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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
16/24

15『時限爆弾』

 夏々莉(かがり)が目覚めたのは、見たことがない研究室のような部屋だった。


 両手両足は鎖で繋がれ、身動きが取れなくなっている。


 魔眼を使い過ぎたせいか、今の彼女には立ち上がる力すら残っていなかった。



 「ようやくお目覚めかな? 夏々莉ィ」



 気色悪い声を掛けてくる男は黒詰鞠徒(くろつみまりと)


 何やら先程から忙しなく作業をしている様子だ。



 「……一体何してるんですか」


 「研究だよ。私の本職は化学者だからね」



 黒詰があるボタンを押すと、部屋の横側にあったシャッターが引き上げられていく。



 眩い光が差し込むその先にあったものは。



 「……!? こ、これは……ッ」



 「私の可愛い可愛い子供だよ。そして自慢すべき研究成果だ」



 シャッターの先に広がる広い空間。


 その部屋の半分ほどの大きさを占めるマシンが、夏々莉と同じ鎖で縛られていた。



 通常のサイズより3倍もの大きさのマシン。


 まるで現代に蘇った機械仕掛けの恐竜だ。


 大きさに比例して凶悪さと力を増すマシンを縛り付ける、この鎖は一体。



 「そもそも(セレヴィオ)粒子というのは、その形を連続でなせる時間が精々1時間程だ。SEEKER(シーカー)固有顕装(ソリタリー)は専用の粒子カードリッジを採用することで、その弱点を補ってきた」


 「じゃああの怪物は、いつから……」


 「約一年前だよ」


 「なっ……!」



 一年間もこの大型マシンを隠し続けたと言うのか。


 だがそれ以前に。 



 「何故このマシンを検知できないの……!? それに、マシンが1時間の活動時間だと言ったのはあなたのはず……ッ!」


 「嘘はついてないさ。SEEKERのマシンモニターがコイツを検知できないのは、あのシステムを作ったのが私だからだ。純粋に検知範囲外に置いてるに過ぎない」


  そしてコイツはね、と黒詰はと息を吐きながら告げる。



 「言うなれば、私の固有顕装なんだ」



 「…………嘘でしょ」



 嫌な話だ。


 吐き気を催す。



 「SEEKERの固有顕装はS-O9(セレヴィオナイン)で構成されているが、別にS粒子ならば何でも良いのだよ。もちろんS-O4(セレヴィオフィーア)で固有顕装を顕現させることだろうともな」


 「だったら、一年間もの間これを維持するためのS-O4があるってこと……ッ!?」


 「その通り。ちなみに奴を縛り付ける鎖もまたS粒子だ。『抑圧』の性質を持つ、さしずめS-O5(セレヴィオフュンフ)といったところか」



 そこまで言ったところで、黒詰は口を噤んだ。



 「少し喋り過ぎたようだ。生憎化学者は自身の成果を語りたい性分でね。ここから先は私の脳みそを引き抜いてでも調べ給え」



 そして黒詰は鋭いピンセットの付いたグローブをはめ、夏々莉に接近する。



 「何をする気……」


 「言っただろう? 私が興味があるのはその魔眼だ。……全く。貴様、魔眼の力を新藤彼方(しんどうかなた)のつけていたマフラーに使っていたな? おかげで仕留めそこねたではないか……」



 不気味なほど口角を上げながら、黒詰は答えた。



 「お仕置きとして、摘出手術だ」



 「…………ッ!!」



 少女に悪魔が這い寄る。


 その右腕の爪先が今、神々の眼球に手が届く距離まで来た。



 「――――――オペを開始する」



 少女は再び、殺戮と対峙する。






 作戦開始から2時間後。



 薄暗い天井をぼやける視界で捉えながら、新藤彼方は目を覚ました。


 「こ、こは……」


 ふと、手のひらに温もりを感じた。


 阿良節(あらふじ)が彼の手を握り続けていたのだ。


 「彼方君……ッ! 良かった……ッ!」


 そう溢した阿良節は、彼方の手を両手で握りしめ涙を流していた。


 

 「夏々莉が君のマフラーに魔眼の力を使っていたから致命傷は免れたけど……本当に危ない状況だったんだ……。だから、本当に良かった……!」


 

 現状を把握しきれない彼方だけだったが、夏々莉が彼を守ってくれたこと、阿良節が泣いて喜んでいたことだけは理解できた。


 その彼女が来ていた服は血で酷く汚れている。



 それを見て彼方は記憶を取り戻した。


 「阿良、節さん……、作戦は……ッ」

 

