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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
18/24

17『解き放たれた獣』

 ただひたすらに続く暗い道。


 薄暗い足元の蛍光灯だけが光る通路を、新藤彼方(しんどうかなた)はひた走っていた。


 

 しばらくすると一枚の扉が見えてきた。


 彼方は走るスピードを更に上げ、飛び蹴りによって扉を蹴破る。


 その先から溢れる眩い光で一瞬目を瞑ってしまった。



 明るさに目が慣れた彼方の視界に映ったものは――――――。




 



 「こちらB1(ブラボーワン)! 『零と無限の管轄(オルターネイション)』を発現を確認した! 現在同行中のB5(ブラボーファイブ)と共に現場に急行するッ!」



 彼方が起こした存在証明はすぐさまJOKER(ジョーカー)に伝わった。


 槍史(そうし)が通信を切ると同時に、翠のラインが描かれた漆黒の車両が出現した。


 「乗んな槍史。最速でぶっ飛ばしていくぜ」


 「固有顕装(ソリタリー)が装甲車って、相変わらずぶっ飛んでるよなぁ。佐地(さち)のおっさん」


 軽口を叩きながらも速やかに乗り込む槍史。


 「まぁな。久々にこの佐地改次(さちかいじ)のドラテクを見せつけてやろう、舌ァ噛むなよッ!」



 佐地改次と呼ばれた男性がハンドルを握ると、漆黒の鉄塊は高速で走り出した。


 崩壊した街の残骸を飛び越え、目的地へ向けて一直線で加速を続ける。


 

 爆炎をくぐり抜けた瞬間、『奴ら』の姿が見えた。


 軋む機械音を鳴らしながら槍史らに突撃してくる。


 

 佐地はただアクセルを強く踏んだ。


 彼の固有顕装に激突したマシンは一方的に跳ね飛ばされ、粒子と化して宙に消えていく。


 幾度も見てきた光景を無言で見送り、同じくこの光景を見飽きた槍史に声をかけた。


 「……どうだい。体、持つんかい?」


 「俺に限らず動き回ってる奴はとっくに限界突破してやすよ。近くにいたのがおっさんで助かった」


 「ほんだら、ちゃっちゃと〆んとな」



 そうだな、と槍史は返す。


 作戦開始から既に2時間半が経過していた。


 この数時間であっても全神経を研ぎ澄まして全力で戦い続けるというのは、中々無理のある話だ。


 酷い疲労感で意識が飛びそうになった槍史だが、頭を振って頬をひっぱたき覚醒した。



 「見えたぞ」



 もしかすると彼の意識は知らぬ間に飛んでいたのかもしれない。


 気付いたときにはコンクリートの倉庫のようなものが見えていた。


 佐地は更に装甲車を加速させ、建物の入り口に突撃を仕掛ける。



 「土足で失礼ッ! お取り込み中だろうが、邪魔するぜッ!」





 「悪いがおっしゃる通り取り込んでいるのでね。お引き取り願おう」





 直後、激しい衝突音と熾烈な火花が二人の視界を覆った。



 目前に現れたものが何なのか、姿が見えなくとも即座に理解する。


 閃光の狭間から見えたその姿は、佐知の装甲車を遥かに上回る巨体が1つ。



 「こいつ……なんで対消滅しやがらねぇんだ……ッ!?」



 そして巨体の怪物の側には、それを支えるように立つマシンが2、3、4、5、6。



 「おっさん! 後方を重点的に全方位に向けて全弾掃射だ! その直後に全速でバックブーストしてくれッ!」



 助手席のウィンドウから見えるのは16、17、18体。


 サイドミラーには32、33、34体。





 「――――――囲まれてる……ッ!!」






 

 

 「即席の運用だったが、遠隔での粒子供給による対消滅無効化は成功したようだな。これで奴らの電池切れまで持つだろう」


 邪悪な笑みを浮かべる男は黒詰鞠徒(くろつみまりと)


