回想 2
「ほ〜!イケてるじゃないアンタ、いくつ?」
「おおっ、当たりだわ。てかなんかさっきから何か匂わね?」
念のため、いずれも俺の台詞ではないことを断っておく。
しかし、この厚かましい二人組とたいして変わらず、
(か、かわいい!やべぇ、おでこキレイ!いやかわいい!付き合ってください!)
むしろ頭によぎった台詞は彼らよりアホだったかもしれない。
目深に被ったフードが取り除かれると、ボリュームのある緩めのウェーブがかかったブロンドの髪がこぼれ、反射的に手櫛で散らばった髪を整える仕草を見せたのは美しい顔立ちの女の子だった。
年頃は俺よりほんの少し上だろうか。
パッとみて印象深かったのは、広めの形良い額と憂いた眼差しだ。
長く上向きに巻いたまつ毛を生やし、伏し目がちで思慮深そうな目は綺麗なダークブラウンの虹彩で、その両目の間を通る眉間から鼻尖までの鼻筋は、控え目だが筋の通った小鼻をしている。
口元も鼻に似て小さく、ピンクの下唇がぷくりと張りを持って瑞々しく艶っぽい。
顎の輪郭もシュっと引き締まっており、顔立ちは総じて美しく、引く手も多そうだ。
しかし、色白で透明感のある明るい肌とは対照的に、濃く暗い色彩を持つ外套を身に纏う出で立ちが薄幸そうな印象を与える。
少し憂いを帯びたような下り気味の眉毛が男として守りたくなるような…。
(しかし、おでこカワイイなあ、殴られてもいいから撫でてみたいなぁ)
ツルっとした額が好きな俺が危ない妄想に駆られていると、素顔が露わになった彼女はやがてスイッチが入ったかのように、憂いた表情からにこやかな表情に変貌した。
そして、先程までの消えい入るような小さな声ではなく、ハキハキとした口調で彼らに話かける。
「ふふ、ありがとうございます。では今から害獣のロクショウに出掛けるのですが、共に手伝っていただけますか?」
ロクショウという言葉を聞いた途端、男二人組の顔が青ざめる。
「えっ!?ロクショウだって?」
「ゲェ!ロクショウってあの死骸処理の!?」
俺自身は初めて聞く単語だったが、死骸処理という言葉が出てきたので、どうやらそれに関わる意味合いの言葉らしい。
よっぽど意外な展開だったらしく、男達はたちまち後悔の顔を浮かべる。一人が続けて言う。
「マジかよ!昼間はアンタらうろつかないんじゃなかったの?てか、さっきからするこの匂いってやっぱり…」
「ええ、匂いは死臭をおさえる芳香剤の香りですかね。最近は出来るだけ無臭に近い微香のものが出て便利なのですが、やはり香りますね?貴方にはどちらの香りがしますか?」
ニコリと満面の笑みで答える彼女。
「うわぁ、斡旋所出てきたとたんこれだよ。へんなもん取り憑いてしまったんじゃねえか、オレら」
「勘弁してくれよなぁ、オイ、行こうぜ」
男たちはそれを聞くと、たちまち後ずさりして忌みモノから逃げ出すようにして一目散にその場を離れていった。
後にはポカンと口を開けて間抜け面の俺だけが残る。
「あら、アナタもあの方々のお連れですか?」
今度は俺に気づいた彼女が話しかける。
彼らとの会話で少し苛つきを覚えているのか、言葉こそ穏やかだが口調に有無を言わさぬ迫力がある。
「い、いやいや!あんなアホたちとは全く関係ないですよ!」
慌てて手を振って否定する俺。
「これは失礼しました。では何かご用心かしら?」
彼女からフッと圧が解けたが、何の用事かと問われて焦ってしまう。
「え、ええと。先程からあっちの木陰であなたを見てましてね。いやっ!違うんです!そうなんだけど、そうじゃない!とにかく変な者ではありません」
思いもせず突然始まった会話に頭が混乱する俺。
彼女はそんな慌てる俺を見ると、よほど可笑しかったのか、手を口に当て笑いをこらえて、落ちついて言うように掌を胸元から下に繰り返し降ろす身振りで俺をいさめる。
その茶目っ気がある可愛らしい仕草を見て、不要な緊張が抜けて我に返る。
「ハ、ハハ。すみません。落ちつきました」
俺は赤面しながら改めて自己紹介がてら、これまでのいきさつを正直に彼女に話した。
「すみません。最初はとても失礼な動機でした」
言ってしまって良いのかと悩んだが、最初は彼女を避けて遠くから眺めていたことは紛れもない事実だったので、嘘偽りない思いを伝えた。もちろんおでこのことなどは外したが。
「そういうことだったのですね。確かにこの出で立ちに顔を隠していればそう見えてしまうのでしょう。斡旋所の代表にせよ、先程の男性にせよ、ああいう反応は良くあることなんです」
慣れていることなのか、彼女は何ら抵抗なく俺の言葉を受け入れた。
(しかし、中年女性は斡旋所の代表だったのかよ。随分と幻滅させてくれるな)
「ところで、ロクショウとは何ですか?俺は田舎から出てきた者なので都会の言葉は知らんのです」
ついでに気になっていた単語についても訊いてみる。
ロクショウと言った途端、一瞬彼女の表情が固まったような気がしたが、すぐに問いかけに答えた。
「そうでしたか。ロクショウというのは、魔物などの死骸を処理するお仕事のことをいいます。わたしたちそれに従事している者は還し(カエシ)と呼んでいます。ロクショウという言い方は皮肉を含みますので、あまり好みません」
「あ、知らずにすみません!」
「いえいえ、お気になさらず」
カエシ…。さきほど男二人組に敢えてロクショウという言葉を使ったのは、強い拒絶感を含めていたのだろう。
「あの、これからカエシのお仕事なんですか?」
「ええ、そうです。人が生活するこの近辺でツキマベアの死骸が見つかったようで、急ぎの依頼がありましたので」
「いつもお一人でやっているんですか?」
「いいえ。内容によります。今回はわたし一人で間に合いそうでしたので」
「あの!もし良ければですが、ご一緒させて貰えませんか?」
いま振り返ってみても、どうしてこの時、この言葉が出てきたのか俺自身判らない。
多分、これから頼りにするはずであった斡旋所の態度を見て幻滅したことが一因だった気もするし、周りから距離を置かれる美しい彼女の仕事が一体どんなものなのか知りたいと思う下心が理由だった気もする。
今度は目を丸くしたのは彼女のほうだった。
「えっ?どういうことでしょう?」
よっぽど予想外の事だったらしく、俺のお願いを理解していない様子だ。
「いや、そのままの意味で…。カエシを手伝わせて貰えないかなって。役に立つか判りませんが。俺、ここで職業の斡旋をしてもらおうとしたんですが、どうやら気が変わっちまったみたいで」
嫌なら、いいんです。
そう付け加えて、上目遣いに彼女を見る。
「そうですか、意外でした。そんなことを言ってこられる方は初めてだったもので…ええ」
何故か顔を赤らめ、唇に手を当てながら俺から目を逸らしながら彼女は答えた。
「じゃあ、お願いします。俺の名前は、コゥスケ・ムジといいます」
「あ、コゥスケさん。良いお名前ですね。わたしはエトリ・ヤマノイと申します」
これが俺とエトリさんとの最初の出会いであり、今後共に歩むこととなるロクショウという生業を知った初めての日だった。