 「現在続行中だよ。……ただ、我々は秘密裏に動いていたんだけど、事が大きくなり過ぎたせいでSEEKERの緊急出撃命令が出されている」


 「それは、一体……」



 「夏々莉が黒詰に拉致された」



 「………………ッ!」



 それだけじゃない、と阿良節は言う。





 「…………マシンナーズ・カラミティ」




 その言葉は禁句だった。



 彼方の顔が即座に青ざめ、今にも血涙を流しそうになる。




 「ごめん、言葉を選べなかった。……、でも、今の惨状はそれと言って差し支えない程緊迫しているんだよ」


 

 彼方の手を握りながら、阿良節は状況説明をする。



 

 作戦開始直後、蜂逢(はちおう)市全域にマシンが大量出現した。


 今までの類を見ない大規模顕現に、SEEKERは特別特異災害警報を発令。


 全勢力を持ってしてこれの鎮圧を開始したという。


 JOKER(ジョーカー)は引き続き黒詰の捜索を続けつつ、マシンの掃討に当たっていた。



 「全住民の避難は完了した。けれど、このままじゃいつかこちらの底が付く」


 「阿良節さん、言いましたよね? 俺がいなくても、1時間なら充分に持ちこたえられるって……マシンの活動制限は、1時間が限界だって」


 「彼方君」


 阿良節は冷静に告げる。



 「君が起きた今、作戦開始から2時間が経過したんだ」


 「え……ッ!?」



 驚きを隠せない。


 ここに来て例外の発生は致命的だ。



 「原因の解明は後の話さ。まずは、今の惨状を何とかしなければならない。……全住民の避難は完了したと言っても、既に犠牲者は出ているんだ……ッ」



 苦虫を噛みしめるような表情を浮かべる阿良節。



 「だとしても、だ。彼方君は目覚めたし、私の傷も癒えたから、そろそろ現場に戻るね」


 「あ、阿良節さん。もしかしてその血は……」


 「これは君を背負ってここまで来たときに付いた君の血だよ。私は大した怪我じゃなかった。……彼方君。君の力が必要だ。意識が回復したんだ、あと1時間もすれば傷が塞がって立ち上がれるよ。それまではゆっくり休んでてくれ」



 先生の敏腕に感謝だね、と付け足す。



 そして阿良節は席を立ち、彼方に背を向けた。





 「それまでは、何としてでも耐え抜いてみせる」





 阿良節が病室を去った後、彼方はぽつりと呟いた。



 「嘘つき……ッ」



 2時間も前の血液があんなに鮮やかな訳が無い。


 阿良節の歩いて行った道には血の足跡が残っていた。


 

 このまま休んでいるわけにはいかない。 


 だが体は言うことを聞いてくれなかった。


 無理に起き上がろうとすると、胸に鋭い痛みが走る。



 「ぐっ……!! 狼狽えるな、俺……ッ!」



 血が滲む体を起こし、ベッドから壁の薬品棚に移動する。


 (この短期間で俺の体を鍛え上げることができるんだから、傷を治す薬だってあるはずだ……!)



 棚に持たれかかりながら漁っていると、バランスを崩していくつかの薬品を床に落としてしまう。


 幸い容器は割れなかったが、彼方は床に這いつくばるように薬品を漁り始めた。



 止血剤、増血剤、鎮痛剤、細胞活性剤。


 体力増強剤、筋肉増強剤。


 神経活性剤、精神興奮剤。



 そこに不要なものなど無かった。



 「死ななきゃ副作用なんて無いも同然だ……ッ!」



 彼方は薬瓶の蓋を全て開け、錠剤を飲み込めるだけ飲み込んだ。



 すぐさま心臓が激しく脈打つ音が聞こえてきた。

 

 傷口の止血、体内の造血、細胞の活性化。


 感覚は過敏になり、心なしかハイになっている気がする。


 鎮痛剤のおかげか全身の痛みが引いていったが、とても歪な過程を経て体が作り変えられていく感覚があった。


 

 この即効性、効き目。


 どちらも文句一つないほど素晴らしい。


 既に彼方はふらつく事なく自らの足で立ち上がっていた。



 問題があるとすれば、副作用。



 何かが喉元まで込み上げてくる感覚が彼方を襲う。



 「――――――ゔッ」



 そして彼方は、紅すぎる鮮血を吐き出した。


 彼の足元に血溜まりができるほど。



 「ゲホッ! ゲホッ! ……………とんでもないバックファイアだな」


 

