7『フェルマータの瞳』
先の爆音の音源はやはりマシンの出現によるものであった。
巨大な顎を持ち、頑丈そうな装甲を持つ個体。さながらカミツキガメとワニのキメラのようだ。
「かなり大きい……ッ! 全員、戦闘態勢怠らないでッ!」
「了解ッ!」
「「「固有顕装、顕現開始ッ!!」」」
阿良節の号令で夏々莉らは自らの武器を顕現させ構える。
夏々莉は盾を、槍史は刀身の長い槍を。
塔真は天高くそびえ立つ巨大な塔を顕現させた。同時に岩壁を塔の側面から、建物の盾になるように出現させた。
「彼方君はこれを!」
阿良節は彼方に向け何かを投擲し、間一髪で受け取ることに成功する。
以前握ったことのある特殊拳銃であった。これであれば使い勝手が分かる。
「今のところ反応はこの一体のみ……だけど通常個体5体分に匹敵する大きさ。間違いなく桁違いの出力で向かってくるわ、気をつけて!」
そう告げ阿良節は腰のホルダーからもう一丁の特殊拳銃を取り出す。
「どっかの大魔王みたいな面してやがるなァ」
「なら奴の攻略法はマグマに突き落とすことだな」
「そんな都合良く溶岩なんてありゃしねーよ」
槍史と塔真は軽口を叩き合い、それぞれ一歩前と一歩後ろに動く。
「夏々莉ちゃんと香波ちゃん、そんで少年! ヤロウの頭めがけて一発撃ち込んでやれ!」
大振りの槍を振り回し、槍史は腰を深く下げマシンと対峙する。
「それで出来た隙に俺が突っ込むッ!」
「分かった! 夏々莉、彼方君。私の合図で奴の頭を狙って狙撃して!」
「了解ッ!」「り、了解!」
そのセリフと同時に拳銃を構える。
威圧感を放つマシンは槍史と向かい合う。互いに一歩も譲らない睨み合いを続けていく。
両者の視線が、ふと外れた。
槍史が空高く飛び上がったのだ。
「――――――ファイアッ!!」
それが合図だと汲み取り、声高に号令を上げる阿良節。彼方と夏々莉も遅れずに引き金を引いた。
三つ首の銃口から放たれた翠の弾丸は、巨大なマシンの頭部に直撃し爆音を鳴らした。
手応えはあった。
敵は確かによろめき、その隙を槍史は見逃さなかった。
「良くやったぜブラザーッ!後は任せなぁッ!」
上空から聞こえてきた声は高らかで、長身の刃を持つ槍を振り回す男のものだった。
空中で器用に姿勢を変え、槍を投擲する姿勢に入る。
「切っ先開け、『貫くもの』の神槍の名に賭けてッ!」
稲妻が走るその槍を見て、彼方はある神話を思い出した。
とある太陽神が持つ、勝利をもたらす一本の神槍。
槍史が持つ刃は、紛うことなくそれであった。
「――――――ブリューナク、風穴開けんぜッ!!」
風を切り空を裂き、重力に従って槍は一直線に加速していく。
マシンが視界にそれを捉えた瞬間。
鋼鉄の巨体は貫かれ、真っ二つに引き裂かれた。
「す、すごい……!」
「へへっ、どんなもんだーい!」
思わず漏れた彼方の感嘆に、槍史は歯を見せ笑いながら親指を立てる。
敵を貫いた槍を手元に再出現させ、もう一撃を繰り出そうとすると。
「……ッ! 駄目ッ! みんな構えてッ!」
夏々莉の声に反応して一同は武器を構えたが、それよりも早く事態は一転した。
破壊したはずのマシンの体内から小型のマシンが大量に出現してきたのだ。
「おいおい、あいつはつまるところ空母役だったってことかよ!」
槍史は慌てて槍を振りかぶるも数が多すぎて捌ききれない。
「不味いわね……、塔真君! 私達全員を壁で包囲して! 外に出さないようにして中で叩くッ!」
阿良節の指示と同時に彼方らの周囲を壁が覆い始めた。瞬く間にそれは数メートルの高さに達し、脱出路の塞がれた鳥籠と化す。
しかしマシンは次々に現れ、既にあたり一面を埋め尽くしていた。
「外に逃さないようにって言っても、これじゃあ埒が明かないじゃないか……ッ!」
溢れ出たマシンを全員で対処するが、明らかに倒下数より増える数が上回っていた。
外に被害を及ばさないためにやった策が裏目に出ているのでは、と彼方は不安に駆られる。
(どうする……!? いや、今こそ零と無限の管轄を使う時じゃないかッ!)
