らはもはや阿吽の仲じゃない、アンアンの仲なんだな」とはやし立てる。
「止せよ、具体的に想像しちゃうだろ」
「ふーん、エッチじゃん」
彼女が絡むと話題が脱線して、いつもまとまらない。
「……お前らがよく分からない信頼関係にあることはわかった。とにかく、私を匿ってくれるつもりならお前らの目的に加勢してやってもいいぞ?」
いつの間にか焼き串を食べ終わっていたアビゲイル王女も協力的な姿勢だ。
これはひょっとしなくても、僕らの計画は上手くいくだろう。
「俺一人居れば十分だよ、こんな寂れた国一つ滅ぼすのは」
「黒木ぃ、お前やけに強気だな」
「俺は長きに亘って主、メルラシエの手ほどきを受けたからな」
「手ほどきってまさか、下ネタか?」
「今のをどう曲解したらそうなるのか教えてくれないか柊」
黒木くんと柊くんが侃諤している中、アンは妹のイヴの濡れた髪を拭っていた。
「外は雨が降ってたのイヴ?」
「小雨が」
「そう、なら竜ヶ峰くんやドリーさんと一緒にお風呂に入ったらどう?」
さきほど外へ出かけた際は、空には灰色の雲が掛かっていた。
僕やドリー、イヴの三人はその小雨に打たれ、一様に体を濡らしている。
「ベガくん、お風呂行きますか?」
「君からどうぞ」
そう薦めると、イヴは小さく頷いてお風呂へと向かっていった。
まさか、男女が混浴するわけにいかないだろう。
「……赤城、まさかあの子がそうなのか?」
「と言うことは黒木くんは知っていたのね」
黒木くんが意味深な発言を取ると、アンはそれを特に否定しない。
恐らくだけど、『その内容』は迂闊に聞いちゃいけないんだろうな。
そういう空気だけが、僕達の隠れ家に流れていた。
「……みんな、気にしないで。この世には知らなくていいことが山ほどあるのよ?」
「普段からお淑やかな君がそう言うと、なんだか怖いな」
「まぁ、そういうことだから。それよりも竜ヶ峰くん」
アンは僕に向き直り、紺碧色に澄んだ瞳を向けた。
「どうやって帝国を壊すの?」
「真正面から立ち向かうよ、僕の瞳術は条件さえ満たせば最強だから」
僕の瞳術は父である皇帝リュラも認める所。
これは女神との交渉で授かった、曰く付きの瞳だ。
「ちなみに黒木くんだったら、どんな方法で帝国を転覆させる?」
「ん? 俺だったら……帝国を焦土と化して」
僕は冷笑を黒木くんに向け、今回の計画に彼の力は必要なしと判断した。
彼の能力は殺傷能力が高すぎると思ったからだ。
「黒木くんには今回サポート役に徹して貰おう」
「な、なんでだよ?」
「帝国をぶっ壊すにしろ、国としての機能は欲しいからさ」




