負けず嫌いの二人が百合へと発展するまで
【登場人物】
西成透叶:高校二年生。星架とは家が隣。小さいころから何かにつけて競ってきた。負けず嫌い。
東雲星架:透叶の幼なじみ。クラスも同じ。負けず嫌い。
私、西成透叶と東雲星架はライバルだ。
何の偶然か同じ日に生まれた私たちは家が近かったせいもあり姉妹同然に成長してきた。ただそれは仲良く和気あいあいとしたものではなく、骨肉相食む激しいものだった。
理由は簡単。私たちは二人とも負けず嫌いだったのだ。
自分と同じ性別、年齢の人間がすぐ近くにいれば比べようとしてしまうのは無理からぬこと。幼稚園のころには互いに相手にだけは負けたくないと思うようになり、かけっこで、お絵かきで、歌で、優劣を競い合っていた。
成長するにつれて勝負はより分かりやすいものへと変化をしていく。
学力と運動能力。
テストの点数やスポーツテストは数値が目に見える分勝ち負けがはっきりしているので競いやすかった。結果として学力は上がったし、体力や筋力もついたので良かったとは思っているけど。
勝負にこだわるのは高校生になった現在も変わらなかった。
「――はっ、はっ――お――よっと!」
体を反転させながら星架を抜き去り、私の放ったバスケットボールがゴールのリングに吸い込まれた。
「うっしゃ!」
「あぁくっそー!!」
ガッツポーズを取る私とは対照的に星架は本気で悔しがる。
「もう一本! 次は絶対止める!」
星架はボールを私に投げて寄越し、腰を落としてディフェンスについた。
当然のように同じ高校に進学した私たちは揃ってバスケ部に入り、部活のない休みの日は大きな公園に行って練習したり1ON1で勝負したりしている。戦績はだいたい五分。バスケだけに限ったことではないが、頭脳にしろ身体能力にしろ私たちの力量は似通っていた。だからこそいつまでたっても私たちの勝負は終わらない。
「――ちょい休憩ー!」
しばらく試合を続けたあと休憩をとることにした。コート横のベンチに座り、カバンから水筒を取り出してお茶を注ぐ。くいとコップをあおってお茶を飲むと水分が全身に染みわたるような気がした。私の隣では星架が同じように飲み物を飲んでいた。
公園の木々が梢を鳴らしている。午後の涼風が汗でしめった肌に心地いい。晩夏の名残りもほとんど消えて季節は秋へと姿を変えつつある。過ごしやすい気温はスポーツをするにはもってこいだ。
私は大きく伸びをして星架に話しかけた。
「最近はだいぶ涼しくなったから良かったよね。ちょっと前は三十分もしないうちに汗だくだったのに」
「本当にね。着替え何枚も用意しなくていいのはありがたいよ」
「いっそ春と秋だけになればいいのになー」
「夏にスイカバー食べながら『暑い日に食べるアイス最高ー!』とかアホ顔で叫んでた透叶とは思えないセリフだね」
「アホ顔は余計だ!」
私たちが話していると後ろを女の子のグループが通りがかった。会話に夢中なのかその声は大きくはっきりと聞こえてきた。
「――ちゃんさぁ、この前初デート行ったんだって」
「え、うそうそ~」
「どうだった?」
そのあとぼそぼそと何か喋る声がしたかと思うと黄色い声があがり、女の子たちは離れていった。賑やかな会話が徐々に遠ざかっていく。
なんとも騒々しい。私は軽く苦笑しながら「元気だねー」と星架に向けて呟いた。ああいう話題は私たちとは無縁のものだ。きっと星架も呆れているだろう、と。
「透叶はさ、デートとかしたことある?」
その反応は予想外だった。
「え、デート?」
「そう、デート」
今まで恋バナなんて一度もしたことがなかった星架がなんで急に。
――まさか。
私の脳裏に推理アニメでよくある点と点が線で繋がるエフェクトが浮かんだ。星架の思考、性格を知り抜いているからこそ何をしようとしているかが分かった。
恋愛でマウントを取ろうとしている!?
