19『最低で幸せな日』
曇天さえも吹き飛ばした大旋風。
神々しさすら感じさせる希望の風は、命を削り戦う戦士たちの目にも止まった。
「あの風……彼方かッ! やりゃできんじゃんよ!」
限界でしのぎを削る戦士たちに、希望を運んだ。
槍史は固有顕装の槍・ブリューナクを振りかぶり、連なるマシンの頭を連続的に薙ぎ払う。
斬られたマシンは「対消滅」を起こして霧散し、そのままの勢いでブリューナクを投擲した。
「……! 佐地のおっさんッ! 対消滅が起きてるッ! 今が勝機だッ!!」
「おォうッ! とうとうへこたれやがったか、この根性なしのポンコツ共めェッ!」
槍史の声に呼応し、佐地も反撃に打って出る。
彼が駆る装甲車の側面に多数の銃口が出現し。
「ぶちかませ、チャリオットォッ!!」
彼らを囲うマシンへ向けて一斉射撃を放つ。
360度全方位に放たれた粒子の弾丸は跋扈するマシンの群れを問答無用で貫き、次々と視界を広げてゆく。
(カラクリ解いてくれやがったな、彼方……! )
反撃の一手は会心の一撃となり、有象無象の怪物は美しい粒子となって宙を漂う。
瞬く間に戦力差は縮まった。
「晴れてきたな」
惨劇の終わりが見えてきた。
「今日は快晴らしいぜ」
残りの気力を振り絞り、槍史は神槍を構える。
現在の時刻は、12月18日午前0時3分。
昨日と打って変わり、本日の予報は晴天なり。
「固有顕装の発現だと……ッ!?」
己の下僕は力を失いつつある中、ここに来て覚醒する彼方。
黒詰は切羽詰まり、余裕を浮かべることは出来なくなっていた。
彼方はその手に顕現した剣を見つめる。
「これが俺の……固有顕装……」
自身の身の丈程ある巨大な刀身。
もはや大剣と言っても差し支えないそれは、異なる構造のグリップが2つ、そしてその持ち手まで覆う翠色の刃を持っていた。
両の手で大剣を握りながら、彼方は何故か晴れ渡った頭で気付いたことがあった。
零と無限の管轄が発現したきっかけは、絶体絶命の窮地でも守り抜くと誓ったことではない。
遥から残された『言葉』に答えようと強く願ったからだ。
2度目の発現も、阿良節の言葉に答えるため。
そしてこの固有顕装も、夏々莉の声に答えて顕現した。
阿良節が言っていた『信念』というものが、少しだけ理解できた気がする。
ならばこの力は、誰かの為に心を燃やす剣だ。
「この期に及んで、背伸びなぞしよってッ!」
くたばりぞこないの怪物はようやくその姿形を取り戻していた。
修復を完了させたマシンが、黒詰の雄叫びと共に攻撃を仕掛けてくる。
彼方は地面を踏みしめ、翠の大剣を腰元で構える。
その瞳は巨大な敵を見据え、彼の呼吸は静かで落ち着いていた。
彼方とマシン、至近距離での逢瀬の瞬間。
「――――――この胸に木霊する言葉が、刹那の強がりなもんかッ!」
束の間、すれ違いの果てに振り上がった刃。
それと少年の力強い言葉は、機械仕掛けの体躯をいとも容易く切断した。
「な………………」
怪物は討伐され、その頭蓋が瓦礫の山へ激突する。
切り離されたマシンの下半身は跡形もなく消失し、残された上半身も消滅し始めていた。
目の前の光景に言葉を失う黒詰。
勝ち筋が無くなったと理解してしまった。
……勝ち筋?
何故自分は今、こんな非力な子供に敗北しようとしている?
「―――――――――、」
つまらない。
とてもつまらない。
敗北?
このまま力尽きて、阿良節に捕まる?
