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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
17/24

16『満身創痍』

 「総員に通達。第28区の南西ブロックにターゲットが籠城している可能性がある。現在戦線復帰したB6(ブラボーシックス)が急行しているが、病み上がりの新参者だ。残存粒子に余裕がある遊撃部隊はマシンの掃討を行いつつ、B6の援護に急行するように」


 阿良節(あらふじ)による一斉通達の指示に、遊撃部隊は全員で了解を返答した。


 「もう動けるのかい?」


 「くたばるまでは動けますよ……。流石に出血は止まりました、ありがとうございます」


 改めて上声(かみごえ)の腕の良さを実感する阿良節。


 「あくまで優れた科学技術によるその場しのぎだ。この作戦が終わったらしっかりと休息を取るんだよ」 


 「そりゃもちろん、泥のように眠りたいですよ……」




 新生『JOKER(ジョーカー)』仮設本部。


 廃墟と化したビル内部を全面改造し。


 蜂逢(はちおう)の街の中心に鎮座するティターノマキアー作戦の司令部。



 阿良節はSEEKER(シーカー)の部隊と連携を取りつつ、黒詰(くろつみ)の捜索を続けていた。


 この緊急事態においても単独行動が許可されているのは、彼女がSEEKERで培った権威と信頼の賜物である。




 「B3(ブラボースリー)B4(ブラボーフォー)の粒子残量、残り僅かです! 直近のW3(ウィスキースリー)が補給完了しているので、合流次第粒子補給を行ってください!」


 「槍史(そうし)さん、あ、B1(ブラボーワン)! 周囲の掃討完了です! 北東500m先にW4(ウィスキーフォー)が待機しているので、合流して粒子補給をお願いします!」



 了解、と通信が返ってくると、エミリーは涙ぐみ思わずため息をついてしまう。



 「こんな惨状、見てられません……。本当に最悪が再現されちゃうなんて……!」


 「平ノ野(ひらのや)、無駄口を叩くな。それに喋るなら言葉を選んでから喋れ。士気が下がったらどうする」


 「通信は切ってるから堪忍してくださいよ……」


 來坂(くるさか)の叱責もあまり聞いていない様子だ。



 「それでも4年前とは違う。私達は抗う力を手に入れて、今度こそこの大混乱を鎮圧しなきゃ」



 後方から会話に割り込んできた阿良節。


 傷口を片手で抑え、上声に支えられながら立っていた。


 「阿良節さん……」


 「香波(かなみ)さん……! まだ安静にしてなきゃ……っ!」


 「傷は塞がったし人手は足りないしトップが休んでられないでしょ。……向こう見ずの馬鹿が飛び出したせいで作戦が崩壊しかねない。彼方(かなた)君の現在位置は?」


 阿良節の言葉にハッとしたエミリーはディスプレイに向かい直す。


 「……信号、途絶してます……、香波さん……!」


 「いや、ついさっきまでは確認できていたはずだ。第26区を抜ける寸前までは確認できている」


 「ジャミング? まぁ、なんにせよ」



 ビンゴだ。


 阿良節はJOKER全員に通信を送る。



 「総員に通達。第28区近辺における電波障害を確認。半径5km内に目標が潜伏している可能性が高い。迅速に二人以上のチームを結成して周囲の捜索を開始して!」


 

 「ようやく、だね」


 上声のこぼした言葉を強い頷きで返す阿良節。


 

 「SEEKERの人達にもう少し頑張ってもらわなきゃ。早く黒詰を捕まえてこの惨状を」



 阿良節がそこまで言った途端。



 

 仮設本部一回から爆音が轟く。




 「な、何ッ!?」 


 「大変です! 本部一階周辺にマシン出現ッ! 直近のB2(ブラボーツー)でも応援に15分はかかる距離です……ッ!」


 「向こうもこちらの拠点を見つけ出したわけか……! 來坂君、エミリーさん。引き続きオペレートをお願いッ! 応援は要らない、私達が片をつける……!」


 阿良節は自身を支える上声に声をかける。



 「先生、お供願えますかしら?」


 その問いに上声は思わず苦笑いしてしまう。


 「医者としては文句なしにストップなんだが……リーダーは君だからな。お供しますよ、我らがお嬢」


 

 再び強く頷く阿良節。


 次はオペレーター二人にも。



 「二人とも。万が一の時は職務を放り出して身の安全を第一にね。……それじゃ、また後でッ!」



 「か、香波さんもご無事でッ!」


 「ご武運を……ッ!」



 心配そうに見守る二人に背を向け、阿良節と上声は司令部を後にした。


 向かった先は武器倉庫。


 二人は特殊拳銃と粒子カードリッジを持てるだけ回収した。


 阿良節は他に大型の黒筒と小銃も手にしていた。


 そして現場に急行する最中、上声が阿良節の異変に気付いた。


 「……阿良節君、傷口が」


 当の本人は一瞬なんのことか分からず、不思議そうな表情を浮かべる。


 彼女が俯いてみると、シャツの下から血が染み出していた。


 「あぁ、これですか?」



 すると阿良節は立ち止まり、先程の小銃を手にする。


 おもむろにシャツを捲り上げてその端を歯で咥えると、傷口に沿うようその銃口を向けた。



 それは火炎放射器だった。



 「なッ…………」



 上声が気付いたときには既に、炎が吹き出る音と肉の焼ける音が聞こえてきた。



 「ゔッ………………!」



 脂汗を流しながら己の体を物理的に燃やす阿良節。


 上声の静止が入る間もなく、その乱雑すぎるオペは終了した。



 全身から汗を流して息を荒げながら阿良節は上声の方へ振り返る。



 「塞がったみたいです」



 そう呟き、いくつかの錠剤を口に含んだ。



 「じゃ、行きましょう。あまり時間はありません」



 火炎放射器を投げ捨て、返事も待たずに走り出す阿良節。


 再び一階から爆音が響き、建物自体も激しく振動している。


 上声はその後ろ姿に黙ってついていくことしか出来なかった。



 「あまり彼方君のことを強く言えないな、君も……。二人揃って同じようなことをしてるじゃないか」


 「今度飲みに行くときにでも奢るんで、今回ばかりは見逃してください」


 階段の手すりを伝って滑りながら降りていく二人。


 阿良節が担いでいた黒筒は、いつの間にかスナイパーライフルに変形をしていた。



 「私の買い方安過ぎないか……まぁ、そうだね」



 何段も飛び越して降りたフロアで、多数の蠢く機械音が耳を劈いた。



 正面のドアを蹴破り、目前の魑魅魍魎へ銃口を向ける。



  

