16『満身創痍』
「総員に通達。第28区の南西ブロックにターゲットが籠城している可能性がある。現在戦線復帰したB6が急行しているが、病み上がりの新参者だ。残存粒子に余裕がある遊撃部隊はマシンの掃討を行いつつ、B6の援護に急行するように」
阿良節による一斉通達の指示に、遊撃部隊は全員で了解を返答した。
「もう動けるのかい?」
「くたばるまでは動けますよ……。流石に出血は止まりました、ありがとうございます」
改めて上声の腕の良さを実感する阿良節。
「あくまで優れた科学技術によるその場しのぎだ。この作戦が終わったらしっかりと休息を取るんだよ」
「そりゃもちろん、泥のように眠りたいですよ……」
新生『JOKER』仮設本部。
廃墟と化したビル内部を全面改造し。
蜂逢の街の中心に鎮座するティターノマキアー作戦の司令部。
阿良節はSEEKERの部隊と連携を取りつつ、黒詰の捜索を続けていた。
この緊急事態においても単独行動が許可されているのは、彼女がSEEKERで培った権威と信頼の賜物である。
「B3、B4の粒子残量、残り僅かです! 直近のW3が補給完了しているので、合流次第粒子補給を行ってください!」
「槍史さん、あ、B1! 周囲の掃討完了です! 北東500m先にW4が待機しているので、合流して粒子補給をお願いします!」
了解、と通信が返ってくると、エミリーは涙ぐみ思わずため息をついてしまう。
「こんな惨状、見てられません……。本当に最悪が再現されちゃうなんて……!」
「平ノ野、無駄口を叩くな。それに喋るなら言葉を選んでから喋れ。士気が下がったらどうする」
「通信は切ってるから堪忍してくださいよ……」
來坂の叱責もあまり聞いていない様子だ。
「それでも4年前とは違う。私達は抗う力を手に入れて、今度こそこの大混乱を鎮圧しなきゃ」
後方から会話に割り込んできた阿良節。
傷口を片手で抑え、上声に支えられながら立っていた。
「阿良節さん……」
「香波さん……! まだ安静にしてなきゃ……っ!」
「傷は塞がったし人手は足りないしトップが休んでられないでしょ。……向こう見ずの馬鹿が飛び出したせいで作戦が崩壊しかねない。彼方君の現在位置は?」
阿良節の言葉にハッとしたエミリーはディスプレイに向かい直す。
「……信号、途絶してます……、香波さん……!」
「いや、ついさっきまでは確認できていたはずだ。第26区を抜ける寸前までは確認できている」
「ジャミング? まぁ、なんにせよ」
ビンゴだ。
阿良節はJOKER全員に通信を送る。
「総員に通達。第28区近辺における電波障害を確認。半径5km内に目標が潜伏している可能性が高い。迅速に二人以上のチームを結成して周囲の捜索を開始して!」
「ようやく、だね」
上声のこぼした言葉を強い頷きで返す阿良節。
「SEEKERの人達にもう少し頑張ってもらわなきゃ。早く黒詰を捕まえてこの惨状を」
阿良節がそこまで言った途端。
仮設本部一回から爆音が轟く。
「な、何ッ!?」
「大変です! 本部一階周辺にマシン出現ッ! 直近のB2でも応援に15分はかかる距離です……ッ!」
「向こうもこちらの拠点を見つけ出したわけか……! 來坂君、エミリーさん。引き続きオペレートをお願いッ! 応援は要らない、私達が片をつける……!」
阿良節は自身を支える上声に声をかける。
「先生、お供願えますかしら?」
その問いに上声は思わず苦笑いしてしまう。
「医者としては文句なしにストップなんだが……リーダーは君だからな。お供しますよ、我らがお嬢」
再び強く頷く阿良節。
次はオペレーター二人にも。
「二人とも。万が一の時は職務を放り出して身の安全を第一にね。……それじゃ、また後でッ!」
「か、香波さんもご無事でッ!」
「ご武運を……ッ!」
心配そうに見守る二人に背を向け、阿良節と上声は司令部を後にした。
向かった先は武器倉庫。
二人は特殊拳銃と粒子カードリッジを持てるだけ回収した。
阿良節は他に大型の黒筒と小銃も手にしていた。
そして現場に急行する最中、上声が阿良節の異変に気付いた。
「……阿良節君、傷口が」
当の本人は一瞬なんのことか分からず、不思議そうな表情を浮かべる。
彼女が俯いてみると、シャツの下から血が染み出していた。
「あぁ、これですか?」
すると阿良節は立ち止まり、先程の小銃を手にする。
おもむろにシャツを捲り上げてその端を歯で咥えると、傷口に沿うようその銃口を向けた。
それは火炎放射器だった。
「なッ…………」
上声が気付いたときには既に、炎が吹き出る音と肉の焼ける音が聞こえてきた。
「ゔッ………………!」
脂汗を流しながら己の体を物理的に燃やす阿良節。
上声の静止が入る間もなく、その乱雑すぎるオペは終了した。
全身から汗を流して息を荒げながら阿良節は上声の方へ振り返る。
「塞がったみたいです」
そう呟き、いくつかの錠剤を口に含んだ。
「じゃ、行きましょう。あまり時間はありません」
火炎放射器を投げ捨て、返事も待たずに走り出す阿良節。
再び一階から爆音が響き、建物自体も激しく振動している。
上声はその後ろ姿に黙ってついていくことしか出来なかった。
「あまり彼方君のことを強く言えないな、君も……。二人揃って同じようなことをしてるじゃないか」
「今度飲みに行くときにでも奢るんで、今回ばかりは見逃してください」
階段の手すりを伝って滑りながら降りていく二人。
阿良節が担いでいた黒筒は、いつの間にかスナイパーライフルに変形をしていた。
「私の買い方安過ぎないか……まぁ、そうだね」
何段も飛び越して降りたフロアで、多数の蠢く機械音が耳を劈いた。
正面のドアを蹴破り、目前の魑魅魍魎へ銃口を向ける。
「怪我しなかったら許してくれます?」
「この作戦終了後に君が一週間は安静にするなら考えよう」
取引は成立。
そして火蓋は切って落とされた。
新生JOKERの信念。
手の届く範囲の、可能な限りの命を救う。
もちろん、自らの命もだ。
(私の目の前にいるっていうのなら、死神だってブチのめしてやる……!!)
