14『サッドストーリーは突然に』
そして。
日が昇る。
日が、沈む。
約束の刻が来た。
SEEKER東蜂逢支部。
そこから少し離れた丘に、黒詰鞠徒は立っていた。
その周りを囲んでいるのは、阿良節をはじめとする『JOKER』一同。
曇天の空の元、極寒の風が吹き荒ぶ中、かの『探求者』は不気味な笑みを浮かべた。
まるで彼方達の『切り札』をそんなものかと嘲笑するかの如く。
「黒詰専務」
阿良節はその長い髪を靡かせながら、冷たい声で呟いた。
「蜂逢の人々のために死んだください、というのは無理な相談でしょうか?」
「戦争をしに来たのだろう? 互いの腹の中は分かりきってるのだ、その権利は君が勝ち取り給えよ」
「頭のいい人は話が早くて助かります」
阿良節の言葉と共に彼方達は特殊拳銃を構えた。
「私は生身の人間だぞ? そんなオモチャを向けてどうするつもりだ」
「あなたに向いた銃口から出るのは正真正銘の弾丸です。大丈夫、ゴム製だから死にはしませんよ。死ぬ程痛いけど」
飄々とした態度の阿良節を見て、黒詰は忌々しげに舌打ちをする。
そして。
「おい夏々莉ィッ! 御主人様に歯向かうのかァッ!? お前が潰す相手は、そこの新藤彼方だろうがッ!!」
否定してくれ、と彼方は思った。
それなのに夏々莉は沈黙し、否定しなかった。
彼方は驚いてしまった。
藍樹の件、零と無限の管轄の件。
全て辻褄が合ったのに関わらず、彼方は少し面食らってしまっていた。
彼は首を振って頭を切り替え、歯を食いしばりながら銃を構える。
しかし、すぐさまに彼の感情の乱れをかき消す声が響く。
「私はあなたの犬なんかじゃないッ! ……私に新藤君は、撃てない。 大好きな藍樹と同じぐらい、大切な友達なんだ……ッ!」
「よく行ったぜ夏々莉ちゃん!」
次に声を上げたのは槍史だった。
「あぁそうだ! 大丈夫だッ!」
彼の言葉に、夏々莉は何かを感じ取る。
ただ一人、黒詰だけが表情を暗くしていった。
とうとう無表情になった彼は、感情の無くなった声で告げた。
「―――そうか。ならば哀しみに溺れて死ね」
直後、街の北上で火柱が上がった。
その場所に、彼方は見覚えがあった。
爆炎に包まれているのは、国立蜂逢病院 特異災害科病棟だ。
「藍……樹……ッ!」
夏々莉の顔が見る見る歪んでいき、声にならない声を上げている。
そんな彼女を見て、黒詰は心底嬉しそうに嘲笑った。
「人の命で燃える炎は綺麗だなぁ?ハハハハハ―――ッ!」
「そんなに空っぽの建物を燃やして面白おかしいかい? 黒詰のおっさんよ」
気味が悪い薄ら笑いは、青年の一声で止められた。
槍史の端末に通信が入る。
「こちらW3。特異災害科の患者全員の避難完了してるよー。あんな派手にぶっ飛ぶなんて思いもしなかったけど……、引き続きマシン出現に警戒続行します」
「こちらB1、流石の手際だな。感謝する!」
通信を切り、黒詰を見据える槍史。
「悪いんだけど、実はアンタと夏々莉ちゃんが話してるところ盗撮しててさ。これもアンタを吊るし上げるための材料にさせてもらうんだが、俺のことを訴えるなら好きにすりゃいいさ」
「……貴様はいつも私の一番嫌いな顔をするな、矢原槍史……ッ!」
「お互い様っだっつーの」
激情を現した黒詰だったが、すぐさま再び感情を消した。
そして彼方達の立つ場所に手をかざした。
死が現れる。
彼方はそう直感した。
だからこそ彼は。
(殺させるか――――――ッ!)
