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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小阪暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
7/23

6『決断』

 「JOKER(ジョーカー)、とは」


 「なんなんです? 私そこまでは聞いてない」



 彼方の言葉を気の抜けた声で夏々莉が遮る。



 「まぁ名前は適当だよ」


 阿良節は先程の店員にコーヒーの注文をして話を続ける。


 「準備は着々と進めてきたおかげでいつでも実行可能な状況にはなっているんだ。あとはアイツを炙り出しそれを迎え撃つだけ」


 「遠回しな言い方すぎて分からない〜、もっと分かりやすく言ってください! 中学生でも分かるよーにッ!」



 「もしかして」


 言葉を発したのは彼方だ。


 「黒詰鞠徒(くろつみまりと)という男ですか」



 阿良節は目を細める。



 「彼方君、面識があったのか」


 「えぇ。病院に診察に行ったときに」



 参ったな、と阿良節はつぶやく。



 「全て簡潔に話そう。夏々莉にはまたちゃんと説明するから茶々入れないでよ〜?」


 「入れませんってば〜。静かにしてますぅ……」


 良い子だ、といい阿良節は彼方に振り返る。



 「以前君に話したマシンの根源……いや、先にあの話をしよう」


 すると阿良節は小さな瓶を取り出した。


 中には美しく煌めく粒子が漂っている。


 「(セレヴィオ)粒子。遥が開発した人工粒子さ」


 「……それもあの人が言っていた」



 阿良節の浮かべる表情は少しずつ曇っていく。



 「S粒子は人間の脳波と共鳴しそのイメージを現界させる特性を持つ。マシンと我々の武装もその例に含まれるね。だがそれ以前にこのS粒子ってやつは、人間の脳波を感知、要は人に近づくだけで共鳴を起こし膨張と増幅を始めるんだ」


 「その瓶も中身も、ですか?」


 「もちろん」


 例外に漏れずね、と阿良節は付け足す。


 「S粒子は大きく9つの種類に分類できるんだけど、覚えてもらいたいのは2つ。マシンが持つS-O4(セレヴィオフィーア)と我々が持つS-O9(セレヴィオナイン)


 「違いは、なんなんです」


 「壊す力と創る力だ」


 間髪入れず答えが帰ってきた。


 なるほど、破壊を繰り広げる怪物に敵対するための力は創造であるかと彼方は一人で納得していた。



 「マシンの侵食効果も元はS-O4の性質なのさ。S-O9はS粒子自体の性質をより色濃く受けたもので、この2つがぶつかり合うと相殺し合い消滅するんだ。だからマシンを倒すにはS-O9の力が不可欠なの。重火器だと効き目が薄すぎて無駄が増えるからね」


 先程頼んでいたコーヒーを店員の一人が運んできた。


 槍史と呼ばれていた男とまた別の人物だった。

 

 「阿良節さん、お待たせした。グリーンマウンテンだ」


 「ありがとう、塔真君」


 運ばれてきたコーヒーを一口含むと阿良節は思い出したように、


 「そういえば紹介してなかったね。私の信頼するSEEKERの仲間たち」


 「そうだな。紹介が遅れてすまない。俺の名前は空壁塔真(そらかべとうま)。一応SEEKER(シーカー)の戦闘部隊の部隊長を努めている」


 「あ、丁寧にどうも……。新藤彼方です。」


 慌てて彼方もお辞儀をする。


 空壁塔真と名乗った男はカウンターの方を指さした。


 「あっちの若い奴が矢原槍史(やはらそうし)。あいつも部隊長で……まぁ、腐れ縁ってやつだ。そしてもう一人の外国人がラケルツ=ニューウェイ。SEEKERの武装とか機器のメンテナンスやらをやってくれるエンジニアだ」


 どうも〜、とカウンターの奥から二人が手を振る。


 二人共人が良さそうだ、と彼方は感じた。


 「俺たち3人は趣味でこの喫茶店をやってるんだが、基本SEEKERに関わりがある人間しか来ない場所だ。気が向いたらプライベートでも是非来てくれ」


 「もちろんです!ここのパンケーキほんとに美味しんだからぁッ!」

 

 阿良節に釘を刺されていた夏々莉がようやく口を開いた。


 思わず苦笑いを浮かべる阿良節と彼方。


 「っと。話の腰を折ってすまない。俺たちは気にせずに続けてくれ」


 そういうと塔真も席を離れていった。


 「紹介の手間が省けたね……それじゃ、本題に戻ろうか」


 もう一口だけコーヒーを飲むと、阿良節はカップを置き視線を戻す。


 同時に先程の小瓶を取り出した。


 「この瓶の中身のS粒子は試験用だ。そもそもS粒子は気体を伝って脳波を読み取るから本来ならこのままだとただの粒子なんだけど、こいつは中でも強力な共鳴を示すものでさ」


