2『内緒話』
しれっと復活……(苦笑い)
ゆっくりですが続き書いていきます!
「あら、早めに行動できる人たちは素晴らしいですね」
「そりゃ、エレベーターが止まってるのに30階まで来いなんて言われりゃ早めに行くわな」
「まぁそう言うなよ槍史君。いくら外装をS粒子で偽装したとはいえ、内部の工事はまだ全然終わっていなんだから」
午後5時9分。
JOKER本部30階会議室にて、余裕を持って行動した生真面目達は、阿良節香波を中心に他愛もない会話を交わしていた。
阿良節に冗談半分で突っかかる矢原槍史を上声相灯が笑いながら宥めていたところに、両腕の中に缶コーヒーを抱えた空壁塔真が入ってきた。
「みんなの分も買ってきた。良かったら飲んでくれ」
「ありがとう塔真君。ちょうど口が寂しかったところだ」
「この階喫煙所無いっすもんねー。まだ各階のマップすら出来てねーってまじかよ、なぁ香波ちゃん!?」
「いや私が工事してるわけじゃないし……そこまで言うなら槍史君が作ればいいじゃない。はるか昔に日本地図を歩いて作った人がいたらしいよ」
んなことやってられっか、と塔真から缶コーヒーを受け取り、阿良節に向けていたずらっぽく舌を出す槍史。
彼らが悪態をつきつつ楽しそうに談義することも、以前から変わらぬ日常茶飯事だった。
キィ……、と扉が開く音がした。
全員の視線が向いた先には、薄い碧髪の青年が立っていた。
「いらっしゃい、葛西光汰君。ようこそJOKERへ」
「……どもっす」
阿良節の挨拶に軽く会釈をすると、葛西光汰と呼ばれた青年は彼らから離れた位置の席に腰を下ろした。
「よぉ光汰。12月18日以来か、元気してたか?」
「ご無沙汰っす。……まぁ、ぼちぼち」
そっかそっか、と言いながら光汰に声をかけた槍史が踵を返す。
「人見知りの後輩なんだ。よくしてやってくれ」
「顔は見えずとも共に死線を越えた同士だ。言われずとも歓迎しよう」
「上声さんの言うとおりだ。後輩の相手は苦手だが……やってみよう」
上声と塔真の答えに思わず頬を緩める槍史。
「お疲れさまでーす!」
底抜けに明るい挨拶と共に力強く扉が開かれ、夏々莉が口元を拭いながら現れた。
「いらっしゃい、夏々莉」
「おーっす」
「こんばんは」
「今日は一段と元気だね、夏々莉君」
各々に挨拶を交して夏々莉は席につこうとする。
空席を探す途中、奥の席に座る光汰が目についた。
「初めまして! 木舘夏々莉です、よろしくお願いします!」
「……チッ」
「……へ?」
思いもよらぬ反応に困惑する夏々莉。
「……葛西光汰だ。よろしく」
「ど、どうも〜……」
(ただならぬ威圧感と明らかに聞こえた舌打ち……ッ。 これはまるで私に襲いかかる祟りのよう……!!)
不意を突かれた精神攻撃にたじろぐも、ポーカーフェイスを装い席に腰を掛けた。
想像よりも遥かに座り心地が良かったことが唯一の救いだ。しかし座った場所が少し悪かった。
阿良節らが談笑している場所から少し離れているため、そちらの会話に混ざるには席を立つ必要がある。
かといって一番最寄りにいる光汰を無視してそちらに加わるのも、彼女の良心が良しとしなかった。
(こ、これは中々絶体絶命のピーンチ……!!)
