1『正義の味方・改(あらため)』
どんなに強い 激しい雨にも
君は死にやしないから 誰も死にやしないから
1月20日。
蜂逢市を襲った大規模マシン災害「第二次マシンナーズ・カラミティ」から約1ヶ月。
未だ傷跡が街から消えることは無かったが、全て悪い方向へ向かっているという訳ではなかった。
確かに悪いことの方が目立つ。
ここ最近のニュースではSEEKERが崩壊したことへの不安が寄せられていたり、裏でマシンを操る人間がいるという噂すら流れている。
そのSEEKERから分岐して生まれたJOKERでさえ疑惑の眼差しを向けられる始末だ。街の復興も進んではいるものの、いつまたマシンが現れるか分からない。
住民の不満が募るもの無理はなかった。
繰り返すが、全てが悪い方向へ向かっているという訳ではない。
先の大災害を引き起こした張本人の黒詰鞠徒率いる、所謂「黒詰派」の人間は一掃することができ、新たなマシン対策組織「JOKER」は強い信念を持った人間だけが残った。より精錬された正義の味方が誕生したと言っても良い。
技術の進歩は目まぐるしい。どれだけ悲惨に街を破壊されても、生活に必要なインフラが完全回復するのにそう時間はかからなかった。
……もちろん、そこにはJOKERが抱える極秘技術であるS粒子が少なからず絡んでいるのだが。
常にエネルギー問題を抱えていたS粒子の活用にも、新たな打開策が見つかったのだった。
その鍵を握る少年、新藤彼方。
第二次マシンナーズ・カラミティの制圧に貢献した立役者の一人であり、自在にS粒子を操る力「零と無限の管轄」を宿す高校生。
夕暮れの街を歩く彼の顔は、どこか浮かれているようだった。
彼の中でも何かが良い方向に向かっているのだろう。
「彼方……ッ、本当にすまんかった……ッ!」
「止めてよ大和……今日だけで何回つむじ見せられてると思ってんのさ……」
「いや、俺のせいだ……あんな目に合わせてしまって……」
「悪いことばかりじゃなかったよ」
彼方は先刻の出来事をふと思い出していた。
一ヶ月前、大和と二人で下校した時にマシンに襲われ、それがきっかけとなりマシンとの戦いに巻き込まれることになったのだと大和は思い込んでいた。
実際、確かにそのことがきっかけではあったのだが、戦火に身を投じたのは彼方自身の意志だ。その責任を誰かに押しつけることなど、思ってもいないことだった。
「……木舘ちゃんと仲良くなれたことか?」
「ブハッ!?」
おもむろに顔を上げた大和から飛び出したセリフに彼方は思わず吹き出してしまう。どうしてこの男は妙に感が良いのだ。
「もう一生分のごめんなさいを伝えた気もするし、鼻の下伸ばしっぱなしの野郎に頭下げてたの阿呆らしく思えてきた。じゃあな、その助平心を往生せい」
さっきまでの悲壮感は刹那で消え去り、大和はひらひらと手を振り帰路についた。
まるでカウンターパンチを顔面に食らったように彼方は呆気にとられてしまった。
(命懸けで戦ったご褒美にうつつを抜かしたって別にいいじゃないか……ったく)
親友の手のひら返しに悪態をつきつつ、彼の表情はとても朗らかだった。
向かう先はJOKER本部。
阿良節から招集が掛かり、先の作戦を共にしたメンバーが集まる運びとなっている。なんでも新しく紹介したいものがあるだとか。
しかし彼方の本命はそちらでは無く、夏々莉から届いた一通のメッセージだった。
『明日の招集が終わったらさ、二人でご飯に行こ!』
神様、ありがとう。
新藤彼方は無宗教だが、この日ほど天に感謝を捧げた日は今までに一度も無かった。
期待に胸を踊らせ、彼方の足取りは更に軽快さを増していた。
沈みかけの太陽を背に浴びながら己の影を踏み続ける。
幼子の遊びの真似事を繰り返すうち、気付けば目的地の目の前に立っていた。
マシン対策本部『SEEKER』改め『JOKER』。
第二次マシンナーズ・カラミティの件もあり、再び内部からの謀反を防ぐため政府が防衛省と自衛隊の人員を派遣する運びとなった。
その外部からの助っ人や支援物資のおかげで、皆が想定していたよりも遥かに早く街の復興は進んではいた。
しかしながら実情を知らない『助っ人』からは見当違いの提案も多い上、彼らをトップの幹部としてJOKERは再建されてしまった。
実際に実務をこなしているのは死地を奔走していた阿良節らであるのに、だ。