 「まさかここまで抵抗が続くとは思わんかったよ。火事場の馬鹿力というやつか? ……まぁいい。少し休憩としよう」


 私も疲れたよ、と黒詰はぼやく。



 その姿を、鎖で繋がれうなだれる夏々莉(かがり)は力ない目で睨みつけた。



 「よしたまえ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」


 黒詰は夏々莉の無言の抵抗を軽く嘲笑う。



 「さて、ようやく王子様が到着したようだな」



 「…………!」



 夏々莉は目の前のガラスウィンドウを覗き込む。


 彼女と同じく鎖で繋がれた、あまりに巨大過ぎるマシン。




 その足元の奥にある扉に。







 「木舘(きだて)さんッ!!」



 傷だらけの友達が立っていた。



 「新…………藤……君…………!」




 少年の視界を覆うのは、諸悪の根源と磔にされた夏々莉。



 そして彼の背丈の4、5倍はある巨大過ぎるマシンが立ち塞がっていた。



 怪物は彼方を視界に捉えると、鼓膜を引き裂くような叫び声をあげる。


 彼方を喰らうべく巨体を震わせるも、マシンを縛る幾多の鎖によってそれは阻止された。



 「遅かったではないか。死にぞこないの新藤彼方君」



 「黒詰……鞠徒……ッ」



 吐き気を催す声が聞こえる。


 

 「君の持つ零と無限の管轄、正直期待外れだったよ。S-O5(セレヴィオフュンフ)から成るあの鎖さえ断ち切れないとは」


 「……(はるか)姉の大事なものを馬鹿にすんな」


 「君も潔く死んでいれば私を失望させず、仲間のお荷物にもならなかったのになぁ! 科学者に踊らされていた愚かな姉と同じようにィッ!」



 「統制(レギュレイト)ッ!!」



 彼方は目の前の巨体に、黒詰に怒りの眼差しを向けて旋風を起こした。


 鎖に繋がれた怪物は粒子の吹雪に晒されて崩壊を始め、解き放たれた上半身が天井に激突して崩落を起こす。


 粒子へと霧散するマシンの断末魔は、彼の耳には届かなかった。


 降りかかる瓦礫をものともせず、彼方は

ただ一点を睨みつけた。




 「俺の大切な人達を、これ以上馬鹿にするな……ッ!!」




 少年の剥き出しの叫びに対して。



 邪悪な科学者は、静かに嗤っていた。




 「君らがあまりに滑稽過ぎるのが悪いのだろう?」



 神経を逆撫でする男の姿が、突如見えなくなる。


 彼方の目の前に視界を遮る巨大な物体が現れたからだ。



 彼が零と無限の管轄で消し去ったはずの巨大なマシンが、再びその姿を現した。



 「なッ……!?」



 「丁度イイ。私の固有顕装の初陣といこう。お誂向きの相手だ」




 自由を得た機械仕掛けの獣は頭が割れる程の雄叫びを上げ、彼方へ向かって一直線に襲いかかる。




 「役立たずの弟君よ。せいぜい私の研究ぐらい、しっかり手伝ってくれよ?」



 「誰がッ!」

 


 彼方は咄嗟に2本の刃を構え、刀身を巨大化させてマシンの攻撃を受け止める。


 だが巨体から繰り出される攻撃はあまりに重かった。


 彼方の踏ん張る力を遥かに上回る衝突は、彼の脚を後方へ引きずらせる。


 「お、重い……ッ!」



 彼方は交差させていた刃を横に薙ぎ払い、マシンの体ごと横に受け流す。


 即座に追撃が来る。


 彼がそう予感した時点で、既に次の一撃が迫ってきていた。


 大振りの尻尾から繰り出される斬撃。


 彼方は2対の刃を叩きつけて威力を相殺し、その反動でマシンの背後に跳躍する。


 そして刃を引き金に持ち替え、銃口を向けた瞬間。


 

 怪物の巨大な顎が、少年を飲み込まんと広く開かれていた。


 彼方の頭上に牙が届き、今にも噛み砕くために振り下ろされようとする――――――。



 「統制ォッ!」



 彼方の生存本能が咄嗟に雄叫びを上げさせ、マシンの頭を吹き飛ばした。


 空中でバランスを崩した彼方は、そのまま落下して転がるように着地する。 



 「グ…………ッ、ハァ……ハァ……ッ!!」



 着地の際に左肩を強打してしまった。


 痛みはなくとも、余計な損傷だ。


 しかし彼方にはその負傷に意識を向ける暇もなかった。


 彼を幾度も襲った死の恐怖。


 再びその瀬戸際に陥ったことが、彼の意識に少しばかりの覚醒を促した。


 