確かに恋愛経験というのは花も恥じらう乙女にとって、ときに学校生活におけるヒエラルキーにも影響を与えてしまう。
勉強やスポーツで勝ち負けが決まらないなら恋愛で、というのはあながち的外れでもないだろう。
つまりは星架にはあるのだ。デートをした経験が。
もしここで私が正直に『ない』と答えたら鬼の首を取ったかのように嬉々として見下してくるだろうことは想像にかたくない。
「……あるけど?」
私はさも当然かのようにツンと澄まして言い放った。そういう星架はどうなの? もちろんあるんだよね? と視線を投げかけることも忘れない。
「あ、あたしだってあるし。透叶はおこちゃまだから無さそうだなーって思っただけ」
「はぁ? どっちがお子様よ」
「あたしの方が背が高いし」
「たった数センチでしょ! その程度の差で勝ち誇るなんてそれこそ精神が幼いんじゃないの?」
「そうやって負けを認めないところが子供っぽい」
「その言葉、そっくりそのままお返ししてあげる」
ばちばちと睨み合ってから互いにコップをあおり、いったん話題をやめにする。こういう言い合いが不毛な結果になることは今まで一緒に過ごしてきてイヤというほど理解しているからだ。
星架がぽつりと聞いてきた。
「……で、大人な透叶はデートでなにしたの?」
今度はそうきたか、内心で唇を噛む。実際にデートをしていない以上妄想とテレビやマンガの知識で誤魔化すしかない。
「別に、普通に遊園地に行って遊んだだけだよ」
「どこの遊園地?」
「そりゃあまぁ、某夢の国? 定番だけど退屈しないし」
「待ち時間長くて会話続いたの?」
「学校のこととか趣味のこととか話してたらあっという間よ」
はん、と笑ってみせるが正直もういっぱいいっぱいだった。これ以上突っ込んで聞かれたらボロが出かねない。
「へぇ、ちなみのその相手って同じクラス?」
「私のことはもういいでしょ。それより星架はどうだったの?」
「あたし? あたしはとりあえず映画観て買い物して、みたいな」
「なんの映画観たの?」
「えっと、ほら、最近話題になってるアメコミの悪役が主人公のやつ」
「うそ!? 私あれめちゃくちゃ気になってたんだよ。いいな~」
「あ、そんなに気になってたなら一緒に観に行く?」
「星架一回観たんでしょ? 途中でネタバレされたくないし行くならひとりで行く」
「そう、だよね」
「それよりもさ、あの映画結構内容キツいって話だけどデートでそんなの観て大丈夫だったの?」
「あーまぁ、向こうがそういうの好きだったし、あたしも平気だった」
「ふーん……」
くそう、ちょっと羨ましいと思ってしまった。このままでは私の負けになってしまう。かといって不用意なことも言えないし。ここは相手の出方を窺うべきか。
「……買い物はどこ行ったの?」
「えーと、軽く食べ歩いたりしつつ原宿でショップ見て回ったり、とか……」
いかん、聞けば聞くほど負けた気分になってくる。タピオカドリンク飲みながら竹下通りを二人で並んで歩く星架の姿が浮かんで少し落ち込んだ。部活とか練習ばっかりで星架とそういう場所に遊びに行ったことがなかったのでやっぱりちょっと羨ましい。
そんな感情は表にはまったく出さずに頷いてみせる。
「そういうのもいいね。今度私もデートで行ってこよっかな」
星架が少しだけ驚いて私を見る。
「透叶、その人と付き合ってるの?」
「え!?」
――しまった。深く考えてなかったけどデートを何回もする間柄なら交際していると思われても仕方ない。しかしここで『付き合っている』と答えると絶対に『相手は誰?』と追求されるだろう。しつこく聞いてこられたら誤魔化すことも難しい。かといって『全然そんなんじゃないですけど?』みたいなのもダメだ。『え、相手の気持ち弄んでるの?』とか軽蔑されたくない。よって、ほどほどの関係をアピールしなければいけないのだ。
「……まぁ、結構いい人かな、とは思ってて、すごく優しくしてくれるし、相手からの正式な告白待ち? みたいな?」