この身に宿る力。現状の逆転をもたらす力。
行使するのは、きっと今だ。
しかし。
「なん、で……出ないんだ……ッ!?」
振るう意志と決意はあったが、何故かそれは答えてはくれなかった。
拳銃の出力が弱まって来ている。先程からマシンを倒すために必要な弾数が増えてきているのだ。
このままでは力尽きる。
(やばい……!)
「彼方君ッ!」
声が響く。
「トリガーは、『感情』だッ!」
(感情……?)
カチッと音がした。引き金を空かした音だった。
弾が切れた。
マシンはそれを見逃さず彼方へ一直線に向かってくる。
「新藤君ッ!」
彼方は拳銃を刀に変形させる。出現した刃は細く、今にも砕けそうであった。
「思いの丈は理想なんかで終わらせちゃいけないッ! 彼方君の思い描くもの全て、現実にしてみせてッ!!」
襲いかかる敵は凶悪で、一日ちょっとですぐに慣れるものではなかった。
冷や汗はかく。手も震える。
今にも逃げ出したい気分だ。
それでも彼方は、刃を構えた。
冷静に心を落ち着かせ、あの時の記憶を蘇らせる。
初めて零と無限の管轄を行使した時のことを。
そして。
「――――――統制ッ!」
その一言で、鳥籠の時が止まった。
直後、漆黒の巨大な竜巻が発生した。
あまりの勢いに塔真の立てた壁が吹き飛びそうになる。
「これは……ッ!?」
外側から更に壁を出現させて支えることで難なく耐えることができた。
今の現象は何なのだ。一体中で何が起きている。
しかし塔真から封鎖された鳥籠の中は見ることができなかった。
護る。
ただそれだけを強く思った。
不可思議な力はそれに答えてくれた。
「……マシンの反応消失。みんな、お疲れ様」
阿良節が戦闘終了を告げ、全身の脱力感に襲われる彼方。
(つ、疲れた……)
大きくため息をついたその時だった。
「……ッ! おい! 夏々莉ちゃん! しっかりしろッ!」
とてつもなく嫌な声が聞こえてきた。
振り返りたくない。見たくない。
しかし気づいた時には体がそちらを向いていた。
左腕を血糊で染め、うなだれる夏々莉が視界に入ってきた。
「…………え?」
マシンは全て蹴散らしたはずだ。
なのに何故彼女が傷付いている?
いくら数が多いと言えど、彼女が自分一人で戦ってそう簡単に負けるとは思えなかった。
彼女は自分を守りながら多数のマシンの軍勢を切り抜けたのだ。
なら、何故?
(もしかして、)
彼方は予想した。想像した。
零と無限の管轄を行使する瞬間、彼女の声が聞こえてきた。
その時彼女は健在だったはずだ。
ならばその後。
彼方が零と無限の管轄を行使した瞬間。
多くの敵は竜巻に触れて霧散していった。
しかし風圧に押し負け飛ばされていった個体もいた。
それにぶつかり、彼女は怪我を負った?
(それしか考えられない……ッ!)
「お前のせいだ」
「ッ!!」
どす黒い声が、確かに聞こえた。
耳からでなく、直接頭に響いたような声だった。
(俺の……せい……?)
「お前のせいだ」
その声が響くたび、まるで彼方の心は荒んでいくようだった。
心なしか、視界も暗くなっていく気がする。
「お前のせいだ」
声は、無限に響く。
「お前のせいだ」
「お前のせいだ」
「お前のせいだ」
「お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ」
「お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ」
「うああああああああああああああッ!!!!」
絶叫と共に、鳥籠が崩壊した。
先程よりも遥かに強力な嵐が現れたのだ。
「まさか、あの少年か……ッ!?」
塔真は再び壁を出現させ、更に何重にも重ねることで強固なバリケードを形成する。
しかし内側の壁はすぐに抹消され、新たに外から抑えつけることで精一杯であった。
「オウオウオウッ! めっちゃパワフルなボーイだねこれはッ!」
塔真の後ろからラケルツ=ニューウェイが叫んでいた。
先の戦闘時には喫茶店奥に避難していたようだが、騒ぎを聞いて外に出てきたのだろうか。
「ラケルツさん! 非戦闘員のあなたは避難してくれと言ったはずだ!」
「ちょいと外が騒がしくて気になってな! それよか、余所見してる場合じゃネーゼ!」
「ホントに、全くだッ!」
内情が分からない自分には、被害を食い止めることが唯一出来る仕事だ。
中に残った仲間に事態を解決してもらうしかない。
(たまにはお前も面倒事を引き受けてくれよ、槍史……ッ!)