無限にも思える静寂が痛いほど胸を指す。
少女は頭を回転させ策を練る。
しかし状況はいとも容易く打破された。
「とうちゃーくッ!! 明らかに遅刻ですね申し訳ございませ〜んッ!!」
バンッと大きな音で扉が開かれ、汗だくの4人組が会議室に転がり込んできた。揃いも揃って全員肩で息をしている。
「ゲホッゲホッ……! な、なんとかたどり着いた……ガハッ!」
「ゴホッ……ワッツァデーイ……ゲホッ!」
「なんで4人もいて時間を確認するやつが一人もいねぇんだよ……ガフッ!」
「あら……まぁ、その……ご苦労さま」
なだれ込んできた面々を横目に、阿良節は呆れ半分で彼らを歓迎した。全員を席に案内し、円陣を囲むように着席させる。
それに乗じて、夏々莉はこっそりと彼方の横に席を移していた。
「新藤君」
「ハァ……ハァ……あ、木舘さん……」
「……お疲れ様!」
またしても彼方に救ってもらえた。その気持ちが溢れ出ていたのか、満面の笑みで彼方に微笑みかける夏々莉。
まさかの予期せぬ出来事に、彼方は胸のBPMを加速させて俯きながら返事をした。
「お、お疲れ様……」
「はーい、注目ー!」
阿良節が立ち上がり手を叩きながら全員の注目を集めた。彼女の合図と共に、皆が囲むテーブルの中央に立体映像が出現した。
時刻は17時40分。
予定時刻を少し過ぎ、ようやく役者が揃った。
「それじゃ、始めるよ」
阿良節の一言で空気が変わった。
「まずは、先の作戦に協力して頂いたことに対して。……みんな、本当にありがとう」
彼女の語尾は少しだけ震えていた。感情の籠もった言葉で、深々と頭を下げながら感謝の気持を述べた。
「街は破壊され民は死に、マシンという忌々しき邪悪は未だ取り除くことができていない……。それでもこの戦いの終わりが見え、この蜂逢の街が息をしているのは君たちのおかげだ。改めてお礼を言わせてもらいたい……ありがとう!」
その場の誰もが彼女を見つめていた。
そのまま時が止まるかと錯覚するような沈黙が流れる。
パチパチ、と拍手が聞こえてきた。
静寂を破ったのは槍史だった。
それを皮切りに、会議室の中に大喝采が巻き起こり始める。
「香波ちゃんが頑張ってくれたおかげだぜ!」
「そうそう! 阿良節さんのおかげでこの街は守られたんです!」
「よっ、蜂逢のヒーロー! いやヒロインか!」
「みんな……ホントにありがとう……!」
歓声が落ち着いたところで、阿良節は再びテーブル中央の立体映像に目を向ける。
「みんなも知っての通り、SEEKER跡地はJOKERが管理し、一部の人間以外は立入禁止区域となっている。……もちろん理由は、『エシュタル』の秘匿と保護のためだね」
(悪魔の母……か)
エシュタル。
かの第二次マシンナーズ・カラミティ後に発見された、マシンを生み出す破壊の権化。
外部からの物理的・電子的干渉を受けると即座に暴走してマシンを大量発生させる爆弾。
こんなものが対マシン専門の組織の地下から出てきたものだから、当時の騒ぎは中々ほとぼりが冷めなかった。
「今日ここに集まってもらった諸君には、私の私設部隊に加わって頂きたい」
阿良節の声色は平坦だった。故に底知れぬ執念と覚悟が感じられた。
「私にとってのJOKERは君達だ。君達にとってのJOKERはここの諸君だ。……はっきり言って『外』から来た連中は丸々信用のおけるもんじゃない。この地になんの思い入れも無い、只々人の死を指くわえて見てただけの偽善者たちだ」
彼女の言葉は鋭い。心なしか、声も震えていた。
「戦いを強制するつもりはない。人間は自由であるべきだ……。もし、この街を生き長らえさせるため、理不尽な殺戮に抗い、命を賭してくれるというのなら」
それでも彼女は、一人で成し遂げられないことの多さを知っていた。
「私に、命の手綱を握らせてくれ」
故に、人生をかける賭博を強制しない。
「今すぐこの部屋を立ち去る者がいたとて、私は敬愛を込めて見送ろう」
動く者はいなかった。
皆の視線は、彼女の目を捉えて離さない。
ありがとう、と。
阿良節はか細い、しかし誰もの耳に届く声で呟いた。
「この阿良節が率いる部隊は、遊撃と迎撃の双璧」
人の上に立つ者には、必要な能力がある。
「ブラック・アルカナとホワイト・アルカナ」
有無を言わせぬカリスマ性と、思考停止で信じられる信頼性。
「今ここに、特殊行動部隊『SPADE』を発足する」
阿良節香波には、その2つが備わっている。
新藤彼方は、そう直感した。