 口を拭ってすぐに内臓が動き回るような不快な感覚を感じた。


 おそらく先程吐き出した分の血液を製造しているのだろう。


 気付けば彼の頭は酷く発熱していた。


 視界の焦点もややズレている。



 

 タイムリミットは短いと、彼方は直感した。


 残りの身体能力増強の注射器を乱雑に打ち込む。


 上手く効いたか不安だったが、彼方が軽くジャンプしただけで3mはありそうな天井に頭がぶつかりそうになった。


 問題ない。



 彼方は持ち運べそうな薬品を集め、できる限りバッグに詰め込んだ。


 そして夏々莉からもらったマフラーに手を触れた瞬間。




 稲妻が走る感覚と共に脳裏に映像が映る。




 

 「誰か…………助けて…………ッ!」





 刹那の瞬間。


 助けを求めていたのは夏々莉だった。



 もはや彼方が驚くことは無かった。



 彼女から受け取った贈り物を身に着け、彼は病室の扉を蹴飛ばし外へ向かう。



 行く宛が無いわけではない。


 しかし確証は無い。



 それでも彼方は突き進むしかなかった。



 道中で特殊拳銃を2丁手にし、彼方は窓ガラスを蹴破って外に出た。



 オーバーヒートした頭が、激痛を誤魔化す胸の傷が、魂が囁いている。



 急げ、と。






 「どの口が安静にしなさいと言ってるんだ、全く……。この作戦は誰一人欠けても成功をなし得ないことは君が一番分かっているはずだろう、阿良節君」


 「……すみません、先生」



 上声(かみごえ)に応急処置を施された阿良節は、力無く椅子に腰掛けていた。



 「こんな状況だが、妙齢の女性の手当を私がすることを許してくれ」


 「こんな状況でなくても文句一つ言いませんよ」



 そこに阿良節の端末に通信が入る。



 「か、香波さん……! 大変です!」


 慌てた様子のエミリーからだ。


 

 「彼方君が……出撃してます……ッ! 薬品棚から薬剤を大量に持ち出して……部屋を、血塗れにして……ッ!」



 今にも泣き出しそうなエミリーの声を聞き阿良節は。




 (あのバカ…………ッ)



 「了解、ありがとう。彼はこっちでなんとかするから、エミリーさんは引き続き部隊のオペレートを」


 「り、了解です……!」



 ふぅ、とついため息をつく阿良節。


 

 「すまない。棚に鍵をかけておくべきだったな……ここまで腕白だったとは」


 「きっと彼はそれでもガラス戸を叩き割ってましたよ……。それで、オーバードーズの副作用は?」


 「古今のドーピング剤で死ぬことはないが……間違いなく毒だね。早めに対処することが望まれるよ」 


 「なるほどね……」



 そう呟くと阿良節は通信を繋いだ。


 相手は彼方だ。





 街を駆けながら、彼方は通信端末を開いた。



 「彼方君の馬鹿ッ! 休んでろって言ったのに何で勝手に飛び出すかな! これ以上イレギュラーが生じたら作戦に支障を来すでしょう!!」


 「あ、阿良節さん」




 「……これ以上、心配させないで……!」




 「……すみませんでした」



 彼女の悲痛な訴えが、彼方の胸に突き刺さる。


 痛みは感じない体のはずなのに、それは酷く苦しい傷跡になった。


 

