回想 5
死骸を焼く炎の天辺にユラユラと漂う陽炎が、橙の太陽を歪めて映す。
畑からベアーを運び出し、近隣の河原に到着した俺たちは、水分を補給したのち、昼食も取らずに河原に転がる拳ふたつ分ほどの石をせっせと集めて、簡易焼き場を作り始めた。
腰よりやや高いくらい高さまでコの字に積み上げた1.5m四方ほどの焼き場は、出来上がりの簡素な見た目に反して、完成までに三時間近くの時間を要してしまった。
ひたすら半端に重い石を積み上げ続けた結果、疲労で指先から肩までまんべんなく脱力し、掴む握力は赤子よりやわになった。
しかし、そんな弱音を吐く暇などなく、作業はそれだけで終わらず、さらにその囲いの中に、内壁との離隔を確保しながら、セカンドベアーの死骸を積んでいく。
積み方は分割したベアーを足元の部位から順に、最後は頭部を頂上にする形で、互いにやや隙間が出来るよう桟木をかましながら重ねていくカンジだ。
これは焼却する際に空気が通って、うまく火が回るようにさせる意味もある。
最後に鋼板の携行缶から、揮発性の高い精製油を死骸にまんべんなく振りかけて、擦ったマッチの火を投げ入れると、たちまち背丈を越す炎が上がった。
その頃には、辺りの空は雲を赤く染め上げ、山の尾根に沈み始めた夕日が辺りにそびえる山々を黒一色の影絵に変え始めていた。
辺りには精製油の燃焼する匂いが充満し、ツンとした刺激が鼻奥まで浸透するように伝って、頭をクラリと揺さぶる。ずっと匂っていると、こめかみ辺りがギュっと圧迫されて頭痛まで催しそうな強い臭いだ。
「すっかり日も暮れてしまいましたね」
焼き方が始まり、それを見守るだけになったので、何か会話をしようと話しを切り出した。
「ええ、随分と長いことお付き合いさせてしまいましたね。コゥスケさん、ありがとうございました」
手を前に組んで腰を降り、礼儀正しくペコリと頭を下げるエトリ。
「いえいえ!それは全く全然平気っす。貴重な体験をさせて貰いました。後は焼き終わるのを待つのみですか?」
「そうです。これも暫くは時間がかかりますので、わたしは火の番をしがてら今日はここで泊まります。コゥスケさんは町の宿泊所で泊まってきて下さい」
エトリはそう言うと、ゴム手袋を裏返しながら外し、「今日の日当です」と、二日分は町で充分な寝食が出来るほどの銀貨を俺に握らせた。
「ちょ、ちょっと!これは多すぎますよ!」
俺は慌ててお金を返そうとするが、彼女は手を後ろに隠して拒否した。
「いえいえ、これは相場の日当です。このようなお仕事ですのでそれなりのお手当はあるんです」
(相場っつっても、俺、そんなに貰うような仕事してないんだが…)
額に見合ったことは何一つ出来ていなかったが、自分で決めれることでもないので、彼女がそれだけ支払うというのであればと、素直に頂いておこう。
「そうなんですか…じゃあ、遠慮なく」
「どうでした?一日お仕事をされた感想は?」
「そう、ですね。繰り返しますが貴重な体験でした。朝に斡旋所へ向かった時には全く想像をしてなかったスから。遠目からエトリさんを眺めていて、おかしな連中との絡みを見て、そんでカエシを体験させて貰うことになって…」
「ふふ、最初わたしが男性二人組のお連れの方だと勘違いしたんですよね」
出会いの場面を思い出していたようで、エトリが口を三本の指で押さえながらクスクスと笑う。
「そういえば、コゥスケさんは斡旋所で何のお仕事を探そうとしていたのですか?」
「いや、特に決めてこなかったのですが、俺みたいな何の担保も無い小僧でも日払いで雇ってくれる仕事なら何でもと」
エトリは口に押さえていた指を人差し指だけ残して、少し考えるように視線を上へやると、ややあって一人で納得して頭を小さく頷きながらこう言った。
