13『決戦前夜』
とうとう明日、『作戦』が実行される。
彼方は放課後、件の喫茶店に招集され、そこで再びレポート用紙の束を渡された。
集まっていたのは、彼方を含む前回来訪した時の6人。そして彫りの深い顔立ちの男性と若い男女二人であった。
「彼方君に紹介しておくね。こちらはドクターの上声相灯先生。私達の専属医で、今回は彼方君のバイタルチェックも行ってくれるよ」
「よろしく、彼方君。何か体調が優れなくなったらすぐに申し出てくれ」
「そしてこちらがオペレーターの來坂進次君と平ノ野エミリーさん。戦況や作戦内容を指示してくれるから、しっかりと二人の言うことを聞くようにね」
「來坂です。よろしく、彼方君」
「平ノ野エミリーです! ぜひ、フランクにエミリーって呼んでください! よろしくです!」
「よ、よろしくお願いします。上声先生、來坂さん。エ、エミリーさん……」
彼方が3人に会釈したのを確認すると、阿良節は手を叩いて全員の注目を集めた。
「それじゃ、親愛なる諸君。資料は数分後に自動消滅するから内容をしっかり頭の中に叩き込んで頂戴」
そうして阿良節による作戦内容の説明が始まった。
「本作戦の目標は現SEEKER幹部の黒詰鞠徒の身柄拘束、それに伴い予期される大規模なマシン出現の対処になります。大災害のあった日が近付くとマシンの活動が活発になるんだけど、相手はそれを利用してくるに違いない。最新の注意を払って作戦に挑むこと」
その場の全員が強く頷いた。
だが彼方には少し気になることがあった。
「あ、あの。一ついいですか?」
「どうぞ、彼方君」
「大規模なマシン出現が予測されるというのに戦闘員が、俺を含めたとして4人っていうのはあまりに少なすぎるんじゃないかと……」
「あぁ、それなら問題ないよ」
阿良節の視線が槍史の方へ向く。
「信頼できる仲間なら俺らにもたくさんいんぜ! それで俺と塔真の二人が部隊長になって、それぞれ遊撃部隊と迎撃部隊の指揮を取ることになったんだ」
さらに塔真からも説明が入る。
「俺の迎撃部隊には夏々莉さんが、槍史の遊撃部隊には彼方君が参加してもらうことになる。彼方君には慣れない組み合わせになるかもしれないが、よろしく頼むよ」
「わ、分かりました」
「二人共、説明ありがとうね。それじゃ後は、今後の流れの説明をサラッとしますね。全員で集まるのはこれが最後だから聞き逃さないように」
そうして当日の流れを全員でおさらいしていった。
集合は12月17日21時00分。
場所は蜂逢町の東にあるSEEKER東蜂逢支部。
阿良節から黒詰にアポイントメントを取り、SEEKERの予算会議と来年度のスケジュール会議の名目で呼び出す。
作戦ポイントの付近に遊撃部隊と夏々莉を、それ以外の町の各所に迎撃部隊を配置。
「間違いなく奴は抵抗してくる。あの男がマシンの何をどこまで操れるのか、正直まだ完璧には把握できていないんだ。だからこそ最悪の場合、あの『大災害』がまた起きることになる」
それだけは絶対に避けなければならないんだ、と強く語る阿良節。
マシンが出現した際には遊撃部隊は最近の出現マシン撃退に急行し、迎撃部隊と合流しつつ戦闘を行うこと。
迎撃部隊は人命救助を最優先にし、出現したマシンの迎撃、遊撃部隊の援護と物資補給をサポートすること。
そして彼方の役割は彼が予想していた通り、戦場を飛び回り絶えず味方の補給を行うことだった。
その彼方の護衛役を務めるのが夏々莉だ。
「今回は電力会社に手配したおかげで通常出撃の時より20倍ものS粒子のストックがあるんだ。流石にどれだけマシンが出てこようと1時間なら余裕で持つとは思うけど、彼方君には念の為戦闘員全員の補給に回ってほしい」
「了解です。……あんまり足に自信はないですけど」
「それはまぁ、上手いことやってちょうだいな」