阿良節が掲げた信念の元、悪魔を打払う魔弾の引き金が引かれた。
新藤彼方の視界には、鎖が広がっていた。
巨大なコンクリートのコンテナ。
その巨体は少し地中に埋まっており、地下に向けて階段が続いていた。
目の前の扉は、鎖で固く封鎖されている。
数日前、櫻井大和と別れた道の近くにそれは構えられていた。
あの時マシンが現れた方角。夏々莉が彼方を誘導した方向。
やはり全て仕組まれていたんだと、彼方は熱のある頭で結論付けた。
だからと言って、自分の行動に疑念を抱くことは無い。
友達を救うために迷う事などあるのか。
やることは単純だ。
これ以上頭を使いたくない彼には好都合だった。
「―――統制」
轟音と共に漆黒の旋風が巻き起こる。
彼方は間髪入れずに連続して力を行使した。
2発目以降の旋風も全て扉に直撃し、コンテナ自体を激しく振動させる。
視界が晴れるのを待たずに、彼方は2丁の拳銃を乱射し始めた。
S-O9の弾丸では傷を付けることができない。夏々莉との鍔迫り合いで知った教訓のことを、彼は思い出す余裕など無かった。
視界を覆う土煙が舞う。弾丸が砕ける音が反響する。
草花は天に吹き上げられ、竜巻と大差ない爪痕が残された。
扉は閉じている。
鎖を断ち切ることは出来なかった。
「開けよ、なぁ」
背中の3対の翼を広げ、拳銃を変形させた刀を構える。
瞬く間に巨大化した刃を天に掲げ。
「開けよぉッ!!」
道を塞ぐ鎖を断ち切るべく振り下ろし。
その刃は儚く砕け散った。
「開けよ……」
少しばかり怯んでしまった彼の威勢に比例してか、ゆるくなった手から拳銃を落としてしまう。
脚の力が抜けていくのを感じた。膝から崩れ落ち、前屈みで倒れ込みそうになる。
しかし。
彼の膝が地面をなめる前に、彼方は両の腕で鎖にしがみついた。
それだけは駄目だという声が聞こえた。
思考回路が焼き切れかけている頭からでは無く、胸の内の『何か』から。
重力に抗う感覚で目覚めた彼方。
不思議と少しだけ冷静になることができ、意識がしっかりとしてきた。
ニッパーかチェーンソーか。あの鋼鉄を引きちぎる事ができる道具。
何でもいい。あの壁を突破できる有効打を探し出せ。
鎖を支えに立ち上がり、彼が踵を返した途端。
『随分と乱暴な訪問だが、お望み通り迎え入れてあげようではないか』
声が聞こえた。
忌々しい声が。
諸悪の根源、黒詰鞠徒。
彼方は持ち得るすべての感情を込め、鋭い目つきで振り返った。
しかしそこに黒詰の姿は無い。
彼方が手こずった鎖は解かれ、コンクリートの扉は開かれていた。
『お姫様がお待ちだ。すぐに入り給え』
入り口の天井に吊られたスピーカーから声がしていた。
『最奥の部屋で待っているよ。生憎、君にも用があるのでね』
プツッという音と共にスピーカーが静かになった。
彼方はバッグを開き、持ち出した薬品の残りを全て取り出す。
錠剤は噛み砕いて咀嚼し、服の上から注射器を突き立てた
案の定。
「ゴフッ……!」
もはや何度目か分からない吐血。
服は真っ赤に染まり、足元にも血溜まりが出来ていた。
この光景を見慣れてしまったことすら、彼は恐怖に感じることも無くなっていた。
「…………言われなくても行くさ」
ポツリと呟き。
彼は手にした薬瓶をスピーカーに思い切り投げつけた。
砕け散ったガラスの破片と歪んだスピーカーを睨みつけ、彼方は全てを吐き出すように宣告する。
「山ほど用があるのは、こっちだって一緒なんだよ……ッ!!」
彼方が初めてマシンと対峙した日。
体が動かなくなるほど彼を恐怖させた『死』。
果てしなくそれに近付いてしまった今、彼方を怖じ気づかせるものはこの世から消え去っていた。
あけましておめでとうございます!
2021年もよろしくお願いします!