待ち受けるは処刑、否。
彼女はそんな生ぬるいことはしない。
黒詰の肉体を解剖して脳から全ての情報を手に入れる。
そうすればマシンに関わる全てのアルゴリズムが暴き出され、かの怪物による悲劇は幕を引くだろう。
それは、本当に――――――。
「不快だァァァッ!!」
頭を抱えながら黒詰は絶叫し、突如デスクの上に置かれたレバーを作動させる。
同時に夏々莉の首根っこを手荒く掴み、両腕で踏ん張りながら持ち上げる。
「うぐっ……!」
「な、なにを……ッ!」
瞬く間に目の前のウィンドウが降ろされた。
まるで猛獣の檻を取り払ったかのように。
「貴様の魔眼は確かに無敵だ。どれだけの衝撃を加えてもビクともしない」
「ま、さか……、黒詰鞠徒……ッ! アンタは……ッ!」
鎖で繋がれ身動きの取れない夏々莉を抱え、大きく振りかぶり。
「だが、マシンの化学反応に耐えられるかな? 私ですら未知の破壊の権化にッ! 果たして貴様は飲まれても尚耐えられるのかッ!?」
そして。
「破壊に飲まれてもがき苦しめ。願わくば、次は来世で会おう」
夏々莉の体は宙に放り投げられた。
「あ――――――」
直後。
彼方の真横を、見えない風が切る。
上半身だけとなったマシンが、胴体をくねらせながら夏々莉を喰らうべく飛び出したのだ。
「やめろォォォォォォォッ!!」
即座に跳躍する彼方。
その身体めがけて大剣を振りかぶるも、あと一歩のところで外してしまう。
(まず、い……! )
大口を開いた獣は胴体を大きく振り駆け抜ける。
空から降る少女は、まるで最後の晩餐だ。
(…………、け…………)
彼方は足を全速力で前に押し出す。
両腕で抱える『武器』を後ろに靡かせ、目の前の標的を冷静に見据える。
この『力』は、誰かの声に答える力だと知った。
だというのならば。
俺の声にも、答えてみせろ。
積み上がった瓦礫を駆け上り、彼方は跳躍して『武器』を構える。
美しく流れるような手さばきは、宙に舞う少女から学んだものだった。
激しい駆動音を鳴らしながら、彼方が手にしていた大剣は大砲へと姿を換える。
焦点がブレていようと、狙いは定まった。
「届けぇッ!!」
彼方が引き金を引くと、漆黒の稲妻と共に銃口にそぐわない巨大な弾丸が放たれた。
あまりにも熾烈で高速の弾丸はマシンの背に追いつき。
その満身創痍の半身を飲み込んで爆散させた。
彼方は固有顕装を投げ捨て、両腕を前に突き出して飛び込む。
「木舘さんッ!!」
その腕の中に少女を抱きしめると、一瞬だけ少女と目があった。
永遠のように思えた刹那。
しかし即座に二人は瓦礫に叩きつけられ、砂煙を立てることになった。
「…………、」
黒詰鞠徒の時が止まる。
そして少しの間の後、再び動き出した彼は『何か』の栓を抜き、二人の墜落地点へと投げつけその場を立ち去ろうとする。
それはまるで黒く光る試験管のような。
否、手榴弾だった。
放たれた殺意は未だ収まらなない砂煙を爆音でさらに巻き上げる。
(このままでは、奴らが勝利し私が敗北する……! それだけはなんとしてと避けねば……ッ! )
夏々莉の魔眼の前では殺傷兵器ですら時間稼ぎにしかならないことを、彼が理解していないはずはない。
黒詰鞠徒にはまだ奥の手があった。
黒詰が勝利する道のりは閉ざされてしまったが、ならばJOKERすらも道連れとする。
その唯一の手段を達成するため、彼が部屋の扉に触れると。
「待たせたな、クソッタレッ!!」
勇ましい怒声と共に扉が蹴破られ、傷だらけの矢原槍史が現れた。
