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カエシビト  作者: 居留守五段
6/10

回想 3

「では、これからカエシの準備を行います」


町外れの街道から細い脇道の先にある畑に着いた俺たちは、横たわるセカントベアーを見つけた。


エトリは傍らに寄ると、片膝を地面につき、祈りを捧げる。


祈りが終わると、膝に着いた土を軽く払い、ショルダーバッグから緑色の合成樹脂製の小さくたたまれた合羽を一着と、新品のラバー手袋を二双取り出すと、先ず合羽を俺に差し出した。


「今日は予備の弔衣(ちょうい)を持ち合わせていません。コゥスケさんの服が汚れてはいけませんので、この合羽を着て下さい。わたしの物ですみませんが」


少し恥ずかしそうな顔で、キレイに折りたたまれた合羽を差し出す彼女。


「いえ、逆に俺なんかが使っていいんですか?」


「はい。洗いはしていますが、熱を溜めやすいので汗臭いかも・・・、ごめんなさい」


(とんでもない。いきなりご褒美ですか?)


平静を装いながらも、頭の中は病的アブノーマルなことを考える俺。


聞くと弔衣(ちょうい)とは、エトリが着用している作業用の外套のことで、任務中はこれを付けることが習わしらしい。


合羽に袖を通したが、残念ながら(?)彼女を感じる匂いはせず、鼻をツンとつく独特の樹脂臭さがするのみだった。重さを感じるほどの厚手の素地は、確かに彼女が言う通り、着用していると暑くなりすぐに汗で蒸れそうだ。


俺が合羽を着用し終えると、今度はゴム手袋を差し出すエトリ。


「これも、いま付けるんですか?」


手首部分が長く、肘近くまで覆うタイプの手袋は合羽と似て、付け始めたとたんに手の中が蒸れて湿気を帯びてしまいそうだ。


「はい。これは動物由来感染症の防止用です。噛まれたりする直接伝播の心配はありませんが、唾液や、フン、体毛に含まれているノミやダニなどから感染する病もありますので、それらの予防用です」


「な、なるほど」


実用的な用途を聞かされ、蒸れることが嫌だとか甘いことを考えていた俺は少し恥ずかしい気持ちになった。と、同時に危険があるという忠告で気が引き締まる。


エトリはゴム手袋の手首部分をキュっと握りながら手際よく両手に嵌める。

そして、引いてきたリアカーに積んだ巻き尺と手帳を取り出して、セカントベアーに巻き尺をあてがい大きさを測りながら、上製本された分厚い手帳にメモをし始めた。


鼻先から尻尾の付け根までの体長にあたる 「頭胴長 1.2m」

背中の肩甲骨から足裏にかけての四足の背の高さ 「体高 60cm」

毛並みツヤあり、歯茎肉付き良し、眼球濁りなし「年齢 10歳前後」

体重はベアーの腋辺りに手を突っ込み、軽く浮かせて「体重 60~70kg」

最後に股部分を確認して 「性別 メス」 と記入した。


熊類の中では比較的小柄な部類だが、セカントベアーとしては充分大人の体格らしい。


ちなみに、セカントベアーの名前の由来は、体色が全体的に褐色であるのに、唯一、丸い顔の頭頂部から眉間をまたいで鼻先までを縦断するように白の割線セカントが入ることから名付けられている。

長く鋭い鉤爪と俊敏な動きが特徴的で、生身の人がその爪で襲われたりするとひとたまりもなく、しばしば傷害・死亡事故が起こっている。


普段は山中深くに生活圏を持ち、里山によって昔は人と棲み分けがされていたが、最近は過疎によってこの里山が無くなってしまった為、エサを求めて山の麓に位置するこの辺りまで出没するようになったらしい。


今回も山から下りてきたセカントベアーが農作物を荒らしているところを、駆除依頼と除去依頼が斡旋所に入り、狩り専門のバウンティハンターが駆除を行い、エトリが除去を請け負ったという経緯だ。


エトリは手帳に場所・状況・作業時間などを簡単にメモ書きすると、パタンと分厚い手帳を閉じて、リアカーにしまい、俺に軽く頭を下げた。


「お待たせしました。では作業を始めますか」


「は、はい」‬


「とはいっても今回は直接民間からの依頼でしたので面倒な手続きはいりません、公的機関からの依頼だと、報告書を上げなければならないのですが」‬


「報告というと?」‬


駆除完了図書コンプリートブックを提出しないといけないのです。作業状況を写真に収めたり、文章で説明したりする必要があります。税金が使われてますからね」‬


「なるほどっすね」‬


「今回は色々と有難いことが重なっています。このコの亡骸はまだ時間が経っていませんし、伝染病指定の中でも比較的順位の低い種です。それに近場の河川は焼葬しても良い川幅と河原幅の確保が出来ています」‬


