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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
21/24

20『エピローグ』

 「終わった……」



 そう呟いた矢原槍史(やはらそうし)は両腕のトンファーを降ろし、両脚から血を流す黒詰(くろつみ)の止血を始める。



 処置が終了したと同時に扉が開かれ、彼方(かなた)夏々莉(かがり)が駆けつけた。



 「槍史さん! 大丈夫でしたか!?」



 「そのセリフそのまんま返すよ、全く…………でも」



 槍史は満面の笑みを浮かべた。



 「よくやったな」



 「……へへっ」


 彼方達もつられて笑顔になる。



 「あの狙撃は香波(かなみ)さんが?」


 「ああ。コイツとやりやってる間に通信が入ってきてな。照準を合わせるから動きを止めろって言われたけどよぉ、このボロボロの体じゃ力勝負にすら負けそうになってたぜ」


 「そう、だったんですね」

 

 「そうなんよ、だから二人のサポートはすんげー助かった! マジでMVPだな!」


 再び顔を合わせて笑う彼方と夏々莉。

 


 そして槍史は気を引き締め、胸元からボイスレコーダーを取り出した。



 「ひとまず情報共有だ。外のマシンは片付けたし見張りがいるからいい。救援部隊も時期に駆けつけるけど、正直限界突破してる俺達はいつ気絶してもおかしくない。その前に必要な情報は記録しておこう」


 彼方達も表情を引き締め返事をする。



 「この建物のどこかにマシンを生み出してる装置があるはずだ。しかもご丁寧にSEEKER(シーカー)とおんなじシステムを使ってやがる……永続的にマシンを出現させる手法も、既に確立したみたいだ」


 「僕が戦ったマシンは固有顕装(ソリタリー)だって、この人は言ってました。斬撃を与えても粒子の打ち消し合いは起きなかったし、零と無限の管轄(オルターネイション)で消し飛ばしてもすぐに再生を繰り返して」



 そこまで言うと、彼方の体から力が抜け倒れそうになった。


 すぐさま夏々莉が彼の体を支える。




 「新藤(しんどう)君……!」


 「おい、大丈夫か……?」



 新藤彼方の目の焦点は合っていない。



 「ごめんなさい、もう、限界です」



 だがその虚ろな目で横たわる黒詰を見つめた瞬間、彼方は思い出したように顔を上げた。



 「槍史さん、大元の装置を見つけても触っちゃだめだ!」


 突然大声を上げた彼方に二人は驚いて顔を見合わせる。


 「そ、そいつはどういうことだ? 何か掴んだのか、彼方!?」


 「新藤君、一体何を感じたの?」


 

 黒詰鞠徒(くろつみまりと)が彼に何かを語った けではない。


 無我 中で死地を駆け抜  彼方だからこそ、倒れても尚蔓延る 悪に気付くことがで  のか。


  識を失い倒   科学 から、た  らぬ悪意と執念を感  った。


 この  を、二 に告げ ば。


 

 くろつみまりとの


 ねらいは




 「――――――――――――」




 その言葉を発することは無く。



 新藤彼方の自意識は、深い深い深淵へと墜ちた。








 10日後。



 彼方の視界には白い天井が広がり、幾度と横たわったベッドの上にいることを理解した。


 もはや彼専用の特別病室だ。



 寝返りを打って視界を傾けると、部屋の花瓶に水を注ぐ夏々莉の姿が見えた。


 どことなく暗い雰囲気でため息をつく彼女が振り返った瞬間。


 自然と、目があった。



 「――――――、」



 呆気に取られた表情を浮かべる夏々莉。


 あまりに穏やか過ぎる時の流れが、まるで静止したかのように感じられた数刻。



 気付いた時には、彼方は夏々莉の両腕に包まれていた。


 彼の肩を滴る雫は、暖かい。



 「良かった…………本当に…………ッ!」



 少女の声が外まで響いていたのが、彼方の周りには次第に人だかりができていた。



 不意に訪れた喧騒を受け止めることができるほど彼方の意識は鮮明ではなかった。


 それでも、彼にははっきりと分かったことがある。



 (あぁ、俺)





 17歳になれたんだ。







 一時間後。


 集まってくれた人々は各々の場所へ戻り、彼方の側に残ったのは二人だけとなった。



 「さて、まずは何から話そうかしら」


 少し目元が赤らんでいる阿良節(あらふじ)は腕を組みながら呟く。


 「私達のこれまでとこれからに決まってますよ、香波さん」


 横に立つ阿良節より目を腫らした夏々莉が返した。



 「彼方君。今からややこしい話を始めるけど、頭の晴れ模様は如何かな?」


 「だいぶ晴れてきましたよ。始めてください」


 それは結構、と微笑む阿良節。


 彼女は空中で指を振り、長方形の形を描いた。



 すると何もなかったはずの目の前に、薄い翡翠色のディスプレイが現れた。



 「すごい……こんなものまで作れるんですね」



 最先端の技術端末を目にして思わず手に撮ってしまう彼方。


 「これも(セレヴィオ)粒子の活用法の一つさ。まだ試作段階だけどね」


 彼方から端末を受け取ると、阿良節は画面を拡大して指差しをした。



 「まずは蜂逢(はちおう)市の現状から。街の復興は進んで入るけども未だ惨状の有様よ。奇しくも同じ日に起きたから、世間では第二次マシンナーズ・カラミティなんて呼ばれてる」