 「ねぇ新藤君、四足歩行で細くて首に鈴を付けてそうな動物って何だと思う?」


 夏々莉が身を乗り出して彼方に問を投げる。


 微妙に分かりづらいヒントを元に考えつつ、捻り出した答えを言おうとすると。


 「そっかぁ猫だと思うんだね!まぁそうなんだけど!」


 「えッ!? まだ言ってないのに」


 そこまで口走ると彼方は阿良節の持つ小瓶を見て驚く。


 輪郭がはっきりはしていなかったが、そこには彼方が脳内で思い浮かべた猫の姿があったのだ。


 「この瓶の中身は思考を巡らせる人間の脳波に強く反応する。早い話が頭の中を覗くことができる代物ってことさ」


 「なんかそれは、ちょっと物議を醸しそうな感じですね……」


 「取り扱いには十分注意してるし、そもそも実験の最中に生まれた副産物だからね。一部の人間の許可の元で私しか所有してないよ」


 そして阿良節は瓶を机の上に押し付けるように置いた。



 「黒詰鞠徒の脳内には彼に従うマシンが大量に存在した。磔にされて惨殺された私達の姿も。この瓶の粒子が今までに無いほどはっきりとしたビジョンを映し出していたんだ」



 「…………ッ」



 恐怖を隠しきれない表情を浮かべる一同。先程まで陽気な雰囲気だった夏々莉も顔が青ざめていた。

 


 「もしかしたら長く続くマシンとの戦いで精神がおかしくなった末にそんな妄想をしていただけなのかもしれない。だがあの男は我々しか知り得ない情報を持っていた」


 「零と無限の管轄(オルターネイション)、ですか?」


 そのとおり、と阿良節は言う。


 「この場にいる人間にしか共有していない情報だ。口外した場合はすぐに申し出る約束だけど、もちろん誰も外で話してはいない」


 「あの〜、私病室で彼方君とちょっと喋ってたんですけど、もしかしてそれを聞かれてたとか……」


 恐る恐る発言する夏々莉に阿良節は優しく否定する。


 「もし機密情報を耳にしたのなら私のところに尋ねてくるはずだ。私と彼ではデータベースの閲覧権限が同等なのだから、夏々莉の面倒を見ている私を問いただすのが筋だろう。にも関わらず彼方君に直接コンタクトを取りに来た。そうだね?」


 彼方はゆっくりと首を振る。


 できればあの時のことは思い出したくない。


 「もう一つ、根拠付ける証拠があった。黒詰はデータベースで遥の行っていた実験のデータと、彼女自身、そして彼方君。君のことも執拗に調べていた形跡があった」


 全身の毛が鳥肌になったような嫌悪感に襲われる彼方。


 心配そうな夏々莉に問題無いと伝え、阿良節に話を続けるよう促す。


 「私も見てみたんだけど、何重にも隠しファイルを重ねた最下位層のディレクトリに、これまた何重にもロックのかけられたファイルがあってさ……。ここに零と無限の管轄のことが書いてたんだ。私も全く知らなかったよ……」


 「黒詰って人はパソコンやプログラムにも精通してるんです?」


 「らしいね。今までそんな素振りも見せなかったのに……。ただ、一つ考えられることがあるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 「……きっと、零と無限の管轄のことを知ってマシンを操る力を手に入れようとしているんだと思います、私。そのピースがハマってしまった瞬間、私達はきっと終わります。滅びの力が支配を始めたら明日は死んでしまう……私達の守るものも、守りたいものだって……ッ!」


 「木舘さん……」



 共にマシンと戦った時。彼女の辛そうな顔を見るのは2度目だった。


 阿良節はそっと夏々莉の手を握る。それで彼女の表情は少し和らいでいた。



 「苦しい?」


 「当たり前ですよ……でも、大丈夫です。食いしばれます」


 良い子だ、と言うと阿良節は夏々莉の頭を撫でた。



 「彼方君。我々は君の選択肢を奪うような情報を提示し続けた。だが決断するのは君の意志だ。我々はそれを否定しないし、断ったとしても君を一市民としてこれからも命を賭して守り続けよう」



 

 「俺は……」


 

 言葉が出なかったが、天秤の傾きは偏っていた。


 


 絶望は乗り越えられることを、彼方は目の前の少女と、目の前の女性にそっくりな姉から教わっていた。




 「俺は――――――」



 言葉は最後まで発せられなかった。


 店の外から轟音が鳴り響いたのだ。



 少しの地響きと共に砂煙が立ち込める。



 

 けたたましい金属音と甲高い絶叫が、遅れて聞こえてきた。




 「まさか……ッ!」


 彼方が窓の外に釘付けになっているうちに、店内にいた全員が即座に店を飛び出した。


 それを見て慌てて彼方も後を追いかける。



 「彼方君はラケルツさんと一緒に避難を!」


 阿良節の声に一瞬足を留めるも、それを振り切り彼方は走る。


 「俺は、行きますよ……ッ!」


 恐怖に歪む幼い顔を見て、彼の決心を阿良節は否定しなかった。


 「……分かった。でも無茶だけはしないで」




 テーブルに残された紅茶は、照らす陽射しのせいか酷く赤に見えた。

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