「な、貴様……まだ生きていたのか……ッ!」
「テメェを吊るし上げるまでは死んでられねぇよッ!」
黒詰を視界に捉えた槍史は、一目散に飛び上がりドロップキックを繰り出す。
咄嗟に腕を交差し受け止める黒詰も、力の限り踏ん張りそれを払いのける。
「ケッ、ドーピングで筋肉マシマシのひょろガリが粋がってんじゃねぇよ。どうせ後数十分も持たねぇだろうが」
「貴様のように腕力だけが取り柄ではないのでな。生憎とその通り時間があまり無いのだ、道を開けてもらおう」
黒詰が右手を振るうと、袖の下から細く鋭い刃が飛び出した。
すぐさま槍史に飛びかかり、その体を引き裂くべく薙ぎ払いを繰り出す。
槍史は動じず、その斬撃を両腕で受け止めた。
彼の鋼鉄の二肢には、鉄のトンファーが隠されていたのだ。
「姑息な真似を……ッ!」
「ムカつくぜ、隠し玉が全く同じだなんてなッ!」
黒詰の刃を振り払い、二人は後方に飛びのいて距離を取る。
舌打ちをしながら黒詰は左手からも刃を出現させ、再び槍史に斬りかかる。
「ほら、もっと来いよ! この扉に行きてぇんだろッ!?」
「その減らず口を叩き潰せば今にでもッ!」
「テメェのへなちょこ体力が、いつまで持つかなッ!」
罵倒を交わした二人は再び力をぶつけ合う。
(まだだ……もう少しだけ耐えろ、俺……! )
連戦の無理が祟ったのか、鍔迫り合いに押されて後退る槍史。
(後一手、何か決定打があれば……! )
「達者な口先だけでは、私は止められんッ!」
とうとう壁に背中を合わせられ、後退りができなくなる。
「敗北と絶望を抱きしめて死ねッ!」
黒詰の双刃が槍史の額を刻もうとしたその時。
突如鈍い銃声と共に、瓦礫の弾丸が黒詰の両脚を貫いた。
「ぐ、あぁぁぁあッ!?」
多量の血を吹き出しながら脚を震えさせる黒詰を、槍史は刃を振り払うことで転倒させる。
窓を見下ろすと、崩壊した部屋で支え合いながら立ち上がった彼方と夏々莉の姿が見えた。
彼方の持つ拳銃に瓦礫の破片を無理やり詰め込み、夏々莉の魔眼の力で拳銃の強度を保つ。
そうして二人で照準を合わせ、会心の一撃を放ったのだ。
「あら、ごめんなさい。たぶん死なないから安心して」
少女は不敵に笑い。
「死ぬほど痛いだろうけどね。アンタはまだ生きていてもらわなきゃ困る」
少年は不屈の眼差しを向ける。
「ぐううッ! き、さまら……! 科学の奴隷のガキ共が、まだ私に……!!」
冷たい床に這いつくばる黒詰を横目に、槍史は通信機に手を当てた。
「リーダー、終わらせてくれ」
「我々の最終兵器を甘く見過ぎた。それが君の敗因だ、黒詰君」
とあるビルの屋上。
夜風に吹かれながら煙草を吸う上声が、煙を吐きながら小さくぼやいた。
「いいえ先生。少年少女達を甘く見た小賢しい大人の敗北です」
漆黒のスナイパーライフルを構える阿良節の言葉に、それもそうだなと笑う上声。
(ごめんね、彼方君。君に捧げるにはあまりにささやか過ぎる贈り物かもしれないけど)
阿良節は静かに、己の指に神経を集中させる。
「こんな悪夢、終わらせましょう」
そうして引き金は引かれた。
満天の星空を駆ける弾丸は、まるで流れ星のように線を描き。
黒詰鞠徒の左腕を掠めた。
突然の出来事に驚愕するも、黒詰はまもなく意識を失い昏倒することになった。
一人の科学者が倒れ付す姿を、傷だらけの戦士たちが見届けた後。
最低で最悪の一日が、幕を閉じた。
長らくお待たせしました!
現在絶賛就活中でして、落ち着いたらまた再開していこうと思います!




