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この国を


 父は連れていた魔法使いと一緒に姿を消し。


 その後、僕はドリーに連れられて理容室へとやって来た。


 十六年間伸ばしっぱなしだった髪の毛を先ずは切る。


「みすぼらしい人間に、世間の風は厳しく冷たいですからね。少しでも真人間になりましょう」

「じゃあ今着てる服も新調しようよ」


 ドリーから国の世情を説かれ、僕は服も着替えることを提案する。

 奴隷服のようなこの体裁では、やはり世間の風当たりは厳しいだろう。


「そうですね……店主、この辺りで上等な服屋さんを知りませんか?」

「ああ、そうだね。この店を出て大通りを左に行けばあるよ」

「では、散髪が終わり次第向かいますか」


 十六年振りに人間らしい暮らしの一端を感じ、心は嘘かってぐらい浮かれていた。


 散髪を終えた後は、店主に教わった通り大通りに出た。


 大通りは歩行者天国化していて、往来を行き交う人々の様子は非常に活気に満ちている。皆、笑顔を浮かべて、大通りに並んだ色取り取りの店での買い物を楽しんでいた。


 その時、人垣を分かつように馬車馬が侵入し。


 ――はぁ、はぁ、あの娘のケツが堪らんのだ。

 ――また始まったよこの人ったら。


 その内容に図らずも下半身が怒張する。


「……ベガ様」

「ドリー、僕のことは呼び捨てにしてくれて構わない」

「そうですか、では失礼を承知で言わせて貰いますよ、――ッ!」


 ドリーは手にしていた本を閉じて、僕の尻を蹴り上げた。


「往来でいきなり勃起しないで貰えますか? 下手すれば捕まってしまいます」


 ドリーの言うことはもっともだと思う。

 が、手を上げるよりも前に口で注意して欲しかった。


「ここですね」


 大通り沿いでくだらない茶番をしていると、次第に洋服屋に着き。


「いらっしゃいませ」

「……?」


 店内に入ると、一人の少女が腰を折って出迎える。


 亜麻色の髪を頭頂部で結いあげ、顔の輪郭は小さく。

 肌は病的に白くて、紺碧色の瞳は異質だった。


 僕の記憶違いじゃなければ、この子は赤城アンにそっくりだ。


「……もしかして竜ヶ峰くん?」


 ああ、やっぱり、彼女は赤城アンなのか。


「お知り合いですか?」


 ドリーが甚く不思議そうにしていて、矢継ぎ早に問いただした。


「前世の級友だよ」

「前世?」


 ドリーの質問に素直に答えると、彼女はさらに不思議そうにしている。


「じゃあ本当に竜ヶ峰くんなのね」

「今はベガって言うんだ」

「あ、私はこっちだとアン・シャーリーって名乗ってる」


 赤城アンは前世から無感動な人間性をしていた。

 異質な容姿と落ち着きを払った性質に、学校じゃマドンナみたいに持て囃されていた。


 だから、あの時――担任の口から知った内容には僕も驚いたものだ。赤城アンの学績は生憎知らないけど、彼女ならきっといい大学に行くものだと思っていたから。


「アン、油売ってないで商品を売れ商品を」

「あ、はい」


 と、店内に居た男が彼女に対し指示を飛ばす。

 赤城アンを雇っている店主か何かだろう。


「竜ヶ峰くん、凄いみすぼらしい恰好しているけど、お金はあるの?」

「洋服代だったら隣にいる彼女が出すと思うから」


 と言い、隣に居たドリーを紹介するよう示した。


「今回支払った散髪代と洋服代はきっちりと皇帝陛下に頂きますからね」

「それでいいんじゃないかな」


 元より、あの父親はそれぐらいしか利用価値がない。


 その後、僕はアン・シャーリーの見立てによって衣装を揃えた。


 上半身には立派な革製の黒いジャンパーと。

 灰色のタートルネックのインナーシャツ。

 下半身にはよくありがちな薄茶のスラックス。


 合計でしめて――


「お代はギオス金貨で五枚となります」

「……冗談だろ?」

「冗談などではありませんよ」


 どうしたんだろう? ドリーの様子が険悪にそまった。


「どうしたんだ?」

「ベガ、どうやらこの店は法外な値段を吹っ掛けて来るようなのです」

「ああ、そうなんだ。よくあるよねそう言う悪質な店って」


 そう口にしつつ、レジに立っていたアン・シャーリーにそっくりな子の様子を窺う。


 アンと同じ背丈で、紺碧の双眸を瞬かせ。

 アンと同じ亜麻色の髪は短くまとめられていた。


「君の名前は?」

「イヴと申します……アン・シャーリーは双子の姉です」

「そうなんだ、で、君達に何か悩み事ってあるのかな?」

「悩み事ですか?」


「だってそうだろ? この店の商品は見た限りだとまぁまぁの品質だろ。ある程度の水準にしか満たない商品を法外な値段で売りさばくには、何か裏の理由があってこそだと思うんだ」


 と、僕が表立ってレジ打ちしていたイヴに事情を尋ねると。


 先程アンに説教染みた指示を飛ばした店主がやって来て――っ。


「っ、貴様、何をする」


 僕を諸手で突き飛ばし、ドリーの不快感を買っていた。


「何って、お客さんが俺の店に文句言うのが悪いんでしょうに……いいかお前ら? どこの誰だが知らないが俺の店は帝室におわすグレーテル様の直営店なんだよ。お前らがこのままいちゃもんつけるようものなら――」


 そう言い、店主はゆっくりと懐に手をやる。

 ああ、これはもう駄目だ。

 店主が懐から何を取り出そうとしているのか知らないけど。


 僕は防衛本能を全開に剥きだして――瞳に魔力を籠めた。


「っ!? お前、まさかその瞳は」

「察しがいいですね、これは父、皇帝リュラすらも畏れた災厄の代物です」

「ベガ、ここでそれを使っては」


 店主は一瞬にして慄き、ドリーが咄嗟に制止しようとしたけど。

 もう――遅いんだよな。


「よ、止せ!! 止せぇええええ――――っ」


 店主は、僕の瞳術を受けてここから消失した。


「竜ヶ峰くん、今何したの?」


 店主の姿が消えてなくなると、アンが近寄って今起こったことについて尋ねる。

 僕の口から素直に答えてもよかったんだけど、ドリーが止めるよう立ち塞がった。


「……確か、アンとイヴ、と言ったな?」

「はい」


「今ここで見聞きしたことは全て忘れろ、でなければお前らは皇帝リュラから断罪の刃を受けることになるぞ?」


 ドリーの忠告に、二人は数瞬口を噤んだ後、素直にはいと返答した。


「今回は私どもの不手際なので、新調なされたお召し物の代金は支払わなくてもいいですよ」

 アンがそう言い、頭を下げると、双子の妹のイヴが続く。

「この度は私達の主が大変ご迷惑お掛けしました」


「そうか、なら今回の件は不問とする。ベガもそれでいいですか?」

 ドリーのお伺いに、僕は快く応答した。


 だ・け・ど。


「赤城アンが異世界ギオスにいるってことは、他もいるのかな?」

「……そうかもしれない、その可能性は否定できない」

「なら、他のみんなも探し出すか」


 なんと言ったって異世界ギオスでの僕の位は皇帝の嫡男だ。

 この国においての権威は相当あると自負している。


「竜ヶ峰くん、他のみんなを探し出してどうするの?」

「ああ、それはね? みんなと一緒になって」


 ――この国を、ぶっ殺してやろうかと思って。



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