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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第二章】暴かれる二律背反(アナザー・アイデンティティ)
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3『ラッキーボーイ』

「これ美味しいね〜!」


「そ、そだね……」


時刻は午後6時。

彼方と夏々莉は目前に豪華なステーキを並べながらテーブルを囲んでいた。


「ここ、すぐ予約いっぱいになっちゃうから……。 新藤君がすぐ予約入れてくれなきゃ来れなかったかもね!」


「そ、そだね……」


「そだねbotになってる……」


「そ、そだね……」


「……」


鉄板に音を立てながら押し付けられる肉片は、溢れ出るような肉汁を染み出している。

彼方が左手のフォークで押さえるそれから絞り出される前に、ため息をつきながら夏々莉が口を開いた。


彼方の左手を掴んで。


「あっ……」


「焦げちゃうよ?」


「あ、うん……」


彼方の口に乾き気味のステーキが運ばれる。


「浮かないね」


「……ごめん、せっかくご飯に誘ってもらったのに」


「……」



カチャッ、とナイフが置かれる音がした。


口を開こうとする夏々莉の顔は、いつになく暗い。




「……仕方ないよ、急にあんなこと言われたって……」




その言葉で、彼方は先の会合での出来事を思い出した。




時刻は18時を過ぎたところ。

阿良節香波による高らかな宣言の後、全ての段取りは流れるように進められた。


特殊行動部隊「SPADE」。

あの場にいた全員が無言の二つ返事で参加した、蜂峰の街を護るための同盟。


魔神を穿つ矛、ブラックアルカナ。

魔神を防ぐ盾、ホワイトアルカナ。


事情を知らぬ外部からの参画者が増えたJOKERの中で、彼方達は阿良節の私兵として立ち回ることが決まった。

あくまで、JOKERの一員という立場は崩さず。


阿良節から、SPADEの組織図についても説明があった。

極秘の私設部隊とはいえ、それぞれに明確な役割が与えられたのだ。

あの場に集められた面々の中で、彼方達と面識が無かった人物も数名いたが、それぞれの紹介も兼ねてSPADEでの担当が紹介された。



部隊の統括、SPADEの代表:阿良節 香波

戦術立案と医療担当、副代表:上声 相灯


阿良節の秘書兼事務担当(隠蔽含む):フランツェ=リュミエール

各装備の整備担当:ラケルツ=ニューウェイ


ブラックアルカナ

隊長、識別コードB1:矢原 槍史

副隊長、識別コードB2:ロゼッタ=リュミエール

識別コードB3:葛西 光汰

識別コードB4:寺間 雪乃

識別コードB5:佐地 改次

識別コードB6:新藤 彼方

オペレーター:平ノ野 エミリー


ホワイトアルカナ

隊長、識別コードW1:空壁 塔真

副隊長、識別コードW2:高平 賢護

識別コードW3:華 優希

識別コードW4:川飛 望

識別コードW5:チェリコ・ハンネス

識別コードW6:木舘 夏々莉

オペレーター:來坂 進次



以上がSPADEの組織編成となる。

彼方が直接戦場で出会った人達は忘れることはなくとも、その素性については知らなかったため、改めて紹介されると意外な発見があった。



阿良節としては科学者としても、司令官としても、実績としても申し分ない上声を代表にしたかったそうだが、上声から


「君の方が断然カリスマ性がある。狂信的に命を投げ捨てられる人物が立つべきだ」


と諭され、2人がそれぞれポジションに付いたらしい。(上声談)


阿良節が秘書として選んだフランツェ=リュミエールは、今回のJOKER再編成時にも裏で暗躍していたようで、彼方達が今後動きやすくなるように色々手配してくれていたらしい。

元より阿良節とも親交が深く、第二次マシンナーズ・カラミティ時の諸々の申請等は彼に一任していたようだ。


ロゼッタはフランツェと兄妹で、4年前のあの日にたまたまツアー観光で日本に来ていたという。防壁で囲まれ帰国できなくなり、そのまま日本に帰化したらしい。ラケルツとチェリコもそのツアーに参加しており、彼らはその時からの付き合いのようだ。