他にもこの作戦に参加するSEEKERの部隊員の紹介や、具体的な行動の流れを各自に説明する阿良節。
そして最後に告げられたのは。
「作戦名は『ティターノマキアー作戦』」
ティターノマキアー。
ギリシャ神話のゼウスが父であるクロノスと真っ向からぶつかり合う壮絶な戦いの名前だ。
阿良節は淡々と、しかし燻る何かを抑えきれない様子で言い放った。
「あの悪しき神使いをぶっ倒す」
その強い言葉を胸にしまい、彼方達は喫茶店を後にした。
「ね、ねぇ! 新藤君!」
喫茶店を去ろうとする彼方の背中に夏々莉が声をかけた。
「どしたの?」
「はい! これ」
そう言いながら夏々莉は綺麗に包装された小包を差し出した。
「ちっと早いけど、ハッピーバースディ。これからの寒い季節にぴったりだと思うから、気に入ってくれたら嬉しいな!」
思いがけないプレゼントに、彼方の表情は歓喜に溢れる。
「え! 嬉しい……! ありがとう! これ開けてもいい?」
「ぜひともぜひとも」
夏々莉の許可を貰い小包を開く彼方。
中から出てきたのはワインレッドカラーのマフラーだった。
「おぉ……! 俺の好きな色のやつじゃん……! 木舘さんありがとう! 絶対に大切にするからね!」
「きっと新藤君の御守りになってくれるよ。可愛がってあげて」
うっすら微笑む夏々莉のその顔は、まるで何かを貼り付けられているかのように見えた。
だが彼方は余計な詮索は止める。
彼女は大決戦の前夜に不安を感じているのだろう。
それならばこう告げるのが一番だ。
「勝ち取ろう、明日を。僕らの力で」
「――――――うん」
固い契りと握手を交わし、少年少女は各々の帰路に着いた。
一方。
「あ〜香波ちゃん? ちょっとお茶しない?」
「槍史君。流石に喫茶店を出たあとでお茶に誘うのはナンセンス過ぎない?」
阿良節の背後から声をかけた槍史はやすやすとあしらわれるが、彼はその程度で屈したりしない。
「まぁまぁ。30分くらいでいいからさ」
「ナンパ下手くそ過ぎでしょ! ……別にいいけど」
よっしゃ〜!、とガッツポーズを取り喜ぶ槍史。
「それなら、お茶は飲んだし珈琲にでもしようかな?」
彼方は結局、阿良節から与えられた課題をこなす事はできなかった。
幾度も様々な試行錯誤を繰り返したが、彼だけの固有顕装は一度も現れることはなかった。
(俺の手に馴染むのはこの特殊拳銃だけ。なのに刃を構えても引き金を引いても、俺の心は答えてくれなかった)
命懸けの戦場で発現した零と無限の管轄。
固有顕装の顕現条件だって同じはずだ。
(阿良節さんが言う通り、俺の決意が甘いからなのかな……)
自分だって腹を括った。
かつて救えなかった命を救うことができる力で、次は必ず救うと誓った。
その気持ちは他の皆と比べて劣るものではないと彼方は思っていた。
「せっかく、護れなかった人を護るための力が手に入ったのに、俺はお荷物になるのかなぁ」
悔しいなぁ。
彼方は寒空にポツリと呟き。
少しだけ泣いた。
束の間の時が過ぎ。
彼方は袖で顔を拭って歩き出す。
(できなかった事を悔いていても仕方ないじゃないか。俺には与えられた役割があるんだ、必要とされてるんだ……! しっかりとやるべきことをなそう)
数分でも立ち止まっていたからか、少し凍えてきた彼方。
夏々莉から貰ったプレゼントのマフラーを取り出し、さっそく巻いてみる。
「……あったかいな」
少しだけ雲で陰る星空を見上げながら、彼方は夏々莉との約束を思い返していた。
ティターノマキアー作戦を必ず成功させる。
任せてよ、と彼は言った。
不安が無いと言えば嘘になる。
それでも竦む足は決意が前に押し出してくれた。
彼女への言葉を嘘になんかするもんか。
――――――この温もりに、裏切りで答えるつもりは無い。




