黒い盤
「……共謀、ねぇ」
「駄目かな?」
カエデさんは僕との共謀に賛同的じゃなかった。
その理由は何だろう? と思い、尋ねると。
「共謀って響きがいやらしい」
「ベガくんに色目使うのは許せないぞ」
「うるせぇ陰キャども」
と、柊くんはカエデさんを否定するが。
陰キャでバカな僕にでも分かる、これはカエデさんのジョークだ。
「この国をもっと住みやすくしてよ、そういう話であれば共謀するYO」
「それは共謀と言うよりも協力だね」
この国をもっと住みやすくする、それは。
僕が掲げるスローライフの抜本的な見直しだと思える。
「カエデさんは帝国をどういう国にしたらいいと思う?」
「この国にはとにかく糖分が足りてねぇ。もっと砂糖の輸入を」
「分かった、砂糖の輸入量を増やすよう行政に言っておくよ」
――他には?
「第三次産業の拡充をしてくれなす」
「ああ、いいよ」
――他には?
「働かなくても生きて行ける社会を」
「ああ、当然だよ」
――他には?
こうしてカエデさんの要望を伺う中、僕は白昼夢を見ていた。カエデさんじゃないにしろ、僕はいずれ国民の要求を満たさないとならない。何の因果か知らないが、それが皇帝の長子になった僕のスローライフの第一歩だ。
「竜ヶ峰くん」
とりあえずカエデさんと小一時間に及ぶ話し合いは終わった。
教会から踵を返して城へ帰る途中、柊くんが口を開く。
「この国に目安箱を設けたらどうかな?」
「目安箱に妥当する機関ぐらいあるはずだよ」
「そうなの?」
「たぶん……もしその機関がなかったら、君を大臣に推薦する」
「ぼ、僕が?」
彼の顔色は困惑しているように見えて、嬉しそうにしつつもある。
緊張と期待がないまぜになっているのかな?
「姉さん」
「何?」
とその時、柊くんの弟さんが現れた。
確か彼の名前はレギ、だったかな?
彼は懐疑的に柊くんを『姉さん』と呼んでいる所を見るに。
どうやら柊くんは周囲に徹底して自分を女性として扱うよう強いている。
「ベガ様もご一緒だったとは、失礼しました」
「いやいいよ、それよりもラギに何か用があったんだろ?」
ラギとは柊くんが異世界ギオスで授かった名前だから、覚えておくように。
「それが……姉さん、向こうで話せないか?」
「どうしたんだよ? ごめんねベガくん、僕はちょっと席を外すね」
「分かった、僕は先に城に帰ってるから」
と言うことで、今度は柊くんとも別れ、独りで帰路についた。
城へ帰るまでの街路には国民が様々な情景をかもしだしている。
赤ん坊をあやしている母親が僕に一目くれ、お辞儀してくれたり。
二階建ての住居が林立する街中には洗濯物の匂いが広がっていたり。
今の帝国は大変家庭的だと思い、独り街の景色を傍観した。
「お兄様、そんな所で物乞いの物まねですか?」
と、一台の華美な馬車の中から僕に声を掛けて来たのは妹のグレーテルだった。
彼女の年頃は日本で言う所の中学生であり、生意気な性格にもほどがある。
グレーテルのヴァイオレットのロングヘアーは波打っていて。
紺碧色の瞳は澄ましたように細めている。
彼女は外見からして生意気な妹だ。
「グレーテル、柊くんに無茶言ったみたいだな」
「……何のことでしょう、私は彼に少しお願い事をしたまでです」
「何のために? 君は帝室の一角をになうお嬢様だろ?」
わざわざ柊くんを使う意味はないだろ。
と言えば、妹は馬車にそなわっていたカーテンを閉める。
「お兄様の方こそ、この国の皇帝なのですから、庶民的な言動はもうお止めください」
「……庶民的な言動ねぇ、それって」
と言った時にはグレーテルを乗せた馬車は発進していて、上手く逃げられた。
僕は馬車馬に石をぶつけようとしただけなんだけどね、ま、いっか。
手にした路傍の石ころをその辺に投げ捨てると、一匹のフェネックが近寄って来る。
「やあ」
『久しぶり』
近づいて来た白い毛並みのフェネックは動物の言葉で僕と挨拶を交わす。
「久しぶり、今日はどうしたの?」
『女神がベガを呼んでる』
「案内してくれよ」
『こっちです』
だから僕はフェネックの案内でそのまま女神の許へ向かったんだけど。
「随分と遠くまで行くんだね」
『そうだね』
僕は帝国首都の城門を通り、安全な地帯から飛び出ていた。
まぁ僕は女神の加護がついているし、問題ないだろ。
「女神は何だって?」
『知らない』
女神――銀色の短毛が麗しい彼女は自分の凄艶を振っていた。
誰にも屈さない強気な性格に。
加えてあの美貌であれば。
確実に悪女の部類に入る。
フェネックの案内で深い森の中へと入り、進むこと一時間余り。
森の深部にいたると神殿のような建物があった。
女神は神殿の入り口にあるオベリスクのような黒い水晶を背もたれにしている。
「プレゼントだ、受け取れ」
と言って、女神は乱暴に盤を寄越した。
「これは?」
「言っただろ、プレゼントだって」
女神から寄越された不思議な材質をした正方形の黒い盤は手に馴染む重量だ。
やけに僕の手にしっくりと来る。
「それはお前がこの先予定しているスローライフには欠かせない代物になるだろう」
「ふーん、これは一体どういう道具なんだい?」
「自分で調べろ、使い方を説明するのは面倒だからな」
女神はろくに挨拶もしないまま、霞のように消えてしまった。
空を見れば星の瞬きが見え、月が深々とここら一帯を照らしている。
周囲に気配を配ると暗がりの森から動物の声が聴こえ、どこからともなく集って。
彼らはエルドラード帝国の皇帝である僕のために、歓迎会を開いてくれたんだ。