どうだ! この『ま、いつでも付き合えますけどね』感! しょうもないとか言うんじゃない。これも立派な駆け引きだ。
「星架の方はどうなの? 付き合ってるの?」
そして逆に聞き返すことで詳細を聞いてこないように牽制する。完璧だ。
「…………」
「星架?」
「あぁ、えぇと、あたしも同じような感じ」
よかった。そこに関しては先を越されていないようだ。
ひそかに安心していると星架の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「透叶はどこまで進んでるの? ABCで言うと、どれくらい?」
そんなことまで聞いちゃいます!? いやいや、本当に誰かと付き合っててもそういう話題は話しづらいというか。でもクラスで誰かが誰かとキスしたとか話しているのは小耳に挟んだことがあるしそういうのに興味が出るのも分かるけれど。
ではなんと答えるべきか。まずCはない。付き合ってないのだからそこまでいってるのはおかしい。そして何もしてないというのも『ふーん、デートしただけなんだ』と下に見られる恐れがある。じゃあAかBかなんだけど、私が先に言う以上ここはちょっと強めに出ておく方がマウントを取りやすいだろう。
「……B、と言えばB、かな」
表現をふんわりさせることで曖昧に取らせようという算段だ。当然追求されたくないのですぐに星架に尋ね返す。
「星架は?」
「あたしは…………C寄りのB」
「し、C寄りのBぃぃ!?」
そんなのがあるのか! B以上C未満、つまりB+。B+ってなんだ。模試の判定か。というかいったいどんなことをするんだ。アレがCだからつまり……具体的な行為を想像しようとして慌ててかき消した。本人を前にしてすることじゃない。まともに顔が見れなくなる。
…………。
子供たちのはしゃぐ声が遠くから聞こえてきた。葉鳴りの音がさっきよりも大きくなったような気がする。それくらい私と星架は黙ったまま視線を足元に落としていた。
「……そろそろ再開しよっか」
「……そうだね」
バスケの練習を再開したはいいものの、お互いに気もそぞろでまったく集中できなかった。
起きている間はまだよかった。体を動かしたり何か作業をしていれば深く考えずに済んだから。
けれどベッドに入って目を瞑った途端に『星架も誰かと同じベッドで寝たのかな』とか『もしかしたら今も相手とB+的な行為にいそしんでいるんじゃ』とか余計な妄想が次々に頭に浮かんできて眠るどころじゃなくなった。
別に興奮したからとかじゃない。なんというか寂しくて、虚しくて、言いようのない喪失感に苛まれたのだ。
一言くらい相談してくれてもいいじゃないか。そりゃあ今まで星架と恋愛トークなんて全然してこなかったけど、そういう相手が出来たのなら私だって応援してあげたのに。相手は誰なんだろう。多分クラスメイトか男子バスケ部か。
私の頭の中に輪郭がぼんやりとした男子と手を繋いで笑う星架の姿が浮かんできた。その笑顔は私の知っているものと同じようで少し違った。
誰かと楽しそうにデートをする星架を思い浮かべれば思い浮かべるほど胸が苦しくなってくる。でもきっと、これから星架が本当に付き合い始めたら私と勝負をする時間だって減ってくるだろう。そうなったときに『イヤだから』という子供みたいな理屈で邪魔をしていいわけがない。親友としてどうするのが正しいか。大事なのは星架がどうしたいかじゃないのか。
――よし、星架の恋を全力で応援しよう、と私が結論付けたのは朝日が昇り始めたころだった。
寝不足の頭を抱えて一緒に登校する為に星架との待ち合わせ場所へと向かった。そこにはすでに星架が待っていて私に挨拶をしてきた。
「おはよう透叶」
どことなく星架の声のキレがなく眠そうに見えた。
「おはよー……ん? 星架今日眠そうだね」
「あー、ちょっと寝不足でね」
「星架もなんだ。私も寝不足ー」
「透叶も? 昨日の夜なにかやってたの?」
「えっと……」