ブラックアルカナとホワイトアルカナの振り分けは、それそれの固有顕装の個性も鑑みて、遊撃や殲滅、迎撃や護衛に特化させている。

しかしどこでその人材を確保したのだろうという彼方の疑問も、阿良節からの説明ですぐ解決した。


「槍史くん、ロゼッタさん、塔真くん、賢護くん、優希さん、望ちゃん。この6人はSEEKER養成学校の第一期卒業生だね。年齢は何人か違うけど、全員同期だよ」


なるほど、じゃあほかの人たちは? と、当然の疑問を夏々莉が飛ばす。

その疑問に答えたのは槍史だった。


「光汰と雪乃は第3期卒業生だな。たしか今年だっけか? わざわざ俺の後を追っかけてくるなんて、大した度胸だぜ」


「な、何言ってるんですか……! 私は、槍史さんがマシンから助けてくれたおかげで今も生きていられるです。命の恩人なんです! だから私も、誰かの役に立ちたいって思ってあの学校に入ったんです。ね、光汰くん?」


「俺に話振るなよ……まぁ、槍史さんの背中を追っかけてきたのは事実っす」


「ほぇ〜」


ぽっと出た夏々莉の感嘆に対し、光汰が睨みつけるような視線を送る。

それに気付いた夏々莉はビクッと肩を竦めつつ、たまらず涙目になってしまった。

流石にバツが悪くなったのか、光汰も舌打ちをしながらそっぽを向く。


(な、なんなの? も〜〜〜〜)


「ということは、ほかの皆さんも養成学校卒業生なんですか?」


夏々莉の心境を察したわけでは無いが、ナイスタイミングで彼方が意識をそらしてくれた。

そういうわけではない、と前置きしつつ、阿良節が答える。


「そもそも、基本的にJOKER……いや、SEEKERへの参加には、戦闘要員としては条件が2種類あるんだ。兵役の経験があるか、もしくは養成学校を卒業するか。佐地さんとチェリコさん、後は上声先生も兵役経験がある。非戦闘員はその限りじゃないけどね……まぁ私も、一応養成学校で訓練は受けさせてもらったんだけど」


そして彼方の方へ向き直り、


「君と夏々莉はイレギュラー中のイレギュラー。本来なら戦場に立つことすら許されないんだけど、はっきり言って人材不足の今ではそんなことすら言ってられないのが本音だね」


「……」


少し気まずそうな彼方を見ながら、阿良節は続けた。


「とはいえ、君たちは異能持ちだ。私たちにとっての真の『JOKER』になり得る。覚悟も、信念も、十二分だ」




「何言ってんだ?」




突如飛び出す冷たい言の葉。

葛西光汰の口からだった。



「おい光汰、お前どうしたんだよ」


「すみません槍史さん、ちょっとだけ喋らせてください」


困ったように溜息をつき、槍史は阿良節にごめんなさいのアイコンタクトを送る。

阿良節も頷き、それを見た光汰はダムが決壊したかのように喋りだした。



「……なんでまともに訓練受けてない奴らが、ちょっと変わったことができるからって、こんな最前線で戦ってるんだ? なんでこんな奴らが、俺らと肩を並べて戦えるって言うんだ? 姉の七光りでいきがってる奴と、仲間を撃ったやつが?」


「……ッ」


彼の言葉は全て事実だった。

だから彼方も夏々莉も、何も言い返せなかった。

事実を並べることが必ずしも対話として正しい訳では無いが、その言い分に納得してしまった彼らは、光汰のトゲのある態度も相まって、言葉を発することが出来なかった。


「お前らを助けるために、一体幾つの命を無駄にした?」


夏々莉の胸を言葉が貫く。

魔眼の力でひっそりと痛みを抑えるが、傷穴は塞がらない。

彼女の行動は、失う必要のない命を落とさせた要因になったかもしれない。


「お前らを支えるために、一体幾つの命を費やした!?」


彼方の胸を言葉が貫く。

姉から託された力は、彼の胸の傷を治してはくれない。

彼の無謀で無知な振る舞いは、救えたはずの命を零した要因になったかもしれない。


姉の七光り。

彼が何者でもないということを痛感されられた。



「……槍史さんに頼まれたことだし、阿良節さんと上声先生にも恩義がある。俺は言われたことは言われた通りやるが、アイツらだけは気に食わねぇ」


光汰は自分を落ち着かせるように小さくため息を着く。その後、阿良節に向けて確認した。


「今日の要件はこれだけなんですよね? もう帰っていいですか?」


「うん、今日はSPADE参加の意思確認が取れたらOKだった。詳しいことはまた後日に話をする予定だ。来てくれてありがとう、光汰くん」


「うす……失礼します」


そういうと光汰は部屋を後にした。

叩きつけるように戸を閉めるかと思われたが、案外静かに去っていった。



残された面々は、それぞれ別々の複雑な顔をしていた。




まだ癒えていない傷跡を無理やり開かれた彼方と夏々莉。

的確すぎるその言葉は、皮膚の裏側まで突き抜けていった。




血は、出ない。

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