 それでも彼方は走り出す理由があった。


 「木舘(きだて)さんの声が聞こえたんです」


 止まれない理由があった。



 「助けてって」



 はぁ……、とため息をつく阿良節。



 「……彼方君、ごめんなさいは無しだ」



 一度は阿良節を咎めた言葉。



 彼方に言われたそれをそのまま返す。



 「状況は芳しくない。戦闘部隊の位置情報は転送しているから、彼らの補給を優先してほしい」


 「了解です」


 「黒詰の居場所はまだ捜索中だ。心当たりはあるのかい?」


 「無くはないです。でも確証もありません……」



 彼方は転送されてきた座標に進路を変更する。


 瓦礫を飛び越えた直後、目の前のコンクリートが粉砕された。



 マシンが現れる。



 「彼方君……!」


 「すぐに片をつけます」



 特殊拳銃から刃を発生させ、目前の一体を逆袈裟切りで切り裂く。


 そして後続する二体にはありったけの弾丸を叩き込んだ。



 定まらない焦点ゆえに外した弾も多かったが、蜂の巣にされたマシンは粒子と化して霧散していく。


 耳障りな機械音など鳴らせる猶予は与えなかった。



 再び彼方は通信を返す。


 「第28区の南東ブロック、そこの探索は済んでいますか?」


 「……そこはまだ確認してない」



 「木舘さんが僕を助けてくれたポイントです。僕の通学路でもあるんですけど、今までほとんどマシンが出没しなかったのに、あの日だけピンポイントに僕の前に現れた」


 零と無限の管轄(オルターネイション)が発現した日。


 「僕を助けに来たのが木舘さんなのも、きっと偶然じゃないはず」


 もし彼女が黒詰鞠徒の指示で動いていたのなら、全ての歯車が上手く噛み合う。



 「例えあの子が黒詰鞠徒に従っていたとしても、僕の人生を変えてくれた大切な友達なんです。彼女の声に答えない理由はない」



 「……君の意志を尊重しよう。だけど、その体にもタイムリミットがあることは忘れないで」


 はい、と彼方は頷く。


 「あー、失礼。一日に2回も同じ女性を泣かせるとは罪な男だね、彼方君」


 阿良節と代わって上声相灯(かみごえそうとう)が通信を繋げてきた。


 「上声先生……」


 「ジョークだよ、悪かった。……君が摂取したドーピング剤だが、命に関わることはない。しかしオーバードーズに体が耐えられるかどうかは別問題だ。早めに洗浄しないと明日から自分の足で歩くことができなくなる可能性だってある」


 「…………はい」


 「事は迅速に済ませることだ。君のためにも、夏々莉君のためにも。病室を荒らしまくったことはそれでチャラにしようじゃないか」


 ジョークを交えながら話す上声の声に、思わず安堵感を覚える彼方。


 「―――ありがとうございます……!」



 再び彼方は目的地に向かい駆け出す。



 「彼方君」



 阿良節からの通信だ。



 「――――――()()()()()()()()()()()()()()



 一言だけ、彼は返答した。



 「――――了解ッ!」








 爆炎に燃え盛る街を、一人の少年が飛ぶように駆け抜ける。



 人が消えた通りを徘徊する怪物が蔓延る中。


 

 少年は2対の刃と3対の翼を携え駆け抜けていく。



 軋む機械音は少年の命を切り刻まんと響き渡る。



 飛びかかる毒牙。行く手を遮る鉤爪。



 「木舘さんが呼んでるんだ……どいてくれ……ッ!」


 

 ただ両腕を振りかざすだけ。



 二刀流の少年が通り過ぎた道には、美し過ぎる粒子の海が漂っていた。



 炎と炎の間をくぐり抜け、ただひたすらに目的地へ向かう。


 道中で合流した戦闘員のS粒子を補給し、軽い会釈だけをして次の行き先へと進む。



 「おぉい! 兄ちゃんB6(ブラボーシックス)だろ! 足元おぼついてねぇじゃねぇか!」



 粒子の補給をした初老の男性が彼方に声をかけるも、軽く頭を下げるだけでその場を後にする。



 

 倒壊した建物を飛び越えようとするも、瓦礫に足を取られ転倒する彼方。


 気付けば呼吸が酷く荒くなっていた。



 鞄の中から注射器を取り出し、再び乱雑に打ち込む。


 案の定、強烈な不快感と共に吐血した。


 「……ちくしょう」


 彼方は鞄から全ての薬品を取り出し、錠剤タイプのものをありったけ口に入れた。


 

 体の傷の治りが遅くなっている。


 タイムリミットはおそらく遠くない。


 彼方は3度目の吐血を終えて、瓦礫を蹴り上げながら立ち上がる。


 体中の全ての血を出したのではないかと思うほどだった。



 

 だから、どうしたというのだ。




 新藤彼方は立ち上がったのだ。




 大切な友達を奪い返すため。




 木舘夏々莉の声に答えるため。








 「待ってて、木舘さん……」





 自分の足で歩くことができなくなる?





 あの子を救えるのなら、この両の足などくれてやる。







 「俺が……君を助けるから……ッ‼」









 例え胸の時限爆弾が爆発したとしても、この足を止める理由にはならない。

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