まさか星架とその彼氏(仮)の妄想をしてたら眠れませんでしたなんて言えるわけもなく、咄嗟に見栄を張ってしまう。
「ちょっと遅くまで電話してたんだ」
「え……昨日言ってた相手と?」
「そうそう」
「奇遇だね。あたしも」
「――――」
すでに星架と件の相手は夜遅くまで電話をする仲だったのか。きっと『せーので電話切るよ。せーの――……もう、切ってって言ったじゃーん』とかいうよくあるやりとりをしてきゃっきゃうふふとじゃれあっていたに違いない。
昨日までの私だったら少し取り乱したのだろうけど今の私は違う。星架の恋愛を応援すると決めた今、むしろそこまで仲が進展しているのなら喜ばしいくらいだ。
「夜遅くまで電話とは、ラブラブですなぁ」
むふふと笑うと星架がぷらぷらと手を振った。
「よしてよ。それを言うなら透叶の方もでしょ」
「ねぇねぇ、昨日はどんなこと話したの?」
「別に普通のことだよ。透叶の方は?」
「私もたいしたことないよー」
話を誤魔化しながら学校へと歩いていく。こうやって星架と登校出来るのもあと少しかもしれない。それは確かに寂しいことなんだけど、多分誰もがこういったことを経験して大人になっていくんだと思う。――なんて、さすがにちょっと大人ぶり過ぎか。
相も変わらず寝不足で頭は重いけど心は軽くなったように感じた、そんな朝だった。
一週間ほど経ったころ、とある心配が降って湧いた。
――星架ってデートする暇あるの?
そう。毎日ほとんど星架と一緒にいて思ったことだけど、プライベートでの空き時間がまったくと言っていいほどない。
平日は授業が終わると部活に勤しみ、土日も部活や公園で練習をし、家では宿題や勉強も忘れない。とてもじゃないがデートなんてしている暇がないのではないか。
公園で休憩中に気になって尋ねてみた。
「星架、ちゃんとデートできてる?」
「あぁ、まぁうん」
「そっち優先でいいからね。これ自主練なんだし別にやらなくてもいいんだから」
「……それは透叶がデートしたいから言ってるの?」
「え!? そ、そういうわけじゃないよ! 私は星架のことを思って言ってるの!」
「ふーん、怪しいなぁ」
「ホントだって!」
星架の疑わしげな眼差しに背筋が冷える。相手がいないのにデートも何もないのだけど今更『嘘でしたー』なんて言ったらどんな目で見られるやら。打ち明けるなら星架が付き合うことになって機嫌がいいときにしようと決めていた。
「ねぇ透叶、いい加減相手の名前教えてよ」
「それはその、私の一存じゃ教えられないし……」
「なんで? あたしが言いふらすと思ってるの?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあいいじゃん。教えてよ」
「だ、だったら星架が先に教えてよ。そしたら私も言う」
相手もいないのに名前を教えるもなにも以下略。いざとなったら親戚の名前でも借りよう。
私から話題を逸らしたかったけど星架は思いのほか強情だった。
「あたしから聞いたんだから先に透叶が言って。その後にあたしが言う」
「人に名前を聞くときは自分からって習わなかった? 星架から言うのが筋じゃない?」
「それはその人の名前を尋ねるときでしょ……ねぇ、あたしってそんなに信用ない? あたしたちって親友だと思ってたんだけど」
悲しそうな顔をする星架を見て良心がちくりと痛んだ。私だって親友だと思ってるからなんとか応援できないかと苦心しているのに。
そのとき星架がハッと何かを察したように口を手で抑えた。
「あたしにも言えない相手……もしかしてあたしの家族?」
「んなわけないでしょー!」
「じゃあすごい年上とか、小学生くらいの年下?」
「違うって!」
「先輩? 後輩?」
「だーかーらー……」
誘導されていることに気が付いて言葉を止めた。星架が舌打ちしたのを見て口端をつりあげる。
「こざかしいことをするじゃないの」
「……おっけー、わかったわかった」
「言ってくれる気になった?」
「そうじゃなくて、真正面から白黒つけよ。1ON1で負けた方が相手の名前を言う。それでどう?」