 先程からの不可解な事象について考える思考回路はもはや機能していない。


 彼の意思決定は全て、全身の感覚器官に任されていた。


 だからこそ、少しも余所見をする余裕が無いことはすぐに理解できた。


 

 息をつく間にかのマシンは再生を施し、耳を劈く機械音と共に突撃してきた。


 彼方も両手に刀を構え、魂さえ削りながら迎え撃つ。




 「零と無限の管轄、実はそれほど万能では無いのだな。これは期待しすぎた私の落ち度だ……。所詮、『神童』とは言えど子供の作った玩具に過ぎんか」



 激しい戦闘を繰り広げる彼方を上から見下ろし、黒詰は呆れたように呟く。


 そして夏々莉の髪の毛を鷲掴みにし、ガラスの窓にその顔を押し付けた。


 「うぐ……ッ!」


 「さぁ見てみろ夏々莉ィッ! お前の大事な大事なお友達が! 愚かにも出来損ないの力で粋がったために死んでゆく様をッ!」



 「木舘さんから手を離せッ!」 



 マシンと鍔迫り合いを交わしながら彼方は叫ぶ。



 「零と無限の管轄のことは君の死体から適当に調べよう。やはり私に必要だったのはコイツの魔眼の力だったようだ」


 「それは木舘さんが誰かを守るための力だッ! アンタのエゴを叶えるものじゃないッ!」


 「ハハッ、片腹痛いわァッ! 自らの姉弟すら守れずに私と契約をしていたのに、一体誰が守れると言うのだッ! 結局は希望なき現実から引き籠もり、か弱い自分を守るための殻に過ぎぬでは無いかッ!!」



 「私、は…………」



 否定して全てを受け流すことは、夏々莉には出来なかった。



 だとしても。




 「俺を守ってくれたッ!!」




 少年は絶望に抗う。

 



 「木舘さんのその優しい力は、俺を幾度と無く助けてくれたッ! 目の前が真っ暗な時だって、本当にもう駄目だってときだってッ!」




 巨大な悪夢が彼を蝕み続けようと。



 その悪夢から醒める術すら、見つからないとしても。




 「木舘さんがいたから、俺は立ち直れたんだ……! 遥姉が居なくなった世界に光を灯してくれたのは、俺の命を再び燃やしてくれたのはッ! 間違いなく君の瞳なんだ!!」



 「新藤、君……ッ! 私は…………ッ!」



 こんなに絶体絶命なのに、あの少年は自分の価値を認めてくれた。



 夏々莉にはそれで十分過ぎる言葉だ。



 豪風の前に立ちふさがる小さな篝火を、涙無しで見守ることなどできなかった。




 だが、奇跡は起きはしない。


 彼方の側面から鋼鉄の尻尾が迫りくる。



 「…………ッ!」


 「新藤君ッ!」



 間髪入れずに反応した彼方。


 刃を翻して防御体制を取るも、敵の怪力に跳ね除けられコンクリートの壁に叩きつけられてしまう。


 

 「ガハッ…………!」



 彼の両手から2対の剣が滑り落ち、瓦礫の上に墜落し。


 倒れ伏した。



 「い、いや…………ッ!」


 「フフ、フハハハハッ!! とうとう電池切れか! 想定よりもしつこく粘りよったが、良くもまぁ闘ったと褒めてやろうッ! これでフィナーレだッ!!」


 「いや! お願い、やめてッ! これ以上新藤君を傷つけないで! 本当にお願いッ!!」


 「おいおい今更になって命乞いするのかァ!! いいぞいいぞもっと醜い姿を見せてくれよォッ! アッハハハハハハ―――――ッ!!」

 


 少女の顔が崩れるほどの涙では、黒詰鞠徒は止まらない。


 むしろより絶望を感じさせることの方が彼の好みであった。



 「クハハ…………、はぁ。よし、殺せ。奴はもう用済みだ」



 黒詰の指示を受けたマシンは倒れる彼方へ歩み寄る。


 

 「起きて! 新藤君起きてッ! お願いだから、死なないでッ!!」



 夏々莉の悲痛な叫びも虚しく、巨大なマシンは命を喰らう構えをとった。








 「結末は凄惨であればあるほどイイ」






 



 そして斬首台は振り下ろされた。

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