(しかしまぁ、権力というか財力というか……懐の違いを見せつけられるとなぁ……)
彼方の目前にそびえ立つ建造物。
新生『JOKER』本拠地は、以前のSEEKER本部とは比べ物にならない程最新鋭で美しい建物だった。
半世紀前なら10年、今でも数年はかかっていたであろう建設工事を僅か一月で終わらせてしまうとは、『外の人々』の慈悲を感じざるを得ない。
この力の入れようはあくまで手切れ金で、あとは責任放棄したいだけでないかという考えが脳裏に浮かんだが、そうでないと強く願いながら彼方は正面玄関に足を運んだ。
開口一番ならず開門一番、懐かしい声が聞こえてきた。
「あ〜!! 彼方君!!もう元気になったんだね〜ッ! 良かった〜みんな心配してたんだから!」
「ご、ご無沙汰してました。ひ……エミリーさん」
入ってすぐに見える受付カウンターにいたのは平ノ野エミリーだ。彼方はあの明るさを見るだけで思わず安堵感を覚えていた。
彼女の声に反応し、近くにいた二人の男性も彼方に声をかけてきた。
「おぉ、復活したか坊主! やっぱり若いと治りが早いもんだなぁ。関心関心!」
「ミラクルボーイカナタ君か! オレたちのヒーロー到着ダネ!」
「あ、佐地さんとラケルツさんもお久しぶりでぶふぇッ!?」
彼方の挨拶よりも早く、佐地改次に頭を雑に撫でられ、ラケルツ=ニューウェイに背中を力強く叩かれていた。
「こ、こら二人共! 彼方君はまだ病み上がりなんだから乱暴しないの!」
「あ、そうだったなぁ。すまんすまん」
「オーゥ誠にソーリー」
「ブヘッ、ゴホッ! ゴホッ……」
頭を俯けることで苦痛を訴えながら感謝を伝える彼方。
「彼方君大丈夫? ごめんねうちのバカ親父二人が……」
「い、いえ。大丈夫でふっゴホッ! 手荒な歓迎には慣れたのでぇッゲフッ!」
「……ホントにごめんね」
ギロリ、とエミリーは男性二人を睨みつける。
「悪かったよ彼方の坊主。でもよエミリーちゃん、俺ら二人をバカ親父呼ばわりは酷くねぇか?」
「オーライ! それならあのトルキッシュ親父も入れてズッコケ三人組にするべきダヨ!」
「おいバカ野郎、年がバレるぞ」
ガハハハハハッ、と豪快に笑う二人は、既にエミリーの冷たい視線など気にしてすらいなかった。
(あぁ、なんか)
いいなぁ、この感じ。
共に大災害を相手に戦った戦友達との他愛ない会話に、彼方は居心地の良さを感じていた。
呼吸を整えた彼方は、本日第一の要件を思い出した。
「そういえば、皆さんも阿良節さんから呼ばれたんですか?」
彼の問いに対して、3人同時にイエスと返した。
それと同時に壁にかけられた時計を見たエミリーが悲鳴を上げる。
「……!! やばい! もう会議始まるよッ!」
「おいおいマジか! それじゃ急がねぇとな、会議は何階でやるんだっけか?」
「……30階。エレベーターはメンテナンスのため全機停止中……」
「……オウシーット」
「そんなぁ……」
全員が絶望したまま顔を見合わせて大きなため息をつき、即座に階段に向かい全速ダッシュを始めた。
つかの間の平穏の後、新たな戦いの火蓋がまさかこんな形で落とされるとは。
この場にいた誰一人として、想像することができなかった。
「おっつかれさっまでーす! ……あれ? 誰もいないや」
脳天気な声を上げながら玄関に入ってきたのは、肉まんを頬張っている夏々莉だった。
現在時刻は17時2分。
会議は17時半から開催すると阿良節から連絡を受けていた。
もう既に皆集まってるのだろうか。
優秀だなぁと彼女が感心していると、ふと受付の壁にかけられた時計が目に入った。
「……あの時計、17時27分で止まってる。あれで時間確認してたらテンパっちゃいそう」
そのままエレベーターホールに向かうと、中から作業を終えた作業員が現れた。
「あぁ、只今エレベーターの点検が終了しましたので、もう使って頂いて結構ですよ」
「おーラッキー! ありがとうございます!」
夏々莉は作業員にお礼を言うと、エレベーターに乗り込み30階のボタンを押す。
「コンビニの肉まんは美味しいし、グッドタイミングでエレベーターも使えるし、今日はホントについてるなぁ」
新藤君も良い一日だったのかなぁ。
そんなことを考えながら肉まんを頬張る彼女の横顔は、微笑みを隠せないほど幸せそうであった。
おまたせしました!
第二章「アナザー・アイデンティティ編」スタートです!