 「怪我しなかったら許してくれます?」


 「この作戦終了後に君が一週間は安静にするなら考えよう」



 

 取引は成立。


 そして火蓋は切って落とされた。




 新生JOKERの信念。



 手の届く範囲の、可能な限りの命を救う。


 もちろん、自らの命もだ。



 (私の目の前にいるっていうのなら、死神だってブチのめしてやる……!!)




 阿良節が掲げた信念の元、悪魔を打払う魔弾の引き金が引かれた。



 




 新藤彼方(しんどうかなた)の視界には、鎖が広がっていた。


 巨大なコンクリートのコンテナ。


 その巨体は少し地中に埋まっており、地下に向けて階段が続いていた。


 目の前の扉は、鎖で固く封鎖されている。

 


 数日前、櫻井大和(さくらいやまと)と別れた道の近くにそれは構えられていた。



 あの時マシンが現れた方角。夏々莉(かがり)が彼方を誘導した方向。


 やはり全て仕組まれていたんだと、彼方は熱のある頭で結論付けた。



 だからと言って、自分の行動に疑念を抱くことは無い。


 友達を救うために迷う事などあるのか。


 やることは単純だ。


 これ以上頭を使いたくない彼には好都合だった。





 「―――統制(レギュレイト)




 

 轟音と共に漆黒の旋風が巻き起こる。


 彼方は間髪入れずに連続して力を行使した。


 2発目以降の旋風も全て扉に直撃し、コンテナ自体を激しく振動させる。

 

 視界が晴れるのを待たずに、彼方は2丁の拳銃を乱射し始めた。


 S-O9(セレヴィオナイン)の弾丸では傷を付けることができない。夏々莉との鍔迫り合いで知った教訓のことを、彼は思い出す余裕など無かった。


 視界を覆う土煙が舞う。弾丸が砕ける音が反響する。


 草花は天に吹き上げられ、竜巻と大差ない爪痕が残された。



 扉は閉じている。


 鎖を断ち切ることは出来なかった。



 「開けよ、なぁ」



 背中の3対の翼を広げ、拳銃を変形させた刀を構える。


 瞬く間に巨大化した刃を天に掲げ。



 「開けよぉッ!!」



 道を塞ぐ鎖を断ち切るべく振り下ろし。


 その刃は儚く砕け散った。



 「開けよ……」



 少しばかり怯んでしまった彼の威勢に比例してか、ゆるくなった手から拳銃を落としてしまう。


 脚の力が抜けていくのを感じた。膝から崩れ落ち、前屈みで倒れ込みそうになる。


 

 しかし。



 彼の膝が地面をなめる前に、彼方は両の腕で鎖にしがみついた。



 それだけは駄目だという声が聞こえた。


 思考回路が焼き切れかけている頭からでは無く、胸の内の『何か』から。



 重力に抗う感覚で目覚めた彼方。


 不思議と少しだけ冷静になることができ、意識がしっかりとしてきた。


 ニッパーかチェーンソーか。あの鋼鉄を引きちぎる事ができる道具。


 何でもいい。あの壁を突破できる有効打を探し出せ。



 鎖を支えに立ち上がり、彼が踵を返した途端。




 『随分と乱暴な訪問だが、お望み通り迎え入れてあげようではないか』




 声が聞こえた。


 忌々しい声が。



 諸悪の根源、黒詰鞠徒(くろつみまりと)



 

 彼方は持ち得るすべての感情を込め、鋭い目つきで振り返った。



 しかしそこに黒詰の姿は無い。


 彼方が手こずった鎖は解かれ、コンクリートの扉は開かれていた。



 『お姫様がお待ちだ。すぐに入り給え』



 入り口の天井に吊られたスピーカーから声がしていた。



 

 『最奥の部屋で待っているよ。生憎、君にも用があるのでね』



 プツッという音と共にスピーカーが静かになった。


 彼方はバッグを開き、持ち出した薬品の残りを全て取り出す。


 錠剤は噛み砕いて咀嚼し、服の上から注射器を突き立てた

 


 案の定。



 「ゴフッ……!」 



 もはや何度目か分からない吐血。


 服は真っ赤に染まり、足元にも血溜まりが出来ていた。


 この光景を見慣れてしまったことすら、彼は恐怖に感じることも無くなっていた。




 「…………言われなくても行くさ」




 ポツリと呟き。



 彼は手にした薬瓶をスピーカーに思い切り投げつけた。



 砕け散ったガラスの破片と歪んだスピーカーを睨みつけ、彼方は全てを吐き出すように宣告する。





 「山ほど用があるのは、こっちだって一緒なんだよ……ッ!!」








 彼方が初めてマシンと対峙した日。


 体が動かなくなるほど彼を恐怖させた『死』。






 果てしなくそれに近付いてしまった今、彼方を怖じ気づかせるものはこの世から消え去っていた。

あけましておめでとうございます!

2021年もよろしくお願いします!

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