勝負で決着をつけようというわけか。確かに不毛な言い合いをするよりも数倍分かりやすい。
「わかった。一回勝負?」
「一回で終わったら味気無いから、三本先取」
「それでいいよ。言い訳とか誤魔化しとかなしだからね」
「そっくりそのまま返すよ」
不敵に笑って立ち上がった星架は、ボールを片手で持ったまま定位置についた。すでに表情からは笑みが消えている。その雰囲気は公式試合以上に張り詰めていて真剣さが伝わってきた。
そうか、そんなに私には言いたくないんだ。だったら私も全力で打ち負かしてなんとしてでも名前を聞き出してやる。
私は両頬を叩いて気合を入れてから、決戦の地へと赴いた。
――結果は3対2で私の勝ちだった。
ここまで本気で星架と試合をしたのは久しぶりかもしれない。ガンガン体をぶつけ合い、相手のシュートをファウル気味に止めて、体勢が崩れてもがむしゃらにシュートを打った。おかげで普段以上に試合は長引き、全身の筋肉と集中力を酷使したせいで終わると同時にその場に崩れ落ちてしまった。
「どーだ……私の勝ちだ」
にへらと笑って星架を見やる。星架は立ったままシャツの裾をめくっておでこの汗をぬぐっていた。
「……本番でもそのくらい動いたら?」
「無茶言わないでよ。こんなの一試合もたないって」
「まぁそだね、あたしももう限界」
星架が私の隣に腰を降ろした。
「それより、勝負は私の勝ちなんですけど?」
「…………」
「せーかさん?」
「……はいはい、言うよ。言えばいいんでしょ。いっこだけ確認していい?」
「なに?」
「言う名前って、あたしが気になってる人を言えばいいの?」
「ん? 星架がデートした人だけど、まぁ結果的にはそうなのかな。星架も相手の人のことをいいなって思ってるんだよね?」
「思ってるよ」
「じゃあその名前を言ってくれればおっけ」
「透叶」
「なに?」
「だから、透叶だって」
「だから、なんの用? ここにきてはぐらかそうとするなんて往生際がわる――」
「あたしが気になってる人の名前が、透叶っていうの」
「え? …………私と同じ名前の男子いたっけ? どこのクラス?」
「……それ、マジのボケ?」
「ボケ? ボケってなに。こっちは真剣に聞いてるの」
「あたしも真剣に言ったんだけど」
星架の真摯な瞳が私を見つめてきた。少しの間、目と目を合わせたまま星架のセリフを反芻する。
「……え? え?」
徐々にその意味が分かってくるにつれて顔が熱くなってきた。『まさか』と『そんな』の二言が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「せ、星架、じ、冗談とかじゃなくて?」
「分かりづらかったならはっきりと言ってあげる。あたしが好きなのは、今目の前にいる西成透叶って女の子だよ」
「…………」
思考が追いつかずにフリーズしているといきなり星架が声をあげた。
「あぁーっ! なんでフられること確定してるのに告白しなきゃなんないの!! これも全部透叶があたしに黙ってデートしたり彼氏作ったりしたせいだからね!!」
真っ赤になって私を非難する星架。私の思考はまだ止まったままだったけど、その誤解だけは解かなきゃと思い、口を開く。
「あ、ごめん、それ全部うそ」
今度は星架がフリーズした。
「え――」
「てっきり星架がデートした自慢をするのかと思ったから、見栄を張って、その……」
星架がどさっと地面に体を投げ出した。
「おかしいと思ったんだ! ずっと一緒にいていつデートする暇があるのかって! あーっ、最悪の告白だよ! 殺せ! あたしを殺してくれ! 脳をぐちゃぐちゃにして記憶を消し去ってくれ!!」
「せ、星架、落ち着いて……」
「こんな辱めを受けて透叶とどんな顔して会えばいいんだ!」
「それを私に言われても……普通でいいと思うけど」
「…………」
むくりと星架が上体を起こした。
「……透叶、ドン引きしてないの?」