 「第二次……」


 そして、と阿良節は付け加え。



 「マシンは絶滅していない」



 「…………ッ!」



 「新藤君があの時大本の機械に触っちゃダメだって言ってたじゃない? はじめはみんな何の事だって思ってたんだけど……」


 夏々莉の視線がディスプレイの方に向き、阿良節が新たなページを開く。


 そこには複数の試験管が突き刺さった、歪な大型装置が映されていた。



 中央に据えられた大型の円筒器には、肥大化した人間の脳が浮いている。



 「これは……ッ」



 思わず口を手で覆う彼方に、阿良節は冷静を装って答えた。



 「マシンを生み出す根源。我々はこれを『エシュタル』と呼称することにした」



 女神エシュタルの名を冠した悪魔の母胎。


 殺戮をもたらす神々を生み出すこれに、果たしてエシュタルの慈悲など存在するのか。


 ……むしろ女神の冷酷さを象徴する存在だ。

 


 精一杯の皮肉を込めたネーミングなんだと、彼方は納得をした。



 「これを止めなきゃマシンの出現は繰り返される。でも少しでもエシュタルのシステムに介入すると、即座にシステムが暴走してマシンが大量出現する……たぶん、先日の比にならないほど」


 「しかもこれ、SEEKER本部の設計図になかった地下部屋から発見されたんだって……。黒詰鞠徒(あのひと)はとんでもない置き土産を残していったんだよ」


 「上層部に黒詰の協力者も居たもんだから大騒ぎになってSEEKERは解体。黒詰派は一掃されて残された勢力の一部をJOKER(ジョーカー)の協力者として活動していく予定さ」


 阿良節は端末を操作し、ある計算式に数値を代入した結果を表示させた。


 「全て外部からの不可視光線スキャンによる解析だから不確定要素は多いけど、あの脳から恐怖のイメージを強く受けてマシンが出現している。きっとあの円筒器の中身もS-O4(セレヴィオフィーア)で満ちてるんだろう」


 さらに別の数値を加えて再計算し、その結果を彼方たちに見せた。


 「これまで酷使されてきたんだ。そう長くは持たないだろうと思ってあの脳の残り寿命を計算したんだけど……」


 「残り、9年8ヶ月……」


 「香波さん、つまり私達は」 


 阿良節は答えるもの躊躇うような渋い表情を浮かべて告げた。



 「我々はこれから約10年、マシンと戦い続ける必要がある。それも、マシンを生み出す諸悪の根源を守りながら、だ」




 「たかだか10年がなんだって言うんだ」



 

 暗い表情の二人は、少年の力強すぎる言葉に顔を上げた。




 「まだ俺は生きてるんだ。例え歩けなくても転がり続けますよ」


 「新藤君……」

 


 彼方はベッドから起き上がり、ふらつく足で立ち上がると阿良節の目を見つめた。



 「例えそれが殺戮の母だって、護り続けますよ」



 有無を言わせぬ力を感じずにはいられなかった。


 新藤彼方の決意は、誓いを交わしたあの時から揺らぐことはない。




 「それが俺の戦いです」




 彼の言葉は強く、優しかった。


 だからこそ、人に勇気を与える力があった。



 気付けば阿良節と夏々莉の表情も、ゆるやかに綻んでいた。



 「実は彼方君の両親に挨拶してきたんだ」


 笑いながら衝撃のカミングアウトを突然繰り出す阿良節に彼方は度肝を抜かれた。


 「え、その姿でですか!?」


 「うん」


 「えっと、一体どんなお話を……?」


 「彼方君を巻き込んでしまった謝罪、これからの我々のビジョン、そして彼方君の力が必要であること」



 「……どうでした?」




 阿良節はあっけらかんと、しかし少し困った表情で答えた。




 「大変だったよ」 




 なんとなく、その一言で全てを察した。



 「初対面は彼方君とほとんど同じ反応。紫鏡(しきょう)さんは嫌だ辞めての一点張りだったけど、遠也(とおや)さんは感情を抑えて論理的に話を聞いてくれたよ。息子の意思を尊重するって」


