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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
19/24

18『奇跡なんて無い』

 「…………何?」




 牙を振り下ろしたマシンの様子がおかしい。



 まるで何かに抵抗されるかのように、力を込め続けている。




「――――――俺は、死なない…………ッ!」




 まさにその通りだった。



 うつ伏せに倒れる彼方(かなた)の背には、零と無限の管轄(オルターネイション)の翼が3対生えている。



 彼を殺すための一撃は、漆黒の翼を使った抵抗で堪えていた。



 マシンの頭を翼で鷲掴みにし、手足に力を入れて立ち上がろうとする。



 「俺は、約束、したから……! 木舘(きだて)さんと……! もう、どこにも行かないって……ッ!」




 「ひっぐ……、新藤(しんどう)君……!」




 また、泣かせてしまった。


 君の笑顔を見るためにここへ来たのに。



 自身への不甲斐なさと非力さへの憤りを力に変え、彼方はその足で大地を踏みしめた。




 「(レギュ)(レイト)……ッ!」



 彼方を踏み潰そうとのしかかる脚を消滅させ、その巨体ごと豪風で跳ね除けた。



 「まったく貴様はしつこいな……ッ! いい加減諦めてその命を差し出せェッ!!」

 


 激突した壁を崩壊させながらも、マシンは飛び起きて彼方へ攻撃を仕掛ける。


 しかし彼方も負けじと再び零と無限の管轄を発動させ、建物の壁ごと吹き飛ばす。



 再生した側からその躰を消し去り続けるその様は、まるで粒子の海で荒れ狂う嵐のようだ。





 「お願い、彼方」




 耳が遠くなるような爆音の最中、彼方の脳裏に少女の声が聞こえた。




 「君だけは、なんとしても生き抜いて」




 あの日。あの最悪の日。



 最愛の姉と交わした最後の言葉。




 「(はるか)、姉…………」



 

 少女は暴走する怪物共に群がられ、瞬く間に真っ赤な華が咲いた。



 遥の命を糧に、新藤彼方は今日まで生かされてきた。




 「俺、幸せを守れなかったよ。遥姉を守れなかった」



 

 俺にも何かできたんじゃないか。



 彼方は今でも、ふと思うことがある。



 一方的に守られるだけでなく、遥を守るために何か行動を起こせたのではないだろうかと。




 彼の起こさなかった行動は、もしかすると遥が望んでいなかったものかもしれない。


 必要としていなかったことかもしれない。


 


 「君も潔く死んでいれば私を失望させず、仲間のお荷物にもならなかったのになぁ!」 



 黒詰鞠徒(くろつみまりと)から突き刺された言葉が反芻する。


 JOKER(ジョーカー)のみんなは彼方の力を必要としてくれたんだろうか。



 結局は零と無限の管轄さえあれば。  

 

 偶々自分がその役割だっただけ。


 極論だと分かっていてもそう考えてしまう。



 彼方は薄々気付いていた。


 彼を苦しめる要因は、遥を守れなかったことではない。


 遥に必要とされていなかった恐怖だと。



 (人のことをエゴイスト呼ばわりしときながら、生憎自分自身を吐き捨ててたんだな)




 靄がかかる思考回路は、何かを考える力を既に失っている。



 だとしても、彼の脳裏には数々の言葉が思い出されていた。



 様々な感情が彼方の中を蠢く。






 「君に何かあったら全部おしまいなのッ!!」


 「その力は我々SEEKER(シーカー)としては喉から手が出るほど欲しい力だ。街で暮らす人々のため、マシンの被害をこれ以上広げないため」


 「零と無限の管轄。君、知ってるだろ」


 「私は君に救われたんだよ」


 「……これ以上、心配させないで……!」



  

 結局自分のエゴのために立ち上がったのだとしても。



 彼方はそれで誰かを傷つける事を良しとしない。



 偽善者と呼べ。


 弱き心を嘲笑え。

 

 

 どんなに言葉の矢が彼を貫こうと、この心臓が動く限り護り抜く。




 それが黒詰鞠徒との決定的な違いだ。




 

 「誰か…………助けて…………ッ!」





 ここへ辿り着けたのは、少女の祈りが導いてくれたから。



 彼女の悲痛過ぎる道程を辿り、明日の景色を変えると誓ったから。




 だからこそ。



 今にも消えそうな灯火の命を燃やし、残虐な殺戮兵器と対峙する理由は一つだ。


 


 誰かの為になら戦える。



 誰かに必要とされる限り、灰塵に帰したこの身体を何度だって燃やせる。




 「木舘さん」




 その『答え』を握っているのは、間違いなく彼女だ。




 「君は、どうしてほしい?」




 その答えを聞くために、彼は今ここに立っている。




 「俺に、何ができる?」

 