「あそこですと、確かに経験や身分を問うことはしませんが、レッドワーク・プレイスメントと呼ばれるだけあって、害獣駆除や懸賞金付きの人探しなど、血が流れる大変危険な仕事ばかりですので、止めておいて良かったかもしれません」
「…ハイ、ちょっと無謀だったかもしれません」
自分でもわかってはいたつもりだが、人に言われると、改めて考えが甘々だったことに気づき、バツ悪く頬を搔く。
「遠慮なく言っちゃいますが、わたしが見た限り、よほど面倒見の良い人に巡り会っていないと、直ぐに大怪我、場合によっては命を落としたでしょう」
上目遣いですまなさそうに言うが、自信を持った声でしっかり告げる様子は、俺に確かな現実を突きつけてくれる。
「そうっすよね…。力不足、認識不足でした」
「単純に力不足というだけではありません」
「え?」
「わたしもこの仕事を10年ほどしていますが、カエシをする際、駆除された魔物や害獣と道連れになった冒険者も一緒に取り扱う場合が多々あるんです。それだけ彼らのお仕事は相当な危険を孕んでいます」
「はい」
「それだけではありません。時には全滅した一行の遺体を回収することも依頼されます。そのついでにそこで彼らの命を奪った魔物に出くわすこともありますし」
「エッ!その時はどうするんですか?」
「依頼は遺体の回収ですので、同僚と連携して魔物の気を引きつつ、回収に専念します。駆除は私たちの専門ではありませんので出来るだけ回避しますが、困難な場合は仕方なく駆除する時もありますね」
事もなくさらりといい切る彼女。
しかしそれだと…、
(冒険者のプロとしての立場が無いんじゃ…)
相手はすでに死んでしまっているとはいえ、死骸を回収するプロのほうが腕に覚えがあるとは、なんとも皮肉な話しだ。
「じゃあ相当の腕に覚えがある方じゃないと勤まりませんね、カエシのお仕事って」
「そうですね。それもまた条件に依るのですが、単独でも合成獣種を倒せるくらいのスキルがあって、さらに後衛も守りきれるほどの余裕が出来る人が一人は要ります」
「うそでしょ!?」
そこまでの実力者となると、斡旋所の中でも大抵の仕事はこなせそうだが。
「案外知られていないんですが、ホントです。死骸のみを取り扱う仕事柄、周囲から煙たがれるので、通常私たちは夜に依頼を受け、日中人知れず回収にあたります。人目につきにくく、隠密な行動をするので案外知られていないのですね」
「う〜ん、ナルホド」
「ところで、明日からはどうなさるおつもりですか?」
「どうって、考えてはいませんが、 どうすれば良いですかね…。仕事を取りあえず探さないかんな」
しかし全くアテが無く頭を抱える。
斡旋所での仕事などはエトリが忠告した通り、素人の俺ではとても命の保証はないものだし、町の仕事だってまともな条件のものなど見つかろうはずもない。
かといっていまさら村に帰るのも恥ずかしくてとても出来やしない。物乞いでもするしかないのか?
悪いようにばかり考えてしまい、しまいには頭をバリバリと掻き始めた。
「では、乗りかかった船です。コゥスケさんさえ良ければ引き続きお仕事のお手伝いをして貰うとかって出来ますか?」
「エッ!?俺なんかでいいんすか?足手まといになるんじゃあ」
先程までの話しの流れでは、俺なんぞはとても戦力にならなさそうな感じだったので、彼女の意外な提案に驚いた。
「こちらは大変人手不足なんです。それなり危険も伴いますし、今日以上にきつく厳しい現場も多いですが、わたしが助けますので。ですが、本当に最初はきついですよ?それでもよろしいですか?」
「是非是非っ!よろしくおねがいします!」