3『再会』
新藤彼方が目を覚ましたのは真っ白な部屋だった。
パーテーションで仕切られたベッドの上で横たわっているようだ。
「……ん?」
一体何があったのだろうか。記憶があやふや過ぎて整理がつかない。
とりあえず起き上がり外に出ようとするも、
「あいだだだだだだ‼︎」
全身を襲う激痛により布団の上に戻された。
「はぁ〜……今何時だろ」
スマートフォンで時間を確認しようとポケットに手を突っ込むも、いつもの定位置に携帯端末は存在しなかった。
そういえば、と記憶をゆっくりと紐解いていく。
「……木舘さんはッ⁉︎」
今度は激痛を歯を食いしばりながら堪えて上半身だけ起き上がる。
思い出した。自分達はマシンに遭遇して襲われ、クラスメイトの少女と協力して逃走していたのだった。彼女が力尽きそうになっていたところまでは覚えているのだが……。
「てことはここは……病院か」
ベッドから降りる力は残っていなさそうだと全身から発せられる痛みのサインから悟り、自分なりに状況整理を行う彼方。
たまたま見えた壁掛け時計によると、現在の時刻は午後8時過ぎ。
パーテーションをめくって確認するも他のベッドが見当たらず、どうやら自分は個室に運び込まれているようである。
体に目立った怪我はないものの、あちこちに擦り傷や切り傷があるようで至るところに絆創膏が貼られていた。
しかしこの全身を襲う激痛は何なのだ。
彼の思考は一言で遮られた。
「調子はどうかしら? 新藤彼方君」
ドクンッ、と大きな鼓動が胸を打った。
先程聞こえた女性の声。パーテーションの外に見えてきたシルエット。
全て見覚えがあった。聞き覚えのある声だった。
4年前に死んだはずの少女と同じものであった。
「なッ…………!」
そしてパーテーションが開かれ、声の主が姿を表す。
「初めまして。私の名前は阿良節香波。マシン対策本部『SEEKER』のお偉いさんです」
阿良節香波と名乗った女性。
自分より数歳年上に見える彼女は、紛うことなく死んだはずの姉と同じ姿をしていた。
「遥…………姉…………ッ⁉︎」
「遥じゃないよ」
阿良節と名乗る女性は口元に人差し指を立てそう呟いた。
「もう一度だけ言いましょう。私の名前は阿良節香波。マシン対策本部『SEEKER』の幹部の一人で戦術部主任。まぁ、さっきも言ったけど早い話がお偉いさんね」
彼方のベッドをゆっくりと回りながら阿良節は話を進める。
「そして君の名前は新藤彼方。死んだ新藤遥の4歳年下の弟君。国立蜂逢高校2年1組、父と母の3人暮らし、それと負けず嫌いで走るのが苦手」
「…………」
「否定する割には詳しいんだなっていう顔ね」
阿良節はパーテーションを閉めると、ベッドに腰を下ろして彼方に近寄る。
「簡単なことだよ」
さらに彼方に顔を近付けるが、それが彼の警戒をより強める。
「私は遥の影武者」
「え……⁉︎」
阿良節は人差し指を今度は彼方の口元に寄せる。
ここからの話は他言無用。彼方もそれを察し口をつぐんだ。
「遥は本当に、彼女を知る人からは神童と言われるほどの天才的な科学者だった。17歳という若さでとんでもない人工素粒子を開発して。まぁ、彼女自身が嫌がったから手柄は研究施設の主任が全部取っちゃったんだけど」
遥が研究施設で才能を開花させ、科学の進歩に貢献していたことは彼方も知っていた。彼女のおかげで多額の補助金を受け取れ、彼方の家族は普通の人たちよりは裕福な暮らしを送っていたからだ。
「彼女の発明は同時にこの世の法則を覆した」
阿良節は彼方から視線を反らしポツリと言う。
「人間の脳波に強く反応し、思い描いたイメージを現実にする。例えば頭に椅子を思い描けば、その素粒子が集まり椅子を形作る。流石に食べ物とか生物は無理だったんだけどね」
「頭に思い描いたものを……」
「そう。そしてそれは生命体以外のものなら例外はなかった。家具や工具、乗り物まで……。実際に存在しない得体のしれないものだって、誰かの頭の中にあれば形作ることができた」
「得体のしれないもの……って、まさか……ッ⁉︎」
彼の反応に、阿良節も同じく険しい顔で返す。