彼の役割もまた、ひたすらに『護る』ことであった。
粒子の吹雪に曝されながらも、なんとか槍史と合流を果たした阿良節。
夏々莉の怪我は幸いにも酷くは無さそうだ。
血塗れになりながらもしっかりと動いてはいる。
「暴走、してるのね……」
「説明書を渡しとくべきだったな」
「間違いないね……」
彼方の体力が切れるのを待つか。
それとも別の策を講じるか。
「理屈はよく分からんが、俺の固有顕装はこの吹雪の中じゃ使えなかった。そもそもこいつはマシン相手じゃなきゃ本領発揮しねーけど、今の状況じゃ出してもすぐに消えちまう」
「……零と無限の管轄はS粒子を自在に操る力だから、増幅させるのも消滅させるのも自由自在なんだ。ただ今は消滅させる方に振り切っているんだろう」
我々の武器は役に立たないね、と阿良節はぼやく。
さてどうしたものか、と考えを張り巡らせていると。
「……私が、行きます」
槍史に支えられている夏々莉が起き上がった。
「夏々莉ちゃん!? 駄目だってこんな怪我してるんだから!」
「怪我なら平気です。大して痛くもありません。それよりも新藤君を助けてあげないと……。きっと私が傷付いたから、彼は酷く嘆いてるんです」
「……行けるの?」
阿良節の問に、夏々莉は強く頷く。
「それじゃ、お願い。あの子を慰めてあげて」
「そういうの得意です。任せてください」
夏々莉は優しく微笑むと、腕を押さえながら立ち上がった。
そして嵐の中を一歩ずつ、彼方へ向かって歩いていく。
「神様、どうか私に力を……ッ!」
彼女の右目に光が灯り、瞳の形が変貌してゆく。
ルーン文字に似た模様が刻まれ、水晶のような蒼色に染まった。
暗闇の旋風の中、彼女の右目の灯火が輝き道のりを照らし出す。
槍史達も吹き飛ばされそうな風圧を物ともせず、夏々莉は彼方に向かって歩み寄っていく。
一歩ずつ、一歩ずつ。
そうして苦しみ叫ぶ少年の目前に辿り着いた。
「うあああああああッ! あ、あぁああッ!!」
「新藤君……。君は優し過ぎるから、きっとこんなにも苦しんでいるんでしょ?」
夏々莉は彼方に両手を差し伸べ、彼の体を優しく抱きしめた。
「君のおかけでみんなが助かったよ。だから、安心しておやすみ」
夏々莉の瞳の光が増幅し、彼方を包み込むほどにまで広がる。
「私は君に救われたんだよ」
嵐の最中にいる二人を包んでもなお広がり続け、塔真が支える壁をも覆いかぶさった。
「――――――フェルマータ・オルクス−デルタカソード」
その言葉を発した直後、漆黒の吹雪は跡形もなく消え去った。
彼方はそのまま意識を失い、夏々莉は彼を支えながら地べたに座り込んた。
お互いに力は使い果たしたのだろう。
「夏々莉ー! 良くやったねッ!」
後ろから阿良節と槍史が駆けつけてきた。
「いやぁ、ほんといつ見ても摩訶不思議な力だなこいつぁ。完璧オカルトパワーだぜ」
「まぁ彼女の家に伝わる魔眼の力ですもの。科学じゃ当面解明できないでしょうね」
夏々莉は振り返り、二人の顔を見ようとする。
しかし彼女にもそれ程の力は残っていなかった。
「阿良節さん、槍史さん……私、やりました……よ……」
それだけ告げると、夏々莉は彼方にもたれ掛かり気を失ってしまった。
「んふふふふ……」
阿良節達が彼方達を搬送し、事後処理を行っている最中。
遥か彼方から、一部始終を目撃していたものがいた。
「見、つ、け、た」
その瞳の黒さは、今まで犯した罪で染まっていたに違いない。
邪悪が、動く。