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カエシビト  作者: 居留守五段
2/10

翼竜(ワイバーン)

「こりゃあ、ひでぇ」


先行して翼竜ワイバーンの死骸に近づいたベテラン解体人のモトイが一早く異変を察知する。


彼は死骸を一通り眺めると、しかめっつらをして膝を軽く曲げ、目出し帽で鼻筋を覆った。


はなから分けることは難しそうですか?」


リーダーのエトリがそう問いながらモトイの背後に近寄り、肩越しから覗き込むようにして翼竜(ワイバーン)を眺める。


問われたモトイは腰に収まっていた刃渡り1mにも及ぶ解体用ククリナイフを抜き出すと、切っ先を剥き出しになった有毒の肝臓と思しき箇所へブヨブヨと押し当てながら答える。


「無理だね。随分と腐敗が進んでらぁ。先ずは臓モノをある程度腑分けしてからだな。血抜きは動脈斬られてカラカラになってっから必要ねぇわ」


彼らのやりとりを見て、新人の俺は興味半分、恐ろしさ半分で翼竜ワイバーンの死骸に近寄る。


(うげ、これはキツイ…)


見ると、喉元は深く斬られ、頸椎はあらぬ方向へ曲がり、翼の飛膜ひまくはあちこちが破れ、翼手から指骨にかけては数カ所が分節骨折している。


この時点ですでに目を背けたくなるが、怖いものみたさというものは厄介なもので、これ以上細かく見ては後悔するぞと判っていても、俺の視線は意に反して死骸を観察をし続けた。


死骸は暫く放置されていた為か、死した直後の状態からかなり変化をしているようだ。


まず、皮下組織まで破れて白い脂肪が剥き出しになった箇所には無数の蛆がたかり、体を不気味に波打たせている。


脛や腿肉の一部は何かの野生動物によって下品に食い荒らされており、一方、可食部と見なされず水分を失って干からびかけた腸はダランと体外へ放り出されている。


そして、何より体中の血が抜けてしまったせいか、上腹から下腹にかけて本来ふくよかな丸みを持った部位は、みすぼらしく痩せてしまっていた。


天上の雄とも呼ばれる翼竜ワイバーンの尊厳を蹂躙するかのような凄惨な有様だ。


(オマケにこの臭い!)


距離をほんの少しつめる毎に腐敗臭が比例して強くなってゆき、鼻がゆがむ。


何とも形容しがたい腐った臭いは、あえて喩えると肉や果実の生ゴミを密封した容器で何日も放置し、液体化したものが放つ臭い成分を、蒸留して集めたような感じだ。


堪えきれなくなり、口呼吸だけでなんとかやり過ごそうとするが、粘度を持って形を纏ったような刺激臭は口から喉を伝って鼻を刺激して、たちまち体に拒否反応をきたす。


昼に食った内容物が一気に汲み上げポンプのように胃から喉元までせり上がった。


(うぷ!い、いかん!)


エトリさんの前で吐くことだけは出来ない!

そう思い、なんとか必死に内容物を飲み込んでやり過ごす。


ゴクリ!


(ふぅ、はぁ…、堪らん)


舌の根元にまでせり上がった胃液から嫌な酸味がして不快極まりない。


そんなド素人丸出しの俺の局面など知らずして、二人はやりとりを続ける。


「ホント、必要以上にやられていますね。体こそ大きいけれど、この鉤爪の大きさだと未だ年端もいかないコでしょうに」


可哀そうに、と最後の方は声を震わせながら、エトリはモトイの隣で膝まづき祈りの仕草をすると、目を潤ませ顔を伏せた。


「とはいっても、感傷に浸ってる暇はねえ。さっきの小間切れになっていたスライムどもと同じだな。あらかた新しく手に入った武器の試し斬りでもしていたんだろうよ。一応聞くが、ユラ!全部凍らせちまえないよな?」


「ここまでのはムーリー!」


ユラと呼ばれたおかっぱ頭に大きなリボンを付けた少女が、乗り込んでいた台車の荷台からすくっと立ち上がり、大きく腕を×(バツ)に交差させて答える。


「…だよな」


モトイは頭頂部を帽子の上からガリガリと掻くと、胸ポケットから燐寸マッチと煙草の箱を取り出す。


「臭いは我慢するしかねえな。消臭剤ニオイけしは腐肉を除かねえと効果ないだろうよ。…しゃあねえ!先ずは撮影からだ。ロッドテープ2つにスタッフに、それにピンポールにプラハサミ2つにドラム、ちぃタバコが切れちまった!あと、台車にある俺の腰袋からタバコ!!」


「だってさ新人クン。準備できたら言ってネ~!看板と写真機は用意するからね~。はいタバコっ」


ユラは荷台に積まれた腰袋に手を突っ込み、中から煙草の箱を取り出すと、その箱にルーン文字を指先でなぞり、短く詠唱する。さらにトントンと中指で表面を小突くと、箱は眠りから目覚めたかのように慌ててふわりと彼女の目線の高さまで浮かび上がった。


そして彼女は片目をつむり、モトイに狙いを定めると、ピシ!と箱を指で弾く。


弾かれた煙草の箱は水平にくるくると回転しながら、すいーっと氷の上を滑っていくようにして注文主のモトイへと届けられる。


「オイ、それだけかよ!もうちっとは働け!バカリボン!」


モトイは手元まで飛んできた箱をパシっとはたき落とすようにして掴み取ると、口汚く言う。


「エー?アタシここまで台車引く為の筋力Upストレングスアップの魔法をアンタ達にかけてシンドイのよ~。それに道具の準備は新人クンにやらせないといけないっしょ、仕事覚えないっしょ」


言われた彼女は全く気にする様子もなく、今度は鼻歌交じりに工事用黒板に白墨チョークでカツカツと筆を走らせながら答えた。


黒板には角ばった書体でこう記された。


作業名 翼竜解体作業

場所  リマリオシティ大字○○ 字□□(山)145番

作業日 589年4月3日

施工者 ビオ清掃

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