「え? ドン引きっていうか驚きはしたけどだからどうしたっていうか……正直知ってる男子の名前出されるよりホッとしたし……」
応援すると決めたとはいえ実際にクラスメイトの○○と言われたらショックは受けたと思う。人が分かってしまうと色々と生々しく想像してしまっただろうし、むしろ星架がこれまで話したことが全部嘘だったと分かって喜んでいる自分がいた。
私の言葉を聞いて星架はしばらく呆けていたが、急に立ち上がると瞳を輝かせて私を振り返った。
「よし、勝負しよう」
「な、なにが?」
「勝負して透叶が負けたらあたしと付き合って」
「はぁ!?」
「最初からそうすれば良かったんだ。勝負して白黒つけるのが一番分かりやすいし何よりあたしたちらしい」
「その勝負を私が受けるメリットは!?」
「もしかしてあたしとの勝負を逃げるの? じゃあ不戦敗ってことでいい?」
「見え透いた挑発を……」
「透叶があたしには絶対勝てないからどうしても勝負したくないって言うならまぁしょうがなく認めてあげてもいいけど」
「見え透いた挑発を……っ!」
「あーはいはい、自信がないんだね。だったら素直にそう言いなよ。『私の負けです許してください星架様』って」
――ピキ。イラっときた。ここまでこき下ろされて従えるほど私の心根はおとなしくないぞ。
「誰が誰に勝てないってぇ……?」
「透叶があたしに」
「ついさっき負けた分際でよくもまぁそんな大口叩けたもんだわ」
「さっきは手加減してあげたから」
「手加減ん!? 言ったな!? 今度こそ完膚無きまでに叩きのめしてくれるわ! 星架が負けたら罰ゲームだからね!!」
「なんでもいいよ。負けないから」
「あーそーですか! 罰ゲームはじゃあ、ゴールにしがみついてツクツクホーシのモノマネとかいいんじゃない? 季節外れのセミはさぞかし良い声で鳴いてくれるでしょうねぇ!」
少し休んで体力も回復した。挑発されたおかげで精神も高ぶっている。さっきは勝てたのだから次だって絶対に勝ってみせる。
先程とは違う意味で張り詰めた空気の中、お互いの矜持をかけた戦いが幕を上げた。
――結果は0対3で私のストレート負けだった……。
私は地面に膝を付き、乱れた呼吸を整えていた。
「ひ、卑怯な……」
「なにが卑怯って?」
でんと仁王立ちして見下ろしてくる星架を睨みつける。
「抜こうとするときに好きとかなんとか囁いてくるのが卑怯だって言ってんの!」
そう。こともあろうにこいつは真剣勝負の合間に『好き』だの『大好き』だの『中学のときから好きだった』だのと言を弄して私の心を揺さぶってきたのだ。そんなことをされたら手元だって狂う。
「囁き戦術だって立派な戦術」
「それ野球でしょうが!」
「バスケの試合中だって相手チームから悪態つかれたりすることだってあるのに、いちいちそれを気にして負けたら言い訳にするの? そういうのはプレイでお返ししてあげるのが正しいと思うけど」
「こんなときに正論を……っ!」
ぐぅと悔しがる私の目の前に星架がしゃがんだ。勝ち誇っていた態度は鳴りを潜め、不安そうに瞳を揺らしながら口を開く。
「……勢いで言っちゃったけど、本当にいいの?」
本当にあたしと付き合っていいの? と問いかける星架はさっきまで生き生きと試合をしていた人物と同じとは思えないくらい弱々しく見えた。
まぁ星架の言う通り、告白からここまで勢いできてしまった感じはあるけど、それでもやっぱりイヤだという気持ちはまったく湧いてこなかった。家族同然に過ごしてきたからこそ『好き』と言われることに抵抗がない。
私のその感情を星架の『好き』と一緒にしていいのかは分からないけど、少なくとも今ここで星架からの提案を断るだけの理由もない。
「……付き合うって言っても今までとそんなに変わらないでしょ?」
一緒に学校に行って、一緒に部活をして、一緒に休日に練習して――今までだって十分恋人っぽいことをしてきたじゃないか。違うのは、想いが相手に伝わっているかどうかだけ。
「ありがとう、透叶」