 「父さん……」


 「お母さんの方は意地でも嫌って感じだったけどね。最終的には折れてくれたけど、絶対あの子を守ってって。私達の娘は人を騙さない、その姿を騙るなら胸に刻んでってさ」



 阿良節は天を仰いでぼやいた。



 「痛いほど分かってるつもりなんだけどなぁ」



 「……」




 「みんな新藤君のことが大好きだから。愛され故の嬉しい悩みですよ」


 「き、木舘(きだて)さん……」



 唐突に口を挟んできた夏々莉のセリフに、彼方は顔を赤らめてしまう。



 「そだね、夏々莉も彼方君のこと大好きだもんね」


 「ちょ、ちょっとぉ〜……」



 同じく恥ずかしそうにする夏々莉を弄んだ後、阿良節は再び彼方の方を見た。



 「今日再検査を行って異常が無ければ明日退院。お家に帰ったら両親とゆっくり話してほしい」



 「もちろんです」



 彼方は強く頷き、阿良節もそれを見て微笑んだ。







 再検査の結果、体は未だ過労状態にあったが日常生活は送れる程に回復しており、退院して自宅療養することとなった。


 検査を担当した上声相灯(かみごえそうとう)から聞いたことだったが、阿良節の傷も浅いものではなかったのに事後処理のため奔走し、ようやく一段落したため明日から休暇という名の強制入院をさせられるらしい。


 (あの人にもちゃんとお礼を言わないと。命の恩人なんだから)


 

 どう感謝を伝えようと考えながら、彼方は病室のベッドに寝転び携帯端末の初期設定を行っていた。


 新発売した新型携帯端末「ヴァーチャルフォン」、通称Vフォン。


 小さな本体から仮想立体ディスプレイを空間に投影し、立体映像に触れることで操作ができる最新鋭の携帯端末。


 先程押しかけてきたクラスメイトと担任から誕生日プレゼントとしてもらったものだ。


 どうも彼方が目覚めたと連絡を聞いた担任が授業を放棄し、彼方と親交があるクラスメイト数人を引き連れてきたらしい。


 もちろん他の教師から咎められたようだが、


 「勉強なんざ家でやりゃいい。友人の奇跡の目覚めを共に喜ぶ人としての優しさを教えるのが大人の勤めってやつでしょうが」


 と吐き捨てて学校を後にしたそうだ。 


 (すんげー嬉しいんだけど、やっぱり俺、死にかけてたんだなぁ……。改めて実感するとゾワッとしちゃうな……)


 

 Vフォンの設定を進めていき、日付を設定する項目が出てきた。


 彼方は部屋の中からカレンダーを探して日付を確認する。


 「あっ……」


 そのまま立ち上がり、窓枠にかけられたカーテンを開いた。


 既に日は暮れており、しんしんと雪が舞っている。



 

 そうだ。今日は。





 「ホワイトクリスマス…………」







 「探したよ〜新藤君。外出許可貰ってまだ帰ってきてないし何処ほっつき歩いてんのかと思ったら」


 「あぁ、ごめん木舘さん。どうしても行かないとって思っちゃって……別に今日じゃなくてもいいのに」


 「ん〜、まぁそういう日があってもいいんじゃない? 思い立ったらすぐ行動したい気持ちは分かるよ」



 午後7時頃。


 二人は入院していた病院から歩いて10分程離れた場所にある墓地に来ていた。


 墓石に雪が積もっており、それを振り払って彼方はしゃがみ込む。




 新藤遥(しんどうはるか)の墓だった。





 彼方はしばらくの間黙り込み、彼が立ち上がるまで夏々莉も静かに待っていた。



 「ごめんね、付き合わせたみたいになっちゃって。せっかくのクリスマスなのに」


 「私も入院してたから暇だったしいーんだよ」


 そっか、と彼方は呟く。


 「何話してたの?」


 「そんな大したことじゃないよ。色々あったんだよって」


 

 本当に、色々なことがあった。


 これまでだけじゃなく、きっとこれからも。


 全てが遥から始まっていたのはびっくりしたけれど、最後もきっと遥の元に収束するんだろうと彼方は思った。


 だから彼女に向けてこう言ったのだった。





 遥姉、素敵な贈り物をありがとう。





 「そろそろ行こうか」


 外も大層冷え込んできたので、夏々莉に催促をかける彼方。


 雪は止んだもの、年の瀬になると夜はとても寒くなる。


 彼が踵を返し病院へ帰ろうとしたところ、夏々莉は思い出したかのように声を上げた。



 「あ、そうだ新藤君!」



 「ん?」








 「「お誕生日、おめでとう(ハッピー・バースディ)!」」






 彼には確かに、二人の少女の声が聞こえた。



 酷く辛い戦いの果て、多くの人々が傷つけられてしまった。


 取り返しのつかないことも多くあったのだろう。



 その熾烈な戦火をくぐり抜けた彼にとってその言葉は。





 「……ありがとう!」









 これ以上ない、贈り物だった。






 空には、美しい星空(しあわせ)が広がっている。

長らくお待たせしました。

第一章完結です!

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