回想 1
「あれが斡旋所か」
ヴィアルミ地方特産の含鉄土石を使用した、明るいエンジ色の屋根と、赤レンガを白の目地材で積み上げた赤色系を基調とする派手な斡旋所が遠目に見え始めた。
斡旋所は周辺の建物とは一線を画した色合いと、魔物などの害獣駆除や、賞金首付きの賊などの犯罪者、懸賞金が掛かった行方不明者の捜索など、請負人の身の保証が怪しい血生臭い仕事を多く斡旋することから、レッドワーク・プレイスメント、通称「レップレ」と呼ばれている。
故郷の田舎町から遥々徒歩にて往くこと丸二日。
俺はクタクタになった足をなんとか前へ引きづりながら、カンザスシティの斡旋所近くに到着した。
「よおし!今日が俺の記念すべき新たな人生の門出だ」
パーン!と右拳を左掌に打ちつけ、感情を高ぶらせてくれる赤の建物へと歩みを進める。
先月成人を迎えた俺、コゥスケ・ムジは変わり映えしない日々と、決まりきった仕事の生活に嫌気がさして、一年前から計画してクソ田舎を飛び出してきたんだ。
しかし、見知らぬ土地で誰からの信用も保証もない小僧の俺がそう簡単に住む場所も安定した仕事も確保できるはずもなく、例え甘い話しがあったとしても、足元を見られてクソを掴まされるのは目に見えている。
一応、多少の身銭は持ち合わせてきたが、何もせずに何ヶ月も凌げるほどの額はない。
かといってこのままダラダラ過ごすとジリ貧なので、多少の危険に身を置くことは承知の上で、手っ取り早く、日払いで稼げる仕事もあり、未知の新鮮な仕事が出来るという一挙両得の斡旋所を目指してやってきたわけだ。
(おや?)
目指す斡旋所の入り口付近に目をやると、扉横の壁に背を向けて、緑の外套を羽織った白い肌が印象的な女性が立っていた。
女性は外套についたフードを目深に被り、顔を伏せ気味にして動くことなく、甲冑人形のようにただじっとしている。
(…のっけからなんだか嫌なカンジだな)
女性になんら落ち度は無いのだが、表情が隠れ、全く動かない様子が、生気を感じさせず、辛気臭いというか不吉な印象を受ける。
まるでこれからの未来を暗示しているようで、気まりが悪いと思った俺は、そこに佇む彼女が離れてから斡旋所に入ることにした。
「よいしょ、と」
ふと我に帰れば、休憩もおろそかにして気持ちばかりが先に行き、ぶっ続けで移動していたので、疲れが蓄積していた体を癒すため、沿道にある広葉樹の木陰に腰を下ろす。
ここに着くまでに配分していた水筒の残りを一気にグイと天を仰ぐように飲み干して顔を元の位置に戻すと、いつの間にやら女性から少し離れた扉の真ん前に、黄色エプロンを付けた中年の女性が立っていた。
「ほら、これを受け取ってとっとと片付けてきておくれ」
中年の女性はよく通る声でそう言うと、手に持った口紐付きの麻袋を前に差し出すと、直接手渡しせずに少し屈んで地面に置く。
ドスッ、ジャラリ!
中身は銅貨だか銀貨だか判らないが、硬貨が擦りあったような音がこちらまで聞こえた。
ボソボソと女性が何かを言い、頭を下げる。
中年の女性はそんな彼女には関心を示さず、すぐに踵を返して入り口まで早歩きすると、地面に添えられた盛り塩に手を撫でて建物の中へ入って行ってしまった。
(あいつ!なんつう失礼なヤツだよ!!)
自分とは全く関係ない出来事だったが、忌み者のように対応する中年女性の挙動を見ると思わずムカムカと腹が立ってきた。
代わりに文句の一つでも言ってやろうと、勢いづいて建物の方へ向かい始めると今度は扉から中年女性と入れ替わるようにしてテンガロンハットを被った賞金稼ぎらしき風貌の男二人組が扉から出てきた。
二人組の男は、外套の女性が地面に置かれた麻袋を拾い上げる様子と硬貨の擦れた音に目ざとく反応し、二人してニィと卑下た笑みをこぼして見つめ合うと、それを互いの合図にして女性に近づいていった。
「お、アンタ随分と報酬もらってそうじゃん〜!ソロでやってんの?」
「何ならうちらを雇ってくれないかなぁ。お安くしとくよ〜」
明らかに軟派な態度を取る二人組は、粘着しそうな鬱陶しい言葉に乗せるようにして女性を逃させないように左右で挟み込んで訊く。
「いえ…」
男二人に威圧的な態度を取られて身を縮める女性は顔をさらに伏せて小さな声でボソリと答えた。
「なになに?聞こえないよ。そうだ!フードとっちゃおう」
わざとらしく耳に手を当てて片方の男がそういうと、腰の鞘に収まった刺突剣の柄を彼女のフードに潜らせて被せを取り除いた。
「あ!」
さすがに外套の女性も男の無礼な態度に少し大きな声で驚きの反応を示す。
(なんつー失礼なヤツらだ!!さっきの中年女性といいこの町はそんな輩ばかりなのか!?くそっ)
つまらんことはやめろと、止めに入ろうとして近づいていくと、パラリとフードがはだけて外套の女性の素顔が見えた。