野性的な笑みの彼
あの時、クラスの担任が発狂して蓬田くんをひき殺した翌日――
担任は僕含む五人の生徒をこっちの世界に転生させてくれたはずだ。
一人は赤城アン。
彼女は異世界ギオスに双子の姉として転生していた。
今はアン・シャーリーと言う名前が与えられ。
ぼったくり洋服店の店長の奴隷として働いていたが。
「アン・シャーリー、並びにイヴ。貴方達に掛かっていた奴隷の契約は消滅していますよ」
ドリーの言質によると、彼女達はもう奴隷じゃないらしく。
その話を聞いた二人は――
「……おめでとう姉さん」
「お互いさまにね、イヴ」
大喜びするわけじゃあなく、静かに祝福していた。
「それじゃあ行こうか、次は黒木くんでも探す?」
「彼? いいと思う」
アンに打診すると、彼女は二の句を告げず肯定した。
「……お二人は仲がいいのでしょうか? 普通は今のやり取りで行動を共にしたりするものなのでしょうか?」
ドリーが僕達の仲を勘ぐるように質問する。
「いえ……竜ヶ峰く、じゃないわね、今のベガくんからは言いようのないカリスマ性があるような気がして。それにここで彼と離れ離れになったら、また状況が悪化しそうな予感さえするのです」
褒め言葉なのかな? それは置いといて。
「僕と一緒にいる限り、頓死することはないと思う」
して、一行は店に置かれていた金目の物を調達し、次は黒木砂道くんを探すことにした。
でもどうやって?
と、素朴な疑問をそっちょくに言ったのはアンの妹のイヴだ。
「手がない訳じゃない。とりあえず街を少し離れるけどいいか?」
イヴは首肯して、とりあえずと言った感じに僕について来る。
僕を先導においた彼女達の様相は、まるで『チーレムパーティー』のようで。
十何年振りに外界に触れた僕にはいささか刺激が強いけど。
一人で勝手に、優越感を覚えていた。
◇
街の近郊に辿り着き、手短に動物語を発声し、動物達を招き寄せる。
異世界ギオスと地球の動物は生物体系こそ酷似せれど。
彼らには地球の動物にはない共通点があった。
彼らは皆一様に同じ言語でコミュニケーションを取る。
「……随分と親しくしてるけど、ベガくんのお友達?」
アンは真っ先に近寄って来たフェネックに興味津々だった。
「まぁ、彼とは長い付き合いだから。言ってなかったけど、僕は動物と会話が出来るようになったんだ」
「それは……凄いわね」
「だろ」
フェネックに黒木砂道くんの外見的特徴を伝える。他にも、あの時暴走車に同乗していた他二人の外見的特徴も伝え、情報を持ってこさせるよう頼んだ。
「後は彼らが情報を持ってくるのを待とう」
「そうですか、ではベガ、私は先程の件を報告しに行って参ります」
ドリーはそう言い、手にしていた本を脇に持つと足早に立ち去った。
「二、三日はここでキャンプでもしてるから」
「えぇ、両日中には戻りますよ」
「……あの方は、ベガくんとはどう言ったご関係なの?」
ドリーの姿が見えなくなると、アンが僕達の関係性を尋ねるんだ。
それも無表情で。
彼女は前世の時からクールビューティーとして学校で有名だった。中二病の生徒の一人は彼女の美貌を『七つの大罪が一つ、傲慢の業を背負いし氷雪の遊君』と評していた。
「その話をする前に、とりあえずキャンプの準備をしよう」
「私は近くの川から水を汲んで来ます」
「一人だと危ないから、一緒に行きましょうイヴ」
となると、僕はテントの設営だな。
今の時代は群雄割拠の乱世じゃない。
今の時代は独自のスローライフを自由気ままに過ごすかにある。としよう。
そうなると大切なのは仲間だ。
それぞれに特技を持った仲間と共存し合い。
時にはハプニングも起こったりするけど、基本は牧歌的。
嗚呼、スローライフを想像するだけで今から脳髄が麻痺する。
それほどに、今の僕は愉快な気分だった。
◇
街の近郊でキャンプを始め、三日目のこと。
「ベガくん、今日の御昼食が出来ました」
イヴが亜麻色の短髪を風に揺らし、今日の昼餉が整ったと伝えに来た。
「……今日の釣果はどうですか?」
「ああ見ての通り、入れ食いだ」
キャンプ地の最寄りにある川に釣り糸を垂らして三時間、今日は大漁と言った感じに川魚がぐいぐい引っかかる。白銀の鱗を持つものや、中には黄金色をした斑点を持つ魚まで、色取り取り。
「でしたら早速〆て、新鮮なうちに食べましょう」
僕も彼女も今年で十六だから、食べ盛りなんだ。
意外なことに、魚の〆方はシャーリー姉妹が知っていた。
そこは優等生然とした赤城アンらしい吸収の良さだと思える。
「ベガくん、それからドリーさん」
「何だアン」
キャンプ地で用意された昼食に舌つづみしていると。
「今日の昼食のお味はいかがですか……?」
「いつも通りだな」
アンが味を訊いて来た所、ドリーは冷たく返していた。
ここで僕の脳裏に二つの選択肢が生まれる。
一つ目は、単純にアンの料理を褒める。
二つ目は、ドリーに媚びを売るように僕も彼女に共感する。
この選択肢に何ら意味はない、僕なら即決で前者の選択肢を選ぶ。
――しかし、どうやって?
「俺にも一口頂けるか?」
「いいですよ、ちょっと待っててくださいね」
するとターバンマントに身を包んだ謎の通りすがりが厚かましく腰を下ろした。キャンプ場は街の近郊だけど、隣町と直結する道の脇に設営しているから、このように通りすがりが一服入れに来ることはままあった。
「うん、美味い」
「ありがとう御座います」
「おめでとう姉さん」
通りすがりの人が告げた単純な感想に、アンは微笑んだ。
なんだ、たったそれだけの言葉で良かったんだな。
「……それにしても、お前らはここで何をしてるんだ?」
「僕達は知人を探してて、とりあえずここで野営しながら情報収取してるんだ」
「ふーん、人探しか」
ターバンマントの男が鼻を鳴らしながらそう言うと。
「我々が探してるのは黒木砂道、ゲイン・カエデ、柊忠成の三人なのだが、心当たりないか」
ドリーは本を読みつつ、嘆息調でその男に尋ねた。
「知ってる、その三人なら心当たりあるぞ」
「本当に? 三人は今どこに居そうなんだ?」
「三人とも帝国の首都にいるはずだな、いや約一名はここに居るかもだけど」
と彼が口にした瞬間、僕らは推理ゲームをし始めた。
彼の証言が本当だとすれば、彼は三人のうちの誰かだ。
「当ててみせろよ」
「その声はもしかして、柊くん?」
「違う」
僕の推理が外れると、彼は顔を覆い隠していたターバンマントを取る。
ターバンの下から覗かせた顔貌は野球部のエースだった黒木くんの精悍な面構えだった。
「これでもわからないか?」
「黒木くんか」
彼の名を呼ぶのは十六年振りなのに。
彼は過ぎ去った歳月を感じさせないほど、以前通りの野性的な笑みを零していた。
「ちょっとエキセントリックな髪型してるけど、顔は変わってないだろ」