「遥の作った素粒子で、あのマシンと呼ばれる怪物は作られている。どこかの狂った誰かの頭の中から、あの殺戮兵器は生み出されたの」
言葉を失った。
遥を惨たらしく殺害した怪物が、まさか遥自身が作り出したものから生まれただなんて。
脂汗を流して苦しそうな彼方を見て、阿良節はハンカチを取り出して彼に差し出す。
弱々しい謝礼の後に汗を拭う彼方を横目に、阿良節は話を続けた。
「もちろん遥は完全に被害者だよ。悪いのは周りの唆した大人たちだ。ただそれでも、遥は責任を取るつもりで密かに計画を立てていた」
「するとマシンが生み出されたのは、遥姉が殺される前……つまりマシンナーズ・カラミティより前には既に?」
「プロトタイプは同年に開発されていたみたい。それ自体も極秘計画の一つであったらしいけど、研究施設が共犯の可能性を考え、自分一人だけでも力ではどうにも出来ないと悟った彼女はあるハードウェアを開発していた」
そして阿良節は彼方の胸のペンダントに手を伸ばす。
「彼女の作った人工素粒子が暴走を起こした時、それを制御するための人体調和型ハードウェア『零と無限の管轄』を」
「零と無限の管轄……」
ペンダントから手を離した阿良節はベッドから腰を上げ、彼方に背を向ける。
「でも結局それは完成に至らなかった。裏でコソコソやっていることを嗅ぎ回っていた科学者によって、遥は亡き人にされてしまった」
「それは、マシンを操る人間がいるっていうこと?」
「断定は出来ないけど、可能性が高いと遥は言っていたの。そして未完成ながらも行使した絶大な力が、彼方君。君の身に宿った零と無限の管轄なんだよ」
「遥姉からの、贈り物……」
阿良節は再び彼方に振り返り、腰をかがめて彼方と視線を合わせる。
「その力は我々SEEKERとしては喉から手が出るほど欲しい力だ。街で暮らす人々のため、マシンの被害をこれ以上広げないため」
「…………」
「だけど私自身は、君に無理強いることはしたくない」
そのセリフに思わず彼方は目を見開いてしまう。
「遥からの……こういう言い方は少し何だが、遺書にはこう書いてあった。『もし彼方君に力が発現したとしても、彼を戦いの渦中に巻き込むのはやめてほしい。あれは、万が一彼方にマシンの脅威が襲いかかった時の護身用の武器みたいなものだから、彼が彼自身や大切なものを守るためだけに使わせてやってほしい』、と。私は彼女の意志を尊重したいと思うんだ」
嘘偽りは無かった、と彼方は思った。
マシンを倒す圧倒的な力。人々を守るために欲しくない訳がない。
だが、しかし。
「ごめん、なさい」
阿良節の表情を見ずに、彼方は言葉を紡ぐ。
「あの、何というか、状況が飲み込めないというか……この数分での情報量が半端なさすぎて、ちょっと頭がパンクしそうで……」
正直な気持ちだった。
「ア、ハハ。そうね。ごめんごめん。ちょっと語りすぎちゃった」
阿良節は頭をさすりながら謝るとパーテーションを全開にして外へ出るように促す。
「立てる?」
差し伸べられた手を取りベッドから降りる彼方。不思議と体の痛みは無くなっていた。
「科学の進歩はすごいからね。この部屋でゴロゴロしてるだけで大抵の軽い外傷はすぐ治るよ」
部屋の材質そのものが人体の回復効果を促進させる、と阿良節は言う。
「とりあえず今日はお家にお帰り。ご両親が心配してるよ」
「そうします。……あ、あの!」
病室を出たところで彼方は阿良節に問いかける。
「木舘夏々莉という女の子はどこにいますか⁉︎ 僕を助けてくれた恩人なんです!」
「あぁ、その子なら」
阿良節は同じ階の端の病室を指した。
「結構重症だったけどもう話せるぐらいには回復してると思うよ」
「あ、ありがとうございます!」
「命の恩人ならちゃんとお礼を言いに行かなきゃねぇ。あ、そうそう。今日私に会ったことは内緒にね。一応立場上あんまり表に出るとまずかったりするから」
「な、なるほど……肝に銘じときます」
彼方は頭を下げると夏々莉の病室へ歩いていった。
途中で、
「彼方くーん」
と阿良節に呼び止められた。
彼女は小指を立てて嬉しそうに、
「コレ?」
などと聞いてくるので、
「ち、違いますッ!!」
と頬を赤らめて否定し、歩みを早めて夏々莉の下へ急いだ。