確かに、このベアーの死骸はまだ死してそんなに時間が経っていないのか、ハエが少し集り、カラスか何が体のあちこちを突いたような跡が見当たるが傷跡は眉間に射抜かれた箇所があるくらいで、死臭などは放っておらず、表現が正しいかわからないが綺麗な死骸だ。‬


「しかし、この重そうなのをどうやって台車に載せるんです?」‬


エトリに頼まれて、畑の持ち主さんから借りてきた4輪のリアカーだが、男手二人なら容易に持ちあがるだろうが、細腕の彼女と腕力の乏しい俺では担ぎ上げることが少し難しそうに見える。‬


「ええ、一度には持ち上げるのは無理ですので、可哀想ですが体を分けて乗せます。すみません、驚かないで下さいね」‬


体を分ける…。驚かせられる…?‬


どういうことかと考えていると、彼女は外套の中に手を潜らせると、腰あたりから掌に収まるほどの水筒を取り出して地面に置いた。‬


そして、再び手を潜らせると、ジャラン!という、金属同士を素早く擦り走らせるような音を立て、刀身が鈍く光る刃渡り1m以上はあるククリナイフを取り出した。ナイフは内刃部分が湾曲したように少し抉られており、一見使いづらそうな形状だ。‬


「おわッ!」‬


彼女の佇まいからは全く予想外のものが出てきて思わず声を上げる。‬


「やはり驚かせてしまいましたか」‬


エトリは苦笑いをすると、手に持った刀を一旦道端の草むらに預けると、先に取り出した水筒を上下によく揺すり、ねじ込み式になったフタを開ける。‬

「その水筒は?」‬


「脂が道具に付くと切れ味が鈍りますので、それらが付かないように調合した薬品です。洗剤と潤滑油を良いところどりしたようなものですね」‬


腰を下ろし、草むらに置いたククリを再び手に取り、刃に薬品を塗布しながら説明を続ける彼女。‬


「これのおかげで随分とカエシが楽になりました」‬


ヒュン!と余分についた薬品を畑にかからないよう注意を払いながら振り払う。‬


その刃物の扱い方は素人目に見ても、一端の剣士などより手練れていそうだ。‬


「では、始めます」‬


そういうとエトリはベアーの前で跪き、再び両手を絡めて祈りを捧げた。‬


熱心な祈りは1分ほど続き、それが終わって立ち上がると、ククリの切っ先を地面に向けて、ベアーの動脈を狙って、体の節々に刃を滑らしていく。‬


たちまちじわりとベアーの血液が流れ始め地面を赤黒く色づけていく。‬


「お借りしたリアカーを汚すわけにはいきませんので。これでしばらく待ちます。ここが森だと血の匂いに釣られて他の生き物たちが襲ってくる心配があるのですが、大丈夫でしょう。畑の持ち主さんのご厚意で、解体の了解も得ています」‬


「は、はい」


しばらく時間を置くと、死骸の状態を見て頃合いと見計らったのか、腰にまた手を入れたエトリはもう一本ククリナイフを取り出した。


出されたナイフは先ほどの得物と大きさや形などは同じような造りだが、刃先がギザ刃になっている。


「気づきましたか?これはこのように使います」


目を見張って観察していた俺の視線に気づいた彼女は、ナイフを手に持ったそれぞれの腕をクロスさせると、それぞれの刃を互いにハサミのごとく根元から滑らすようにして、同時に薙ぐ。


シュパン!と切れ味鋭そうな高い音がした。


「おお・・・スゴい」


美しさすら感じる刃の滑らかな動きと音に感嘆の声を上げる。


「鋏の原理と似たような感じですね。二つの刃を同時に一点に集中させて引き切るように切断することで、一本の刃を振るうより鋭利に力も要らずに分断できます。大分鍛錬が必要ですが・・・。片方がギザギザになっているのは対象物を逃さないようにする為です」


「なるほどですね。それで、内刃も湾曲していたのか」


「そう、その通りです。湾曲している部分はスキと言いまして、刃先に該当する小刃同士が少し向かい合って隙間なく対象物を同時に切り出すのに必要な形状なんです、見ててください」


エトリはベアーの足に狙いを定めると、腕をクロスさせて先ほどの要領で互いの刃を滑らせた。


シュッパン!!ゴロリ


肉を切れる音は無く、ただ刃物が滑る音だけが響くと、ベアーの片足が綺麗に切断され地面の傾斜に転がった。


「可哀想ですが、この要領で四肢と首を落とします」


当たり前のことだが、何の動揺も躊躇も無く彼女は淡々と切断作業を続けていく。

たちまちベアーは胴と四肢、そして頭の六つの部位に断ち分かれた。

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