迷い無く力を振るう。
「統制ッ!!」
彼の号令と共に、漆黒の竜巻が発生する。
すると耳障りな機械音が突如響き渡り、鋼鉄の塊達が旋風に巻き上げられていった。
やがて竜巻とマシン達が諸共霧散し、3対の漆黒の翼を生やした彼方が立っていた。
目の前の邪悪を強く睨みつける。
だが。
「私が見たいものはねェ、彼方君」
サッドストーリーは、突然訪れる。
夏々莉が構えていた特殊拳銃が、爆音を発して変形を始めた。
「な、何ッ!?」
彼女の手を弾き、それはドローンのように変形して宙を舞う。
「――――――悲劇なんだよ」
少女の手から旅立った雛鳥は、口から豪速の鉛球を吐き出した。
それはいとも簡単に、新藤彼方を胸を貫く。
「――――――え…………?」
思いの外、人間の意識というのは容易く途切れるものだと。
薄れゆく視界の中、彼方はふとそんなことを思っていた。
「――――――ファイアッ!」
阿良節の号令で一斉射撃が行われる。
だが黒詰の笑みが消えることは無かった。
阿良節の号令とほぼ同時に、東の丘全体にマシンが出現していた。
「黒詰専務……自滅も顧みずに……ッ!」
「私は死なんよ。そこの役立たずに用があるのでね」
そう呟いた時には既に、黒詰は音も立てずに夏々莉の背後に現れていた。
「あ……、ああぁ……あああああ……ッ」
膝から崩れ落ちて大粒の涙が溢れる夏々莉。
その瞳にフェルマータの魔眼を灯らせるも、目の前の残酷さを消し去ることはできなかった。
胸を突き刺す痛みで今にも意識が途切れてしまう。
彼女は、もう戦うことはできなかった。
「結構結構。負け犬のあえぎ声など聞きたくないが仕方あるまい。私から受け取った銃をちゃんと持ってきたことは褒めてやろう」
黒詰は夏々莉を片腕で持ち上げ、軽々しく担いだ。
「魔眼の力、今日こそ私のものにしてやる。それまでは体を張って守ってもらおうか」
マシンは敵味方の見境など無く、黒詰にも牙を向く。
飛びかかってきたマシンを黒詰は夏々莉の体を振り回して弾き飛ばした。
そのままマシンを蹴散らしつつ、黒詰は逃走を図る。
「槍史君ッ! あの人を逃さないでッ!」
「そうは言っても……よぉッ!」
黒詰の背中に追いつくには、あまりにもマシンの数が多過ぎる。
加えて重傷を負った彼方を放っておくわけにはいかない。
彼を守りつつ、黒詰を足止めする。
「……すまん香波ちゃん。どっちかだわ」
選べる道は一つだけ。
最善を目指すのではなく、最悪を回避する。
そのためには。
「―――総員に通達ッ!」
阿良節は選択する。
「B6が戦闘不能の重体、及びW6が捕獲対象に連行された。遊撃部隊は速やかにB6の周囲のマシン掃討、迎撃部隊は住民の避難完了後、捕獲対象の捜索及びW6の奪還を遂行せよッ!」
まずは彼方の迅速なる救急処置を。
急がねば彼の命が危険だ。
ある程度のマシンを即座に殲滅し、阿良節は彼方を背負って走り出す。
「槍史君! しばらくの間指揮権を君に託すッ! 夏々莉のこと、よろしく頼んだよ……ッ!」
「やらいでかッ! 喋ってる暇があんならとっとと走れッ!」
口先は乱暴だがその本心は阿良節には伝わっていた。
「ありがとう……ッ!」
他の遊撃部隊の援護もあり、拓かれた退路をひた走る阿良節。
向かう先は上声相灯の元。
一刻も早く辿り着かねばならない。
それゆえに阿良節は全速力で走り続ける。
託された命の襷を途切れさせぬために。
「死ぬなよ……死なないでくれよ、彼方君……ッ!」
気付けば街の至る所で炎が立ち上がっている。
悲鳴、絶叫、機械の駆動音。
今日生まれた識者がいるのではあれば、ここを地獄と呼んだであろう。
阿良節香波は紛う事なく目覚めているのに、紛う事なく悪夢を見ていた。