 「貴様にできることなど無いッ! 私を悦ばせるための悲劇と化せッ!!」




 その言葉の勢いを載せたマシンの一撃を、彼方は粛清するかの如く消滅させる。


 再び再生を始めるマシンを、その姿が見える前に霧散させた。



 「とっくに限界は超えているはずだろう……ッ!? なぜ今になって勢いを増す……ッ!?」



 黒詰に焦りが見え始めたのは、想定外の状況が続いたからだけではない。


 満身創痍であるはずのその姿は、慢心を決め込んでいた科学者に有無を言わせない威圧感を感じさせた。



 


 「私、は………………」




 答える権利はない、と脳裏をよぎる考えを首で振り払う。



 これは私が答えなくちゃいけないんだ。



 根拠のない勘が少女の喉を開かせる。



 そして夏々莉(かがり)は、ゆっくりと震える口を開いた。




 「マシンなんてイカれた存在が無い、平和な世界が欲しかった。私には特別な力があるし、それは必然的に成し遂げられるって思ってた……」



 「そんなものはありえないッ! 貴様にそんなことはできないし、私がそうはさせやしないッ!」


 

 苛立ちを隠せない黒詰が夏々莉の鳩尾を蹴り上げる。


 しかし魔眼の力を発動している夏々莉には何の意味もなさない行動であった。


 夏々莉は続けて言葉を紡ぐ。



 「でも、私だけの力じゃ何もできなかった……。大切な弟も、傷付く友達も、何一つ守れなかった……ッ!」



 涙ぐむ夏々莉の言葉を、聞き逃さず全て受け入れる彼方。



 「それでも私は、みんなが笑って過ごせる明日がほしい……! 新藤君と笑える明日がほしいの……!」



 「黙れェッ! 言葉を喋るなァァッ!」



 暴力と共に放たれる罵詈雑言など、夏々莉の耳には届いていなかった。



 例え力を振るう極悪人が目の前に居ようと、彼女の瞳には彼方しか映っていない。




 「だから、お願いします……ッ! どうか私を…………」





 夏々莉は心の底から、絞り出すように叫んだ。




 

 「助けて、新藤君………………ッ!!」










 新藤彼方は、笑っていた。










 「おうさ」









 

 直後、翠に煌めく旋風が巻き起こった。



 今までのものとは比べ物にならない大旋風は、部屋中の瓦礫を巻き込み巨大マシンを遥か天高くまで吹き飛ばす。



 

 「な…………ッ! まだこれほどの力を残していたというのかッ!?」




 すかさずマシンが翠の吹雪に突撃するも、触れた箇所から粒子へと霧散させられていく。



 瞬く間に全身が消し去られ、黒詰は慌てて再出現させようとするが。



 「チィ……ッ! 粒子残量が残り少ない……! 外に出ている個体分を回すしかないのか……ッ!」



 巨大マシンが再び顕現を始めた。



 しかし、再生スピードが先と比べ物にならない程遅くなっている。


 

 黒詰の残存戦力も底を見せ始めていた。



 「いつまでも気色の悪い嵐に閉じこもってるんじゃないッ!! 早く出てくるのだ、今すぐなぶり殺してやるッ! つまらん反逆劇を見せつけてくれるなァァァァァァァッ!!」





 新藤彼方の耳には、その絶叫すら聞こえていなかった。



 今の彼には、何一つ聞こえていない。




 吹き荒ぶ無音の世界で彼は掌を天に掲げる。



 美し過ぎる翠の粒子が彼の手に集まり、そして激しく弾ける音が脳内で響いた。





 「固有顕装(ソリタリー)




 眩い光に包まれる中、彼方は確かに『何か』を掴み取った。




 彼方の右手に、光が集まる。



 これは、誰かを護るだけでも、運命を突き進むだけの力ではない。



 

 「顕現開始(アクティベーション)……ッ!」




 これは、自ら明日を切り開く力だ。





 (こんな近くにあった答えなのに、なんで今まで気づけなかったんだろう)




 

 S-O9(セレヴィオナイン)の嵐が過ぎ去った跡、彼は確かに『想い』をその手に掴んでいた。






 「あぁ、クソ……ホントに全く……」



 


 


 彼が掲げているのは、自由を縛る鎖を断ち切る剣だ。







 邪悪な科学者に、死を纏う怪物に。


 答えをくれた友達に。



 そして自分自身に。




 彼方は高らかに宣言した。









 「最悪で(ワースト・)最高の(ハッピー・)誕生日(バースディ)だよ…………ッ!!」

 








 曇天を切り裂き満天の夜空が広がる今宵は『奇跡』が起きたのか。




 否。


 奇跡などありはしない。








 ――――――これは、新藤彼方が掴み取った『必然』なのだから。

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