ずっと隣で競い合ってきた女の子は、人生で一番の幸福がそこにあるような、とても嬉しそうな笑顔で私の手を握った。
「――じゃあ、行こうか」
「え?」
星架が私を引っ張って起こす。
「デート。透叶と色んなところ見て歩くの夢だったから」
「そんなの普通に誘ってくれればいつでも行ったのに」
「服見たりするより体動かす方が好きでしょ?」
「まぁ確かにそうだけど……」
「心配しなくてもこれからいっぱいデートするから」
「心配はしてない」
「映画も観に行きたいし」
「あ、そうそう! そっか、結局観に行ってないんだったら一緒に行こうよ」
「もちろん」
「……なにめっちゃニヤニヤしてるの?」
「勉強に部活に恋に――青春を謳歌してるなぁって」
「そりゃ良かったね。ほら、行くんだったら暗くなる前に帰るよ。行き先は決まってる?」
「うん。駅地下のショップで透叶に似合いそうな服置いてるとこあったからそこで」
「買わないからね」
「いいよ。一緒に見て回るだけで楽しいから」
「そういう恥ずかしいことは人前では言わないでよ」
「じゃあ二人きりの間にたくさん言う」
「……好きにして」
荷物を持ってバスケットコートを後にする。
休日の公園は賑やかで活気にあふれていた。涼しい秋風が梢の音と共にこどもたちの声も運んでくる。それはいつもと同じ光景であるのに、いつもとまったく違うものに感じられた。明るくなったというかあたたかくなったというか。太陽も気温も変わっていないというのにおかしな話だ。
でも多分それは、今手を繋いでいる誰かさんのおかげなんだろうな――そう思うと自然と私の頬に笑みが宿るのだった。
〈おまけ 勝負は時の運?〉
バスケットボールをドリブルしながら相手の隙を窺う。
――いまだ。
つま先に力を入れて地面を蹴った。低い体勢のまま相手の横を抜き去ろうとしたその瞬間、声が聞こえてきた。
「……キス……これに勝ったらキス……」
がくっと膝から力が抜けた。その隙を相手は逃さない。あっと言う間にボールを奪い取るとそのまま反転してシュートを決めた。
「――っし!!!」
渾身のガッツポーズをしている星架にジト目を向ける。
「……そういうのやめてって言ったよね」
「乱される方が悪いって答えたと思うけど」
「なし! 今のなし! もっかい!」
「透叶の負けなんだから諦めなよ」
「負けてないけど!」
星架はふぅ、と溜息をついてから私にボールを渡した。お、再戦してくれるんだと喜んだ瞬間――唇を奪われた。
「――――!!?」
「約束は約束だから――いたっ、いたい! ボールで殴らないで!」
ふぅーふぅー、と息を荒くして唇をぬぐう。最近どんどん勝率が落ちてきているのは私のせいじゃない。
「じゃあもう一戦しようか。透叶が勝ったらあたしに何でも命令していいから」
「……キスするな、でも?」
「いいよ。でもあたしが勝ったら、C寄りのBね」
「し――」
いつかの夜に悩まされた言葉が今度は違う意味で私を悩ませる。
「や、やっぱり今日はもうやめにしよっかなー……」
「逃げるんだ、透叶」
「うるさい! これは逃げじゃなくて戦略的撤退なの! せめて準備くらいはさせてよ!」
「いいよ」
いつになく聞き分けがいい星架に眉をひそめる。
「……また不意打ちで何かしようとしてるんじゃないでしょーね」
「違う違う。準備してくれるってことは結構本気で考えてくれてるんだなって。だったらその準備が出来るまでは待ってあげるのが、恋人として当然だと思わない?」
「ち、ちが、そういう意味じゃなくて――」
「まぁ細かいことは置いといて、透叶が勝てばいいんだよ、勝てば。ね?」
なんとも楽しそうに笑う星架を尻目に、試合をしたら絶対負けるんだろうなと諦めてしまっている自分に気付き、胸中で独りごちた。
可愛い下着買いに行かなきゃ、と。
終
ツンケンとした子を書きたくなった結果こうなりました。
……なんでこの子たちは張り合っているんですかね?(根本否定)
一人分の心情しか書いてないですが、二人分書いているような気がしました。